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私はこう考える【中国について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2000年9月号 東亜
中国から見た台湾問題
井尻秀憲
(東京外国語大学教授)
はじめに
 去る六月十九日から二十七日まで、中国社会科学院台湾研究所の招請を受けて、駆け足で北京、アモイ、上海の各台湾研究所を訪問し、陳水扁新総統が誕生した最近の台湾問題にかんする一連の座談会や意見交換を行った。
 訪問先は北京の全国台湾研究会(姜殿銘副会長ほか)、社会科学院台湾研究所(許世詮所長ほか)、中国国際戦略基金会(民間、社会科学院台湾研究所とのメンバーの重複あり)、国務院台湾事務弁公室(孫亜夫局長ほか)、アモイ大学台湾研究所(範希周所長ほか)、上海台湾研究所(章念馳副所長ほか)であった。
 こうした一連の座談会や意見交換を行うなかで明らかとなったのは、以下の五点に集約される。すなわち、第一に、彼らの李登輝前総統や三月の総統選挙の最終段階で陳水扁支持にまわった財界人である許文龍・奇美実業会長にたいする批判の強さであり、第二に、陳水扁新政権を支える民進党のメンバーではなく、先の選挙で連戦を支持した国民党の保守的な外省人や宋楚瑜が結成した親民党のメンバーらの訪中が表面的には先行していること、第三に、中国側が陳水扁新政権の対中政策と台湾の今後の政局を慎重に検討しながら、現時点では陳政権そのものではなく民進党幹部の訪中を拒否していること、第四に、陳水扁新政権のもとでの台湾との対話の回復については、一九九二年の「中台両岸コンセンサス」と九八年の汪・辜会談の精神に戻るよう主張していること、そして第五に、彼らはそうした台湾問題を語るにあたって依然として台湾にたいする武力行使の可能性を残していること――などであった。
 本稿では、今回の訪中によって得た印象を以上のような五点に整理しながら、筆者の個人的見解を述べてみたい。これによって中台両岸関係の現状把握の一助となれば幸いである。なお、今回の訪中には、アジア経済研究所の佐藤幸人研究員らも参加されたが、本論はあくまで筆者個人の責任において記述していることを明記しておきたい。
一、李登輝批判の激しさ
 さて、今回の訪中と一連の座談会や意見交換を進めるなかで遭遇した第一の点は、中国の各台湾研究者、政府高官の李登輝前総統にたいする批判の激しさであった。筆者は、台湾の李登輝前総統が先の選挙結果として国民党主席をも辞任し、台湾総合研究院という民間のシンクタンクの名誉理事長に就任したことにより、その影響力はある程度残るものの、台湾の対中政策決定過程の当事者ではなくなったことによってその影響力は減退するであろうと述べ、その点に関して質問したが、彼らの回答は次のようなものであった。
 すなわち、李登輝前総統の陳水扁新政権への影響力は、「李登輝が陳水扁にたいして直接働きかける」もしくは「李登輝は陳水扁を助ける」ことによって、その影響力が残るというものであった。また、彼らによれば、先の総統選挙の原因は複雑であるが、「李登輝以上の台独分子」である陳水扁の勝利をもたらした最大の要因は、「李登輝の台独思想が国民党内の混乱をもたらし、国民党の分裂を引き起こしたため」であるとのことであった。
 そうである以上、李登輝前総統の訪日などはもってのほかであり、日中関係を悪化させるとのことであった。この点にかんして筆者は、李登輝前総統はもはや一国民党員で全くの民間人であり、訪日問題の決定は、日本政府の高度の政治的判断によってなされるであろうと説明した。
 しかも、李登輝訪日は、論理的には全く問題がないし、七二年の日中共同声明の精神にも反しないと述べたが、「李登輝は不誠実だ」との意見すら中国の研究者から飛び出した。中国の政府関係者、研究者のあいだで李登輝批判が減退するには、二、三年の時間がかかるというのが、筆者の受けた個人的印象であった。
 もとより、だからといって、李登輝前総統から訪日のためのビザ申請がなされた場合、日本政府としてはそれにたいして主体的に対応せざるを得まい。ただし、今年の年内の李登輝訪日は、中国の圧力のためではなく、現在の自民党指導層のあり様からして困難であろうというのが、筆者の個人的意見である。
 次に、先の総統選挙で陳水扁支持を明確にした許文龍氏については、「許文龍が陳水扁を支持する旨を表明したから台独と見なしているわけではなく、われわれは彼については非常によく理解しており、彼が台独派であることは明確である」との発言があった。さらに彼らは、「このような企業が中国で利益を得る一方、台湾では台湾独立活動を支援していることを絶対に許さない、たとえば許文龍による対中投資は歓迎しない」ということであった(中国社会科学院台湾研究所)。
二、台湾の中国国民党、親民党訪中が先行
 ところで、現時点での中台両岸の対話、とりわけ台湾側からの訪中は、水面下の接触を除けば(連戦をとりまく台湾の国民党保守派(例えば梁粛戎)、宋楚瑜の親民党(例えば劉松藩秘書長)らによるものが、陳水扁政権からのアプローチより先行しているというのが実状であるかに見える。
 例えば、中国側は、梁粛戎氏らは頻繁に訪中すると答えていたし、劉松藩・親民党秘書長らの訪中も認めていた。全国台湾研究会は、中国共産党の非公式の最高政策決定機関である「対台湾工作指導小組」(江沢民組長)のシンクタンクとして知られるが、以前には上海などで認めていたこの非公式の決定機関については、今回は、北京、アモイ、上海の各地でその存在が否定された。
 その全国台湾研究会での座談会では、この研究会を党の非公式のシンクタンクというよりも、チベットを除く中国全土に八百名の会員を有する民間学術研究機関と位置づけ、中国の台湾との民間交流窓口である海峡両岸関係協会や社会科学院台湾研究所とも連携しながら党中央にも報告書を提出しているとのことであった。
 その任務は、第一に各研究機関の交流・協調事務を行い、第二には主に中国国内において台湾にかんする研究交流やシンポジウムなどを開催して台湾側との交流の場を設定するものとされ、今年は、七月の会議に、民進党から顔建発・党中央政策会副執行長の出席が予定されていたが、民進党代表大会と時期が重なったために来れなくなったということであった。
 同研究会はまた、台湾側の中華経済研究院、台湾総合研究院、国策研究院や各大学との間で交流を行っており、民進党とは個人的な交流はあるが党との関係はなく、民進党とはこれまで、美麗島派の人達との交流が多く、今後は陳水扁周辺の派閥との関係を強化する必要があるとのことであった(全国台湾研究会)。同様の見解は、社会科学院台湾研究所での座談会でも披瀝された。
三、今後の台湾政局と陳水扁政権の対中政策への見方
 続いて、陳水扁新政権と今後の台湾内政については、前記の連戦の国民党、宋楚瑜の親民党との交流が陳水扁周辺の人々よりも先行しているためかもしれないが、先の総統選挙でも示されたように、台湾内部での宋楚瑜の支持者が国民党内部にもかなり多く、短期的には無理だとしても長期的には「連戦・宋楚瑜合作」の可能性があるとの見方が開陳された(全国台湾研究会)。
 また、もし民進党が長期政権を願うのであれば、同党の綱領にある「台独条項」を何とかせねばならず、謝長廷・高雄市長(現在、民進党主席)は「台独条項」の修正にかんして否定的ではなく、陳水扁政権の中台両岸関係にたいする柔軟な姿勢についても中国側は注目していた。しかも、民進党内部の「教条主義的台独派」が相当の影響力を有しているために「台独条項」の短期的な修正の可能性は低いものの、もし陳水扁新総統が内政面で困難に直面することになれば、彼が台湾での安定政権をアピールする必要性のゆえに、来年十二月の立法院選挙前に党の綱領、とりわけ「台独条項」を修正する可能性が高まるとの見方が支配的であった。
 というのも、陳水扁政権は、立法委員選挙を前にして、民進党が安定勢力であることを島内にアピールし、対中政策を「中道化」する必要性が生じるからである。また、謝長廷・高雄市長が陳水扁新政権の対中政策でのソフトな対応は、決して党の対中政策に反するものではないと陳水扁総統を擁護している点に注目し、中国側としては陳水扁と謝長廷の関係に留意したいという(中国社会科学院台湾研究所、アモイ大学台湾研究所)。
 ただし、民進党が「台独条項」を修正すると同党が分裂する可能性があるのではないかという筆者の質問については、七月の民進党大会で「台独条項」前段部分での文字上の修正の可能性があるが、本質的な修正・破棄は来年以降にならないと難しいし、これによって民進党を分裂させるほどのものではなく(一部には分裂の可能性もあると述べていたように記憶している)、民進党が「台独条項」を破棄しなくても陳政権と北京との関係改善は可能との意見もあった(アモイ大学台湾研究所)。
 つまり、中国側は、「一つの中国」の原則に反していなければ誰でも訪中可能であり、陳水扁新政権周辺の人物の訪中も否定していないが、民進党については「台独条項」を破棄しない限り、党としての交流は不可能であって個人としての訪中に限定されるということであった(国務院台湾事務弁公室)。
 そうしたなかで、陳水扁新総統の対中政策については、彼が短期的に「一つの中国」の受け入れを承諾することは不可能だとしても、その点にかんする彼の総統就任演説での主張が不明確であり、「三通」については、台湾企業の大陸投資は中小企業ばかりであって、中国としては大型多国籍企業の投資を望んでおり、「通航」については、台湾からの「一方通航」には同意できないとのことであった。
 また、中台両岸の対話再開のチャネルとして、汪・辜会談と李遠哲・中央研究院長を首班とする「超党派両岸政策小組」の二つが存在し、汪道涵氏が自己の役割を放棄したり、中国側が汪・辜会談を中断するとの報道があるという質問にたいしては、汪道涵氏の健康不良を指摘する意見が多かった。
 ただし、台湾側が後述する九二年と九八年のコンセンサスに戻れば、汪道涵は今秋を待たずにすぐにでも訪台できるとの意見もあり(中国社会科学院台湾研究所)、筆者としては、汪氏の健康状態が汪・辜会談の再開を阻害するものではないとの印象を受けた。
 加えて、中国の両岸関係協会と台湾の海峡交流基金会の交流中断説については、陳水扁総統が台湾の「国家統一綱領」を破棄しないと述べているが、それに基づいて「行動する」とは言っておらず、もし陳水扁総統が「国家統一綱領の基礎の上に立って両岸関係を推進する」と言えば、中国側は必ずや積極的反応を示すであろうとのことであった。
 さらに、台湾側の一部には李遠哲院長の対中チャンネルがさほど強くないという意見があることを紹介しながらそのルートについて質問したところ、李遠哲院長を中心とする「超党派両岸政策小組」については、連戦、宋楚瑜らを含めた主要三党の主席がそれに参加するかどうかなどの問題があり、その代表制には疑問符が残るため、中国側が同小組の見解を受け入れることはないとの意見が開陳された。
 その意味で李遠哲院長の役割を語るのはまだ早すぎるのであり、中国側としては海峡交流基金会が存続するのであれば、それを歓迎すると述べていた(中国社会科学院台湾研究所)。
 いっぽう、中台「統一」の時間表については、李登輝は時間がたてば中国大陸は変化し、中国共産党政権は崩壊すると考え、時間的引き延ばしをはかってきたが、中国側が「統一」を焦っているわけではなく、香港問題の解決もイギリスとのあいだで十三年を費やしたことを想起してほしいとの回答が返ってきた。
 また、中国側は「現実」を尊重し、台湾の国立政治大学の選挙研究中心の定期的な世論調査によれば、「統一」「独立」を支持する民衆は約二〇%あまりであって、台湾人民の約六〇%が「現状維持」を望んでおり、この「現状維持」とは「一国両制」に他ならないという意見もあった。
 その意味では、江沢民主席に二〇〇二、二〇〇三年頃までに台湾との「平和統一」の切っ掛けを作りたいという焦りがあるのではないかとの筆者の質問にたいしても、江沢民主席が二〇〇二年の時点でどのような行動をとるか、現時点では誰も分からないが、現在は集団指導体制であり、人が変わったからといって中国の政策的方向性が変化することはないとの回答もあった(中国社会科学院台湾研究所)。このあたりの説明の仕方は、いかにも中国的である。
四、一九九二年と九八年のコンセンサス
 ところで、中国側が「一つの中国」を原則として中台対話の再開を主張し、台湾側はその「一つの中国」問題そのものを含めて議論することで対話の再開を主張しているため、双方の対話再開に困難が生じている。この点についての中国側の見解を質問したところ、中国の両岸関係協会と台湾の海峡交流基金会の対話が断絶している原因は、中国側が「一つの中国」原則を堅持しているためではなく、台湾側がこの原則を堅持しなくなったことにあるという。
 ちなみにわれわれの訪中時の六月二十日、陳水扁総統は、台北での記者会見で、一九九二年の両岸関係協会と海峡交流基金会との「一つの中国については、それぞれが述べ合う」(一個中国、各自表述」)のコンセンサスを否定したが、これにかんする中国側の主張は次のようなものであった。
 すなわち、九二年十月、前述の二つの民間窓口による香港での事務的対話において、台湾の海峡交流基金会の許恵祐副秘書長が両岸関係協会にたいして八つの方針を提示したが、そのなかの第八番目の提案は、「国家統一」を求める過程において、双方は「一つの中国」を堅持するが、「その見解は異なる」ということであり、当時「一つの中国」原則を堅持する点については「コンセンサス」が存在したという。
 そののち、中国の両岸関係協会は、台湾の海峡交流基金会宛の同年十一月の書簡で、海峡交流基金会の提案を受けて送付し、その書簡にたいして海峡交流基金会から「一個中国、各自表述」のコンセンサスが達成されたとの返事があったという。つまり、その時点でのコンセンサスは、中台双方は「それぞれ口頭で『一つの中国』原則を堅持する旨表明する」というものであり、これらのやりとりは歴史的事実だという。
 ところが、台湾側は、このコンセンサスを「一個中国、各自表述」という形でまとめてしまい、前記の許恵祐は「コンセンサスがないのがコンセンサスであった」と主張し、「一つの中国」原則よりも「各自表述」の方を前面に押し出し、先の陳水扁総統の記者会見談話もその立場を表明したものであった。しかし、これは中国側にとって受け入れられるものではなく、そもそも九二年当時、「一つの中国」の見解の内容については何も話し合われていないという説明がなされた。
 しかも、李登輝前総統の立場が変化したのは、九四年に台湾の大陸委員会が中台両岸問題にかんするパンフレットを発表したあとのことであり、李前総統もそれまでは、一貫して「中国の主権と領土は不可分だ」と主張していたのだという(国務院台湾事務弁公室)。
 では、中国側のいう「一つの中国」原則とは具体的にいうと何か?それは、「台湾は中国の領土」であるのか、台湾と中国は「一つの国家」であるのかという点であり、陳水扁総統は、その就任演説で、(1)武力行使がなければ独立を宣言しない、(2)国名(中華民国)を変更しない、(3)「二国論」を憲法に書き入れない、(4)統独問題を公民投票にかけない、(5)国家統一綱領と国家統一委員会を排除しない――といういわゆる「五つのノー」を表明したが、中国側から見ればそれは、「曖昧で」「誠意に欠ける」ものとされた。
 つまり、九二年当時に問題となっていたのは、「中華人民共和国」と「中華民国」のどちらが「中国」を代表するかであり、そこでは双方ともに「一つの中国」についての前提があったのであり、中国側としては、台湾側がその九二年コンセンサスに戻って「中国と台湾は一つの国家である」と表明すればよいのである。では、その「一つの中国」とは「中華人民共和国」を意味するのかという質問にたいしては、明確にそう答えるのではなく、「一つの中国」の概念は、第一に、世界に中国はただ一つであり、第二に、台湾は中国の一部だということであった。
 もとよりこれは、中国の台湾にたいする説明であり、外国にたいしては、これに「中華人民共和国が中国を代表する唯一の合法政府である」という前提が加わり、それはまさに「現実の中国」だとされる。
 中国側はさらに、陳水扁総統が、「台湾は一つの主権独立国家である」との立場を崩してはいない点を指摘し、要するに中台対話の再開のためには、陳水扁政権が「中国と台湾は一つの国家である」と表明すればよいのだと説明された。ただし、「一つの中国」原則を受け入れる具体的意味合いは何かとの質問にたいしては、台湾側が「二国論」を推進せず、「九二年コンセンサス」を認めるという二点にあるということであった(国務院台湾事務工作弁公室)。
 中国側はまた、汪・辜会談の前提として「一つの中国」原則があることを辜振甫理事長はよく理解しており、九二年コンセンサスに加えて、九八年の汪・辜会談における立場に台湾側が復帰することを望んでいる。ただし筆者は、台湾側がこの九八年の汪・辜会談において「民主と対等」を対話の前提とし、そこでは「和平協定」の問題も議論となった模様であるが、確たる結論に達したわけではないと理解している。
 さらに筆者は、台湾でしばしば議論される「国家連合」の問題にかんして、「連邦制」(邦連)の可能性について質問したところ、台湾にとって「一国家二制度」は台湾にとって「連邦制」より一層大きな権力が与えられるとの回答があった。ただしこの問題は、中国の行政区域のさらなる分権化と連同する可能性もあるため、ニュアンスとしては将来への含みを残すものと筆者は受け止めた。
五、武力行使の可能性を残す中国
 そうしたなかで、台湾海峡両岸の安全を考える際に重要な点は、中国が現在、どのような認識のもとで台湾への武力侵攻の可能性を残しているかという点である。これについては、陳水扁総統は就任演説で、彼の四年間の任期中に中国が武力行使の意図を持たなければいわゆる「五つのノー」を保証しており現状が維持されるが、中国はその四年間を待てるかとの質問にたいし、中国は四年間待てないかもしれないとの回答があったことに注目したい。
 また、中国側は、李登輝前総統が「二国論」を出した時点で、理論上、武力行使は可能となっており、中国が「平和統一」に利益を見出しているから武力行使をしないだけだとの意見が披瀝された。さらに、「平和統一」には期限があるとして中国側が発表した「台湾白書」に準じて考えれば、その期限は来年十二月の立法委員選挙前までで、それまでに台湾側の態度に変化がなければ、何かが起きる(武力行使?)かもしれないという(アモイ大学台湾研究所)。
 その「台湾白書」について筆者は、その発表に外交部が反対したが、江沢民主席は出したかったという台湾側の説を紹介しながら質問を行ったが、その説はまず、憶測にすぎないとの回答が返ってきた。中国側の説明によれば、「台湾白書」は社会科学院の台湾研究所が起草したものであるが、朱鎔基総理が三月の全人代での記者会見で述べたように、「まず二国論があり、その後に台湾白書がある」ということで、李登輝前総統の「二国論」に対応して、台湾側が対話を無期限に引き延ばすことを許さないとの姿勢を明確にしたものであったという(中国国際戦略基金会)。
 そうしたなかで、「一つの中国」原則にかんして台湾側は、台湾が中国に税金を払っていないとか、事実上は独立しているなどと主張しているが、これは「一つの中国」の原則に反するもので、台湾がこのような態度を取り続けていると、「悲劇」(武力行使?)が生じる可能性があるとの意見もあった(上海台湾研究所)。
 もとより、台湾側は「武力」より「民主」を強調し、そうした台湾の民主選挙を行う民意については、中国側も十分に理解しているという。ただ、台湾側の主張する「中国統一」の前提に中国の民主化があげられているとの質問にたいしては、台湾の民主と民意について理解しているものの、中国側にも民意があるのであって、台湾が中国大陸十一億人の民意に向かい合い、「一つの中国」にたいする大陸の民意は非常に強いことを理解してほしいという回答が返ってきた(社会科学院台湾研究所)。
おわりに
 本論では、訪中の際の問答を以上のようにまとめながら記述してきたが、ここでは最後に、筆者の訪中の印象を含めた個人的意見を総括してみたい。
 まず第一に、今回の訪中で得た発言として、中国の各台湾研究所の一部に、中国はこれまで「平和統一」の方針のもとでずっとやってきたが、「物事が動かないので、疲れた」という意見があったことである。筆者はこれを、中国の「台湾白書」などに見られる「平和統一」への期限設定の表れと見るべきか、台湾の陳水扁政権の誕生を予測していなかったか、予測していたとしても政府の上層部が専門家の意見とは別の論理で政策を遂行することへの「心理的疲れ」と解釈すべきか、考慮中である。
 それと関連して第二に、本文中でも触れたが、江沢民主席を組長とする「対台湾工作指導小組」の存在は、以前、上海では肯定する意見も聞かれたが、今回は各研究所でそれにかんする回答を避けられた。そして、その上海では今回、上海と北京とでは意見が異なり、上海の方が柔軟ではないかとの質問を投げかけたが、北京と上海での中台両岸問題にたいする基本的な意見の相違はないとの回答があった。
 ただし、過去の北京の台湾政策は必ずしも適切ではなく、これまで中国側は、台湾にたいして台湾独立のマイナス面ばかりを強調してきたが、これからは「両岸統一」の台湾にとってのプラス面を強調すべきであるとの発言があった点は興味深い(上海台湾研究所)。
 第三に、今回は一部の研究者のなかに、中台両岸関係についてはあまり語りたくない雰囲気を感じたが、それは、訪中の時期といった点からして、北京中央の上層部の政策がまだ決まっておらず、夏の北戴河会議あたりで、台湾問題が議論され、その方針に基づいて今後の研究重点の方向性が下に降りてくるため、この訪中時点では将来に向けた微妙な問題についての発言を回避された可能性もある。
 もとより第四に、この北戴河会議では、その結果として中国が陳水扁政権批判を準備中であるとの報道もある。ただし同会議では、そうした台湾問題以外に国有企業の改革やその他の内政上の問題での議論がより高い優先順位を占めた可能性もあり、中国側のある研究者が筆者との個人的対話のなかで、中国も(台湾同様)「政治改革がなければ経済改革も完成しない。いま中国が抱えている問題は、両岸の問題より、中国国内の国有企業改革、一時帰休者などのより大きな困難がある」と語ってくれた点は興味深いものであった。
 したがって、そこで筆者は、政治改革に関連する農村の基層レベルでの選挙の実態にかんして、「農民は選挙そのものの存在すら知らないという説もあるが」と質問したところ、「二億の文盲がいるから」との返事が返ってきた。
 第五に、中台両岸問題で台湾の民間紙『中国時報』(七月十九日、二十日付)が、驚くべき事実を報道している。それは、台湾の李登輝政権が八八年四月から九二年六月の間に七回にわたって中台双方の極秘のチャネルによる政権中枢同士の直接接触を『密使』派遣というかたちで進めていたことである。
 この報道は、台湾民間紙の報道であるため、その信憑性について吟味する必要があるが、『中国時報』の報道によれば、アメリカのワシントンで三年ほど隠居生活をおくっていた南懐瑾が日本経由で香港に滞在していたとき、中国の全国政治協商会議常務委員で国民党革命委員会副主席の賈亦斌が、当時中国の「対台湾工作指導小組」の組長であった楊尚昆国家主席(当時)の代理人(同「小組」弁公室主任)である楊斯徳を香港におくり、「北京が台湾の李登輝総統(当時)との直接接触を希望している」旨を台湾側に伝えたという。
 そして、九〇年にはそれに呼応して、李登輝前総統の秘書で彼が最も信頼する蘇志誠が香港を訪れ、南懐瑾らと密かに会見し、そこで蘇志成が李登輝前総統の意向を伝えて、そののち南懐瑾は密かに台湾を訪れ李登輝前総統と会見したといわれる(『中国時報』、二〇〇〇年七月、十九、二十日)。
 この「密使」事件は、九二年六月十五日まで続き、主として九二年の第一次汪・辜会談のための根回しのために行われたとされ、同『中国時報』は関係者の会見現場を写真付きで明らかにし、李登輝前総統ほか蘇志誠自身もこの報道を今もって否定していない。また、この「密使」事件は、台湾の国民党幹部、国家安全局レベルにも知らされておらず、まさに中国・台湾の指導者側近によるものと解釈することができる。
 政権担当間もない李登輝前総統にとって、第一次汪・辜会談のためにこういった根回しが必要であったということは、これを敷衍すれば、現在の陳水扁総統にとっても中台対話の再開に向けて、こうした水面下の根回しが必要となり、現在それは進行中と考えても不思議ではない。また、同報道によれば、このチャネルは現在も依然として使えるものであるので、関係者がこのチャネルを使って北京と接触しても良いかと陳水扁総統に問うたところ、「やってみても良い」との回答があったという。
 こうして現在の中台両岸の対話のチャネルは、台湾側から見れば、汪・辜会談、李遠哲グループ、そしてこの蘇志誠ルートの三つがあると言ってよい。
 すでに述べたように、中国には国有企業改革問題、社会の弛緩と多元化にともなう政権側からの引き締めや党中央内部の角逐など多くの問題を抱え、台湾の陳水扁政権も、来年十二月の立法委員選挙に向けた内政面での体制固めが必要である。「中国には内政の拘束があり、台湾には民意の拘束がある」ように、中台両岸関係には、双方の内部事情が変数として影響を与える。中台両岸関係の今後の行方が注目されるといえよう。
井尻秀憲(いじり ひでのり)
1951年生まれ。
東京外国語大学中国語科卒業。米カリフォルニア大バークレー校大学院修了。政治学博士。
筑波大学助教授を経て現在、東京外国語大学教授。
 
 
 
 
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