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私はこう考える【中国について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1999年9月号 国際問題
台湾海峡問題の国際的意味
筑波大学助教授 井尻秀憲
はじめに
 国境を越えたヒト、モノ、カネや情報の移動というボーダーレスな国際社会が生まれている今日、世界各国の指導者は、「冷戦時代」の過去の遺物を次々に打ち壊してはみたものの、「冷戦後」の「混沌とした状況」をくぐり抜け、そこから二一世紀に向けた世界新秩序なり国内的新体制を創出することのむずかしさに直面している。
 そして、そこではむしろ、そうした国境なき世界に逆行するかのような自国の国益と政治・文化的ルーツに先祖帰りする「新しいナショナリズム」や「分離と統合」の時代が到来し、大国も小国もそれぞれの内部事情に合わせて国境線の画定もしくは引き直しを模索することにならざるをえない。今は亡き英国の歴史家E・H・カーによれば、世界史はもともと、国家の最適規模を求める作業の繰り返しであったと言われる。
 周知のように、今日の国際情勢は、冷戦後から二一世紀への移行期にあり、そこでは、前記の「分離と統合」「冷戦期の二極化から冷戦後の多極化」「新しいナショナリズム」の時代と理解すべきものである。
 また、今日の移行期の国際環境には、二つのグローバルな還流が存在し、その一つは、欧州から大西洋を越えてアメリカ大陸に伝播し、そこから太平洋を越えてアジア地域に及んだ工業化と民主化の波であり、それは中国大陸にも及んでいるベクトルである(1)
 これに対して、もう一つの還流は、米国が推進する北大西洋条約機構(NATO)の「東方拡大」に始まるもので、統一通貨ユーロに移行した欧州連合(EU)内部のドイツ、フランスや旧東欧諸国とロシア、ユーラシア、中央アジアを経てこれまた中国大陸内陸部にぶつかるものである。すなわち、日本が「シルクロード外交」の展開や「平成のシルクロード」と呼ぶ際にかかわる新しいベクトルの誕生である。
 こうして二一世紀は、はたして「中国の世紀」であるのか、依然として「アメリカの世紀」であるのかという興味深い設問が浮かび上がってくることになるが、米中関係の行方は台湾や日本の安全を確保するうえできわめて重要である。
 他方、「新しいナショナリズム」の台頭や「分離と統合」といった現象は、旧ユーゴスラビアのセルビア、クロアチア、ボスニアの民族・宗教問題による内戦と分離・独立、コソボ自治州のアルバニア系住民によるセルビアからの分離・独立への動きとなって表われ、NATO軍の空爆も敢行された。
 しかも、本年五月八日のNATO軍によるユーゴ(ベオグラード)の中国大使館「誤爆」事件は、中国の反・欧米ナショナリズムを国内だけではなく対外的にも発揚する重要な契機となり、中国は米国に対して新たな外交カードを握ることとなった。
 こうした問題は、冷戦後のボーダーレスな世界における「国家主権」概念の再定義を必要としており、台湾海峡両岸の「分離と統合」という点にも当てはまる。また、筆者はここで、「台湾海峡問題」のあり方を、現時点から二一世紀初めの向こう五、六年あたりまでを視野においた台湾海峡の安全と、その国際的意味合いにかかわるものと考えている。
 例えば、「台湾の安全保障状況」と題する米国防総省のレポートは、北京が二〇〇五年に保有を見込んでいる攻撃ミサイルの圧倒的優勢に対して、台湾が配備するミサイル防衛能力の不十分さを指摘している(2)
 したがって本稿では、「台湾海峡問題」の「国際化」に関する説明変数として、(1)既述のような二一世紀に向けた国際環境のあり方、(2)米中日の三角関係、(3)中台関係の雪解けと現状、(4)中台関係に関する台湾住民の世論調査結果と国際問題化する台湾の内政――の四つを取り上げ、それによって被説明変数としての「台湾海峡問題」の「国際化」を実証するよう試みてみたい。
 

(1)Samuel P. Huntington, The Third Wave: Democratization in the Late Twentieth Century, Norman and London: University of Oklahoma Press, 1991.
(2)"The Security Situation in the Taiwan Strait, "Report to Congress Pursuant to the FY99 Appropriations Bill; "Future Military Capabilities and Strategy of the People's Republic of China, " Report to Congress Pursuant to Section 1226 or the FY98 National Defense Authorization Act.この点について詳しくは、阿部純一「弾道ミサイルをめぐる米中関係」『東亜』一九九九年七月号、三〇―三一ページ、参照。
一 米中日関係と台湾
 周知のように台湾は、地政学的には北東アジアと東南アジアのほぼ中央に位置し、軍事、政治外交、経済、文化の各分野において周辺国の国際的影響力が重層的に及ぶ「十字路」(李登輝)にある(1)
 そうしたなかで、日本、台湾、中国らの国々を含む北東アジアでは、一九九六年八月の包括的核実験禁止条約(CTBT)調印以前に中国が急ぎ核実験を行ない、朝鮮半島では、昨年(九八年)八月三一日に北朝鮮のミサイル・テポドンが日本上空を飛んでわれわれ日本人を震撼させた。
 また、台湾海峡では、一九九五、九六年に中国による台湾向け軍事演習がなされたものの、九六年三月の台湾の総統直接選挙は米国の空母派遣もあって、さほどの混乱もなく実施された。さらに、それを受けて日米両国では、双方の同盟関係の再定義や日米安保共同宣言がなされ、日米「有事」のガイドライン(日米防衛協力のための指針)関連法案が本年五月に日本の国会を通過し、戦域ミサイル防衛(TMD)の技術的計画を検討するための予算化も着手された。
 中国、台湾の双方が関心を抱く「周辺地域」のなかには、朝鮮半島と台湾海峡が含まれるとの見方があるが、日米両国はこれを、「戦略的曖昧性」という方針の下で具体的に対象国を明示しておらず、台湾の李登輝総統も、本年六月一一日の『自由時報』社主催のシンポジウムに先立って行なわれた外国人参加者との会見で、「周辺有事」の「範囲」の問題に関心を示していた(2)
 ただし、この「範囲」の問題については、同シンポジウムに参加した玉沢徳一郎前防衛庁長官が、翌一二日の会議で「どのような『有事』が発生するかによって、『範囲』の問題も変わってくる」と述べており、これが日本側の基本的姿勢だと考えてよいだろう(3)
 言うまでもなく中国は、この「周辺地域」に台湾が含まれることについて強い反対を表明している。しかしながら中国は、国際社会一般の認識からみても明らかなように、こうした問題で「台湾が中国の内政問題であり、米国が内政干渉を行なっている」と主張すればするほど、逆に台湾問題を「国際化」するというジレンマに陥っていくことになる。
 他方、台湾は、後述するように与野党を含めて「現状維持」志向であり、中国が台湾に対して武力を行使しない限り「台湾独立」を宣言することはありえないし、むしろ現在の台湾の主たる戦略は、対外的には「国際化」、国内的には「土着化」である。
 ところで、後述する中台の限定的和解を演出するうえで鍵(説明変数の一つ)となるのは、なんといっても米中関係であろう。ただし、私見では、一九九七年一〇月の江沢民中国国家主席の訪米、九八年六月のクリントン米大統領の訪中による米中和解は、まだまだ表面的なものであり、今後も米中関係がこれ以上に急速に改善されるとは思えない。
 そうした江沢民訪米とクリントン訪中による表面的な米中和解を、筆者は「便宜的結婚」と呼んできたが(4)、江沢民訪米で謳われた米中の「建設的かつ戦略的パートナーシップ」は、江沢民主席が自ら吐露しているように、「パートナーシップという言葉がはやっているが、一般的な言葉であり、・・・米国とは、これからもそれを発展させなければならない」ものである(5)
 したがって米中関係は、中ロ間で進む軍事交流も含めた各種の交流の進展と比較するとき、大きく性格を異にしている。ちなみに、昨年六月のクリントン訪中では共同文書も調印されず、クリントン大統領も上海の非公式な場で台湾問題に関する「三つのノー(不支持)」(「台湾独立」、「二つの中国」「一つの中国、一つの台湾」、台湾のメンバーとしての国連参加を「支持しない」)に触れただけであった。
 ここで改めて確認しておくと、クリントン大統領は、訪中を終えた時点で直ちにアメリカ政府の対台湾窓口機構である米国在台協会(AIT)理事長のリチャード・ブッシュを政府代表として台湾に派遣し、訪中後の米国の台湾政策に何の変化もないことを台湾側に伝えた。
 すなわち、クリントン大統領が触れた台湾問題での「三つのノー」は、前記のような「台湾独立」を含めた三点に関して米国が「支持しない」というものであって、それは、「賛成」でも「反対」でもないニュートラルな言葉として理解すべきものである。
 また、クリントン大統領のこの点に関する発言は、上海の民間知識人に対する講演のなかで非公式に行なったものであり、大統領は、台湾向け武力行使を放棄できないという中国側の発言に対して三度にわたって公然と「台湾関係法」に言及し、五回も繰り返して「台湾問題は平和的に解決すべきだ」と述べたという。
 しかも、米国は、一九九四年に行なった対台湾政策の見直しにもとづき、「国家としての地位身分を要件としない国際機構において台湾が籍を取得することを支持する。国家を主体とする国際組織に関しても、その組織自体が台湾をメンバーとして受け入れる場合、米国も支持する」としている(6)
 言うまでもなく、ここで重要なことは、中国が反対する台湾の国際機関への参加や国際社会での活動をアメリカ政府が「支持する」とし、台湾問題を「中国の内政問題」と主張する中国の立場に対して、台湾の国際社会における「国家としての存在と活動」を認めている点である。
 また、それに加えて米国の上下両院議会は、大統領の訪中後、「台湾関係法に規定されている米国の台湾に対する承諾事項を再確認する。米国は台湾に対し、武器を売りつづける。クリントン大統領を促し、中国が公式に台湾に対する武力行使または武力脅威を放棄する声明を行なうべく要求する。クリントンが言及した〈Three Nos〉(三つのノー)政策はアメリカ国民の立場を代表するものではない」といった内容を含む「一〇七号決議案」を、七月一〇日に満場一致で可決した。
 このように、クリントン訪中は、これによって米国の台湾政策を変更したものではなく、そうした点について米国側は、前記のブッシュ理事長のブリーフィングに加え、米国の閣僚であるリチャードソン=エネルギー長官を一九九八年一一月に訪台させ、台湾に対する説明を行なっており、そのことは、米台関係に関して誤解が生じないように、日本政府に対しても台湾側からきちんとした説明がなされているのである(7)
 ところで、繰り返し述べているように、二一世紀に向けた米中関係の和解は容易なものではない。例えば、五月一〇日の『ニューヨーク・タイムズ』は、米国が主導するNATO軍の在ユーゴ中国大使館の「誤爆」は、中国が対米外交カードを握り、「血の債務」(blood debt)でもって米国に対して「貸し」をつくったと報道している(8)
 一方、注目すべきことは、中国側がこの「誤爆」事件を「米中関係の一大転機」とみている点である。周知のように、五月八日の「誤爆」事件で中国では大変なナショナリズムが内外に台頭し、北京、上海、広州、成都などで大学生を中心にアメリカ大使館、総領事館前で抗議のデモ、シュプレヒコール、火炎瓶放火などが相次いだ。
 この事件に関して中国政府は、「誤爆」事件を米国防総省・国防情報局(DIA)や中央情報局(CIA)の「計画された空爆」だとみなしているが、同様の見方は米国内部にも存在する(9)。しかも、最近の中国の各種雑誌で論文の件数が最も多いのは「NATOの東方拡大」に関するものだと言われ、江沢民主席も国内的考慮の故に簡単に対外的「譲歩」を行なうこともできず、前記の五月一〇日の『ニューヨーク・タイムズ』は、江沢民主席に対する李鵬副主席や軍の保守派など対米強硬派の存在をも指摘している。
 クリントン大統領は「誤爆」後の声明や書簡で中国に謝罪したが、江沢民主席にいったんは電話協議を拒否され、五月一四日にようやく電話でお悔やみを言い、アメリカ国内では、中国が反米デモを「黙認」(「公認」)したことへの反感から議会で反中ムードが噴出し、六月一六日、ピカリング米国務次官が軍・情報関係者とともに訪中し中国側と折衝した。
 もとより、中国側の発想では、ユーゴのミロシェビッチ大統領による「民族浄化」を、中国の民族問題(内モンゴル、新疆ウイグル、チベット)やさらには台湾問題につながるものとみなすであろう。ユーゴ空爆は中国にとって、米国のグローバルな「単極世界の確立」の一環であり、江沢民主席も言うように「小事や孤立した事件ではなく、二一世紀にどのような新国際秩序をつくるのかという歴史的問題」なのである(10)
 また、米中貿易と中国の国際貿易機関(WTO)加盟問題については、本年四月六日から朱熔基首相が首相としては一五年ぶりに訪米し、WTO加盟問題では、部分的合意のみで最終合意には至らなかった。ただし、北京の財界筋は、米中関係が政治的問題ではいろいろ悪化しているが、「経済貿易関係は理性的に判断して継続できる」と認識し(11)、年内のWTO加盟に意欲的だという。
 ところで、本年五月二五日に公表された米下院特別委員会の「コックス報告書」によれば、中国が二〇年以上も前から少なくとも七種類の核兵器についての機密情報を米国から入手していたことが明らかとなった。同報告書によれば、中国は一九八〇年代に中性子爆弾の一連の実験を実施したが、スパイ行為を通じてその製造技術を入手したと言われる。
 他方、人権問題で中国は、人権A規約(「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」)のみならず、市民的及び政治的権利にかかわるB規約にも一九九八年に署名し、それらに当たる魏京生、王丹らを釈放した。だが、中国の民主活動家は米国で「中国人権」(Human Rights in China)を設立し、米国務省は本年二月に「一九九八年世界人権報告」を発表して中国の人権弾圧を糾弾したほか、四月には国連人権委員会に対中人権非難決議案を提出し、採択されなかったが国際社会に対して問題提起を行なった。
 ここでは基本的人権を国是として重視する「理念の共和国」アメリカと、共産党一党支配の下で中華ナショナリズムを鼓吹する中国との「親和と摩擦」のサイクル、さらには天安門事件で目覚めた香港の民主化組織「中国人権民主化運動情報センター」らの存在が注目されよう。
 

(1)李登輝『台湾の主張』、PHP研究所、一九九九年、一二七ページ。
(2)『自由時報』主催「アジア安全保障と両岸関係」シンポジウム、一九九九年六月一一日。「李総統、両岸就永遠維持現状」『自由時報』一九九九年六月一二日。
(3)玉沢徳一郎「日米防衛協力ガイドライン及び両岸関係」(同右シンポジウムでの報告)、一九九九年六月一二日。
(4)拙稿「『台湾』棚上げで“便宜的結婚”に踏み切った米中」『世界週報』一九九七年六月一〇日号、二二―二五ページ。
(5)『朝日新聞』一九九八年一一月一二日。また、「戦略的パートナーシップ」については、濱本良一「『米中戦略的パートナーシップ』の起源と背景」『東亜』一九九九年六月号、三二―四六ページ、参照。
(6)台湾側公式文献「米国議会の反応(クリントン訪中後)」、「クリントン訪中とThree Nosについて(アメリカ政府の釈明)」、参照。
(7)台湾側公式文献「クリントン大統領のいわゆる〈三つの不支持〉に関する台湾側の認識と日本への要望」、参照。
(8)Erik Eckholm, "China's Leaders Stroke Anger at the U.S. at Their Peril," New York Times, May 10, 1999.
(9)Chalmers Johnson, "American Intelligence Services Lose Credibillity Over East Asian Security Problems," JPRI Critique, Vol. 6, No.6, June 1999.
(10)『人民日報』一九九九年六月九日など。詳しくは、小島朋之「NATOの新戦略と日米安保」『東亜』一九九九年七月号、三九―四二ページ、参照。
(11)欣栄「中国重新審視中美関係」『鏡報』一九九九年六月一日号、二三ページ。
二 台湾海峡両岸の雪解け
 さて、すでに報道されているように、中台関係においては、台湾の民間かつ準公式的な対中交流窓口である海峡交流基金会の辜振甫理事長の訪中が昨年一〇月に実現した。辜理事長はまず、上海で中国側の対台湾交流窓口である海峡両岸関係協会の汪道涵会長と会見し、そこで辜振甫理事長は「台湾の民主選挙をみてほしい」と語った。同氏はまた、北京で江沢民主席(肩書きは党総書記)と会談し、「台湾の民主化の経験を紹介した」という。
 こうした訪中を台湾では「融氷(氷が溶ける)の旅」と呼んだが、辜振甫氏は、その後日本をも訪れ、昨年一一月に日台民間交流会議の一つである「アジア・オープン・フォーラム」松江会議において、訪中の成果を総括しながら「氷は凍結していてこそ物事が進む」と述べていた(1)
 ただし辜振甫訪中による中台和解は、前記の表面的な米中和解と同様に、これまたたやすく進展するとは思えない。また、台湾の政府当局が享振甫訪中に際して同理事長に与えていた指示は、「対等と民主主義」の二つの言葉であったが、ただし、前記の辜氏による「氷の凍結」発言については、「氷は溶けたほうがいい」という総統府筋の意見に近い国民党幹部の見方もある(2)
 ところで、去る七月九日にドイツの公共放送とのインタビューで行なった台湾の李登輝総統による「中台関係は特殊な国と国との関係である」といった発言が中国の猛烈な反発を招いている。しかも、その発言を台湾の関係閣僚などが否定しないだけに、中国の高官は李登輝発言を「祖国分裂のたくらみ」と非難し、香港の報道はすでに、中国の人民解放軍が過去最大の軍事演習を検討し始めたと伝えている。
 もとより、台湾の国防部報道官は、七月一三日の時点で「中国軍の演習準備の兆候はない」としており、アメリカ政府も七月一九日のルービン国務省報道官の発言で、「(中国の)軍の動員など、通常とは異なる展開の兆候はない」としている。
 だが、本年秋に予定されている海峡両岸関係協会の汪道涵会長の訪台は、中国内部の軍の抵抗もあって危ういものとなりつつある。ただし、汪道涵訪台に関しては、汪道涵サイドから台湾の海峡交流基金会の辜振甫理事長に李登輝発言の「説明を求める」とし、辜理事長もその対応策を検討すべく李登輝総統との協議に入り李発言に近い書簡を中国側に送ったがそれを拒否され、このままでは「一つの中国」の前提のもとで訪台を予定していた汪道涵会長の中国側からみた訪台の意味が薄れることになろう。
 事態はまさに、いったんは、一九九五、九六年の中国の台湾向け軍事演習による「台湾海峡危機」の再来を思わせるかのようであるが、しかし、だからこそ、その教訓をふまえた中台双方は、米国の仲介もあって、時間の経過とともに状況をこれ以上悪化させない「心理戦」の方向へと進みつつある。
 本年七月の李登輝発言は、台湾側からすれば、政府の従来の立場をもう一歩踏み込んで明確にしたものである。その背景として、台湾は昨年来、世界の国際法学者などを招いて法と歴史の側面から台湾の国際社会における位置づけを検討してきた。李登輝発言は、そうした結果としてなされたものである。
 これに関して、中台関係の鍵をにぎる米国は、従来から自国の「一つの中国」論の立場に立って中台の対話を希望してきたが、李登輝総統がジョンソン米国在台協会所長に対し、自己の発言に関して「(対中政策についての)大きな政策変更はない」と説明した点を重視している。
 そうしたなかで、七月一八日深夜、クリントン大統領と江沢民国家主席による米中首脳の電話会談がなされ、そこでは既述のような一九九六年の「台湾海峡危機」の再来を回避したい米国が、中国に対して自制を求めたようである。これをふまえて米国は、米国在台協会のリチャード・ブッシュ理事長を七月二二日に訪台させ、中国には同日スタンレー・ロス国務次官補を北京に遣って、米台、米中間の意志の疎通をよくする方向に動き始めた(3)
 他方、一九九七年の一五全大会(中国共産党第一五回大会)以降の中国の台湾政策は、台湾に対するソフトなアプローチ、つまり江沢民政権が先の台湾向け軍事演習から一転して柔軟戦略へと公的に復帰したことを、海外華僑や国の内外に対してアピールするものであり、中台和解に向けた江沢民政権の対話路線への復帰と解釈しうるものであった。
 ただし、こうした中国の柔軟戦略は、一種の「攪乱戦略」ないしは「統一戦線工作」であって、台湾の政府当局はそれを十分承知している。すなわち、台湾側は当面、「政治協議」に応じる構えはなく、あくまで「実務協議」を進めて、台湾の一般のビジネスマンが殺害されたり、航空、漁船などに犯罪がらみの事件が急増している状況を、中国との「実務協議」で調整することが先決であるとの判断がある。
 しかも、筆者が以前に入手した総統府資料や、本年五月に台湾で出版された李統輝総統の最新の著作『台湾の主張』のなかの図(ダイアグラム)にもあるように、李登輝政権は、対中政策と対外政策(「現実外交」もしくは「実務外交」)を巧みにバランスさせながら、前記のような李登輝総統の強気の発言はあるものの、汪道涵訪台を台湾側から拒絶する意志はない(4)
 したがって、中国からの各種のアプローチに加え、台湾国内の動き、すなわち国民党のさらなる改革と民主進歩党(民進党)の成長、ならびに来年の総統選挙に向けて進行するさまざまの政治的思惑と葛藤の存在、さらには米国の対中・対台湾政策などを説明変数として睨みながら、李登輝政権は「戒急用忍」(急ぐのを戒め、忍耐で対応する)という「現状維持」を死守せんとし、「新台湾人論」を主張して昨年の台北市長選挙を国民党の勝利に導くなど、台湾の「土着化」と「国際化」を推進している。
 一方、前記の李登輝総統の『台湾の主張』には、中国を「七つの地域に分割してはどうか」という提言が含まれているが、このことが一時期台湾内外で話題を呼んだ。これは当然ながら、中国の「連邦制」を念頭においたものであるが、台湾の総統府周辺に「台湾問題」解決の一つの方法としてそうした中国の「連邦制」構想が存在していたことは、筆者も早くから理解していた(5)
 もし、中国側に英連邦(コモンウェルス)型の連邦制を容認できる状況が存在するならば、私見では、台湾側も同意する可能性が高い。しかし、現在の中国の「国家主権」観と対台湾政策での「一国家二制度」方式に何の変化もみられない以上、こうした「連邦制」は実現不可能であるし、またそこに至るプロセスにおいて、中国内部が今後どのような変化を遂げるのか、予測はきわめてむずかしい。
 また、台湾がすでに選挙を通じた民主主義制度を定着させている以上、台湾の針路を決めるもう一つの説明変数はなんといっても台湾住民の意志である。では、最近の台湾住民がいわゆる「統一・独立」問題(以下、「統独問題」)においてどのような認識を抱いているのか、台湾のいくつかの世論調査結果をみながら以下において論じてみよう。
 

(1)「アジア・オープン・フォーラム」松江会議(一九九八年一一月)での談話。
(2)台湾の国民党幹部との筆者のインタビュー。
(3)一九九九年七月一〇日から七月末あたりの日本、香港、台湾の各新聞報道、参照。
(4)李登輝、前掲書、九四ページ。井尻秀憲編著『中台危機の構造』、勁草書房、一九九七年、一一〇ページ。
(5)ただし、こうした連邦制論は、李登輝総統の右記の新著では簡単に触れられているにすぎない。
三 世論調査にみる中台関係と国際問題化する台湾の内政
 ところで、既述の辜振甫訪中直後の一九九八年一〇月二一日から二三日にわたって実施された台湾住民の意識調査によれば、回答者の八二・一%が「中国が民主制度を実行しなければ統一問題を話し合う必要はない」と答え、中台の統一問題についても、七〇%近くの回答者が「中国は民主化の実施に対して誠意がない」と述べ、七八・一%の回答者が中国が台湾への武力侵攻を放棄しない限り、中国の求める「三通」(直接通航、通郵、通商)協議に応じられないと主張していた。
 また、台湾のハイテク技術産業など大型の大陸投資への政府による歯止めについては、八〇%近い回答者が賛同し、辜振甫訪中自体については六六・二%が満足の意を示していた。この意識調査は、辜振甫訪中による中台和解といっても、台湾住民の中国現体制への不信感の根深さを浮き彫りにし、台湾住民の意識の底流にある中国への基本的な疑念と「大陸離れ」を示している(1)
 さらに、筆者が入手した台湾の対中政策決定機関である行政院大陸委員会の世論調査(一九九八年一一月時点)によれば、調査に回答した台湾住民は、「統独問題」に関して圧倒的な「現状維持」志向であり、そこでは北京からの各種のアプローチに対して「現状維持」を死守せんとしている李登輝政権の対中政策に台湾住民がおおむね満足していることがうかがえる。
 さらに、昨年の選挙のキーワードであった「新台湾人論」との関係で言えば、九八年九月の時点で、「自分が台湾人であり、中国人でもある」と答えた比率が三九・五%、「自分は台湾人」と答えた比率は三七・八%であり、両者を加えれば七七・三%となり、これが「新台湾人」(New Taiwanese)ということになろう(2)
 ところで、議論が相前後するが、一九九八年一二月五日、台湾でトリプル選挙(立法委員、台北・高雄市長、市議会選挙)が実施され、投票率が八〇%前後というきわめて高い数字を示すなど、有権者の「微熱の島、台湾」での選挙にかける熱気を示していた。
 その結果、立法院議席は、国民党が一二三議席(前回、八五)の安定多数を獲得し、民進党は七〇(前回、五四)、新党は一一議席(前回、二一)で、得票率は、国民党が四六%、民進党が約三〇%、新党は七%であった。一九九七年の県市長選挙では、国民党の得票率は四二%、民進党は四三%で、小差ながらも与野党逆転という事態が生じたが、昨年の選挙での得票率は既述のように国民党が民進党にある程度の差をつけて再度逆転した。
 そうしたなかで、前記のように昨年の選挙でのキーワードは、なんといっても外省人、本省人、原住民のすべてを含む「新台湾人論」であったが、同選挙は来たるべき二〇〇〇年の総統選挙の前哨戦でもあった。もとより、国民党がこの立法委員選挙で安定過半数を獲得したことは、李登輝総統が任期中に急ピッチで進めたい五度目の憲法改正と地方政治の改革などを推進するにあたって有利となったことを意味した。
 また、焦点となった台北市長選挙では、最大野党民進党の現職・陳水扁(台湾人)が七万票差で国民党公認候補の馬英九(前法務大臣、無任所閣僚で外省人)に敗れ、馬英九の勝利は、「李登輝路線を継承する」という本人の意志表明を確認しつつ、李登輝総統が与野党を超えたより高い位置から選挙演説を行ない、「四〇〇年前に大陸から移住した台湾人も、五、六〇年前に台湾に移った外省人も同じ『新台湾人』である」と主張し続けたことが功を奏したと言えよう。
 ただし民進党にとっては次の次と目されていた陳水扁がこの敗北で無職となったことによって、次期総統選挙に打って出ることとなった。また、外省人の宋楚瑜は台湾省主席に当選した時点では、李登輝総統の後押しもあって大多数の台湾人票を獲得したが、そののち総統との関係が悪化した彼もまた、一九九八年一二月二〇日の時点で台湾省主席の任期がきれて無職となり、総統選挙への出馬を表明することとなった。
 昨年のトリプル選挙の結果をみて中国は、とりあえず台北市長選での外省人の勝利という点で一時的に安堵したものと思われる。しかし、民進党が来年の総統選挙で陳水扁を公認候補に立てて勝つとなると、同党が「台湾独立」を党の綱領に明記しているために中国を極度に刺激することになり、重要な懸念材料となろう。
 もとより、民進党内部では、「台湾独立」を党の綱領からはずすといったことを主張する立法委員もあり、政権が彼らに近づけば近づくほど、李登輝路線を継承する方向での現実主義に傾斜することになろう。しかも、前記の李登輝総統による「国と国」発言は、結果として次期総統選挙での陳水扁の票を連戦のほうに流れさせると予測する見方もある。
 このように次期総統直接選挙の実質的な活動はすでに展開されていると言えるが、国民党主流派が推す連戦副総統がマスコミの世論調査では不人気ゆえに、激戦が予想される。ただし筆者は、マスコミの世論調査は記者に資金がわたったりしてかなり恣意的であり、本年八月末の国民党の党大会で連戦副総統の国民党公認候補が確定し、少なくとも国民党上層部は、たとえ先般中国を訪問した柏村が、一九九六年の総統選挙の際と同様に次期総統選挙でも北京からの資金を国民党非主流派に流すとしても、連戦総統候補がマスコミや世論調査の不人気にもかかわらず、「勝てる」と考えているのでないかと思っている。
 これに対して、台湾のみならず日本のジャーナリズムは、先般訪日した陳水扁民進党公認候補が武見敬三外務政務次官と会見し、宋楚瑜前台湾省主席が高村正彦外相といった現職閣僚を含む有力政治家と会見したことを報じながら、特に宋楚瑜の実力と当選可能性を報じている。こうした総統候補と日本の有力政治家との接触は、二人が現在無職であって、台湾の公的立場にないということで実現したというのが日本側の解釈である。
 ただし、ここで注意しなければならないことは、次期総統に意欲をもつ二人の人物が日本のどのレベルの政治家に会うことが可能であったかといった尺度によって、台湾の人々は二人の対日関係や「国際人」としてのチャネルを判断するという点である。すなわち、台湾のマスコミや住民は、こうした日本の有力政治家の行動を、日本の政治家が台湾の総統選挙運動に実質的に参加しているとみるのであり、その点の理解を失ってはならない。つまりこれは、台湾選挙の「国際化」を意味するのである。
 

(1)『産経新聞』一九九八年一一月三日。
(2)「中華民国台湾地区民衆対両岸関係的看法」、行政院大陸委員会、一九九八年一一月。
おわりに
 以上のようにみてくると、筆者が冒頭で提起した四つの説明変数によって「台湾海峡問題」の「国際化」を実証するという試みは、次のような議論の整理によって、より理解しやすいものとなろう。
 まず第一に、二一世紀に向けた国際環境のあり方は、冷戦後の旧帝国(例えば旧ソ連圏)の崩壊や、ユーゴのコソボ問題およびインド・パキスタン関係などによって例証されるように、宗教も絡んだ民族の「分離と統合」「新しいナショナリズム」「国境線の画定や引き直し」といった点に世界の関心を引きつけ、東アジアでは同様の見方が可能な「台湾海峡問題」に対して今後も注視が必要であるというコンセンサスができつつある。
 第二に、近年の米中日三角関係は、冷戦後の二国間開係を超えた多国間関係への関心の向上を促進している。とりわけ米中関係は、一九九六年の中国による台湾向け軍事演習や、本年五月の米国主導によるNATO軍の在ユーゴ中国大使館「誤爆」事件によって中国のナショナリズムを著しく刺激、台頭させ、日米安保条約の再定義と見直し、「周辺有事」のガイドラインを「準NATO化」とみなす中国の姿勢を硬化させた。
 中国はさらに、この「周辺」の範囲に台湾が含まれることに対して反対しているが、中国のそうした主張は、逆に「台湾海峡問題」を「国際化」することになる。すなわち、中国が「台湾海峡問題」で「それは中国の内政問題であり、米国は内政干渉を行なっている」と主張すればするほど、逆に「台湾海峡問題」を「国際化」するということになるのである。
 第三に、中台関係の雪解けと現状は、昨年一〇月の辜振甫訪中によって限定的ではあるが、和解の動きがみられ、それの実現可能性はともかくとして、とりあえず汪道涵訪台の方向へと道を拓いた。ただし、既述のように、台湾の政府当局が辜振甫に与えていた指示は「対等と民主主義」の二点であり、李登輝総統の「国と国」発言を辜振甫理事長も否定していないだけに、汪道涵訪台が困難となってきたが、中国との「対等性」を主張する台湾側の立場は、まぎれもなく「台湾海峡問題」の「国際化」を意図するものにほかならない。
 第四に、中台関係に関する台湾住民の世論調査結果は、台湾住民の圧倒的な「現状維持」志向と「統独問題」の先送りを示している。また、別の世論調査によれば、八割近い回答者が、中国が台湾への武力侵攻を放棄しない限り中国の言う「三通」に応じるべきではないとしており、中国が「政治協議」によって「台湾海峡問題」を「内政化」しようとしていることに不満を表明している。
 また、台湾の内政は、既述のような次期総統選挙候補が訪日、訪米することによって、どれほどのレベルの指導者と会見しチャネルを築いているかを、総統候補者の「国際性」の判断基準とし、台湾のリーダーとして不可欠な「国際人」としてのあり方を注視することによって、本来ならば台湾の内政問題である総統選挙を「国際化」させているのである。
 こうして李登輝政権は当面、中国からの各種のアプローチと台湾国内のさらなる政治改革の進行を睨みつつ「現状維持」を死守しながら国際社会における台湾の国際空間の拡大に努力し、台北市長選挙を含む昨年のトリプル選挙で主張した「新台湾人論」を政策の基調とすることによって、着々と台湾の「国際化」と「土着化」を推し進め、それはポスト・李登輝の新政権によっても継承されることになろう。
井尻秀憲(いじり ひでのり)
1951年生まれ。
東京外国語大学中国語科卒業。米カリフォルニア大バークレー校大学院修了。政治学博士。
筑波大学助教授を経て現在、東京外国語大学教授。
 
 
 
 
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