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1998/03/10 毎日新聞朝刊
[社説]中国全人代 背水の陣で臨む「朱体制」
 
 「今後3年前後の時間を費やして大多数の赤字国有企業を苦境から脱出させる」。北京で開催中の中国・全国人民代表大会(全人代=国会)で、李鵬首相は中国が当面する最大の課題である国有企業改革推進に強い決意を表明した。
 3年後には21世紀を迎える。一部でささやかれるように中国が「21世紀の経済大国」になりうるかどうかも、改革の成否にかかっている。中国の指導者が背水の陣で改革に乗り出そうとしていることは、経済危機に見舞われているアジアの周辺諸国にとっても歓迎できることだ。
 全人代では人事、政府機構の上で改革の布陣が整う。すでに李鵬首相の後任に朱鎔基副首相の新首相就任が確定している。朱氏は1991年に副首相に就任して以来、実質的に経済運営のかじ取りを務めてきた。
 朱氏は新たに権限を強化され、首相直属機関となる経済体制改革委員会のトップも兼任し、改革の陣頭指揮を執る。中国も官僚制の弊害が指摘され、省庁間の縄張り争いが続いてきた。トップダウンで改革に大なたをふるおうというわけだ。
 計画経済体制の下で形作られた国務院(政府)の行政機構も朱氏のイニシアチブで市場経済体制に見合ったものに改革され、現在の40省庁が29省庁に削減される。幹部職員も半減させる方針だ。
 冷戦終結後、経済の国際化が進み、各国とも国際競争力を維持するためにさまざまな制度改革に迫られている。もはや政治体制すら改革の対象外とは見られていない。中国もまた、生き残りに懸命なのだ。
 国有企業改革といっても、実質的には赤字企業の整理・統合が主眼だ。その上で少数の優良企業を国際競争力を持った企業に育成することを狙っている。整理の過程では大量の失業者が発生する。
 すでに一時帰休となった労働者が急増している。赤字国有企業の多い東北地方などではここ数年、労働争議が絶えないと伝えられる。十分な再就職対策なしには社会の混乱にもつながりかねない。
 昨年来のアジア通貨危機も中国の改革に影を落としている。昨年秋の第15回中国共産党大会では、国有企業への株式制導入が決議された。優良企業を香港などに上場させ、改革に必要な巨額の資金調達を図ることに狙いがあったが、目算がはずれた。
 一方、東南アジア各国や韓国の大幅な通貨切り下げで、人民元に対する切り下げ圧力も強まっている。中国指導部は「人民元の切り下げは考えていない」と繰り返しているが、外貨を稼ぎ出してきた輸出産業は競争力を低下させている。
 中国はアジア各国の経済危機を「他山の石」として金融面でも改革を進めようとしているが、十分な審査もなしに国有企業に資金を貸しつけてきた金融機関には多額の不良債権が存在するといわれる。
 改革に困難が伴うのはどの国も同じだが、12億の人口を抱えた中国はとりわけ、方向転換に膨大なエネルギーが必要になる。
 故トウ小平氏に「経済がわかる男」として抜てきされ、「世界経済を動かす一人」として注目される朱鎔基氏が困難を突破できるのか。アジア経済の今後の動向とも密接にかかわるだけに、日本としても注意深く見守る必要があるだろう。
 
 
 
 
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