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1994/09/06 毎日新聞朝刊
[社説]中露 成熟した関係は築かれるか
 
 ソ連崩壊後、初めてロシアを訪問した中国の江沢民国家主席が、エリツィン大統領と二十一世紀に向けて長期的で安定した善隣友好関係を築き上げることを改めて誓い合った。
 両首脳は核兵器を先に使用しない原則を確認、相手側に向けられている戦略核ミサイルの照準を相互解除する共同宣言にも調印した。
 核兵器の先制不使用は、包括的核実験禁止条約交渉で中国が主張している原則で、一九九二年末のエリツィン大統領の初訪中の際に調印された「両国関係の基本原則に関する共同宣言」にも盛り込まれていた。今回はそれを改めて確認したうえで、戦略核の照準解除という具体的な信頼醸成措置をとることで合意したことになる。
 今回の訪問では西部国境の画定でも基本合意し、全長四千三百キロに及ぶ中露国境の九九%が画定した。中露国境の大部分を占める東部国境は大ウスリー島(中国名=黒瞎子島)など二島を除き、すでに旧ソ連時代の九一年に画定済みだった。
 三千キロ以上に及んだ旧中ソ西部国境は、ソ連の崩壊で、大部分がカザフスタンなど他の中央アジア諸国との国境に変わり、中露西部国境はモンゴル以西の五十数キロだけだ。
 東部二島の帰属論争は来世紀まで持ち越されそうな雲行きだが、これらの小島を争って両軍が戦火を交えるようなことはもはやあるまい。
 かつて世界最長といわれた国境を接し、帝政ロシア時代以来、両国間の最大の紛争の火種となってきた領土問題が基本的に解決されたことは、両国が最重要課題に掲げている経済建設と経済協力に有利な環境を作り出すだろう。アジア・太平洋地域の平和と安定にとっても好ましいことだ。
 二年前のエリツィン訪中で懸念された両国の軍事協力拡大に関しては、今回の共同宣言では「第三国に向けたものではない」ことが強調され、首脳会談でも武器売却問題は取り上げられなかった。
 対中武器売却自体が転機を迎えている気配もある。ロシアには来世紀に世界最大の経済大国になる可能性を秘めた隣国に最先端の軍事技術を売り込むことについての議論もあると伝えられる。
 しかし、中国の存在は中国自身が意識している以上に大きくなっている。中国は近隣諸国の懸念を十分に受け止める必要がある。
 今回の訪露については、人権問題や台湾問題で米国をけん制する「ロシア・カード」づくりとの見方もあった。確かに六十億ドルの商談を米国にもたらしたブラウン米商務長官の最近の訪中でも人権問題をめぐる対立は解けなかった。台湾との公的接触のレベルアップを図ろうとするクリントン政権の最近の動きに中国がかつてなく神経をとがらせているのも事実だ。
 しかし中露間では近年、国境貿易を原動力に二国間貿易が激増する一方で、大量の粗悪商品とともに一説に百万を超える中国の行商人がロシアの極東部に流れ込み、定住したため新たな「中国脅威論」も芽ばえている。これらの問題は今回の会談でも中心テーマの一つとなった。
 むしろ「ポストトウ小平時代」を担う指導者である江国家主席の答礼訪問によって、今後国内にどのような状況が生じようとも、お互いに内政干渉しない、敵でも同盟国でもない、より成熟した隣国関係の基礎を固めることに最大の眼目があったと見た方がよいのではないか。
 
 
 
 
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