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1995/02/05 毎日新聞朝刊
[社説]中台関係 「急がば回れ」の統一問題
 
 台湾の李登輝総統が、中国の江沢民国家主席(中国共産党総書記)が先日行った台湾問題に関する八項目提案を積極的に評価、関係部門に十分に検討するよう指示した。
 中国大陸は「ポストトウ小平時代」という不安定な時期に入ろうとしている。大陸中国と台湾が経済協力など各種の交流を促進し相互理解を深めることは、不測の事態を避け、台湾海峡の平和と安定を保つうえでも好ましいことだ。海峡を挟んだ新しい動きを歓迎したい。
 江沢民総書記が春節(中国の旧正月)前夜の先月三十日に行った八項目提案で注目されるのは大陸と台湾の「経済交流と協力を大いに発展させる」ことをうたっている点だ。八項目提案の前提として、最高実力者、トウ小平氏の「一国家二制度」方針が中国側の指導方針であることを確認し、「早期統一は中国人民の共通の願い」と強調しているが、呼び掛けの主眼はあくまでも経済交流の促進にある。
 江沢民提案のもう一つの特色は平和統一方針を繰り返し強調している点だ。手始めに敵対状態終結交渉を始めようとも呼びかけている。武力不行使こそ約束していないが、武力行使は「外国勢力が干渉し台湾独立の陰謀を進める」のを防ぐためで、「中国人同士が戦うようなことはしない」とも強調している。
 昨年末に行われた台湾初の省長直接選挙では、大陸籍の外省人で与党国民党候補の宋楚瑜氏が、台湾独立を綱領に掲げる野党の民進党候補を大差で破って当選するなど、台湾の民意が統一でも独立でもない「現状維持」であることを示した。経済界には大陸との直接貿易を求める声も強い。江提案はこのような台湾の民意を考慮、支持を得られやすい経済交流促進に対台湾工作の軸足を移したとみられる。
 台湾側も「経済貿易を軸として両岸関係を発展させる」(蕭万長行政院大陸委主任委員)ことを当面の基本方針としており、双方の主張が部分的に噛み(かみ)合い出した感じだ。
 江提案に対する台湾側の対応は興味深い。直後の反応は「新味がない」(行政院大陸委)とそっけなかったが、李総統は三日になって「極めて重要な提案であり、重視する」と評価したからだ。
 「新味がない」から積極評価に転換したのは、来年に予定されている初の総統直接選挙とポストトウ小平時代に備えるという二つの狙いがあったからだろう。総統選挙で当選するには、現状の維持と平和を願う民意に沿う必要がある。
 また江総書記はポストトウ小平時代の中国を担う「第三世代指導部」の核心と位置づけられている人物だ。同氏がトウ氏の「平和統一」方針を引き継ぐと保証、経済交流重視の姿勢を明確に示したことは、台湾にとって不利な材料とはいえない。
 第二世代の指導者であったトウ氏には、自分の目の黒いうちに祖国統一を果たしたいという夢があった。このため一九八〇年代、次いで九〇年代の統一を目指した。しかし江総書記ら第三世代の指導者にとって焦眉(しょうび)の急は、統一よりも、数多くの矛盾が噴き出している十二億中国の運営であろう。台湾に関しては統一を焦るよりも、経済交流を柱に各種の交流を促進し、相互理解を深めることの方が長い目でみれば統一にも役立つ。「急がば回れ」だ。
 
 
 
 
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