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1992/08/13 毎日新聞朝刊
[社説]深センの株騒ぎと市場経済−−中国経済特別区
 
 中国南部広東省の経済特別区、深センで、株式購入の申込用紙を手に入れ損ねた大衆が、十日から十一日未明にかけて騒動を起こし、警察と衝突する事件が起きた。
 最高指導者、トウ小平氏の主導で進められている中国の経済政策、改革・開放路線の泣きどころが、まともに突かれた感じである。
 中国ではこの秋、中国共産党の第十四回大会が開かれるが、その最大の争点は改革・開放政策の進め方とそれに関連する人事である。
 トウ小平氏が指導する改革派は、思いきった市場経済メカニズムの導入で経済建設を進める基本方針をこの大会で確立しようとしている。これに対し計画経済を主とし、市場経済で補完させようとする保守派は、劣勢ながらも抵抗の姿勢を崩してはいない。
 北京からの報道によると、中国指導部の要人たちが例年夏の休暇を過ごす河北省の避暑地、北戴河で、党大会をにらんだ一連の重要会議が終了したという。
 今年の会議は、改革・開放を徹底させようとする、トウ小平氏の攻勢が強烈で、保守派の最高指導者とされる陳雲氏も、改革派寄りに立場を修正せざるをえない状況に追い込まれたらしい。すでに会議が終了したという北京情報が正しいなら、予想された通り改革派の優位は動かなかったということであろう。
 春の全国人民代表大会(国会)では「左(保守派)の危険を防止」「改革路線は百年不変」などのキーワードを盛り込んだ政府活動報告が採択されたが、秋の党大会ではさらに一歩踏み込んだ活動報告が討議され、中国の長期的な経済政策の方向づけが行われるだろう。そこでの新しいキーワードは「社会主義市場経済建設」である。
 耳慣れない言葉だが、公式説明によると「市場」と「計画」は経済の手段に過ぎず、資本主義と社会主義を本質的に区別するメカニズムではないとされる。北戴河ではこの点が確認され、党大会では江沢民総書記の政治活動報告で、この点が強調されることになったに違いない。
 人事面でも、李鵬首相の動向が注目されているが、改革派優位のうちに安定・団結を図る布陣が決まったはずである。会議の場ではそこそこに妥協が図られるものなのだ。問題は中国経済が、人的にも、政策的にも長期的に安定するかどうかである。
 中国ではいま、大衆の間で金もうけへの衝動が過熱状態になっている。しかも政策の安定性に確信が持てないために、短期間に投機的に資金を転がそうとする不健康な状況がはびこっている。この時期に発生した深センの事件は、保守派の危機感をあおり、市場経済導入への抵抗を強めさせ、中国の政情を不安定にする可能性がある。
 しかも香港からは、人事はまだ決まっておらず、党大会開催も十一月にずれ込むとの情報が伝えられている。この情報が正しいなら、北戴河での調整は手間取っていて、中央は落ち着いていないことになるが。
 
 
 
 
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