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仲仕
 
仲仕の荷役札
当館蔵
 鞆港へ入港した船への荷物の積みおろし、蔵入は「仲仕」とよばれる港湾労働者の仕事であった。
 仲仕が荷物を運ぶごとに、この木札を渡し、作業終了後に、この札と現金を引き替える。大小の札があり、小札は小物時に使い、半荷の計算となる。
 
仲仕賃定
 
当館蔵
明治4年(1871)
 仲仕の賃金の定の控書。実に多彩な商品の記述には驚かされる。鞆の津では、あらゆるものが商いされたことがよく分かる大変に興味深い古文書である。[解読]
 
力石
 
沼名前(ぬなくま)神社(鞆町)
江戸時代後期〜明治時代 福山市指定文化財
 船の荷上げをした力自慢の仲仕らが力石を使って力比べをした。そして持ち上げた人の名前などを石に刻み、神社へ奉納した。また、力士を招いて興業的にも行なわれた。
 この力石は、鞆町に23個も現存し、当時の港町の繁栄をよくしのべる。重さは118kg〜230kgもあり、多くの場合巧みに字が切りつけられている。右側の力石は鞆で一番重く230kgもある。上側に「西濱」、下側に「吉兵衛」「弥兵衛」とあり、鞆の西濱の仲仕の両名がこの石を持ち上げたことを記している。
 
石川県美川町に鞆の仲仕の名前
 明治24年(1891)9月14・15日、台風のため船乗40名が美川町で遭難死し、それを供養するための記念碑がそこに建立された。その石碑の義捐金人名の中に「鞆仲使中」が彫られている。
 左右に分かれ人名が記録されている左側の最初に、一番高額の金20円を「鞆 仲使中」が出している。果たして、鞆仲使とこの船はどういう関係であったのであろうか。
 なお美川町では、この時の記録を集めています。情報をお寄せください。
 
仲仕賃定
 







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