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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004年9月号 正論
男系主義の伝統を超えて わが皇室典範改正論
高森明勅(たかもり あきのり)(拓殖大学客員教授)
基礎編から応用編へ
 私は本誌七月号で、いはゆる「女帝」の是非を考へる場合に、予備知識としてどうしても知つておいていただきたい、ごく基礎的な論点について、極めて大まかな整理を試みた。
 幸ひ、これへの反響は予想以上に大きなものだつた。一般の読者ばかりでなく、メディア関係者の反応も、真摯で熱心なものがかなりあつた。
 それによつて、私自身、あらためてこの問題に対する人々の関心の高さを痛感させられた次第である。
 また、いささか手前味噌になるが、前稿に対し、思ひもよらぬ熱心な反応をいただいたのは、この問題に多くの人々が関心を寄せ、その重大性についてもある程度、幅広い共通了解がありながら、肝心の核心的部分についての平易明快な解説が、これまで必ずしも十分にはなされてゐなかつたことの表れでもあらうか、と考へてみたりした。
 それはともかく、私が前稿で述べたことの要点を念のために紹介すれば、およそ次のやうなものだつた。
 
 (一) 皇太子殿下の次の世代の皇位継承候補者が目下のところゼロといふ皇室の厳しい現状を直視する時、今後、お一方ないしお二方の皇族男子がお生まれになる可能性を考慮に入れても、皇統の将来にわたる安泰を念願する立場からは、皇室典範の改正は不可避と判断せざるを得ないであらう。
 (二) しからば、典範改正の方向性はいかにあるべきか。皇位継承のこれまでのあり方を顧みると、そこに一貫してゐるのは男子から男子へとつながる男系によつて皇位がうけ継がれる男系主義の伝統だつた。過去十代八方の女帝の存在も、この男系主義をいささかも変更するものではなかつた事実に注意する必要がある。
 (三) では今後も末永く男系主義を維持し得るのか。残念ながら、それは困難だ。何故なら、男系主義の長期存続を支へてきた最大の条件とも言へる庶系継承(歴代天皇一二五代中、ほぼ半数の六〇代が庶系)の可能性が、ほぼ閉ざされてしまつたからだ。庶系継承の可能性が今後しばらくあり得ないとすると、男系主義だけに拘泥してゐては、いづれ皇位の継承そのものが困難になることは火を見るよりも明らかで、現にさうなりつつある。
 (四) そこで翻つて、これまで長く男系主義が維持されて来た理由を探つてみると、父系によつて継承される「姓」の観念が大きな作用を果してゐたと考へられる。日本列島の基層的な血縁原理は、もともと男系・女系の両者が機能する「双系」的なものだつたらしいが、シナ父系制の影響によつて「姓」の観念が日本の社会に強い規制力を及ぼすことになる。「姓」の父系継承観を前提とするかぎり、女帝と臣下の間に生まれた継嗣は、その配偶者の父方の姓をうけつぐことになつて、ここに皇統が断絶したと理解されるほかなくなる。かくて一貫して女系は排除され、男系主義が維持されることになつたのである。
 (五) ところが、そのやうな「姓」は制度上、すでに否定され、社会的な機能の面でも全く影響力を失つた。であれば、男系主義を何としても守り抜かねばならぬ必然性は、大きく後退したと見てよいだらう。庶系継承の可能性が閉ざされたことで、男系主義の原理的な行きづまりが明らかとなつてをり、現に皇位継承の危機が目に見える近さに迫りつつあるのだから、場合によつては女系による継承も可能となる双系主義を採用する方向で、典範の改正を考へてはどうか。具体的には、第一条を以下のやうに改める。「皇位は、皇統に属する皇族が、これを継承する」。皇位継承において守られるべき最も本質的な条件とは、言ふまでもなく「皇統」による継承にほかならない。女系も皇統に含め得る以上、宮家の継承についても同様だが、それをあらかじめ選択肢から外してしまふのは、皇室とわが国の弥栄を願ふ立場から賢明ではないだらう。
 
 ――以上のごとき議論を展開した前稿は、言はば基礎編であり原理論だ。それに対し、応用編、実践編が必要だらう。よつて本稿では、前稿の末尾で改正を要する典範の諸条文に言及し、「より詳しい個別的な論点については、機会があればあらためて述べてみたい」とするにとどめた点に、立ち入ることにしたい。
 ただし、前稿へのさまざまな反響に触れる中で、多くの賛同に心強く思ひつつも、みづから説明不足と感じる諸点も出てきた。そこでまづ、そのあたりを補足した上で、個別の条文の検討に移ることとする。
宮家の存続
 最初に取り上げてみたいのは、次のやうな疑問だ。
 いやしくも皇室典範は、天皇およびその継嗣となられる可能性をもつ方々、ならびにそのご近親によつて構成される皇室の地位を確固たるものとするために、その制度の大綱を定めた重要かつ特別の法律である。そこで旧典範は、明治憲法と並ぶ最高法規としての重い地位にあつた。それが今は形式上、他の法律と同様のものに改められてゐるとは言へ、やはりその対象となる皇室の尊厳を考へると、軽々に国民一般が喙(くちばし)をはさむことは慎むべきではないのか――。
 これは前稿を発表するに際して、当然のこととして予想してゐた疑問だ。むしろかうした疑問が全く出てこないやうなら、それは皇室への畏敬の念の衰弱を示す事実として、逆に心配しなければならぬだらう。
 たしかに皇室典範は、国民統合の中軸である皇室のあり方の基本を定めてゐる点で、他の法律とは異なる特別な性格をもつ。さらに、その皇室の存立そのものが、古来の伝統に支へられてゐる以上、皇室をめぐる制度が気まぐれな一過性の「世論」の動向によつて、簡単に左右されるやうなことがあつてはならない。その意味では、私自身も上述のやうな疑問に対し、大いに共鳴するし、とくに異存はない。
 ただそのことを踏まへた上で、次の二点は確認しておきたい。
 まづ第一に、憲法の第二条に「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」とあつて、皇位の継承はもつぱら皇室典範の規定によることと決められてゐる。
 したがつて、現行の制度のままでは早晩、皇位継承が行き詰まる可能性が高まつてゐる以上、継承のルールを定める典範の改正は避けられないのである。しかもその改正は「国会の議決」に委ねられてゐるのであるから、国会の論議に働きかけ、それを監視すべき国民にも、必要な基礎的知識は提供される必要がある。そのやうに考へて前稿を発表したのであつた。
 第二には、本稿では立ち入るつもりはないが、現在の皇室典範は明治のそれと違つて、わが国の主権が制限された占領下に作られたもので(昭和二十二年五月三日施行)、憲法がさうであるやうに、日本人の主体的な立場から点検すると、さまざまな欠陥がある。よつて、皇室についての法律ではあるが、必ずしも皇室の尊厳を十分に保障する内容になつてはをらず、いたづらに典範の改正をタブー視することは、むしろ皇室を尊重する所以ではない。この点からも、典範改正の提唱と皇室を敬ふ態度は、決して矛盾しないのである。どうかこの間の消息について、くれぐれも誤解なきやうお願ひしたい。
 次に、典範改正を前提とした上で、こんな意見もある。
 皇位継承の未来を安泰たらしめるために、まづ心をくだくべきは一定数の宮家の確保である。宮家の数が多ければ、それだけ男子ご誕生の可能性も高まる。双系主義の採用を検討する前に、宮家の維持・拡大による男系維持の方途をさぐるべきだ――。
 これも一理ある、もつともな提案だと思ふ。私が前稿末尾で、改正を要する典範の条文として第九条などを挙げておいたのも、実は宮家の存続を念頭においてのことであつた。だから誤解があつてはならないのであるが、一定規模の宮家を確保する方策と、双系主義の採用は、必ずしも「あれか、これか」どちらか一つを選ばなければならない、二者択一もしくは二律背反的な選択肢ではない。
 少し具体的に説明してみよう。宮家の存続を図るためには、どのやうな現実的な方策があるのか。さしあたり二つの方途が考へられる。
 その一つは、皇族女子による宮家の継承ないし創設である。たとへば、秋篠宮家には二人の内親王殿下がいらつしやる。今後もし男子がお生まれにならなくても、このお二人のうちどちらかお一人が(あるいはお二人とも)、結婚後も皇室にとどまつて、将来における宮家の継承(ないし創設)を希望されるなら、皇室会議の議によつてそのことが可能になる制度を導入すれば、宮家を確保する上で大きなプラスになるだらう。
 その場合、ご結婚の相手が一般の国民男子ならもちろん、旧宮家出身の男子であつても、戸籍を離れて入夫されるのであるから、当該宮家の「家長」は皇室にとどまられた皇族女子であり、血統もそのご系統とされることは言ふまでもない。さうすると、宮家を継承された皇族女子とその配偶者の間に生まれたお子さまは、男女いづれであつても血統としては「女系」といふことになる。ならば、女性宮家の容認は、双系主義の採用なくしてはあり得ないことにならう。
 もう一つは、継承者のゐない宮家が旧宮家の出身者を養子にできるやうにすることだ。現在、占領下に皇籍離脱を余儀なくされた旧宮家の中、久邇・朝香・東久邇・竹田の四家に男子がをられる。それらの方々の意思によつて、高松宮家や常陸宮家など継嗣がいらつしやらない宮家の養子に入ることが可能になれば、宮家の維持に一定の貢献を期待することもできる。一部の報道によれば、すでにそのやうな意思を抱いてゐる方もをられると言ふ。ただし、幸ひに養子による宮家の維持が可能になつた場合でも、その長期にわたる存続のためには双系主義の採用が避けられないであらう。
 以上のやうに、一定数の宮家を確保するためにも、双系主義の採用は有効であり、また不可避の選択肢なのである。したがつて、宮家の確保を図れば双系主義の採用は不要、といふことにはならない。
『大宝令』『養老令』は双系主義
 さらに従前、男系主義で一貫してきたことの背景として、父系継承を前提とする「姓」の観念が「大きな要因」となつたことを指摘したのを疑問視する声もあつた。
 天皇は臣下に対し「姓」を授ける立場であつて、いかなる事態にならうと皇室に「姓」が生じる懸念はないのであるから、男系主義が維持されてきた事実を「姓」の父系継承観との関連から説明するのは適切ではない――といふのである。
 たしかに天皇は臣下に「姓」を授ける主体であつて、ご自身は姓を持たれない。その意味で明らかに一般の氏族を超越した立場にある。これはシナの皇帝が姓を持つてゐたのと比べ、大いに異なる点である。
 だが、そのやうな天皇の超越的立場も、無条件で保障されてゐるわけではない。さまざまな制約や禁忌の上に、さうした立場が保守継承されてきた事実も、見逃してはならぬであらう。たとへば、天皇が退位しないまま出家することは固く忌むべきこととされてをり、奈良時代の称徳女帝が出家後、ふたたび皇位についた異例を除き、厳重に避けられてゐた。これはおそらく、天皇の本質を日本の神々の神聖な祭り主とする観念に由来するものであらう。
 女帝の臣下とのご結婚も強い禁忌の対象とされてゐた。その理由にはさまざまなものがあつたらうが、その中でも大きな要因としては、やはり「姓」の観念を無視しがたいであらう。律令法において皇族(皇親)の範囲は、天皇の兄弟姉妹および皇子女などで、皇后や親王妃・王妃などには及ばなかつた。これは「姓」の父系継承観にもとづく措置であつたらう。
 そもそも天皇が臣下に姓を授けるのは、国家の「政治」的秩序における行為である。これに対し、父の姓をその子が継承するとの観念は、いはば政治以前の社会の「習俗」に属するものである。それも習俗の基底に位置する強固な観念と言へよう。天皇といへども、習俗から完全に隔絶した存在ではあり得なかつたのは、先の皇族の範囲の制約によつても窺ふことができる。したがつて、女帝が臣下とご結婚の上、継嗣を生まれた場合、その政治的超越性にもかかはらず、父姓を継ぐとの習俗的観念を払拭するのは困難だつたはずだ。
 そのことを裏づけるのは、女帝の配偶者についての古代の考へ方であらう。律令の条文では、女帝の皇子の場合も、男帝と同じく「親王」と称すことになつてゐた(「継嗣令」皇兄弟子条)。つまり女系も皇統に属すことが、国家の最高法規において明記されてゐたのである。その意味では『大宝令』『養老令』は制度上、すでに双系主義を採用してゐたと見なすことができる。その際、女帝の配偶者として想定されてゐたのは、『令集解』の記述によれば「四世王」以上の皇族男子であつた。四世王といふのは、天皇の兄弟・皇子である親王を一世として、その曾孫の世代のことだ。律令の規定では血縁上、皇族の範囲はこの世代までとされてゐた。といふことは、女帝の配偶者は「姓」をもたない皇族の中から選ぶべきものとされてゐたのである。このことからも、姓の父系継承観が女帝の婚姻を厳しく制約してゐた事実を確認できるだらう。
 ちなみに、皇室が姓をもちかけてゐた歴史の一コマがあるので、それもついでに紹介しておかう。わが国が、いまだにシナ王朝を中心とした国際秩序である冊封(さくほう)体制のもとにあつた五世紀のことだ。当時、南朝の宋から冊封をうけてゐたわが国は、外交上の必要から、皇室の姓として(国名とは別に)「倭」を名乗つてゐた(吉村武彦氏)。具体的には、史料に「倭王倭済」(『宋書』孝武帝紀)と出てくる。「済」といふのは個人名だ。本名ではなく、シナを意識して一字名を名乗つてゐるのである。そのほかにも、讃・珍・興・武などの名が五世紀のわが国の王名として史料に登場する。有名な「倭の五王」だ。済は皇室の系図にあてはめると、おそらく第十九代允恭(いんぎょう)天皇に該当すると考へられる。上の「倭王」はもちろん、「倭(国)の王」といふ称号だ。ではその下の「倭」は何か。国名が重複して現れてゐるのではなく、これは「済」その人が帯びてゐた姓にほかならない。『宋書』倭国伝には「倭隋」なる人物名も見えてゐる。これも皇室の一員だつたのだらう。この「倭」姓はもつぱら外交の場面だけで用ゐられてゐたらしく、その後、わが国が冊封体制から離脱するに至つて、全く使はれなくなつた。かくて皇室は無姓の存在として一貫することになるが、もし日本が長く冊封体制下に留まつてゐたとしたら、皇室も「倭」といふ姓をもつことになつたかも知れないのである。
 最後にもう一点だけ取り上げておく。それは、現下の皇統の危機をもたらした要因として、占領下に十一宮家、五十一名の皇族方が皇籍離脱を余儀なくされた事実を重視すべきではないか、との意見である。
 これは全くその通りだ。前述のやうにいくつかの旧宮家には、現に男子もをられるのである。私自身、この点については旧稿(拙著『この国の生いたち』PHP研究所、同『天皇から読みとく日本』扶桑社)でも強調しておいた。だが、半世紀余の歳月が流れる中で、十一の旧宮家の中、すでに七家が絶家、または男子の跡継ぎがゐない状態に追ひやられてゐる冷厳な事実も、あはせて直視しなければならない。
 何故このやうな事態に立ち至つたのか。やはり庶系継承の選択肢がなければ、男系主義は早晩、行き詰まるほかないことが大きな原因となつてゐる。宮家の存続にも、過去に庶系の貢献があつた事実は見逃せない。したがつて、GHQ(連合国軍総司令部)の皇族削減策がなかつたとしても、現制の手直しが図られないかぎり、皇室のスケールは時間の経過とともに減少してゆくほかなかつたであらう。
 そもそも庶系継承の可能性が早くから閉ざされてゐたとしたら、はるか以前に皇統の危機に直面したであらうことは、前稿で述べた通りである。したがつて、占領下の多数の皇族方の皇籍離脱の影響は決して軽視できないものの、庶系継承の可能性が消えたことの方が、男系主義を維持する上で、より致命的な障害となつてゐる事実に気づくべきだ。
 以上、前稿でいささか説明が足りなかつた点への補足を試みた。では典範条文への具体的な検討に入ることにする。
改正にあたつての着眼点
 まづ個別の条文を取り上げる前に、典範の改正案を考へる際の、私の基本的な着眼点を述べておきたい。
 その第一は、改正の範囲をもつぱら皇位継承を将来にわたつて安泰たらしめるための条文のみに限定するといふことだ。
 先にも触れたやうに、今の典範は占領下に制定されたもので、内容についても問題とすべき点が少なくない。このことについては、すでに皇室法研究会編『共同研究 皇室法の批判的研究』(神社新報社)などの著書も刊行されてゐる。だがさうした点にまで踏み込んでしまふと、それこそ議論百出して、容易に収拾しがたい事態に陥る可能性がある。さうなつては、肝心の皇統永続のための条文改正論議まで暗礁に乗り上げてしまひかねないであらう。そのやうなことだけは何としても避けたい。そこで今は、典範の他の部分については、しばらく顧慮の外におくことにする。
 第二は、次第に迫りつつある皇統の危機に対して、目先だけの、ワンポイント・リリーフ的な対応策を考へるのではなく、恒久的・抜本的な制度改正を構想したいといふことである。
 人情の常として、なるべくこれまでのやり方を大幅に改めないで、新しい事態に対処しようとしがちである。とくに長い伝統をもつ皇室をめぐる制度が対象であれば、なほさら従来の枠に固執する傾きが強くなるのもやむを得ない。また、そのことを一概に否定する必要もないであらう。
 だが、典範がもつ「特別な法律」としての重みを考慮すると、典範の条文を頻繁に改正することは望ましくないと思ふ。さらに、いづれ行き詰まることが分かつてゐる小手先的な対応で、当面の不安を糊塗するのは、真の問題解決にはつながらない。ひとたび典範の改正に手をつけるのであれば、「百年もつ改正」とまでは言はないが、極力、長期的視野に立つた取り組みを心がけるべきであらう。
 第三として、「あれか、これか」の二者択一ではなく、「あれも、これも」式に、皇統維持のプラスになり得る方途であれば、できるだけ幅広く採り入れるべきだと考へてゐる。これまで何人かの識者によつて、真摯かつ前向きな提案がなされてゐる。それらで典範の条文に生かせるものは、可能な範囲ですべて吸収したい。ただし、庶系継承の容認については、たとへ典範の改正によつて条文化されたとしても(国会でそのやうな改正がなされること自体、俄かに想像しがたいが)、前稿でも触れたやうに皇室のご意思と国民感情の双方から、当面、実際に機能するとは考へにくいので、今回の改正案には盛り込まない。
 第四に、皇統護持のための改正案であつても、ただ血統が生物学的に長続きすればよいといふことでは決してない。当たり前のことだが、皇統はつねに栄光と尊厳を伴つてゐなければならない。したがつて、皇統の尊厳を損ふやうな方策は厳重に排除されるべきだ。
 さしあたり、以上の四点に留意しつつ、典範の改正案を模索してみよう。
 皇位継承の資格を定めた第一条の改正案については、前稿ですでに掲げておいた。だがあらためて現行条文と比較しながら、同条改正の主旨を述べてみたい。
 現行の条文はかうだ。
 「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」
 一目瞭然、男系主義を前面に押し出した規定になつてゐる。
 これは明治の皇室典範の規定をほぼそのまま継受したものだ。よつて、明治における条文作成の意図を顧みると、伊藤博文の『皇室典範義解(ぎかい)』は次のやうに説明する。
 「皇位の継承は祖宗以来既に明訓あり。・・・皇統は男系に限り女系の所出に及ばざるは皇家の成法なり。・・・蓋し(けだし)先王の遺意を紹述するものにして、苟くも(いやしくも)新例を創むる(はじむる)に非ざる(あらざる)なり」
 このやうな観点から、大日本帝国憲法の第二条にも『皇位は皇室典範の定むる所に依り皇男子孫之(これ)を継承す』とあつた。
 だが先にも触れたやうに、古代国家の最高法規たる『大宝令』『養老令』ではすでに双系主義を採用してゐた。女帝の皇子も親王として皇族の資格を認められてゐたのであるから、「皇統は男系に限り女系の所出に及ばざるは皇家の成法」などとは、とても言へない。「成法」としては明らかに「女系の所出」による皇統継承の可能性も公認してゐたのである。ただ、「姓」の父系継承観のため国民男子との婚姻の可能性が除外され、その一方で庶系継承の選択肢が機能してゐたために、結果として男系主義がうまく維持されてきたといふのが実情である。それが「男系主義の伝統」の内実だつた。その点から言へば、明治典範が明文をもつて女系排除を規定したのは、伊藤の弁明にもかかはらず、「新例」たる性格を否定しがたいだらう。
 庶系継承の可能性がほぼ閉ざされ、男系主義の原理的・構造的な行き詰まりが明らかになつた以上、「新例」を踏襲した現典範の条文をあらため、ふたたび『大宝令』『養老令』の双系主義に立ち返る必要がある。改正案は次の通り。
 「皇位は、皇統に属する皇族が、これを継承する」
 「男系の男子」といふ二重の縛りを解いて、ただ「皇族」だけとしてはどうか。
 この改正のポイントは二つある。一つは言ふまでもなく双系主義の採用。これによつて「男系の男子」だけでなく、「男系の女子」も「女系の男子」「女系の女子」なども、皇位継承の可能性をもち得ることになり、さまざまな状況に応じた皇統維持のための選択肢を、幅広く確保できることになる。もう一つは、現典範では第二条にまはされてゐる、皇位継承資格者を「皇族」に限るとの規定を第一条に入れ、資格規定としてより整ったものにする。
 前稿でも若干言及したやうに、血縁の遠近を問はなければ、国民のかなりの部分が皇統とどこかでつながつてゐると考へられる。ならば、皇位の継承資格については、家系的血統だけでなく、現に天皇のご近親としての地位を国家によつて公認されてゐる皇族であることが、欠かせない条件であらう。かくて、双系主義を採用しても、皇室と国民一般の区別が曖昧化する恐れは払拭し得る。
 次に、皇位継承の順序を規定した第二条について検討する。
皇位継承の順序はどうなる
 現行の条文は以下の通り。やや長いが大切な規定なので、全文引用する。
「(1)皇位は左の順序により、皇族に、これを伝える。
 一 皇長子
 二 皇長孫
 三 その他の皇長子の子孫
 四 皇次子及びその子孫
 五 その他の皇子孫
 六 皇兄弟及びその子孫
 七 皇伯叔父及びその子孫
 (2)前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統の皇族に、これを伝える。
 (3)前二項の場合においては、長系を先にし、同等内では、長を先にする」
 これは男系主義で、かつ養子を一切認めない立場での規定となつてゐる。
 これを改正するに当たり、双系主義のほかに、一定の条件下での養子(たとへば養子の資格を皇族か皇統出自の男子に限るなど)の可能性も含めた条文案を考へてみたい。すると、大体、以下のやうな改正点が浮かび上がつてくるだらう。
 その一は、ささいな調整だ。(1)に「皇族に、これを伝える」とあるが、すでに第一条改正案で継承資格を皇族に限定してゐるので、重複を避けるために「皇族に」を削る((2)の「の皇族」も同様)。
 その二は、皇統に属する皇族女子も皇位継承資格をもち得るやうにするために、(1)の六号の「皇兄弟」を「皇兄弟姉妹」、同じく七号の「皇伯叔父」を「皇伯叔父母」にあらためる(皇統に属さない皇后・親王妃・王妃などの皇族女子はもちろん除外)。
 その三は、(3)を下のやうにあらためる。
「 前二項においては、実系により、長系を先にし、同等内では男子及び長を先にする」
 この改正の意図は何か。まづ養子の可能性を認めるのであれば、皇位の継承が自然血縁すなはち実系によるのか、それとも法定血縁すなはち養系によるのかについての原則を定める必要がある。だが、もし法定血縁に従ふと、養子縁組みのあり方によつて、恣意的に皇位継承の順序を変更できる余地が生まれてしまふ。そこに不純な政治的思惑が介在しないといふ保証もない、そもそも皇統の観念自体、自然血縁に立脚する。したがつて、当然「実系」によるべきだ。
 次に、女子の継承にも道を開くのであれば、その順序をどうするかが大きな問題となる。これについては、さまざまな考へ方があり得るであらう。両極端の考へ方として、男女を全く同じやうに扱ふやり方と、その逆に、とにかく女子は一番後ろにもつてくるといふ方式を想定できる。だが、そのどちらも現実的ではあるまい。そこで、これまで維持されてきた直系優先の原則を前提に、同じ親等の中では男子を優先するといふ立場で作成してみたのが、前掲の改正案である。
 この規定だと、直系のご兄弟姉妹の中では、第一子と第二子が女子で第三子が男子の場合、その男子が皇位を継承されることになる一方で、直系に女子しかなく、傍系に男子がをられる時は、直系の女子が皇位に即かれることになる。
 このやうな改正案を考へたのは、これまでの直系優先の伝統を重視したのと、天皇の公務のご負担などを考慮したためだ。
 第二条の改正点は、およそ以上の三点で尽きてゐるのではなからうか。
 第一章(皇位継承、第一〜四条)の中、さしあたり改正を求められるのは、以上の第一・二条であらう。
 第二章(皇族、第五〜一五条)は、改正すべき条文が多い。私見では、第五・六・七・八・九・一〇・一二・一四・一五条が改正の対象となる。
 まづ第五条は皇族の範囲を定めた条文で、次のやうな内容だ。
 「皇后、太皇太后、皇太后、親王、親王妃、内親王、王、王妃及び女王を皇族とする」
 この中、親王、内親王、王、女王とは何か。一般の読者の方は、もちろんどこかでこれらの語に触れたことはあつても、なかなか正確な概念規定はご存知ないかも知れない。天皇陛下の嫡出のお子さまと男系のお孫さまを、男子は親王、女子は内親王と申し上げる。そのお孫さまより以下の世代になると、男子を王、女子を女王と申し上げるのである(このことは第六条に規定されてゐる)。皇后についてはあらためて説明するまでもないが、太皇太后とは二代前の皇后、皇太后は前代の皇后のことだ。
 何故この条文の改正が必要かと言へば、女帝と結婚した皇婿(こうせい)や、宮家に入夫した男子も、丁度(ちょうど)、皇后や親王妃・王妃などが皇族とされてゐるのと同じやうに、皇族の仲間入りができるやうにしておかなければならないからだ。
 その際、皇后や妃に該当する皇婿や入夫の称号を新しく制定する必要もある。これについては第六条に盛り込むことにならう。
 第七・八条は、女帝の容認にともなつて、いはば自動的に変更が必要となる条文で、とくに立ち入つた解説も無用であらうから、改正案だけを示しておかう。
 第七条「王又は女王が皇位を継承したときは、その兄弟姉妹たる王及び女王は、特にこれを親王及び内親王とする」
 第八条「皇嗣たる皇子又は皇女を皇太子という。皇太子のいないときは、皇嗣たる皇孫を皇太孫という」(内親王の皇太子は歴史上に例がある)
 第九条以降は、養子と女性宮家に直接関係する条文が出てくる。少し丁寧に説明を加へながら見ていくことにしよう。
養子と女性宮家の創設
 第九条の規定はかうなつてゐる。
 「天皇及び皇族は養子をすることができない」
 すなはち明確な養子の否定である。
 では過去に養子の実例はないのかと言へば、さうではない。皇統に属する方の中から養子をすることは、いくらも先例がある。その具体例については、宮内庁書陵部編『皇室制度史料』皇族一の記事が参考とならう。
 しからば、これまで前例のある養子を全く否定してしまつたのは何故か。
 同条も明治典範の規定を継承したものなので、前出の『皇室典範義解』を見ると「宗系紊乱(ぶんらん)の門を塞ぐ(ふさぐ)」ためとしてゐる。たしかに、条文の整理が行き届かない場合、実系と養系の関係などで紛糾を生じる懸念は否定できない。
 また、養子の容認は、それまで国民だつた者が、女子が婚姻によつて配偶者として皇族に加はるのとは違つて、宮家の家長もしくはその継嗣として皇室に入つてゆくことになるのであるから、場合によつては皇室と国民の境界を不明確にしかねない危険性をはらんだ措置であることは、間違ひない。
 しかも、他家から夫婦養子を迎へて法定血縁だけによつてでも「家」の存続が可能と考へられてゐる国民一般の場合と異なり、皇統はくり返すまでもなく、あくまで自然血縁にもとづく観念である。したがつて、養子をするといつても、皇族もしくは皇統出自の方々以外は、その対象になり得ない。ところが、皇族についてはむろん問題はないものの、皇統出自の方々に関しては、前述のやうな家系的血統としての皇統の拡散を念頭におくと、具体的にどのやうに範囲を限定し、線引きするかは、なかなか難しい問題がひかへてゐる。この問題の対処を誤ると、それこそ皇室と国民の区別につき、思はぬ混乱をもたらす恐れがあるだらう。
 よつて私の考え方としては、この条文の原則禁止の規定はそのまま残した上で、次のやうな例外規定を付け加へてはいかがかと思ふ。
 「ただしやむを得ない特別の事由があるときは、その意思に基き、皇室会議の議により、皇統に属する者の中から、養子をすることができる」
 ここの「皇統に属する者」の線引きについては、一応、占領下に異例変則の形で皇籍を離れざるを得なかつた旧宮家の関係者を想定しておくのが、常識的ではなからうか。
 次に女性宮家を設けるためには、第一〇・一二・一四・一五条の改正が欠かせない。その中心となるのは第一二条だ。現行条文はかうだ。
 「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」
 このままでは、皇族女子による宮家の継承や創設の可能性は全くない。そこで次のごとき例外規定を追加したらどうか。
 「ただしやむを得ない特別の事由あるときは、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れないものとすることができる」
 これによつて女性宮家の設置も可能となるであらう。ただしその場合、女帝やその他の皇室にとどまる皇族女子の婚姻については、男子の場合と同じく、皇室会議の議を経ることが必要となつてくるから、この点につき第七条に規定を加へるべきだ。また、宮家の入夫となつた男子がその妻を亡くした場合、親王妃や王妃の場合と同様に、その意思によつて、一旦得た皇族の身分から離れることができる旨、第一四条の規定に付け加へておかねばならない。
 さらに第一五条にはこんな規定がある。
 「皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない」
 この条文のままでは、女帝の皇婿や宮家に入夫として入つた男子に皇族の身分が与へられないことになつて、さきの第七条の改正案とも齟齬し、はなはだ不都合だ。そこで新しく皇婿や宮家への入夫・養子なども皇族となり得るやう変更する必要があらう。
 このほか、第三章(摂政、第一六〜二一条)の第一七条に摂政就任の順序についての規定がある。皇婿にも皇后と同様、摂政就任の資格を認めるなら、この条文も改正しなければならない(同条(1)項三・四・五号への追加など)。
 また、第四章(成年、敬称、即位の礼、大喪の礼、皇統譜及び陵墓、第二二〜二七条)の中、敬称について定めた第二三条と陵墓について定めた第二七条も関係してくるが、皇婿の敬称を国際慣行に合はせて「殿下」とし、それに対応させて葬る所を「墓」と称するのであれば、現行条文のままで対応できる。
 以上で、当面、検討を要すると思はれる条文については、決して十分とは言へないが、ひとまづすべてにわたつて言及した。
 もとより法律については全くの門外漢が手さぐりで考へたものゆゑ、さぞかし過誤や遺漏も多からうと思ふ。このやうな作業は専門家の慎重な吟味に委ねるべきであることは、私としても十分承知してゐるつもりだ。
 しかし誰かがドンキホーテになる覚悟で、心ある国民の真面目な関心に応へて、典範のトータルな改正案を提起する必要はあつたと思ふ。
 私がその適任者とは夢にも思はぬが、この拙い一文が、皇統永続のための典範改正へ向けたささやかな捨て石となるならば、望外の幸せである。
 日本人にとつて皇室とは何か。あらためて、そのことを深く問ふべき時が来てゐる――。
◇高森明勅(たかもり あきのり)
1957年生まれ。
国学院大学文学部卒業、同大学大学院文学研究科博士課程修了。
国学院大学講師、日本文化研究所共同研究員を経て、現在、拓殖大学客員教授、「新しい歴史教科書をつくる会」副会長。
 
 
 
 
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