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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004年7月号 諸君!
大激論 女性天皇 是か、非か
高橋 紘(たかはし ひろし)静岡福祉大学教授
VS八木秀次(やぎ ひでつぐ)高崎経済大学助教授
「皇統」とは何か
 ――皇太子ご夫妻に愛子内親王がお生まれになって以降、俄に女帝論の是非がマスコミを賑わすようになりました。また、最近になって、雅子妃のご容体がすぐれず、第二子懐妊などの話題どころではないようです。長谷川三千子氏(埼玉大学教授)が、ある所で、「いま女帝論というものがいろいろに論じられているんですけれども、例えばこれまでの皇室典範を改正して女帝を認めるということになったときに、万世一系の皇室は変わってしまうのかどうか、そういう神学論議はまだ誰もきちんとしていない」と指摘していましたが、今日はそのあたりをテーマに問題点を整理しつつ論じ合っていただければと思います。また、皇太子が雅子妃の「それまでのキャリアや人格を否定するような動きがあった」「なかなか外国訪問もできなかったということなども含めてですね、そのことで雅子も、私もとても悩んだ」と会見で発言されて大きな波紋をなげかけました。あわせて論じていただければ幸いです。
 高橋 先ず、女性天皇の是非に関してですが、私は賛成なんです。皇室典範の第一条「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」となっているのを、「皇位は、皇統に属する皇族の第一子が、これを継承する」という風に改めるべきだと考えています。こう改正しておかないと、皇太子に次いで現在、一番若い皇位継承資格者は秋篠宮殿下しかいない以上、将来天皇制度が存続出来なくなるからです。
 共同通信社の女性天皇に関する世論調査を見ても、「男子に限る」としていた人が、昭和五十年には過半数以上の五十四・七%でした。が、平成十三年には十五・三%に激減しています。一方「女子でもよい」とするのが、昭和五十年には三十一・九%でしたが、平成十三年には七十一・二%と倍増しています。この結果からも、八木さんのような「皇位継承は男子に限る」という皇室典範遵守派は少数派ということになります。
 八木 いや、国民の多くは、「過去にも女帝があったというから、ならばそれでもいいじゃないか」という漠然としたイメージでそういう回答をしているだけです。しかし、女帝を安易に容認することが日本の歴史上、どのような意味を持つのかということをよく知れば違う結果が出てくると思いますよ。
 実は皇位継承問題に関しては、政治家の思惑的な発言が先行して世論をミスリードしてきた面が多々あります。最近も民主党の鳩山由紀夫氏が改憲私案を発表し、女帝容認の立場から、高橋さんと同様に「皇位は男子または女子が継承する」として、「日本国は、国民統合の象徴である天皇を元首とする民主主義国家」と定めることを提唱しています。後段はいいとして、前段はおかしい。衆議院の憲法調査会会長である中山太郎氏も、「歴史上、女性の天皇は10代、8人おられるし、(皇室典範を)改正する場合にも国民の合意は得やすいだろう」(「現代」六月号)と発言しています。こういった保守系と目される政治家による女帝容認論は実は大事な点を見落としているんです。
 つまり、これまでの百二十五代の皇位はただの一度の例外もなくすべて「男系」によって継承されており、万世一系とされる「皇統」とは「男系」のことにほかならないという点です。確かに、過去に女帝がおられたのは事実ですが、これらの女帝はいずれも「男系の女子」です。女性天皇が即位後に結婚されてお子様をもうけ、そのお子様が皇位に就いたという例は一つもない。もし、そういう例があったらその時点で、皇統は男系から女系(女帝が生んだ子が天皇になり、その系統が皇位を継承していくこと)に移っていくのです。要するに、女帝容認の是非は、そういう二千年に及ぶ「国柄」の根幹を左右する重要問題であり、「過去にも女帝があったというから、ならばそれでもいいじゃないか」という安易な問題ではないのに、政治家はその重要性を十分に認識していないのではないか。いわんや昨今の女帝容認論が、こういった万世一系の男系皇統を消滅しかねない要素があるという事実を一般国民がきちんと認識すれば、自ずと世論調査にも違った答えをすると思います。そもそも、学校教育の場で、日本の歴史と天皇の関係や皇室問題、皇統などをきちんと授業で教えることもしていない。そういう知識が不足しているからこその「女帝容認論」の結果を、「国民の声」だとして政治家が安易に甘受し、皇室典範第一条を改正するのは危険だと思いますね。
 高橋 いくつかの大学で教えていますが、授業で皇室問題のアンケートをすると、いまの天皇のお名前も知らない。皇后のお名前を書かせると「美智子」ではなくて「美知子」「三千子」とかいろんな「ミチコ」が出てきます。「東宮妃」は誰ですかと聞いても分からない。「皇太子さまの妃殿下ですよ」と言うと、さすがに「雅子様」と分かるし、お子様は「愛子様」と知っています。要するに、週刊誌やテレビのワイドショーレベルしか皇室に対する認識は持っていない。太平洋戦争に於ける昭和天皇の戦争責任問題などがいろいろと議論されるものだから、学校教育の場で天皇問題を教えるのをタブー視しているのは事実でしょう。しかし、憲法の第一章が「天皇」になっている以上、日本の伝統と天皇制度との深い関わりや日本民族の柱・象徴として長年存統してきた天皇については、八木さんの指摘する通り、学校できちんと教えていくべきです。
 八木 私の執筆した『新しい公民教科書』(扶桑社)では、そのあたりはきちんと触れているんですが、一般の歴史・公民教科書は相も変わらず日本共産党の「講座派」的価値観に基づいて執筆されています。五年前の大学入試センター試験でも、「マッカーサーが発した『五大改革の指令』」に含まれていないものは何かという設問で、正解は「天皇制の否定」だったぐらいですからね。教育の現場では、天皇制度とは、日本国憲法の基本原則(国民主権、戦争放棄、基本的人権の尊重)に反するとまではいかなくても、それらとは異質な存在であり、民主主義の喉に突き刺さった邪魔な骨扱いでしかないのが現状です。
 高橋 ただそんな教育であっても、象徴天皇を支持する声は七割前後で安定しているのは幸いです。また、今までの天皇がすべて男系であるという事実すらよく知られていないというのはおっしゃる通りです。しかし、八木さん、事は天皇制度存亡の危機なんですよ。現実の問題として、女帝を認めないままで推移すれば、天皇制度が崩壊することになりますが、保守派の論客としてそれでいいとおっしゃるのですか。八木さん以外の保守派の論客の中には、三浦朱門さん、曾野綾子さん、高森明勅さんを始め、女帝容認論者が結構いるじゃないですか。では、他にどんな対策があるというんですか。
 八木 例えば皇室典範を改正するなら一条より九条の「天皇及び皇族は、養子をすることができない」という条文を改めて皇族に養子を認めるようにするのも一案でしょう。戦後の占領期にGHQによって臣籍降下・皇籍離脱を余儀なくされた旧宮家が十一ありますが、その中には男性がかなりおられます。その方々を、現在、男子の継承者に恵まれず断絶の危機にある宮家を存統させるために、その継承者となる形で、養子にして皇籍に復帰できるようにすればどうですか。これらの方々は、現在のロイヤルファミリーと血縁は遠くとも、「皇統に属する男系」なのです。
 高橋 確かに、旧東久邇宮家のように、盛厚王と結婚した昭和天皇のご長女である成子内親王のお子様方には男性がいて、今の陛下とも血の繋がりが濃いのは事実です。その長男の東久邇信彦氏は昭和天皇の初孫だったし、一緒に遊んでいる写真も残っている。しかし、一度臣籍降下した人が天皇になった例は、過去に宇多天皇の例があるだけです。しかも、この方の場合は降下していたのは僅か三年。それに比べると、もう旧宮家の方々は半世紀以上も前に降下しているわけで、「男系を尊ぶべし」といっても、彼らに今更皇族に復帰してもらうというのは不自然でしょう。八木さんは、愛子さんが将来の天皇になられるぐらいなら、そういう旧宮家の男系の方々を天皇にすべしと仰るのですか。
 八木 いや、勿論、そういう方々が直接的に皇位継承者となるのは今日の国民感情からして困難でしょうから、その方々が皇族となられることによって、いずれ、現在の愛子様など内親王殿下や女王殿下と結婚されれば、その時には男子が生まれる可能性もあるでしょう。そのお子様が皇位を継承すれば「男系の皇統」は不変のまま天皇制度が存続していくことになります。
 私とて、過去の女帝の例のように、将来の男系の皇位継承者が成人されるまでの間に、男系の内親王(女性)が摂位(中継ぎ役)として皇位に就かれることに反対はしません。ですから、そういう認識の下、皇室典範の九条を改正し旧宮家が復活した後に、一条を改正して「中継ぎ役」の愛子さまが女性天皇となられることは、どなたか男系の(元)皇族と結婚された他の内親王殿下や女王殿下のお子さん(男子)が皇位を継承していく間であるなら、認めるのにやぶさかではありません。しかし、「先に女性天皇あり」という意見や高橋さんの「男女の区別なく第一子優先」という女性天皇容認論には容易に与するわけにはいかないのです。
「平成の新井白石」は何処?
 高橋 八木さんの論は、かつて大宅壮一氏が、「皇族とは血のスペアである」と喝破したことにも通じるところがあります。実際、昭和天皇にしても、最初内親王の誕生が二年ごとに四人も続いた。『牧野伸顕日記』(昭和六年三月二十六日)には、宮内大臣が西園寺公望の所に行くと天皇に伝えると、「好き機会なれば」といって、「此際皇室典範を改正して養子の制度を認むるの可否」について聞いて来るように、と弱気の発言をされていたそうです。それぐらい、養子の問題は昔から切実なものとして皇室にあったのは事実です。
 八木 江戸時代に新井白石の進言によって閑院宮家が創設されましたよね。男系皇統継承の備えとして、当時の宮家(伏見宮・桂宮・有栖川宮)以外にも宮家が必要だという判断からでしたが、一七一〇年に閑院宮家が創設された。その初代直仁親王は、一一三代東山天皇の皇子でしたが、この閑院宮家から一一九代の光格天皇が出ています。新井白石の献策がなければ、あの時点で男系皇統は危機に瀕していたのは間違いありません。
 というのも、一七七九年に一一八代後桃園天皇が二十二歳の若さで崩御した時、お子様が欣子内親王(後の光格天皇の皇后)しかいなかった。そこで、一一三代東山天皇の皇子であった閑院宮直仁親王の孫にあたる祐宮殿下(後の一一九代光格天皇)を急遽養子に迎えられ皇位を引き継ぐことにしました。一二五代の今上天皇はこの閑院宮家出身の光格天皇の直系に当たります。つまり今上天皇のほんの数代前にもそういう男系皇統が途絶えかねない危機があったのですが、見事に乗り越えられたわけです。従って、私としてはこの事蹟に倣って「平成の新井白石」のような政治家なり官僚が今こそ出てきて、宮家を復活、創設するなり、養子を認めるように皇室典範を改正するといったリーダーシップを発揮してほしい。安易に女性天皇を認めるのではなく、それ以外にもとるべき手はまだあるんですからね。
 最後の女性天皇である一一七代の後桜町女帝は、摂位として皇位に就かれたのですが、先述した一一八代後桃園天皇崩御の後に養子としてきた祐宮殿下(光格天皇)に帝王学を伝授し、天皇たるものの心構えを指導しておられます。実に立派な女帝であったと思いますが、祐宮殿下は、後に後桃園天皇のお子さんである欣子内親王と結婚され一一九代光格天皇となったのです。つまり先代との血縁も近くなったということですが、こういうウルトラCを平成の時代にも実現できないものかと・・・。
 高橋 たしかに、過去にも男系の継承の危機に陥ったことがあります。さきほど八木さんが指摘された江戸時代以前にも歴代の系譜を見ると、五世紀後半から六世紀にかけて兄弟が継承したり、遠い男系を呼び戻して皇位に就けていく例が少なくなかった。例えば、二十二代清寧天皇は、未婚のまま崩御したので、播磨へ逃れていた弘計王と億計王(共に十七代履中の孫)が呼び戻されて、先に弟の弘計王が二三代顕宗となり、後に兄の億計王が二四代仁賢となった。さらに次の二五代武烈天皇も皇子がなかったので、越前にいた男大迹王(おおどのおおきみ)(一五代応神の五世孫)が迎えられて継体天皇となったりしました。男系の後継ぎが途切れそうになっても、必死になって我々の祖先が男系を継承するために最大限の努力をしてきたのは事実です。しかし、そこまで男系にこだわる、八木さんはまさしく「平成の井上毅」とはいえますな(笑)。
 八木 皮肉としてではなく、お褒めの言葉として有り難く頂戴いたします(笑)。私は過去の人々がそこまで男系継承にこだわったことの事実の重みを感じるべきだと思うのです。やはり、君主制は「威厳を持った部分」が必要です。それを体現するのが個々の天皇であり、その存在感が女系によって希薄化してはいけないと思います。天皇の「ありがたさ」はその血筋が神武天皇以来途絶えることなく一貫して男系で継承されてきたことにあるのですから。
 高橋 明治憲法(大日本帝国憲法)や旧皇室典範を作成する際に、すでにして「若し止むことを得ざるときは、女統入れて嗣ぐことを得」とか「若し皇族中、男系絶ゆるときは、皇族中、女系をもって継承す」といった女帝容認案なども根強くありました。ところが、それに対して絶対反対を貫いた井上毅の議論と、八木さんとは重なる所が多い。井上は、伊藤博文名で刊行された『皇室典範義解』の中で、(1)皇祚(天皇の位)を践むは皇胤(天皇の子孫)に限る(2)皇祚を践むは男系に限る(3)皇祚は一系にして分裂すべからざること、という三原則を掲げていました。その原則が戦後も貫かれ、旧皇室典範の改正の際には男系継承は当然との認識で特に大きな争点にはなりませんでした。国会での政府答弁も、金森徳次郎国務大臣は「女子に皇位継承の資格を認めるかどうかと云うことになりますと、実に幾多の疑惑が起って来るのでありまして、(男子継承は)もう日本国民の確信であろうかと存じます」と断定すらしていました。
 とりわけ、明治にあっては、やはり神武天皇の崇敬に戻り新しい国家を築くということで、雄々しくない威厳の伴わない天皇は具合が悪いという判断から、男系優先を再確認した側面があったのではないか。陸海軍を統帥する大元帥陛下が、女帝であってはさまにならないというイメージが強かったのでしょう。そのために井上などが女帝に断乎として反対したのではないかと私は思うんです。でも、今は天皇の国事行為は制限されているし、陸海空の自衛隊の指揮官は首相であって天皇ではない。だから、そういう面からも女性天皇誕生への懸念はなくなっているともいえます。
皇太子妃の役割とはいかなるものか
 八木 しかし、明治時代に見られたさまざまな女帝容認論も、今日と同様に、井上ほど皇統の歴史を正確に読み解いていない人たちの発案でしかなかったと思います。
 また、当時と違って、やはり今日の最大の危機は、そもそも、宮家の創設どころか、現在ある宮家そのものがこのままだと無くなってしまうという点です。高松宮家、三笠宮家、常陸宮家、高円宮家はいずれもお子さんがいらっしゃらなかったり、いても女性ばかりでもう後継ぎがおられない。しかし、天皇が現行憲法でも、国の象徴として明確に位置づけられている以上、皇位継承者を確保しておくためにも、宮家は絶対に必要です。幸い、先述した通り、降下した旧宮家には男性が多く、そういう血筋の方々によって、宮家を増やすことは可能なんです。
 ここで読者に注意を喚起しておきたいのですが、大事なポイントは、これまでの男系皇統はその時々の天皇陛下の血筋に近いところから継承されてきたとは必ずしも言えないということです。あくまでも、多少血は遠くてもいいから、とにかく男系継承だった。それが一二五代も続いてきたことを思えば、その皇統は今後も守っていくべきであり、そのためならば前例があまりなくとも臣籍降下の元皇族のお出ましを願ったり、養子を認めたりする方が、女帝及び皇統に反する女系天皇を考慮するより先決だと思います。要は優先順位の問題であって、何は譲れ、何は譲れないかの問題ではないかと思います。私としては男系継承は最後に譲るべき点だと思うのですが。
 高橋 戦後、GHQの影響があったにせよ、十一宮家五十一人が臣籍降下したのにはそれなりの理由もあったんです。というのも、昭和天皇の皇后である香淳皇后のお里のある久邇宮家や、昭和天皇のご長女が嫁いだ東久邇宮家、北白川宮家、竹田宮家など臣籍降下を余儀なくされたのですが、これらの宮家は五百五十年も昔に直系から枝分かれした、伏見宮家の流れを汲んでいる宮家で、整理する意味があったということです。当時は男系の継承者が、いまの天皇、常陸宮、三笠宮寛仁親王といったふうに三人もおられた余裕もあったかもしれませんが、あまり皇族が増えていくことを予算面からも危惧していたという事情があったし、血筋が薄まっていくことへの懸念もあったようです。
 八木 しかし、今はその男系の血筋が枯渇する恐れがある以上、宮家の継承ないし創設が絶対に必要です。それと注意すべきなのは、一部の保守系政治家のように、単なる無知から女性天皇容認論を主張するのではなくて、左翼的な歴史学者や憲法学者、またジェンダーフリーの視点から女性天皇を容認する意見が出てきていることです。皇室典範を改正することのできる国会の場で、この両者が合体すれば大変なことになります。
 例えば、横田耕一氏(九州大学名誉教授)は二月に、衆議院の憲法調査会の会合で「我が国は、純粋の君主国でも純粋の共和国でもない。あえて言えば、世襲の天皇を有する共和国である」「それほどまでして象徴天皇制を守る必要はない」と発言していることからも分かるように、「天皇制度」否定論者です。ところが、女帝の可否に関しては、「女性天皇を認めていない現在の皇室典範は、何ら合理的根拠がなく、男女平等を定めている憲法に違反する」「憲法の条項に違反するような“伝統”は否定されるべき」であり、「伝統重視に立つとしても、過去に“女帝”も実在している。国民感情からも、女性天皇を認める意見が多い」と指摘し、高橋さんと同じ「女性天皇容認派」と目されています。しかし、こういう人たちは、実は皇統は男系であるという事実を正確に理解した上で、こういう主旨のことを発言しているんです。そのココロはどこにあるのか――。万が一、今後女性天皇が誕生し、さらに男系ではなく女系に皇統が移った瞬間、「もはや皇統はなくなった。天皇はそこらにいる我々と何ら変わりのない存在でしかない」という風にみなして、新たな天皇制度否定の理屈に使おうとてぐすねひいて待っているんじゃないですか。実際、横田氏は先のヒアリングの中で、「女性天皇にすると、天皇の国民統合能力は希薄化するだろう」と指摘していました。その点のみ同感です(笑)。
 高橋 私も衆議院の憲法調査会に呼ばれて女性天皇の問題について野党から質問を受けましたが、「ジェンダーフリー」がどうのこうのと馬鹿げた視点ばかりから聴いてくるから呆れたことがありますから、まあ、その恐れはなきにしもあらずです。でも、皇統に関して男系から女系に移るということは「血筋の大転換」ではあっても、歴代天皇の血を引き継ぐ「世襲」が続くことであり、皇統そのものには何ら変わりはないと私は見ます。それに、そうした類の反天皇キャンペーンは手を替え品を替えて戦後いろいろと行なわれてきましたが、象徴天皇制度を支持する声は変わらず多数派ですし、日本人の皇室への感情からすれば、悪影響を及ぼす可能性は薄いんじゃないですか。
 それに、皇統、皇統と八木さんはおっしやるけど、いまの皇后さまを、民間から迎えたというのはそれまでの皇統に反することだったんですよ。旧皇室典範三十九条に「皇族の婚儀は、同族又は勅旨に由り特に認許せられたる華族に限る」と定められていたんですからね。しかし、結果として、民間人のお妃を貰ったことは正解だったと私は思います。
 八木 正解とまでは言いませんが、当時としては致し方なかったでしょう。
 高橋 ただ、皇后陛下は大変な苦労をされましたよね。旧宮家の人たちはお妃になるのを逃げておきながら、民間人出身の美智子さんが結婚されると、「なんで民間妃なの!」というやっかみからイジメを始めた。そんなことがあったので今の皇太子さまの時には、民間からお妃を選ぶのに大変苦労されたわけです。今回、雅子妃がどういう理由からにせよ、長い心の病いを患ってしまったということで、今後ますます皇室に嫁ぐ人は減るんじゃないでしょうか。そもそも、家族、親族含めてスキャンダルを起こさない民間人を探すというのは大変なことですからね。かといって、今回の皇太子様のご発言にあったように、雅子妃が皇室の一員となられてからもキャリア外交官時代のように、外国に自由に出掛けて皇室外交を展開したいと考えていたのに・・・という風に思われるのも、どうかとは感じます。
 八木 その点、宮内庁などは、当の皇太子殿下も含めて「皇太子妃の役割とはいかなるものか」ということをちゃんと妃殿下にご説明をして、納得していただいた上で嫁いできていただいたわけではなかった。妃殿下にも外交の舞台を外務省から皇室に変えたといったご認識が強かったように思います。「皇室外交」という言葉が一人歩きをしたし、皇族になられてからも諌言する人もいなかった分、逆に本来のお務めといっていいお世継ぎご出産の問題で徐々に妃殿下にプレッシャーがかかるようになってしまって、今日の事態を招いてしまったといえるんじゃないでしょうか。今回の皇太子殿下のご発言もご夫婦仲がよいのはよろしいのですが、公人のご発言として適切であったかははなはだ疑問だと思いますね。
 高橋 皇室外交というのには、私はそもそも反対なんです。皇太子さまが純粋に国際親善は皇族として大切な役目、と思われても、過去の例を見ると、政治に利用されることが多かったですからね。仮にプライベートで外国を訪問したいという希望を持っていたとしても私たちとは違い、皇族、とくに将来の天皇というお立場があるし、宮内庁が慎重な姿勢を取ったことはある意味で仕方がない面もあったんじゃないでしょうか。また、雅子妃のご病状には同情申し上げますが、やはり軽井沢の親族の別荘で静養するというのは考えものでしたね。警護などで周辺の住民にも迷惑をかけるわけですし、お付きの人が何人も同行するわけです。前例などにこだわらず、きちんとお付きの人や警護などで問題のない御用邸は使えなかったのか。
 それはともかくとして、女帝容認に関して、八木さんの言われるような意見や危惧があることは承知していますが、これも悲観的に見る必要はない。新たな天皇制度の始まりと見てもいいんじゃないですか。
女帝容認は「荊の道」なのか
 八木 しかし、高橋さんのように皇室典範を改正して女帝を容認してもいいという立場である笠原英彦氏(慶応義塾大学教授)でさえ、『女帝誕生』(新潮社)の中で、結語としてこのような危惧を表明しています。「われわれはいま、女性天皇を認めることによって、これまでになかった女系継承という新たな道へ一歩踏み出そうとしている。女性天皇を容認するか否かを議論する前提としてまずかかる重大な認識が不可欠である。そしてそれは皇統断絶と引き換えにわれわれが選択する荊の道の始まりかもしれない」と。
 「荊の道」がどのようなものであるかを笠原氏は具体的には示唆していませんが、何となく分かるような気がします。過去の日本の歴史になかったことが次々に生じてくるでしょう。先ず、愛子さまが天皇になられたら、皇婿(こうせい)、皇配(配偶者)殿下をどうされるかという難問が生じてくるのは目に見えています。高橋さんは、養子や旧宮家復活に消極的ですが、そういう先のことまで考えての女帝容認論なんですか。男系でなくても女系でいいといっても、結婚相手に恵まれなかったらどうするんですか?民間人から選ぶことが可能ですか。
 高橋 岸内閣の時に設置された憲法調査会でも、女性天皇の場合の皇配をどうするかという論議がされています。新典範作成に参画した宮内庁の高尾亮一氏は「過去の女帝は寡妃または未婚の皇女であったため、その問題はなかった。将来、女帝を認めると皇配殿下(プリンス・コンソート)の問題が生じる。英国、オランダのように皇配制度が確立し、国民感情も親しんでいればとにかく、皇配はなじみにくい」と答えています。しかし、すでに民間から妃殿下が宮中に入っている以上、将来、旧宮家の方々を選択肢にして皇配を検討するのは一向に構わないと思います。ただ、いますぐにそうした方々を養子にしたりするのはどんなものかと私は感じます。どちらにせよ、日本の歴史上初めて皇配殿下になる方は、皇后さまや雅子妃以上の苦労を負うのは目に見えていますが、マスコミは好餌にしないことです。
 私が宮内庁の記者クラブにいた時、エリザベス女王が来日しましたが、フィリップ殿下の仕種をよくよく観察していると、やはり手慣れていて、女王に対してでしゃばることもせずに、かといって卑屈にもならずに、実に自然体で昭和天皇夫妻と接しているのを目の当たりにしたことがあります。うまく表現できませんが、日本でもきっと皇配殿下が誕生すれば、そういう風にふるまえると思います。
 八木 でも、その皇配の対象は英国やオランダの場合は他国の王族もありますが、日本では限られてくるんじゃないですか。国際結婚も不可能でしょうし。
 高橋 それは、先ず旧五摂家(近衛、九条、二条、一条、鷹司)、旧清華家(久我、三条、西園寺、徳大寺等九家)などが対象になるでしょうね。しかし、これらの由緒ある家柄の出身者であっても、やはり女性天皇の皇婿としての心構えや千数百年続いてきた皇室への理解度が必要であり、周囲の人の視線に耐えうる強い気構えが求められるのはいうまでもありません。
 八木 しかし、仮に、そういう風に男系の女性天皇が誕生し、皇配も選ばれ、めでたくお子様が生まれたとしても皇位継承順位をどうしていくか。高橋さんのいうように第一子優先にするのか、男子優先にするのか。それともやはり男系を優先させるために、愛子さまのお子様より、傍系であっても男子がもし生まれたらそちらを優先するのか・・・。もう百家争鳴の状態になるでしょうね。そういう「荊の道」しか選択肢がないのなら、それもやむなしかもしれませんが、すでに述べたように宮家の復活、養子の容認等、打つ手はまだある。何故、それをしようとしないのかと思いますね。
 幸い皇太子殿下も秋篠宮殿下もお若くて御元気ですから、まだ三十年やそこらは時間がある。高橋さんのように、いきなり皇室典範一条を改正して、女性天皇を認め、世襲は第一子にするというのは拙速というしかないと思います。
「帝王学」にまったなし
 高橋 だが、国家、政府としてはまだ二十年、三十年はあるからといってそう悠長にしてはいられない。現典範では皇位継承ばかりか、養子をとれないから宮家の存続も不可能なんです。天皇制度はなくなってしまう。つまり現状では国家としての「かたち」が整っていないのです。雅子妃の病状を考えると、現時点で対策を講じておくべきだし、何より「帝王学」の見地からも早めの対応を取るべきだと思います。
 例えば、八木さんが言われるような養子には私は反対ですが、仮に養子を取るとしても一歳とか二歳ぐらいの時から、「大きくなればあなたは天皇になるのだ」ということをはっきりと教えておかなくてはならない。昭和天皇にしても、今の陛下にしても、幼い時からそういう「帝王学」をきちんと学んでこられたからこそ、あのような人格におなりになったんです。男系を重視するといっても、単に生物学的に血が繋がっていればいいというものじゃないでしょう。過去を見ても、ゼロ歳の時からこの人が次の天皇になるという前提で帝王学を教授してきています。『寛平御遺誡(かんぴょうのごゆいかい)』や『禁秘御抄(きんぴみしょう)』といった、中世から天皇が書いてきたさまざまな帝王学のテキストがあり、ああいったものが世伝として皇嗣子に受け継がれてきている。祭祀も同様です。
 私が、男であれ、女であれ、第一子の皇位継承を主張するのは、ジェンダーフリーでも男女共同参画的な「男女平等」の観点からでもなくて、そういう帝王学を教授する上での見地からなんです。昔のように側室制度等があって、何人目かには男が生まれるだろうという時代ならともかく、皇室も少子化の時代ですから、第一子誕生とともに帝王学を教育していく必要がある。そういう教育をするからこそ、公平無私な君徳ある天皇の性格が形成されるんです。
 八木 ソニーの井深大さんも一般向けですが、『幼稚園では遅すぎる』という本を書いたことがありましたっけ(笑)。
 高橋 そう、生まれた時から始めなくてはいけない。
 八木 私たちが引き下がれば、そのまま愛子様に帝王学ということになる(笑)。しかし、ここはやはり譲れません(笑)。
 高橋 昭和天皇が満遍なく国民の生活に目を配っていた有名なエピソードとしてこんな話があります。空梅雨で雨が降らなかった時に、ある侍従が「今日は誠に心地よい天気でございますが、午後から久しぶりに、ご乗馬でもなさりましては」と勧めると、昭和天皇は稲作に従事している農民を思いやって「雨は降る時は降らなくてはいけないし、暑い時には暑くないと困るんだよ」と語ったという。似た話は沢山ありますが、こういう発言がすんなりと出るのは、ご幼少の時から帝王学を受けてきたからこそなんです。
 だから、さきほど、八木さんが言われたけど、まだ皇太子も秋篠宮も若いから三十年ぐらい時間はあるというわけにはいかないんですよ。秋篠宮殿下に、ある日突然、天皇になって下さいと言われても、心の準備もできかねるんじゃないですか。
 八木 その秋篠宮殿下に対して「皇室の繁栄を考えると、三人目を強く希望したい」と宮内庁の湯浅利夫長官が昨年末に発言しました。この発言が、愛子様のご誕生以降も男子誕生を期待される雅子妃殿下に大きなプレッシャーになり、病状を悪化させたのではないかと見る向きもありましたが、長官としては当然の発言と思いますね。それはともかく、もし、三人目が男のお子さんだったら、皇位継承順位三位になりますよね。雅子妃殿下にとってもある意味でほっとされる結果になるかもしれません。そういう策はいかがでしょうか。
 高橋 それはあくまで仮定の話で・・・。昭和天皇は四人続けて女子ばかりでした。弟の高松宮は子宝に恵まれなかったのですが、『高松宮日記』の中で(昭和八年十二月二十三日)、昭和天皇に、今上天皇が生まれたことを我が事のように喜び、「まことに私も重荷のおりた様なうれしさを、考へて見ればおかしな話ながら、感じてやまず」と綴っています。そしてこんな歌を詠んでいます。
 おのつから涙わきけり うれしさは 日つきの御子のうまれましたる
 男系の皇統を続けるために、兄弟である昭和天皇と高松宮も同じ苦しみを味わっていたと思うんですが、そういう歴史を知っていただければと思いますね。今上天皇の従兄弟になる高円宮も「男の子が出来るまで頑張ります」とよくおっしゃっていたけど、女の子ばかり三人続いてしまったんですが・・・。
 八木 私でさえ、少子化社会阻止のために子供を三人作ったのですから、秋篠宮殿下にも皇統維持のためにもうお一人は是非頑張っていただきたい(笑)。
 高橋 ところで、八木さん、宮家の復活、養子の容認以外に「男系皇続」の存続に関してどんなプランがありますか?
 八木 うーん、残念ながらそれしかないんですけどね(笑)。
 高橋 もしかして、側室の復活までもくろんでいるんですか。
 八木 いや、皇統を重んずる立場から言えば、側室であってもいいとまで言いたいけれども(笑)、そこは具体的政策としては国民が許さないでしょう。巷では人工受精や代理出産で男系を繋ぐべしという極論を吐く人もいますが・・・。だからこそ男系の血筋を引く旧皇族の方々に皇籍に戻っていただくしかない。要は憲法と同じく皇室典範も九条改正で行くべし、それしかない!というのが私の結論です(笑)。
◇高橋紘(たかはし ひろし)
1941年生まれ。
早稲田大学法学部卒業。共同通信社記者を経て、現在、静岡福祉大学教授。
◇八木秀次(やぎ ひでつぐ)
1962年生まれ。
早稲田大学法学部卒業。同大学院政治学研究科博士課程中退。
現在、高崎経済大学地域政策学部助教授、慶応義塾大学総合政策学部非常勤講師、フジテレビ番組審議委員。「新しい歴史教科書をつくる会」会長。
 
 
 
 
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更新日: 2017年5月20日

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