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1989/01/09 読売新聞朝刊
[天皇をみつめる世界](2)イギリス 皇室変革に期待(連載)
 
 一連の天皇報道を通じ、英国では「菊の玉座」と「菊のカーテン」という二つの言葉が広く知られることになった。
 そしていま、「菊の玉座」に、「神」としてでなく「初めて人間として上る人物」(ガーディアン紙)が、「菊のカーテン」を、どこまで風通しの良いものにできるのかに関心が集まっている。
 昨年九月下旬、昭和天皇のご病状が悪化した直後、英大衆紙サンとデイリー・スターの掲載した激しい天皇批判記事は、英国内の意見を二分する論争に発展した。合わせて四百万部、英人口の一割近い発行部数を持つ両紙は、さらに電話による読者アンケートを行い、両紙の報道に圧倒的支持があった−−と追い打ちをかけた。これに関連して在英日本大使館に計百七通の手紙が届いたが、うち三十一通が、明確な天皇批判を含んでいた。
 一方、同じころイングランド北部ダラム市で、西欧各国の日本学者たちの国際会議が開かれていた。参加者のうち十人は、連名で、「われわれは(第二次大戦当時)天皇が事実上、日本軍部の人質であり、戦争を防止する力もなく、彼の名の下に軍が行った残虐行為を止められなかったことを納得している」「天皇の歴史的役割に関する論議に対し、客観性と礼儀を求めたい」との好意的な声明を発表した。知識層向けの英有力各紙の報道も、ほぼこの声明の線上にあった。
 昭和天皇崩御を伝えた七日朝の報道ぶりも、大衆紙と高級紙は際立った対照を示した。高級各紙が一面から論説面まで相当のスペースをさいて詳細に報じたのに対し、大衆各紙は、短い記事。「英米の旧軍人たちは昨夜、邪悪な統治の終了を祝した」(サン紙)などと、昭和天皇の戦争責任にむき出しの攻撃を加えることを忘れなかった。
 「過去は過去として、いまは新たな日英関係の前進を求めるべきだ」とする英政府、知識層も、日本軍の残虐行為と戦争責任を「水に流す」意思は毛頭ない。日本で「自粛ムード」が広がった時、東京に特派員を置く英有力各紙は、ほぼ一斉に「右傾化の懸念」を報じた。英公式筋によるそうした方向の「背景説明」があったと思われる。実際、七日付タイムズ紙は、改めて「国粋主義者たちの脅威の兆候」と題する記事を掲げ、「伝統的な葬儀と即位式のあり方をめぐる論争の形を借りて、彼らの戦端が開かれるだろう」と懸念を示した。
 世界第二の経済力を蓄えた日本が、果たしてすべての面で「国際化」に向かうのか。それとも、その力を背景に、「日本の論理」を世界に押し付ける方向に進むのか−−。昭和天皇のご病状をめぐる日本人の動きを外から眺めた後、西欧が一抹の不安を覚えているのは確かだろう。
 それだけにまた、戦争の影を引きずっていないニュー・エンペラーへの期待は高い。英マスコミは早くから、皇太子殿下(新天皇)が「平民と同じ学校」に通い、米国人の家庭教師をつけ、英語を自由に操り、「平民の娘」と結婚し、二人の皇子を英オックスフォード大留学に出した−−など詳細に報じ、「様々な面でアキヒトは、恐らく同年代の日本人の大多数より、リベラルな人物となった」(インディペンデント紙)と評価している。新天皇を、皇室を一般国民に近付ける努力のリーダーととらえる背景には、自由な発言で話題をまいているチャールズ英皇太子と二重映しにした、特別の好感もあろう。
 極めて自由で詳細な英王室報道ぶりにもかかわらず、「情報の少ないのが不満のタネ」(王室担当記者)という英国民の目に、「菊のカーテン」は、とりわけ重く厚いものに映る。「皇室報道に関しては、法王選びの際のバチカンのよう」に堅苦しい、と日本マスコミ批判の声もある。「菊のカーテン」は「国粋主義の脅威」に結びつく。
 「皇室職員に対し、二十世紀の暮らし方の基本を教育することが皇太子(新天皇)の直面する最初の、そして恐らく最大の難関となろう。そして皇太子が、変革に全力を挙げるのは、これまでの生き方からみて、間違いないところだ」と、七日付タイムズ紙は、一種の応援のメッセージを送っている。
(ロンドン・山口瑞彦特派員)
 
 
 
 
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