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3 今後検討されるべき事項
 これまで述べたように、AISは現在システムとしてその可能性を実用化していく段階にあり、ユーザー本位のソフトの開発と相まってAISの実用性と有効性が広く認められるに従い、更に安価なクラスBの開発・普及も手伝って、今後SOLAS適用船のみならず、適用船以外でも広く普及していくことが予想される。
 また、陸上局を整備しネットワーク化すれば、船からの膨大な情報が集約でき、これまで陸上に比べ把握しづらかった海上における船の動き、ひいては人、物の動きを、リアルタイムで管理することができる。
 同時に、陸上から船舶に対する情報提供も、ネットワークを活用することで任意のタイミングで個別に或いは広範囲に実施することができ、気象・海象情報などの航行安全情報の他にも、船舶にとって有用な様々なサービスの提供に有効に活用される可能性を有している。
 このようなAISの将来的な普及とその可能性を踏まえ、我が国がAISを受け入れ、そして有効に活用していくに当たっては、以下の点が検討される必要がある。
 
(1)効果的な情報管理
イ 情報管理、情報の差別化
 船位情報は戦略的にも、またセキュリティの上でも重要な情報であることから、今後、どのような情報を共有し、どのような情報にフィルターをかけ情報を差別化するのかといった情報の取扱いについて、システム管理者、運航者、船長、行政機関、代理店など関係者の間で十分検討する必要がある。更に、扱う情報の性質から、情報管理は透明性を保った運用が不可欠であり、その意味から、AISの情報を管理する主体はどこが適切で、また経済的かつ効率的かについて諸外国の実情も踏まえながら検討していく必要がある。
ロ システム・セキュリティの確保
 また、システム破壊を目的とした行為として、意図的な偽AIS情報の発信、地域周波数の変更、AISシステムへの侵入とともに、AIS情報を盗聴し収集した上でのテロ行為などへの悪用の可能性があり、今後システムを構築する上で、AIS情報の法的性質に関する検討を行ない、総合的なシステム監視体制の確保を十分検討する必要がある。
ハ 地域的・国際的なAIS情報の交換
 AIS情報の共有は国内に止まらず、共通の関心を有する地域内のAIS情報は、犯罪捜査やセキュリティに関心のある警察機関のみならず、船舶運航社にとっても運航管理や経営戦略策定のための貴重な情報となり得るし、また人・物の動きを具に監視できるということは経済関係者にとっても魅力的であろう。右はAIS情報が地域レベルの垣根を越え、世界レベルで共有されることに伴い、更にその重要性を増してくる。同時にまた、環境保護団体にとっても、危険物や有害物質を積載した船舶の動きを世界規模で監視できることは有意義であるし、テロリストもまた、船の位置を容易にかつ正確に入手できるこのシステムを多いに活用するであろう。
 このような将来図を描くとき、共有できる情報の種類やアクセス権に係る国際基準を確立するとともに、各国が、AIS情報を正しく管理し、システム・セキュリティを高水準に保つ責務を有するとの国際的な枠組みの構築は不可欠であろう。
 今後、我が国としても、バルト海沿岸の各国がどのような形のネットワークを構築していくか継続して注視しつつ、AISを安全にかつ積極的に活用するための枠組み作りに積極的に貢献すべきと考える。
 
(2)AIS活用の方策
イ 航路管制
A 安全・快適な海上交通への活用
 AISにより出入港する船舶の位置情報、目的地、積荷などの情報が集中して管理でき、更にロングレンジを活用すれば入港船の動静を前広に把握することにより、中・長期での計画的な航路管制に有益な情報となる。
 これらの情報を活用することで、管制業務は予定ベースの交通スケジュール管理と、その時点その時点でのスポット交通整理という二段階の管制業務に分かれることが考えられる。
 ロングレンジを活用する際には、対象船の絞込み、通報の制度化、船社・代理店等との情報の共有、ポーリングする場合の予算措置について検討する必要がある。
B 航行安全情報等の提供と閲覧の確保
 リアルタイムの気象・海象情報、港内工事海域や訓練海域に係る情報、航法に関する情報、出漁船の状況、海難情報など、様々な情報を提供する手段として、今後、提供する情報内容、頻度、優先順位を検討する必要がある。
 それと同時に、AIS機器の常時ワッチは義務付けされていない現状で、AISを通じて提供する情報のチェックを利用者の意思に任せるのか、或いは海難情報など一定の情報については海域を定める等して聴守を義務付けるのか、といったAIS情報の受手の対応について、法的側面、技術面双方から検討する必要がある。
ロ 港湾EDIとの連携
 出入港に伴うCIQ等の事務手続き省力化のため進められている港湾EDIに関しても、AISを活用することで更に省力化が図れる可能性があり、AISシステム構築の際にはEDI情報とのリンクが考慮されるべきと思料する。
ハ AIS情報「断」への対応
 AISが定期的な位置情報提供を停止した場合、次の事態が想定される。
A 船舶が航海を終了した(入港着岸中、ドック入り等)
B システム上の不都合で送受信不能となった場合(VHF不感地帯、送信機不具合等)
C 意図的なAIS装置のオフ(船長判断、海賊・テロリスト等による所作等)
D 船舶が沈没等によりAIS機器が発信不能となった場合
 AIS情報の管理者は、AIS情報の断をどのように評価し対応するか、膨大なAIS情報の総合管理の考え方とともに整理し、情報処理機器などのハード面の整備と、対処方針、マニュアル作り等の運用面の整備を行う必要がある。
ニ 船位通報制度との調和
 現在任意の制度で運用されているジャスレップについて、今後、AISを通じ位置通報を行う船の増加が予想される。その場合、ジャスレップシステム全般の見直しとAISとの調和について検討するとともに、特に次の点を検討する必要がある。
A 情報の取扱い
 任意で提供されるジャスレップ情報は、捜索救助の目的以外の使用に制約があるが、AISを通じて入手した位置情報の活用範囲との整理。
B AIS情報「断」の場合の対応
 ジャスレップでは、位置通報が途切れた場合海難に遭遇した可能性があるものとして対応しているが、AISを通じてジャスレップヘの参加を意思表示した船舶のAIS情報が「断」した場合の対応
ホ 事件捜査への活用
A 事件捜査に活用するためには、AISの継続作動が前提となるため、AIS作動確保の方策を検討するとともに、AIS搭載義務船がAIS機器を「断」とする場合の対応及び頻繁に途中「断」する等の特異な船に係るデータベース化を検討する必要がある。
B また、情報収集の一環として、隣接国、或いは関係国との間のAIS情報の交換に関する枠組み作りを確立する必要がある。
 
(3)AISの普及に伴い実施すべき事項
 AISは正しく活用される場合には衝突予防機能を含め安全航行に大きく役立つものであるが、例えばAISの表示のみに集中し見張りを怠るなど、間違った利用はむしろ海難を惹起しかねない。更に、AISが現在のカーナビ並に普及した場合、AISは職業船員のみならず、プレジャーボート操船者などの一般の人々にも利用されることとなり、適性な使用法についての啓蒙活動は不可欠となる。
 AISセミナーにおいても、AISシステムの導入に当たっては、職業船員を含むAIS利用者に対する研修・訓練が不可欠との意見が複数出され、将来の訓練・研修体制の整備の必要性が合意され、セミナーの最終勧告に盛り込まれた経緯がある。
 以上のことから、AISの普及に伴い実施すべき事項は次のとおり。
イ AISが操船に与える影響の検討
 新たな航海情報として入手するAIS情報について、AIS情報を発信しない船がAIS搭載船と混在して自船の周囲に存在する環境下にあって、操船者である航海士はAIS情報をどう評価し処理すべきか検討する必要がある。
 更に、AISを他船との衝突予防の判断に活用することの実用性評価、及び使用上の限界と注意事項などについて、COLREG改正の必要性も視野に入れ、実証実験を重ねた上で検討する必要がある。
 これら検討結果を踏まえ、必要に応じ衝突予防法の改正を含めた法整備を行うとともに、AISを使用する者が安全・有効にAISを活用できるよう、使用に当たっての注意点を網羅したAIS使用上のガイドラインを作成することは有意義と考える。
ロ AIS利用者への訓練・啓蒙
 AIS使用上のガイドラインは、国内の各種船員養成機関等での教育カリキュラムで活用され船員教育の一環として普及が図られると共に、各地で開催される海難防止講習会や、別途AISの使用にかかる講習会を開催するなどして、広く啓蒙活動を展開する必要がある。







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