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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1985年4月号 正論
教育改革は革命にあらず
電気通信大学教授 西尾幹二
 
一、先行する空想的目的論
 
 まず言葉の問題から始めたい。
 教育関係の文章には余りにもしばしば決まり文句が用いられているので、うんざりした経験を持つ人は少なくないだろう。例えば、「これからの学校教育は個性を尊重する教育でなければならない。」とか、「画一性を打破し、多様性を目ざすことこそが教育改革の真の目的である。」等々である。
 私はこういう言葉の並ぶ文章には眉に唾をつけて読む、あるいはむしろ読まないことにしている。むかし学生時代に、大学正門の前で全学連の闘士たちから配られたビラの言葉がこの手の単調な、無内容な言葉の羅列だったことを思い出す。政治ビラが日本の当時の現実とほとんど接点を持たなかったように、教育関係の文章、ことに近頃の教育改革に関わりのある、何かを使嗾し未来を切拓く式の威勢のいい文章は、日本の教育の現実をさっぱり映し出していない。
 「教育の自由化」といい、「学校、教師の側に競争を」といい、すべての新しいキャッチフレーズは、具体的に何を目指しているのかがよく分らない。また、目指す目的が多少暗示された場合でも、どうやったらそれが実現されるかという実際的な手続きが思索されていない。方向だけが示されている。そしてそれは絶対に正しい方向だという思い込みの強さだけが目立つ。具体的な手続きや方法は後から皆で議論して考え出せばいいや、という無責任な態度である。つまり空想的な目的論だけが先行しているのだ。一昔前の左翼教条主義者の態度によく似ている。そのため、日本の教育がいま陥っている病理現象の内側に分け入り、病理の実態に立脚して、そこから問題を考えて行こうという慎重な態度を著しく欠いているのである。
 が、ここでよく考えて頂きたい。教育改革は革命ではない。長い時間を掛け心理療法を施す精神医のような忍耐心こそが求められるのであって、患部をメスで切り取ってしまう外科医のようなドラスティックな方法は、教育改革には最もふさわしくない。
 学校教育は社会の一部である以上、教育の病理は社会の病理をそのまま反映している。初等、中等教育で「落第」も「飛び級」も行わない日本の学校の鬱陶しいまでの能力平等信仰は、企業や官庁で年功序列人事を尊重し、型破りの降格や昇格を決して行わない慣行と、精神構造においていわば一つである。大企業で自分の父親と同じ年齢の上司を跳び越え、二十代の副社長が実現するような国においてこそ、「落第」や「飛び級」は日常茶飯事となり、からっとした明るい空気に包まれて処理される。日本人であれば日本の湿っぽい社会の持つ病理――他面からみると、心情的一体感の強さという長所でもあるが――から何びとと雖も逃れられるはずはなく、従って教育改革を口にする人間は、自分もまた病人の一人であるという観点を見失ってはならないであろう。
 ところが、最近政治や経済の側からしきりに聞こえてくるのは、右のような自己反省を欠いた声である。曰く、自分は健康で、学校だけが病気である。自分は個性的な人間で、教育界だけが惰性と画一性に陥っている。そう言わんぼかりの主張をする人が、官界や企業サイドの利益を代表して、「臨教審」の主要メンバーを形成している。こういう類の、外から治療してやる式の高飛車な精神態度をもってしては、教育という人間世界の最も複雑にして微妙な営為に対し、効果的な影響を及ぼすことは難しいだろう。
 その代表例は、「臨教審」第一部会が「教育の自由化」という言葉をもって経済の自由競争原理を、学校間に、ことに小学校・中学校間に導入しようとしている動きである。
 
二、第一部会『審議メモ』への疑問
 
 「臨教審」第一部会は、二月九―十一日に、香山健一氏の改革私案をたたき台にして合宿審議をしたと伝えられる。十二日の各紙に「審議メモ」が公表された。それによると、「自由化」という言葉を表立たぬようにし、「個性主義の推進」「画一性の打破」の二つを改革の基本理念にするといい、次のような内容を謳っている。
 「日本の追いつき型近代化」はいま「歴史的役割を終えた。」同時に「世界も、人類も、二十一世紀への文明史的転換期を迎えている」ので、教育はこの要請に応えなければならない。「過度の学歴社会意識や偏差値偏重の受験競争、校内暴力、青少年非行などにみられる教育荒廃は、画一主義と硬直化がもたらした病理現象であることを認識し、これまでの画一性、閉鎖性、非国際性を打破し、多様性、開放性、国際性を実現する抜本的改革を進めなければならない。」というようなことを述べた後、改革の具体的方向を十項目に分けて提示している。(『NEXT』三月号所載の香山健一氏の私案「画一性に死を――東大を私学にせよ」の中に、「画一性」「閉鎖性」「非国際性」の打破という右と完全に同じ表現がある。私案からそのまま右の「審議メモ」に書き写されたものと思われる。また、改革の具体的方向を示す「審議メモ」の十項目は、香山私案の提案十二項目と、言葉遣いから配列順に至るまで、酷似している。)
 右の通り「審議メモ」に示された宣言内容は、すべて結構ずくめで、私とて異論はない。単なる言葉の呼び掛けによって、物事がこの通りに実現されるなら、何も言うことはないのだ。教育における「画一性」が「多様性」になり、「閉鎖性」が「開放性」になり、「非国際性」が「国際性」になることを望んでいない国民なんか一人もいない。しかし平和主義を唱えていれば平和が維持できるとは決まっていないように、画一性の打破を口にしていれば画一的でなくなるというものではないだろう。それどころか、個性尊重とか、画一性打破とか、昔から百万遍も言われて来た決まり文句を用いることは、冒頭にも述べた通り、そのこと自体が画一的で、個性のない所業と言わざるを得まい。かりに画一性を打破せんと、主張されるとおりに小中学の通学区域を撤廃したり、民間の塾を公認したりしてみたら―進学率のいい小中学校に越境しないでも入れるというわけで親も子も喜んで殺到し、十二歳の受験戦争が全国規模でひろがる、という今以上の画一性に見舞われることにもなり兼ねないのだ。私は第一部会の「審議メモ」と香山私案を読んで、そこに現実の困難性が――日本の教育の孕んでいる病理の手に負えない実体が――少しも滲み出ていない、単なるスローガンの空しさを覚えた。
 威勢のいい言葉だけが踊って、現実からは遊離している例なら、早くも改革の具体的方向の第一項に認められる。
 「審議メモ」は具体的な方向の第一項に「官公庁・企業の採用基準の抜本的見直し」を挙げ、香山私案もまた同様に、第一項に「根本的見直し」を掲げている。そして第二、第三項(私案では第二項にまとめて)で大学院の充実や大学の設置基準の緩和等の、高等教育の改組案を取上げている。以下最後の項に至るまで、内容だけでなく言葉遣いまで両者がよく似ていることは前述した通りで、審議と「審議メモ」の作成が香山氏の主導で行われた経緯を証拠立てている。
 推定するに、一月末頃に「教育の自由化」論が話題になって、第一部会のこの主張は現実を見ていない観念論、浅薄な思いつき論としてさんざんな批判を浴びた。ことに官公庁・企業の採用方式と大学の序列に変動のないまま、小中学に自由競争原理を取入れれば受験地獄が一段と深刻化する、との現場の声には切実なものがあったので、香山私案は慌ててこれに対応すべく、第一、第二項を追加、強調し始めたものと思われる。きわめて御都合主義的な対応である。議論の全体がいかに思いつきの積み重ねで動いているかは、ここからも分るのだが、私が問題にしたいのはその点だけではない。「官公庁・企業の採用基準の見直し」に「抜本的」とか「根本的」とかいう誇張した言葉を用いている正確さの欠如に、私はこの部会を動かしている思考の幻想性を見ている。
 私は第一部会委員諸氏に伺うが、官公庁はともかく、「企業の採用基準」を変えるのに政府はどんな権限を持っていると考えているのか。日本は自由主義の国である。企業が企業の能率を重んじて決めた基準を、政府は禁じたり許したりする権能を与えられているのだろうか。もちろん「指定校」を五大学に限っていた企業を行政指導して、二十大学に拡大させる程度のことは可能かもしれない。しかし四年制大学は四百五十一校もあるのだ。そのうちおよそ上位一割の大学の門をくぐらなければ一流企業に入社できない――実際にはもっと狭き門かもしれない――ことを、国民は本能的に知っている。受験が激化するのはそのためである。いったい採用基準を「抜本的」に見直すどういう可能性があるのだろう。
 私に言わせれば、考えられる可能性はただ一つしかない。すなわち憲法を改正し、政府の介入権を強化する法律を公布し、四百五十一校の四年制大学から、抽籤で、順序をきめて、あらゆる企業に人材を均等に配分することとする。一流企業に四流大学の成績末席の者が回されても企業は運が悪かったと諦めるべし。三流の小企業にトップエリートが配され、彼が絶望して自殺してもやむを得ぬことと認識すべし。もし政府にこの権限が与えられるなら、大学の上位と下位の区別はたちどころになくなり、受験競争は消滅して、代りに日本経済は低落傾向を辿るだろう。そういう事態は誰も決して望むまい。また現実に出来もすまい。だとすると、「企業の採用基準」を抜本的に見直す方策などはじつは皆無なのである。
 成程、企業内での昇格が近年必ずしも東大出身者中心でなくなったことはかなり証明されてきている。けれども、日本リクルートセンターの昭和五十九年度の調査結果でも明らかな通り、一流企業への採用においては、依然として有力大学――その定義は難しいが――の卒業者が圧倒的に有利とされている。というより、他は入社試験の門口に立つ可能性からさえ排除されているのである。
 企業が経済的効率から選んだこの方法を、法律で制約する途が閉ざされている以上、教育界はひたすら頭を下げ、経済界への協力方を依頼する以外に道はないだろう。しかし、それが何の効果も上げなかったことは、これまでさんざん経験ずみである。私はだからせめて就職における年齢制限の緩和を――採用条件に年齢制限があるために十八―十九歳での大学入試に重圧が集中化してくる――実現できないものかと、「中曽根・教育改革への提言」(『文芸春秋』昭五九・五)の中に書いたことがある。けれどもこれとてフレッシュマンを採用し社内教育するのが最良という企業の人材観が変わらない限り、ほとんど実現の見込はない。企業社会における労働の原理が欧米と違うことが、日本の大学の性格を特殊化している――入るのが難しく出るのが易しい――のである。
 企業側は大学で学生がどんな教授につき、どういう研究をして来たかにほとんど興味を持たない。学生がいかなる偏差値の大学に入学したかという一事実だけを尊重する。入学試験を知能テストの代用として最大限に利用している。大学の序列もまたそれに応じて形成され、「学生一流・教師三流」と噂される大学が、「学生三流・教師一流」の大学よりも格段に上位に位置づけられているのである。大学が大学として評価されていないのだ。ここに日本の教育のどうしようもない病理の一面が露呈している。
 明治以来、産業界が教育組織を利用し尽くして近代化を果して来た帰結として、こういう不幸な事態が起こっているのである。この点での責任を問われなければならないのは産業界であって、教育界ではない。けれども、自由主義国家の看板でも下ろさない限り、産業界のエゴイズムを法律で制約することは事実上不可能なのである。とすれば、この問題はほとんど八方塞りという外はない。
 「臨教審」第一部会が「抜本的見直し」を得々となって宣言するのはどういうことだろう。何か見込みがあるのだろうか。出来もしないことを恰かも目ざましく実行できるかのように言い触らすのは虚偽ではないか。具体的方途は示さず、幻想だけばら撤くのは宣伝(プロパガンダ)ではないか。「抜本的」とか「根本的」とかいう言葉は、そうそう軽々に使われてよい言葉ではあるまい。教育の陥っている袋小路のやり切れなさを身に泌みて感じていない者に限って、大言壮語し、明日の教育には薔薇色の花が咲くかのごとき無責任な夢想を振り回す。
 かつて極左冒険主義者たちが用いていた常套の手段によく似ている。問題解決の本当の難しさ、すなわち現実が見えている者は、決してスローガンを掲げないものだ。現実の与える範囲の中で少しずつ理想に近づくことによってしか、理想に到達する道はないのである。
 
三、学校の個性を作るのは誰か
 
 第一部会の「審議メモ」と香山私案に、私は未来志向を振り翳した一昔前の観念的政治主義の残香を嗅ぐ思いがした。
 もう一つ例を挙げると、「審議メモ」には「画一主義から個性主義への大胆かつ、細心な移行」という言葉が認められる。そして、「この個性主義とは、個人の尊厳、個性の尊重、自由・自律・自己責任の原則の確立である」と説明されているが、決まり文句や常套語が並んでいるだけで、何のことやらさっぱり判らない。
 私はドイツの学校を見て歩いたとき、小ぢんまりした個性的ないい学校によく出会った。校庭などまるでない中高等学校(ギムナジウム)もあった。しかし指導力を持つしっかりした校長先生のいる処に必ず学校の個性が感じられた。個性とは結局人間によって培われるのである。これは当り前過ぎる話かもしれないが、再認しておいて頂きたい。
 私もまた「教育の自由化」に全面的に反対しているのではない。日本の小中学校が巨大化して、機能不全に陥っている事実を知っている。小中学校は小規模の方がいい。校庭の広さや建物の構造などにいちいちうるさい規定を設けて、簡単に新しい私立学校を作れないようにしているのは、たしかにどうかと思う。また、これからは教師になる関門を今より難しくして、その代りいったん教師になった人間をもっと信頼し、授業内容をこと細かく管理監督するようなことはやめた方がいい。一般に文部省の指示はゆるい方がいい。
 以上の通り私もまた「自由化」をある程度大切だと考えているのだが、国家的制約をゆるめることだけで、すなわちこうした一連の「自由化」政策によってただちに、学校の「個性」が生まれてくるとはどうしても思えないのである。日本の学校の言われる処の「画一性」には、日本人の組織運営に特有の性格が宿命的に原因しているからである。
 それにつけてつねづね考える点は、小中高校における校長人事のあり方である。日本の学校が個性的になるためには、少なくとも十年近くにわたって一人の校長が、それも三十代、四十代のまだ若い秀れた資質を持つ指導者が在任しつづけ、彼に人事を含む大幅な裁量権が与えられる必要がある。これさえ実現すれば公立でも十分に学校の個性を発揮できる。勿論荒廃した学校の発生する危険もないわけではない。けれども、今のように、五十六、七歳になって順送りに晩年の二、三年を栄誉職のように校長職に就任するという慣行がつづく限り、個性的な学校の成立は望むべくもないだろう。現行では校長は大抵お飾りであり、事なかれ主義者の典型である。教員組合は校長に大幅の権限が移行することを拒否しているし、必ずしも指導者としての資質の有無いかんで、校長が選定されているとはいえないからだ。できるだけ多くの希望者に校長職を盥廻しするという特殊日本型民主主義が行き渡っているのである。
 校長になることが今日のような形式上の名誉ではなく、困難な課題を果すやり甲斐のあるポストだからこそ少数の者にのみこの地位が与えられるという実質上の名誉にならない限り、個性ある学校の出現を期待することは不可能であろう。個性を創るのも、殺すのも、結局は人間なのである。「臨教審」第一部会のいうように、通学区域を緩和ないし撤廃するとか、飛び級などで教育内容を学校ごとに自由に決定できるようにするとか、六四制、六六制、五四制などの多様な学校制度を導入するとか、外側の制度を変えること――それも完全に無意味ではないのだが――だけで、「個性」が自然に生まれて来ると考えるのは、単純な機械論的思考である。外側の制度を変えても、例えば校長人事が旧来のままなら、新しいことは何も起こるまい。人間がすべての基本である。
 ところが、そう考えたときに、私はほとんど絶望的な気分になる。全国のあらゆる教育委員会、監督官庁の幹部、指導主事に、盥廻し人事をやめさせるどんな手だてがあるというのだろう。日本がすでに先進国病に陥っている証拠なのかもしれないが、万事に革新の気運のない老廃し硬化した日本の教育界に憤りを覚える点で、私は「臨教審」自由化論者と同じ土俵上にある。老廃と硬化の頂点にはもとより文部省がある。文部省の永年にわたる無政策・無思想ぶりを私は今まで何度繰返し批判して来たことだろう。
 校長人事ひとつを取上げても分る、人間に――制度にではない――新しい活力を与える方法が開発されることを私は期待してやまないのだが、しかし不図考えてみると、中味が団栗の背くらべである日本の集団は、強力な指導者を拒否してしまう体質を持っているのかもしれない。個性ある指導者ではなく、凡庸な代表名義人を頂くことで、日本の組織はかえって柔軟に運営される、という可能性も考えに入れてみる必要がある。できるだけ多くの希望者を二、三年交代で校長にしていく特殊日本型民主主義は、できるだけ多くの代議士に大臣の地位を盥廻しするという自民党の仲良しクラブ的性格とほぼ同一の構造をなしている。これは日本人の結社運営の智恵の一つでもあるのだから、否認してもどうなるものでもない、というもう一つ別の問題があるのだ。
 「画一性打破」などと簡単に言うけれど、一見して画一的とみえる集団に日本人に特有の隠された「個性」を発見していくことも、忘れてはならないもう一つの貴重な態度だろう。
 私はこの点に関しては今何も結論は出さない。「臨教審」第一部会が「画一主義から個性主義への移行」などというスローガンを打出しているので、言葉でこんなことを言ってみてもなんにもならず、個性主義とは、考えていけば裾野の広い多様で複雑な問題に突き当り、あらゆる結論が別の結論を誘い出す相対性を内蔵した言葉であることを、差し当り示唆しておきたいまでである。
 
四、微妙な差別の教育への投影
 
 一九七五年の統計でイギリスの総人口の上位一%は、底辺の八〇%よりも多くの私有財産を有していると判定されている。これに対しドイツの社会学者R・ダーレンドルフは、『英国論』の中で、経済的不平等はどの国にもあるので、それがいかに大きくてもイギリス社会の特徴とは言えないと語っている。次いでしばしば指摘される階層間の固定化についても、「ウルジー枢機卿は肉屋の息子であり、エリザベス一世は農奴の子孫だった」と主張するピーター・バウアの言葉を引用して、イギリスが開放的で流動性のある社会だというこのイギリス人の主張をよしんば認めたとしても、これまた必ずしもイギリス社会を特色づけてはいない。経済的不平等と社会の流動性はすべての産業社会に共通したものなので、問題の核心ではない、と言っている。
 それなら何がイギリス社会の性格を決定づけているのだろうか。ダーレンドルフはバウアがさりげなく洩らした次の言葉を「重要なポイント」として強調している。
 「イギリスの社会は何世紀もの間、微妙な身分の差というものを強く意識してきた。今でも文官の間ではCB(バス勲爵士)とCBE(上級勲爵士)の間の区別ははっきりと、しばしば必要以上に認識されている。CBを期待している文官はCBEを授与されると失望し、CBEを欲しいと思うときにOBE(大英帝国勲爵士)を受けても喜ばない。階級差の観念は社会階層のはるか下部にまで達していて、労働階級が酒を酌み交わすパブの中でさえ、サロン・バー、ラウンジ・バー、そしてバプリック・バーというように差別がつけられている。」
 かといってCBとOBEの違いについて明確な説明をつけられるイギリス人はいないとも言われる。それにしても差別立ては微妙なのである。イギリス社会を特徴づけているのは階級というよりも、ここでいう微妙な差別のほうではないか、とダーレンドルフは指摘し、「他の国々が大きな重複したカテゴリーの社会となり、それが一つの中心的な価値観で支配されているとき、イギリスは微妙な差別の社会にとどまったのだ。これこそが階級論争の背後に隠された真の問題なのである。」と結論づけている。
 あらためて言うまでもないが、日本の社会、とりわけ戦後社会が画一的であるのは、この種の微妙な差別をことごとく押し流そうとする大きな力が働いてきた結果である。人種・言語・風土の単一性という古代以来の日本本来の文化のあり方もそこに与って力があったと思うが、例の「追いつき型近代化」の急速な要請が何といっても一番強く無差別の傾向に拍車を掛けてきた。明治の元勲の孫たちがしばしば週刊誌などで好ましくない風評を立てられるのを読む度に、私は日本では名誉ある家系のプレステイジがわずか三代つづかない流動社会なのだなと合点する。親の出自・地位・財産よりも、学歴が官庁や企業に迎えられるパスポートになる比率が日本において高いのは、明治以来官民あげての「追いつき型近代化」の要請が「一つの中心的な価値観」となって、日本を闇雲に駆り立てて来た帰結と考えられる。国家が列強同士の相剋の谷間に埋没し兼ねない緊張が百余年もつづいた間、指導者として旧大名の息子たちに頼るのでは到底国を維持できず、生存本能からも、能力主義(メリトクラシー)を尊重しないわけには行かなかったのであろう。
 いずれにしても、われわれの国では、ある程度の近代化の達成に、われわれが不図気がついたときには、国内の文化意識はすでにひどく均質化しており、あの微妙な差別とそれに基く心理的安定や風俗の妙味を失って、国民こぞって気ぜわしい成金人間と無風流人士になり果てていたのである。そして、じつはここからが私の今一番強調したい点なのだが、社会生活の中に微妙な差別が消えてなくなった結果、すなわち画一化が進行した結果――それがまた日本経済の成功や政治の無風状態の主たる原因となっているに相違ないのではあるが――代りに、教育意識の中に微妙な差別の構造が微妙なままに移し変えられたのである。
 近代日本は社会の中から人間を識別するあらゆる目じるしを追放しつづけてきた特異な平等国家ではあるが、究極的には区別とか差別とかなしでは、人間集団はまとまりを維持していくことが出来ないものとみえる。CBとOBEの違いなどはイギリス人自身にもよくわからないものなのに、イギリス人の多くがそれに微妙にこだわる、という先の記述を読んで、日本人にも思い当る節があるだろう。慶大経済学部と一橋大学との違いなどについて、一般の日本人は誰も説明ができないが、一方を好む人は他方に合格してもがっかりしたりするのである。そういう微妙な差別が上から下まで、大学から高校まで全国規模で張りめぐらされているのが「格差」という化物であり、それは人が言うほどに明確な序列を形成せず、専門ごとにあるいは地域ごとに、まさしく微妙に形づくられ、かつ運用されているとみていい。
 その微妙さの内実を知るには、受験生の心理ひとつを考えてみてもいい。まだ若い年齢の彼らが、鎬を削って僅かの点差を競り合うのは、大人になって企業や官庁に入ってからの早い昇格を願ってのことだとは必ずしも言えまい。若いときには誰しもそんな事は余り気にしていないものだ。そうではなく、僅かな差が心理的社会的に拡大されて決定的な差になる特殊な競争心理に彼らは虐まれているのである。ことに高学歴競争においては、経済競争とはまったく別の動機が働いている。すなわち、入学試験に失敗すれば、ただ学校競争に失敗したという程度にとどまらず、人生全般に関わる自分の能力をかなり限定して考えなければならない、という自己催眠が彼らを動かしているのである。自分の生涯にわたる人間としての能力が問われているのだ、との危機意識が受験生心理の根底にある。
 そのわけは今まで縷々説明したことでお分りであろう。
 アメリカ社会になら人種や所得による明確な仕切りがある。だから進学率が高くなっても、日本のような同一路線上の競争は起こらない。一般にヨーロッパの他の諸国には、イギリスほどではないにしても、まだ階級間の仕切りが残っている。だから進学率は高くならない。これらの諸国に対し日本は社会の中から仕切りを失った結果、学校の「格差」とか「序列」とかが、仕切りの代用をなして来た。それが受験生たちの肩に覆い被さって来たのである。
 しかしここで注意しなければならないのは、学校に忍び込んだこの「仕切り」は、フランスやドイツの教育組織のように、国民を高級管理層(テクノクラート)と民衆、知識階層と民衆という風に明確に二分極化する方向には作用しなかった。勿論日本にも指導層とそうでない層の漠たる区別はあるのだけれど、両者の関係は曖昧に連続している。いつでも交代可能である。それだけにまた、一本の太い「仕切り」があるのではなく、細分化された何本もの「仕切り」が段をなして、微妙な差別の体系を形成しているのである。
 今日の日本の政治的無風状態と経済世界の小市民的自己満足状態は、ほかでもない、学校教育に災いをもたらしているこの差別の体系に裏側から守られ、支えられている。あるいは、少なくとも、両者は相互補完的な密接な関係にあって、前者の安定と成功は、後者の犠牲と悲劇の上に成り立っているという外はない。
 以上が現代日本の教育問題を考える場合のいわば前提である、と私は敢て主張したい。
 
五、経済主義の錯覚
 
 「臨教審」第一部会が真っ先に提案したと伝えられる「教育の自由化」の具体案――学校の設立を簡略化せよ、通学区域制限をゆるめよ、六三三制を再検討せよ、等々――は、日本では周知の通り、政策グループ「京都座会」が最初に言い出した。私は今度同会編の『学校教育活性化のための七つの提言』をざっと読んでみたけれど、あまり感心できなかった。
 勿論、提言のなかに聞くべき意見が皆無だとは思わない。いい意見もある。けれども、全体としての印象なのだが、自由競争は経済を活性化させるから、その原理を「初等、中等教育」の学校や教師に適応すれば、教育全般を活性化させることができる、というかなり乱暴な前提の上に提言がなされている。私の目にはその前提が疑わしいのである。これが経済政策であれば、倒産した企業や失業者が出ても、金融面で救済できるが、学校を自由競争に曝して失敗した場合の、何年間かの子供の「過去」はどう救済できるのか。そういう節度を欠いた提案の非人間性もさることながら、右に述べた経済の成功と教育の病気が表と裏の相関関係をなしているという、日本の近代社会の構図が、経済専門家たちの目に入らないための、謙虚さを欠いた経済絶対主義が、私には耐え難い。
 ここで「京都座会」の提言者の心理を忖度してみると、日本の経済はこんなにもうまく行っているのに、いったい今の教育はどうなっているのか、という教育を外から叱りつける感情が滲み出ている。そして、その見地から、経済はうまく行っている以上、経済の遣方を教育に当嵌めればきっとうまく行くだろう、というはなはだ飛躍した楽観的な思い込みが生まれてくる。私に言わせてもらうならば、経済がこんなにうまく行っているのに、ではなく、うまく行っているからこそ、教育はおかしくなっているのである。経済の成功因と教育の病因とはいわば一つであって、別ではない。勿論、学校教育におけるさまざまな困難の原因は複合的で、経済の繁栄だけが原因のすべてではない。だが、それにしても、教育の混乱は経済がうまく行き社会が相対的に安定していることのいわば代価であるというきわめて重要な側面を、われわれは忘れてはならないのではないか。
  社会のある面が予想外に成功すれば必ずや他の面に犠牲が出てくる。それが教育に滲み出ている。そう考える方が、経済と教育はそれぞれ無関係に存在し、従って後者は前者から学び前者の遣方を真似るべきだ、と考えるより、はるかに常識に近いだろう。
 
六、大人の競争を肩代りする子供たち
 
 日本産業の強さの要因の一つとして、企業内の従業員相互の家族的仲間意識、集団意識がたびたび強調されてきた。ホワイトカラーとブルーカラーの賃金が接近している(また会社幹部と新入社員の給与比が他の先進国に比べてずっと低い)という日本型民主主義が、企業への忠誠心を培い、労働モラルを高めてきた原因と言われる。イギリス社会があの微妙な差別の意識で自縄自縛状態に陥り、活力を失ってきた歩みと、丁度、表と裏の関係にあるといえよう。
 日本の一般社会にみられるこの集団的一体性の強さは、微妙な差別を押し流してきた急速な近代化の結果の一つだが、日本人本来の性格も関わっていて、ビジネスマンや技術者が企業から企業を渡り歩く欧米型の「個人」の労働原理とは違う原理によって動かされていることが、予想されている。欧米の労働者は企業体に縛られずに「個人」の資格や免許や技術を基本に労働する関係で職能組合に依存し、企業単位の組合を作らない。日本の企業内労働組合がこの点でまったく異質な結社の型を作り出したことも、これまで度々指摘されてきた。この点を逆の面から言えば、日本の企業と企業との間の競争は確かにすさまじいかもしれないが、企業内の「個人」の競争は、欧米に比べれば、はるかに激しさを欠き、抑制されているといえる。
 もとより、競争はあっても、それはあくまで組織との協調を前提とした同調競争である。欧米社会のように、寒々とした荒野の中を独行していく、という砂を噛む孤独感は労働する人間の基本前提ではない。おそらくそのためであろうが、日本では小学校から大学まで子供たちに激しい個人競争が強いられている反面、社会人の側には、赤裸々な競争で傷つけ合うのを避けようとする感情が、つねに強く働いているように私には思える。
 以上の観点は教育問題を考える際に無視し難い重要性を孕んでいると私は敢て主張したい。
 やや図式化して衍延することが許されるなら、欧米社会では大学生にも競争があり、社会人にも競争がある反面、高校生以下の児童生徒たちは一般に競争からは解放されている。年齢的に上へ行ってなお幾度も競争し合う挑戦の機会に恵まれるのであるから、子供のときは大いにのんびりしていることが許されるのである。ところが日本では、大学に入るまでが競争で、大学生になるともう競争が弱まり、社会人はすでに違った原理でしか競争しなくなる。言い換えれば、大学生以上の大人の社会の全体が赤裸々な個人競争を避けるために、人生の競争の儀式を、十八歳と十五歳の子供たちに押しつけている。しかも最近では十二歳へと段々年齢的に下の層へ押しつける圧力を強めているのではないか。
 勿論、これは私の仮説だが、心理的真実に裏打ちされた仮説であることはお認めいたゞけよう。日本の社会構造をトータルに観察するなら、かなり客観的な現実に近いのではないかと考えている。
 大人の社会が競争を避ける分だけ、子供の世界が競争を肩代りして、それが高校以上の学校に関して、学校と学校の間の「格差」という微妙な差別を、全国一帯に普及させたのが、今日の日本の教育の病理の基本をなしている。
 企業社会人が教育問題は自分には責任がない、自分は災いの原因をなしていない、と嘯いてはいられない筈である。
 が、それにしても、もし仮に、日本人が他人と違う存在になろうとして競争し合う性格が強ければ、微妙な差別であるとはいえ、それが豊かな多様性に発展することがあり得たろう。農業高校に行くことは劣等感にならず、ユニークな私立大学は序列の外に立つことで繁昌したゞろう。なぜ、今農業高校は底辺高校と言われるようになり、早稲田や慶応はますます東大に構造的に似た官僚輩出型の大学になっていくのだろうか。私は「画一性」という言葉は陳腐なのでもう使いたくないけれども、まさに画一性こそ教育の病理の行き着いた帰結であり、困り果てた今日の学校の姿である。
 原因を観点を変えて追及するなら、次のように言えよう。
 私は競争を大人の社会が避け、子供に押しつけていると言ったけれど、じつは心理的微妙さに即してみるなら、子供たちも本当は競争しているとは言えないのではないだろうか。そういうもう一つの問題があるのだ。高校進学率九十四%、四年制大学の数四百五十一校という現実をよく考えてみて頂きたい。本当に勉強したいから進学するのではもはやあるまい。他人より抜きん出るためではなく、他人と同じような資格を得たいがために進学熱が高まっているのが一般的な実情だが、そもそも他人と同じような存在でありたいと思うのは競争心理では決してなく、むしろ競争回避心理である。高校卒あるいは大学卒という「属性」を外されることを怖れ、言い換えれば「個人」の競争を避け、高校卒もしくは大学卒という集団性の内部に身を隠し安心したいがために、学校へ、学校へと殺到し、その揚句、学校を激しい競争の舞台にするというばかげた逆の事態を招いてしまったのである。
 他人と違う存在であろうとする競争は共存共栄を可能にするが、他人と同じ存在であろうとする競争は、序列化した同一路線上での優勝劣敗の可能性をしか残さない。
 この日本的競争は平等が進めば進むほど、横に広がって価値の多様化をもたらすのではなく、同一路線に縦に並んで競い合う結果「格差」をますます大きくするという傾向を招く。戦後において高校や大学の数が殖えれば殖えるほど、学校間の「格差」が広がり競争が激化するという、経済の需要供給の関係では説明のつかない事態を招いたのも、この特殊な日本的競争の力学が作用している結果である。
 文部省は戦後、雲霞のように増殖しつづける縦並びの競争の惹き起こす恐しい結果について、完全に子測を誤り、「平等」という美名の下に、進学率急上昇の動きにたゞたゞ迎合してきた。文部行政の無方針拡大政策こそ、今日の教育荒廃をもたらした最大の原因であると、敢て私は書き添えておくが、しかし学校数を殖やし、あらゆる大学・高校を互いに同資格とする平等主義に加担してきた点では、日教組も経済界も等しく共同責任があり、文部省だけを責めるわけにもいかない。経済の高度成長は、教育の大衆化路線、すなわち平等主義のこの果てしなき単一競争のお蔭を蒙っているからである。国民もまた進学率上昇路線を支持していたのである。
 日本企業の強さをなす要因が、個性や癖の少ない均質な労働者の組織内協調を前提とした競争によると考えられるとすれば、まさにこれこそ、職業高校よりも普通高校へと殺到し、またどんなユニークな私立大学をも縦並びの一直線上に位置づけてしまう相互同一化感情(コンフォーミティ)の強さと、基底を共通にしていると言わなくてはならない。
 
七、知ってほしいリアリティの重さ
 
 以上私が叙述してきた考察は、ある意味で「教育改革不可能論」に近づいている。今やどう転んでももう駄目だというペシミズムが私にあることは事実だが、不可能だといっさい諦めているわけではない。ここまで現実が来てしまった以上、厳密に考えていくともう手の打ち様はないのかもしれない、という苦い認識から出発してこそ、初めて地に足のついた実際的な改革案を考え出すことが出来るのではないだろうか。
 委員諸氏にお願いしたいのは、できない改革論を振り回すのではなく、リアリティの重さをよく知って、実現可能性のある具体的な改革案のみを考え出すことである。他人や社会に向って「画一性打破」と号令を掛ければ、他人や社会が明日からそれに合わせて動くものと信じている、誰彼の革命家気取りは、もっての外である。
 高校の数、大学の数をここまで殖やし、それらを互いに形式的に同資格とした現在の平等主義――そのために縦並びの序列が生じた――は、これからどんな改革を行うにしても、阻止要因(ネック)になるだろう。ヨーロッパの教育制度に範をとった「複線化方式」は、多分すでに検討されていると思うが、一度同資格としたものをあらためて区別することは、大変なリアクションが予想され、うまく行かないのが常だ。それでも高校入試を健全化するには、厳密に考えると、じつはこれしかないように思える。
 競争試験が本当に有意義なのは、上位一、二割の中学生に限られる。(昭和十五年の旧制中学の進学率は十八%程度であった。)フランスやドイツのように、この年齢の子供たちをあらかじめ二層か三層かに大別しておくならば、競争したくない子供たちまで競争試験に捲き込むことは起こらないであろう。また、たとえ上下に分れた二種類の高校の間に「格差」が生じても、全高校に行き渡った微妙な差別はなくなり、底辺高校は自動的に消滅するだろう。
 いい効果は十分に分っているのだが、これは現代では政治的安定と引換えでなければ実行できないかもしれないのである。無階級社会に近い流動性の高い国家に、太い一本の「仕切り」を入れ、不連続体にすることが、政治的に得策かどうかは、高度の判断を必要とする。よしんば教育問題は解決しても、八、九割の潜在的反体制者を作る危険な可能性はつねに考慮に入れておかなくてはならない。このような大冒険を、自民党政権が敢て行うとは思えない。非実際的な案であることは最初から分り切っているのであって、だから、こそ私は承知で読者の注意を引くべく例示しておいたのである。
 しかし、そうなると、教育制度の「多様化」ということは事実上ほとんど不可能になるであろう。「画一性」を打破し「多様性」を実現しようなどと威勢のいいスローガンを臨教審は打出しているが、そんなに簡単な話ではない。一度すべての高校は平等で同資格であるとした以上、あらためて差別の「仕切り」を設けることは、どういう遣方をしたら一番スムーズに可能になるのだろう。ぜひ名案をお聞かせ願いたいものである。
 おそらく委員諸氏が考えている多様化の措置は、はっきりした「仕切り」ではなく、各府県に種類の違った幾つかの高校――現在の芸術高校のような――を増設する案だろう。私は基本的にはこういう方向に反対ではない。たゞその程度の妥協の措置は、本当の意味の「多様化」には道を開かないと私には考えられる。それどころか、縦並び一直線のあの激しい競争のエネルギーに踏み潰されてしまう可能性の方が高い。
 伝えられる「中高一本化構想」は、部分的導入が考えられているだけらしいから、「多様化」を目指す方策の一環なのであろう。全国のあらゆる中学と高校を一本化するのは財政的にも無理だし、小学校六年生の肩に受験競争が集中化する危険を招き兼ねないので、部分的導入が模索されているのだと思う。しかしヨーロッパ諸国のように子供たちがあらかじめ二層か三層かに「仕切ら」れていないこの国では、人生で初めて微妙な差別にぶつかるのが、今までは高校入試、十五歳の春の出来事だった。「中高一本化構想」は事実上各府県にエリート中高校を新設することを意味するから、東京の私立中高校への受験の例にみられる通り、最初の差別との出会いを十二歳の春に引き上げる政策の、全国的拡大を企図しているものと思われる。
 「臨教審」はおそらくこうしたことのすべてを承知の上でやろうというのであろう。十二歳の競争がある程度激化してもよい。フランスやドイツのように、国民を二つの層に分極化する傾向を若干とも進めることが、政治的にもメリットがある、との判断に基く提言であろう。
 それだけの覚悟があるのなら、私は敢てもう反対はしない。
 全高校を同資格とした形式平等が完結し、しかも事実上それが義務教育化している現在、何らかの政治的リスクを伴わない限り、「多様化」政策を前進させることは不可能である。政治的リスクが厭で、今までのように曖昧にしておく方がいいというのなら、すべては八方塞りで、「教育改革不可能論」に近づくのである。
 私が委員諸氏にお願いしたいのは、隘路に陥った現実のこの困難を目を開けて見凝め、いかにもうまくやれると言わんばかりの口あたりのいい言葉を振りかざすことだけは、今後ぜひやめて欲しいということである。
 
八、大学間にこそ競争を
 
 同一路線上の縦並びの序列競争を和らげるには、高校・中学校・小学校という教育制度の下部構造をいくらいじってもうまくは行かない。大学の序列と企業の採用方式に大きな変動のないまゝ、下手に下部構造に手を加えれば、妙にこじれて悪化し、改革しない方が良かった、と後悔することにもなり兼ねないだろう。私は教育改革がもう不可能だと言っているのでは決してない。何とか隘路を打開できないものかと考えた場合、どんなに大変でも、最も効果のあがる方法は、大学のあり方、並びに大学と官庁企業の接点に改良策を施す以外にないことだろう。
 これら上部構造の大学生受け入れ方法を若干変えることで、十八―十九歳での競争の過度集中化を和らげ、ひいては高校以下の生徒の無意味なフラストレーションを散らすことにも、少しずつ効果を上げられるであろうとの考えに基き、私は『文芸春秋』(昭和五九・五)で幾つかの具体的提言を試みた。ここでは同じ内容の提言を繰返すことは避けたい。
 企業の採用方式については、「指定校制度」と「年齢制限」を企業側が見直してくれることを期待しているとそこに書いたが、前にも述べた通り、われわれは企業側にお願い申し上げ、その善意に期待する以外のことはなし得ないのだ。政府と雖もこの点では、原則として無力である。そこで、限られた紙数でもあるので、ここでは最後に、大学改革の方向についての私見を若干を述べることとしたい。「京都座会」が提言した、これからは生徒が競争を強いられるだけでなく、「学校、教師の側にも競争を」というキャッチフレーズは、義務教育には不適切だが、「大学、大学教授の側にも競争を」という風に限定して考えることが許されるなら、大変に時宜に適った提言だといえる。大学間競争がこれまでほとんどなかったこと、大学教授同士の間にも健全で公正な学問上の競争が従来えてして乏しかったこと、ここに日本の教育組織の一番の問題があったからである。子供に競争を押しつけ年齢的に上にいけば競争をあまりしなくなるという、日本人の競争意識についての先の分析を、どうか思い起こして頂きたい。
 日本の学生は大学を選ぶのに完全な自由を享受している。例えば九州出身者は九州大学に行かなくてはならない、というような「通学区域制度」は存在しない。その結果何が起こったかといえば、弱肉強食の野放し状態であった。幾つかの特定の大学が知能指数の高い青年を独占する教育の寡占体制が確立された。「自由化」論者はこの事態をよく見落さないようにして欲しい。近年東大と他の旧六帝大との間に差が拡がり始めるという、あの縦並びの一直線序列競争の一層の激化が伝えられる。今必要なのは「自由化」ではなく、行政の介入であり、独占禁止法である。
 というわけで、大学問題だけは放置しておいても良いという状態にはない。何か有効な手を打たなくてはいけない。
 寡占体制を制限し、自由競争の可能になる条件をあらためて整備する必要があるのだ、ということだけは、頭の中では誰にでも分っているのである。
 けれども、実際にそれはどのようにして達成したら良いのだろう。大学は大学生だけを相手にしているのではなく、研究機関でもある。学者同士の競争が必要といっても、論文の質ではなく、数を競い合う愚さをどうやって防げるだろう。大学同士の競争といっても、何を基準にしての競争か。現在でも有名私立大学の上昇という序列上の変動、すなわち競争とその結果である勝敗は存在する。ただし、それは受験生の偏差値による競争であって、大学本来の競争ではあるまい。アメリカやドイツの大学のような、優秀な学者の奪い合いや研究費の取り合いによって学問上の業績を高めようとする大学間競争では決してない。日本では人々が例の微妙な差別の毎年ごとの新たな変動を気にして、週刊誌の「難易度速報」を、受験生でない者までが眺めているのである。
 大学と大学の間に競争がなくてはならないと私は書いたが、外国の例を考えると、競争が成功裡に成り立っているケースは、それを可能にした歴史、地勢、風土と結びついている。革命によって中世以来の大学を解体したフランスでは、大学は健全な発展を遂げなかった。この国は日本以上の学校歴社会であり、特定の高等教育機関と官僚機構が結びついて、事実上、大学間の自由競争は存在しない。これに比べ十九世紀後半からドイツの大学が、二十世紀に入ってからアメリカの大学が、競争状態を維持することを通じて、学問的に大きな躍進を遂げた。現在のドイツの各州は王国だった関係で、おのおのが首都に中世以来の大学を持ち、これを守り育て、王国の権威にかけて競争し合った。その影響が現在にも残っていて、ドイツの各大学は同格であり、競争はするが、寡占体制には陥らないよう十分警戒が払われている。勿論すべて州立(日本でいう国立)で、私立大学は存在しない。(フランスにも私立大学はない)。
 アメリカの大学の歴史は私学から始まり、十九世紀半ば頃に州立大学が作られた。ハーバードやスタンフォードのような一流の私学は企業と同じような活発な競争精神で発展し、州立大学は州間がすでに競争状態にあった歴史的背景を背負っているので、大学間競争はごく自然発生的に成立した。国土の広さ、コミュニケーションの条件、国民の暮し方などじつに多種多様な原因が絡んで、アメリカの大学の競争状態が作られた。それは州立、私立の別を問わない。数のうえでは州立大学は全体の約八割を占めている。いずれにしても日本のように、小規模で、中央集権的な構成をなしている国家とアメリカとでは、前提条件が異なるのである。
 ドイツもアメリカも連邦国家で、州の権威が今でも高い。それにドイツもアメリカも社会そのものが競争的体質を持っている。十八歳未満の子供を競争状態に曝すことはしないが、成人に達した社会人は砂を噛む厳しい孤独な生き方を強いられるのが常である。こう考えていくと、日本の「大学、大学教授の側にも競争を」の目標に近づいていくための条件は、すこぶる不利であり、われわれがやれることと言えば非常に限られていることに気がつく。
 香山健一氏は前掲私案の中で「一九九五年までの十年間をかけて、東京大学をはじめとする現在の国公立大学の学校法人への移管、分割民営化、私学化を促進」と提案している。国立大学を国鉄なみに、教育改革を行政改革なみに扱う考え方と見てとれるが、いま各国の例から明らかになった通り、私学でなければ競争状態は起こらない、ということではまったくないのである。またすべてを私学にしたら必ず競争状態が起こる、というようなことでもないのである。ここの処はよく考え、粗雑な思考はしないように注意していたゞかなくてはならない。ドイツの大学は全部州立であり、アメリカの大学は八割が州立である。日本の国立大学の場合、歴史、地勢、風土からきた条件を考えると不利だが、大学運営に携わる人間の気概さえあれば、相応に競争状態を現出することは可能であるという考えに、ともあれ賭けてみなくてはならない。
 イギリスの大学はおおむね私立大学であるが、大学としての財産を持っているオックスフォードとケンブリッジを除けば各大学の経費の九割近くは政府によって負担されている。アメリカの私立大学の国庫負担率は二、三割だが、前述の通り、州立大学が大学数の八割を占めている。ドイツ、フランスの例は言うまでもない。大学は国家が経費負担をする公立的なものという考え方が、世界的な常識である。なぜ国家が大学を手厚く保護するのか、政治学者である香山氏は考えたことがないのか。科学技術の未来戦略や基礎科学研究は国家が責任を持つべきものではないだろうか。今の日本でも理工系の研究水準を維持しているのは国立大学であって、私学ではない。学生の集まらない珍しい学問分野の存在を維持しつづけるのも、国立大学なればこそである。現在の日本で、国立大と私立大が機能的に同じことを果しているという事実認識の上に立つのであれば、両者を同じ経営状態にせよ、という主張も分らぬではない。しかしそういう事実認識はあり得ないうえ、なぜ国立大学が必要かという前提となるべき議論をまったくしないでおいていきなり国鉄なみの分割民営化を唱えるのは、学生運動家ならともかく、知性人のとるべき態度ではあるまい。
 国立大と私立大が併存し、機能を分け合っている日本の大学の現状を踏まえたうえで、「大学、大学教授の側に競争を」の目標に近づくには一体どういう具体的方法があるだろう。私の貧しい知恵袋から二、三の提案をするなら、
(一)公的私的なさまざまの機関で、受験生の偏差値競争とはまったく別の基準、すなわち、教授の研究業績、学生の進学・就職状況など多様な点数表を作成し、専門学部ごとの大学評価を試み、これを新聞等に公表する。完全な公平はあり得ない。幾つもの機関が基準を変えて何度もやれば、次第に平均値が出て来よう。受験雑誌とはまったく別の序列が浮かび上ってくるはずである。
(二)全国の国立大学を成立史的背景から五等級に分けて予算、人員配分等の基準にしている文部省の旧態依然たる方式を改めてもらい、大学間競争が活発になるように、時代と共に上昇したり下降したりする各大学の勢力の盛衰に外から枠を嵌めないようにする。
(三)研究費は現在、各講座に平均して配分されるが、研究者が研究計画に基いて国庫(もしくは外部団体)に申請して獲得する研究費の比率をもっと高め、何もしないで金だけもらう研究者と意欲的研究者との間に、今まで以上に配分上の差をつける。
(四)講師、助教授の期間は雇傭を任期制とし、少なくとも三つの大学を転任しない限り、教授に昇格させない。教授になってはじめて終身官となる。二十代で講座の末席に就いて、さしたる業績をあげないまま馴れ合いで教授に昇格する終身雇傭制の弊害を改めるためである。これが国立私立を問わずに大学社会の慣行となることが必要である。・・・等々。
 まだ他にいろいろな案が考えられるだろうが、ぱっと局面を一変させるような幻想を与える、調子のいい案は私には出せない。制度を変えて外からいろいろ刺戟を与えても、健康に競合し合う精神を学者のひとりびとりが内発的に持たない限り、制度も有効に役立つことはないだろう。
 
九、むすび
 
 小学生も高学年になると、東京ではぼつぼつ微妙な差別を気にし始める。私立や国立の中学を受験する生徒とそうでない生徒との差別が、きわ立ち始まるからである。それに、私立や国立の中学にも位階の差があって、十歳を過ぎるか過ぎないかのうちに、同じ年頃の子供たちとその母親にしかお互いに分らない、学校間の微妙な違いについて、ひたすら感覚を研ぎ澄ますことになるのだ。まだ東京と一部の大都市圏にしか起こっていないこの病的な傾向は、「臨教審」の遣方いかんでは、全国の親子を悩ませる方向へどっと大きく動き出すだろう。
 西ドイツの教育学者アンドレーアス・フリットナー教授は、私との対話において次のように語った。私が日本の教育はある意味で平等――縦並び序列化――の限界点に達した、と言ったのを受けて、「私も読んで知っています。有力な進学幼稚園の試験に子供が落ちて、ショックを受けた日本の両親の話が伝えられていました。経済界の原理である〈競争(コンクレンツ)〉を教育の現場に持ち込んだ必然の帰結です。悲しいことだと思います。ドイツではこういうことは考えられません。じつに異常な話です。」(拙著『日本の教育ドイツの教育』一四〇ページ参照)と語った言葉が、いま鮮やかに思い出される。
 十歳の小学生から大学教授に至るまで、この陰微で不思議な、説明のできない差別の構造に、ときおりひりひりと悩まされているのである。決して人を怒りに駆り立てるような大型の差別ではない。感じない人はほとんど感じない。プライドの高い人でなければ悩みにもならない。しかし日本が平和で繁栄しているだけに、ささやかな不足に人間はかえって傷つき易くなっている。明日の食糧を欠いている困難な時代には、人間は些細なことに動揺しないものだ。封建時代の身分の違いは人を心理的に苦しめないけれども、平等観念の進んだ時代に、うまくやれば手に入ったかもしれない経歴を取逃した不運は、人を終生苦しめずにはおかない。しかし、まさしくこのような時代だからこそ、教育は本当の勇気と力を人に授けるものでなくてはならないのではなかろうか。
 大学生になったらもう勉強しない。競争しない。社会人になったら和をこわさない範囲での同調競争しかもうしない。こうして大人が競争を回避する分だけ、子供に付けが回る日本の社会の、よく自覚されていない陰湿な構造について私は分析した。さらにまた、子供も積極的に競争するのでは決してなく、他人と同じ存在になろうとして、つまり他の子供たちと同じパターンの人生コースを歩むために夢中で、勉強し、誰かを蹴落すか誰かから蹴落されるかしなければならなくなる追いつめられた小獣のような哀れな生き方について、私は言葉を費やした。どうかよく考えていたゞきたい。子供から大人までの、自分というものに直面することを避けるこうした逃げの姿勢が、無数に集合して、いつしか微妙な差別を形成し、同時に微妙な差別を気にする人間を作り上げて仕舞ったのではないだろうか。
 勿論こんなことを言って私はたゞの教訓を述べる積りはない。微妙な差別が目の前に現実にあって、それから心が容易に離れない以上、教訓を言ってどうなるものでもない。けれども他人と同じ存在になろうとして競争し、その揚句、微妙な差別に悩まされるくらいなら、他人と違う存在になろうと最初から決意し、微妙な差別から逃れようとするのではなく、むしろそれを逆手に取って、差別される存在にむしろ進んでなるという決意でそれを乗り超えていく生き方だってあり得るのではないだろうか。また、子供たちに接する折の先生の態度もまたここに究るのではないだろうか。進学に際し、生徒に、「お前はこの程度の高校しか入れない」と言うのと「お前はこの高校に進学できるのだ」と言ってやるのとでは、決定的に違うのである。教師には今そういうデリカシーと愛情が求められている。よく中学生が高校に入るとき、成績順の輪切りを非人間的のように言う人がいる。けれども水準の低い高校に入ったお陰で、勉強が分るようになり、それから成績が上って、大学進学を果したというケースさえあるのである。これはいい意味での〈輪切り効果〉である。
 教育改革はいま「画一性」から「多様性」への道を切り拓こうとしている。私はこういうスローガンめいた言葉には感心できないが、暗示している方向には反対ではない。縦並びの一直線の序列競争をやめ、例えば技能、芸術、スポーツ、社会福祉などの専門高校を多数準備して、あらゆる生徒の要請に応えることもこれからは必要だろう。
 大切なのは、それらに進学することが競争をやめることでは決してないということである。それぞれの道で果てしない競争が待っている。たゞ他人と同じ存在になろうとする競争ではもはやなく、他人と違う存在になることに価値を見出す競争である。共存共栄を約束するのは後者の競争だけである。この他人と違う存在であろうとする者の孤独と緊張を背後から支え、勇気と力を与えてやることが、教育に今日求められている課題なのではないだろうか。
◇西尾幹二(にしお かんじ)
1935年生まれ。
東京大学大学院修了。
電気通信大学助教授を経て電気通信大学教授。現在、電気通信大学名誉教授。「新しい歴史教科書をつくる会」名誉会長。文学博士。


 
 
 
 
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