日本財団 図書館


1999/03/18 読売新聞朝刊
[論点]国旗・国家は国際化に有用 所功(寄稿)
 
 サッカーなどの国際試合では、日本の若い選手や観客たちも元気に「日の丸」を振り、「君が代」を歌う。ただ、開会式や表彰式では、国旗に注目しないなど、マナーを心得ていない人が多く、そのような教育も国際化には必要であろう。
 卒業式シーズンの三月早々、小渕内閣は「日の丸・君が代」法制化の方針を固めて具体的な検討を始めた。与党だけでなく、野党も日本の国旗・国歌を法制化すること自体には賛成のようだから、今後はその中身をめぐる真剣な論議が盛んになることを望みたい。
 先般、ある月刊誌で「国境がなくなれば国旗・国歌は不要になる」と題する著名な教育学者の評論を見た。しかし、これを裏返せば、近未来に国境がなくなる見込みはないから、国旗・国歌は必要だ、という結論になるほかないであろう。
 確かに国旗・国歌は、国境をもつ国々が交流する近代的な国際社会に必要なものだからこそ、今や世界中で例外なく用いられている。一般的に、国旗は「国の主権を象徴する神聖な性質を賦与されている」(平凡社刊「大百科事典」)。国歌も「第一の機能は、他国に対して自国の独立性を示すことであり、第二の機能は、一つの国の内部的結束を強化することである」(同)といわれる。国旗・国歌が極めて重要な性質と役割をもっている、との基本認識を共有することが議論の出発点になろう。
 では、わが日本国を表し、その独立を示すと共に結束を強めるのにふさわしい国旗・国歌とは何か。それは抽象的に論ずることも、試みに新しいものを作ることもできよう。例えば、昭和二十年代、「日の丸・君が代」反対の立場を取る日教組は「緑の山河」を作り、学校の運動会で子どもたちに歌わせるなど国歌に替えようと運動したが、ほとんど普及しなかった。
 その点、「日の丸・君が代」には実績がある。もちろん一部に根強い批判があるにせよ、どんな世論調査結果をみても、日本の国旗・国歌としてふさわしいと考える人が、きわめて多い。この事実は、貴重であり尊重する必要があろう。
 念のため、その来歴を簡単に確認しておきたい。まず「日の丸」印は古くから色々なものに使われてきた。幕末の安政元年(一八五四)、ペリー艦隊の来航に直面した幕府は、日本籍を明示する旗が必要になり、薩摩藩主の島津斉彬と水戸藩主の徳川斉昭の進言に従い、「白地ニ日ノ丸幟」を「日本総船印」と定めて公表し、同六年(一八五九)には「御国総標」とした。それが明治三年(一八七〇)、太政官布告で「御国旗」と決定された。
 一方、「君が代」は、平安前期(十世紀初め)、古今集に収められた「わが君」の長寿を祝う「賀歌」に由来し、それが永らく様々な歌謡に採り入れられ、全国に広まっていた。明治三年、それに英国人フェントンが曲を付け、同十三年(一八八〇)、改めて宮内省の林広守らが雅楽風に作曲したものである。
 このように、「日の丸」も「君が代」も、日本に昔からあり、多くの人々に親しまれてきた実績をもつ。「日出づる処」の日本国を表し、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」とされる天皇を中核にして国家の独立と国民の結束を保つのに最もふさわしいと思われる。むろん、それゆえに反対する人も少なくないことを忘れてはならない。
 国旗・国歌は国と国との交際に不可欠なものである。だから、明治五年(一八七二)、横浜港に停泊中のロシア艦隊を明治天皇が訪問の際も、「軍楽隊は日本の国歌を演奏し、ロシアの旗と日本の旗とが並んで掲揚され、ロシアの国歌も同じ軍楽隊により演奏された」(英字新聞「ザ・ファーイースト」金井圓氏編訳)のである。これが入学式・卒業式など学校行事で掲揚し、斉唱されるようになるのは同三十年(一八九七)前後からである。
 現行の学習指導要領にも、その実施が明記されている。小・中学校を義務教育とし、毎年多大な公費(税金)を投入している(今や高校もそれに準ずる)のは、子どもたちの人権を守り、資質を育てるとともに、ますます国際化の進む日本の将来を担い、広く社会に有為な人材となることを期待するからであろう。とすれば、せめて入学式や卒業式などに、国旗・国歌を通して日本の国民・住民としての自覚を促すのは、教育的に有用なことだと思われる。
◇所功(ところ いさお)
1941年生まれ。
名古屋大学大学院修了。
皇学館大学助教授、文部省教科書調査官を経て、京都産業大学教養学部教授。現在、京都産業大学法学部教授。

 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。

「読売新聞社の著作物について」








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION