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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1999/11/22 読売新聞朝刊
[地球を読む]エリート教育 高校大学一貫制で 岡崎久彦
 
◆受験より才能伸ばす時期に 中露に抜かれる日
 教育問題は私の専門外であるが、一つの点だけについては私ははっきりした問題意識を持っている。
 それは、このままで行くと、日本のインテリは、知的水準でも、独創性でも中国のインテリに負けてしまうという事である。
 それはすでに始まっている。客観的な比較は第三者が一番よく知っている。米国の大学に留学しているポスト・グラデュエイト・レベル(大学院学生)では、日本人の学生は中国人の学生に較(くら)べて、学力だけでなく、人間としての魅力や独創性で見劣りがするという。
 もちろん人口の違いはあろう。中国人は日本の十倍の人口の中から選び抜かれて来たのだから、それだけ素質の良い人が多いという事はあろう。しかし、現在の中国人の知的意欲はそれ以上にすさまじいものがあるという。
 文化革命が終わって、大学入試が正式に再開されたのは一九七八年である。その時十八歳の人は今年三十九歳である。それでも三十代の人は、初等、中等教育は文革時代だというハンデを負っているが、二十代となると、もう全く新しい時代である。
 日本との違いは、中国の教育は文革時代を全否定しているが、日本では、敗戦、占領、日教組教育の残滓(ざんし)がまだ整理されず尻尾(しっぽ)を引きずっている所にあると言える。
 このままで行くと、現在二十代の中国人が、三十、四十代になる頃には、日中間の較差は了然たるものになってしまうであろう。まして科学技術の独創性で日本が後れを取れば、それは直接日本の衰亡につながる。
 ロシアからも、七十年間の共産主義時代を全否定した新しい優秀な世代が、中国より十年遅れて入って来る。
 現在まだ、日本のインテリが中、露にまさる知的水準を持っているのは、長い空白時代のあった中露に較べて、過去の蓄積があるからであるが、その利点もだんだん薄れて行くのであろう。
 それではどうしたら良いのであろう。もう一度、戦後教育が始まる前、幕末明治以来一世紀間、日本人がどうやって近代教育を自分の手で育てて来たかに溯(さかのぼ)って考えて見たい。
 ただし、ここでの問題意識は、一般教育ではない。国際場裡(じょうり)で国を代表する知識層のレベルで、いかにして、中国人、ロシア人に負けない人材を育てて日本の利益を守るかであり、それは不可避的に、いかにエリート教育を改善するかの問題意識となる。
 日本の近代教育は、明治維新以来自らの手で自らの制度を工夫改革して来たが、その進展は敗戦で中断された。占領下の諸改革は、言論の自由、農地改革、労働法、婦人参政権など、戦前から日本の中に改革の芽があり、敗戦後占領軍の指示を待たずに日本側から着手したものは、その後立派に結実しているが、憲法九条や教育改革など天から降って来たようなものは、それが正しい改革かどうか誰も確信のないまま半世紀が経過したのが実状と言えよう。ここで、もう一度溯って戦前の制度が中断された所から考えて見たいと思う。
 
◆「旧制高校」の利点
 戦前の日本のエリート教育と言えば、旧制高校制度である。その制度上の最大の特徴は帝国大学進学がほぼ保証されていた事である。
 もともと帝国大学への準備としての三年教育から始まったのであるが、その後帝国大学が増設されるにつれて旧制高校も増え、その定員はほぼ見合っていた。したがって旧制高校にさえ入れば、どこかの帝大へは行けた。当時東大を諦(あきら)めて京大に行くことさえ、京都には悪いが、「都落ち」と言った。
 明治、大正時代、若者の夢は旧制高校に入る事だった。私の父が一生で一番嬉(うれ)しかった事は、旧制高校に入った時に、校長が「君達はもう紳士なのだ」と言ってくれた時だったと常々言っていた。
 旧制高校の利点はここにある。十六、七歳で高校に入った途端に人生の将来が約束され社会のエリートの一員となるのである。
 それでも社会に出るまであと六年ある。一年や二年、ドイツ哲学に熱中しても、シェークスピアの史劇の読破に専念しても、剣道に打ち込んでも良い。つまり、現在の制度では受験のため、暗記、ツメ込み、ガリ勉に費やさねばならない青春の二、三年間を、教養を深め、人生を考え、自分の人間を形成するために、まわり道する事が許されるのである。
 戦前の教育はまだまだ進化した。明治、大正時代に全国津々浦々から笈(きゅう)を負って集まった秀才達が、やがて官界、財界の高級サラリーマンとなるにつれて、東京に住むその子弟の教育に適した制度も生まれた。
 
◆世界に通じる独創性 7年制高校の成果
 それが七年制高校である。官公立では東京高校、東京府立高校、大阪府立浪速高校、李登輝、邱永漢を生んだ台湾総督府立台北高校、私立では、今に残る武蔵、成蹊、成城などがあった。
 中学に入った途端に、もうどこかの帝国大学まで保証されるシステムである。更に、旧制では中学教育は五年であり、ただし、四年で旧制高校に受かれば飛び級を認めるシステムであったが、七年制高校では、始めから中学四年で高校に行く特権が与えられた。
 教師は、英語や数学などの基礎をしっかり教えるために中等教育専門の教師も居たが、旧制高校の教授達も中学生を教えた。彼らは単に教師というよりも、同じエリート・クラスの先輩であり、兄であった。
 私は、中学二年の時松田智雄教授から世界史を習ったが、一学期はギリシャ史、二学期はルネサンスで、あとははしょった。戦災でノートは焼失してしまったが、ダンテの生涯と神曲の講義が一日以上も続いたと記憶する。西欧文明の基礎的教養はこの時教わった。物理、生物の先生達は今で言えば東大の助手ぐらいの若い教授で、自然の法則を説明した上で、「ここから先は、将来のわれわれの課題です!!」と叫んで、少年達の胸に夢を吹き込んだ。何時(いつ)原子爆弾が出来るか、光合成に成功するかという時代だった。
 七年制高校の教育が始まるのはおおむね昭和に入ってからであり、まだ、日本、社会全体の一部として定着する前に、敗戦で中断されたが、あのまま続けばどうなっただろうと思う。平和が続いて、欧米留学も楽に出来る時代まで続いていれば、大正、昭和前期まで、まだまだ世界の田舎者だった日本のインテリも世界水準の仲間入りをしていたかもしれない。それは、明治以来、営々として続けて来た日本の近代化の最後の仕上げに貢献したかもしれないと夢想する事も許されよう。
 それは敗戦で途切れてしまった。しかし、敗戦までにそこまで来ていたという経緯を活(い)かさないのはいかにももったいない。
 たとえばこうしてはどうであろうか。現在東大志望者が次善の策として選ぶ学校が幾つかある。京大、東北大、東工大、一橋大などである。もし、どれか一つが大学予科を設けて、出来れば中学から、取り敢(あ)えずは高校からでも良いが、一貫教育制を採用したらどうなるであろうか。
 全国の中学生の最高の俊秀はこぞって受験するであろう。そして一度受かればもう東大受験などしないと思う。戦前戦中、陸士、海兵は日本のエリート・コースであり、各中学の俊秀が争って受験した。しかし、私の居た七年制高校からは誰一人受けなかった。まして途中から一高など受ける者は居なかった。それほどに、ガリ勉から解放された自由な勉学の雰囲気というものは貴重なものなのである。
 むしろ、東大生よりも、予科を持った大学の学生の方が尊敬されるという現象が生じる事も予想される。
 私の居た府立高校は、旧制の府立一中(今の日比谷高校)が、上に接続する旧制高校を作ろうとしたのに対して、他の府立中学から反対されて、独立して出来たものという。それが出来た時から、私の居た小学校では、各クラスの一番が府立高校、二番、三番が府立一中受験と決まってしまった。伝統的な一中、一高コースより、七年制コースの方が上になってしまったのである。これが続けば、少なくとも東京では一高受験は、敗者復活戦となってしまっただろう。同じ様に大学予科は、東大受験をガリ勉による敗者復活戦にしてしまうかもしれない。
 こうして大学予科に入った学生は、ガリ勉から解放される。旧制教育よりも更に一年長い七年間である。学問のほかに、スポーツ、音楽、何をしても良い。休学して外国に留学して来ても良い。ビル・ゲイツのようにコンピューターに専念してもよい。あるいは高校の時から、大学並みの物理、数学を次々にマスターして、ノーベル賞クラスの科学者を志しても良い。
 中には、過剰期待の圧力で挫折する人もあろう。それを含めてドロップアウトはせいぜい一、二%である。九割はすぐれた良き社会人になろう。そして残り一割の中から、自由闊達(かったつ)に自らの才能を伸ばす、真にオリジナルな人が生まれる。こうして一割の珠玉を創(つく)り出すのがエリート教育である。このような珠玉のような人々が出て来れば、日本は二十一世紀を生き延びて行く活力を得られよう。
 
◆日本社会の原点に
 考えて見れば簡単な事である。一貫教育、それも中、高だけでは、大学受験で中断されるので、高校、大学の一貫教育をすれば良いのである。来年からの大学制度の民営化が良いチャンスである。そうなると伝統が生きて来る。京大、東北大の予科はおのずから旧制三高、二高の復活となろう。
 もう一つ大事な事があるとすればそれはエリート意識、つまり旧制高校生と同じ自負と矜持(きょうじ)を持たせる事である。
 最近は、教育問題というと、青少年の犯罪や、髪を染めて原宿あたりで無為に過ごす若者の事が論じられる。しかしそういう若者はどの時代でもどの社会でも必ずいる。今に限ったことではない。要は、そんな連中に対して昂然(こうぜん)と胸を張って、一高の寮歌「ああ玉杯に」の通り「治安の夢に耽(ふけ)りたる、栄華の巷(ちまた)を低く見る」気概を持つ若者が一方に伝われば日本は大丈夫なのである。
 もう最近はエリートと聞くだけで反発する風潮も薄らいでいるが、付言すれば、高校受験までは機会は全く平等である。戦前の日本もそうだった。小学校に秀才が居れば、いかに貧窮の子弟でも、高等教育を受けられるよう周囲がはげまし、援助した。そして将来の日本の社会をになう人間となるよう育てたのである。もう一度、昔からの日本の社会の原点に戻れば良いだけの話である。
◇岡崎 久彦(おかざき ひさひこ)
1930年生まれ。
東京大学法学部中退。英ケンブリッジ大学大学院修了。
東大在学中に外交官試験合格、外務省入省。情報調査局長、サウジアラビア大使、タイ大使を歴任。
現在、岡崎研究所所長。

 
 
 
 
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