日本財団 図書館

共通ヘッダを読みとばす


Top > 社会科学 > 政治 > 成果物情報

私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1996/12/18 読売新聞朝刊
[論点]自国誇れぬ教育に不安 岡崎久彦(寄稿)
 
 今年の十月、中国共産党の第十四期中央委員会の第六回会議が開かれた。中国共産党にとっては年に一度の一番大事な会議である。
 ちなみに、来年秋は第十四期が第十五期に変わるという、数年に一度の重要な会議があると予想されている。共産主義は計画経済が建前だから、原則として五年に一度、党の長期的計画を決定することとなっている。その時に、党の長期的活動方針や人事なども決めるから、来年の秋は、江沢民・党総書記の権力固めにとって重要な年と考えられている。今年の会議は、その重要な年を一年後に控えての中央委員会だから、注目されるのである。
 今回の中央委員会で採択されたのが、「精神文明建設強化の若干の重要問題に関する決議」である。
 毛沢東は、政治、軍事についての哲学者であった。トウ小平も、現実主義、経済建設優先の哲学を持っていた。江沢民も、十二億の民の指導者として自らの哲学を示すことが期待されている。今回の決議でその哲学を表明するのが江沢民の意図だと解されている。
 「物質文明は基礎であり、経済建設という中心はしっかり押さえ少しも揺らいではならないが、精神文明をしっかり築かなければ、物質文明も破壊されることになり、果ては社会も変質しかねない」
 このテーマは決議の中でくどいほど繰り返されている。短く言えば、経済発展の手はゆるめないがそれによって生じる弊害は法律で取り締まり、教育で補おうということである。
 そこで教育の目標は何かというと、愛国主義、集団主義、社会主義の教育とされている。ここでは愛国主義が真っ先にあげられているところがおもしろい。
 そこで愛国主義の項目を見ると「近代化建設の偉大な成果と壮大な目標、中国近代史、現代史、中国共産党史、基本的国情、中華民族の優れた伝統、革命伝統、民族団結と祖国統一、国防と国家の安全を、この新たな時期の愛国主義教育の主要な内容としなければならない。マスコミ、図書、映画、テレビ、芸術公演、学校の授業、重要な記念日、重大な歴史的出来事や重要な社会活動、国旗掲揚、国歌斉唱などの式典によって愛国主義精神を大いに発揚する」、というのである。
 中国にそれが必要な理由も説明してある。経済建設が進むにつれて、「道徳的規範が失われ、拝金主義、享楽主義、個人主義が広がり、ポルノ、賭博(とばく)、麻薬などの悪が再び現れてくる」からである。それを抑えるためには、もはや、マルクス・レーニン主義よりも、愛国主義で国民精神を引き締める方が効果的なことは、今の中国の現状から十分想像し得る。
 試みに、この中国の教育方針を日本にあてはめてみると、明治維新以来の偉大な近代化の成果、日本の近代史、現代史、日本という国家、日本民族の優れた伝統、日本民族の団結、国の安全と国防の必要を教育の主たる内容とし、その愛国主義を各種マスコミ、学校の授業、各種行事、国旗掲揚、国歌斉唱などによって大いに発揚する、ということである。
 つまり戦前の日本の教育の丸写しではないかとか、自分がそういう教育をしていて他人の国の教育にクレームをつけるとは何事かとか、そういう次元の話は、日本と中国とは、歴史的経験も近代化の段階も違って話が複雑になるから、しばらくおくとしよう。
 問題は、二十一世紀において自分の国の歴史、伝統、自分たちの父祖の成し遂げたことに誇りを持ち国の安全を真剣に考える国民と、自分の国に自信もなく、自分の国の国防に関心もない国民とが、国際場裡(じょうり)ですべての面で相競うことになる、それが心配なのである。
 私はもともと日本の将来には不安を持っていた。文化大革命から完全に脱却した一九七八年以降の大学に学んだ中国人、十年遅れて共産主義を全面否定した九〇年代の大学で学んだロシア人の若者には素晴らしい人々がいる。こういう新しい世代に対して、共産主義の本家は滅んだにもかかわらず、いまだに日教組時代の教科書、それも、以前より改悪されている教科書を抜本的に変えもせず教育されている日本人の若い世代が、国際場裡で太刀打ちできないのではないかと心配しているのである。
 具体的に言えば、例えば二十一世紀において、アメリカに留学しているか国際会議に出ている日本人が、中国人、ロシア人と見比べられて、広い視野から物事を深く見る能力があるか、自分の国の将米についてしっかりした見識を持っているかの点で見劣りし、軽視され、無視されるのではないかとおそれるのである。今すでに三十代の中国人と日本人のインテリが同席すると、そうした差が出ているのではないかと心配なのである。
 国際的なメガ・コンペティション(競争)において、最後の決め手は人材である。今のままの教科書をほうっておくような態度で、日本は果たして二十一世紀のメガ・コンペティションの中で生き延びていけるのだろうか。教育関係者の猛省を促したい。
◇岡崎 久彦(おかざき ひさひこ)
1930年生まれ。
東京大学法学部中退。英ケンブリッジ大学大学院修了。
東大在学中に外交官試験合格、外務省入省。情報調査局長、サウジアラビア大使、タイ大使を歴任。
現在、岡崎研究所所長。

 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。

「読売新聞社の著作物について」








サイトに関するご意見・ご質問・お問合せ   サイトマップ   個人情報保護

日本財団会長笹川陽平ブログはこちら



ランキング
注目度とは?
成果物アクセスランキング
11位
(29,236成果物中)

成果物アクセス数
496,408

集計期間:成果物公開〜現在
更新日: 2017年11月18日

関連する他の成果物

1.私はこう考える【北朝鮮について】
2.私はこう考える【中国について】
3.私はこう考える【ダム建設について】
4.私はこう考える【死刑廃止について】
5.私はこう考える【公営競技・ギャンブル】
6.私はこう考える【天皇制について】
7.私はこう考える【国連について】
8.私はこう考える【自衛隊について】
9.私はこう考える【憲法改正について】
10.私はこう考える【イラク戦争について】
  [ 同じカテゴリの成果物 ]


アンケートにご協力
御願いします

この成果物は
お役に立ちましたか?


とても役に立った
まあまあ
普通
いまいち
全く役に立たなかった


この成果物をどのような
目的でご覧になりましたか?


レポート等の作成の
参考資料として
研究の一助として
関係者として参照した
興味があったので
間違って辿り着いただけ


ご意見・ご感想

ここで入力されたご質問・資料請求には、ご回答できません。






その他・お問い合わせ
ご質問は こちら から