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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1997/06/11 読売新聞朝刊
[論点]「教育」は国の盛衰左右 石井威望(寄稿)
 
 中央教育審議会が去る五月三十日、「審議のまとめ―その二」を発表した。昨年四月の文部大臣の諮問は「二十一世紀を展望した我が国の教育の在り方について」であり、前期の中教審(筆者も委員として参加)に対比してみても、さらに十数年さかのぼって臨時教育審議会の答申と比較しても、目前に迫った二十一世紀に向けて、待ったなしの実行計画が次々と俎上(そじょう)に乗せられてきた感が強い。
 臨教審では、一九八四年から三年間、全省庁レベルで長期的構想が練られ、総理大臣への答申が作成されたが、臨教審後の時代の変化は当時の予想をはるかに超えている。冷戦終結一つを取り上げても文字通り歴史的一大事件である。国際化、情報化、高齢化などのキーワードにしても臨教審でも盛んに使われていたが、今ほどの切迫感はなかった。さらに貿易黒字・国際摩擦など、日本たたき(バッシング)が問題にされるほど当時の日本経済は強力であると内外から高い評価を受けていた。要するに、二十一世紀に向けて全般的に好調な日本が、臨調教育版を始めたと受け取られていた。しかし、その後の経過は教育を取りまく環境条件の変化、例えば円高、バブルの発生と崩壊などによって、日本経済は一挙に乱気流のただ中へ突入してしまい、今日に至った。
 一方、個性尊重などのような総論的主張はもとより、大学・高校などの入試や秋季入学、中高一貫教育を始め、各論的テーマについても臨教審以来繰り返し取り上げられてきており、ほとんどあらゆる問題点が網羅され、論じ尽くされた感がある。しかし多様な各論的テーマを実行する段階になると、おのおのの特性に応じて着手・実現の時期にバラツキが生じ、紆余(うよ)曲折も避けられない。教育関係者の共通理解が得られないまま、ついに見送られた事例もあった。
 このような臨教審以来の経過を振り返って痛感することは、成否の決め手は、精緻(せいち)な理論構築などよりも、結局、旺盛(おうせい)な改革意欲の多寡にある。教育改革を果敢に実行するエネルギーは国民の危機意識から生まれる。典型的な前例としては、黒船到来や戦後の占領下などがそれであろう。今の危機は、工業社会から情報社会への移行が、予想をはるかに上回って猛スピードで進行していることに由来している。現在とくに人材供給の面で我が国の対応が遅れている。
 そもそも、この危機的状況への認識自体が薄いために、改革に必要なエネルギーの充電が不足気味である。たとえ工業社会に対応する人材の養成に多大の努力を払ったとしても、今後製造業を中心として海外生産が増加するに従い雇用機会は失われていく。むしろ、在来型の成熟産業から吐き出される人口を、新規成長分野で創出される雇用需要で吸収することこそ最大の課題である。二十一世紀前半の新規成長分野は、明らかに情報通信、いわゆるマルチメディアやインターネットなどである。
 不幸にして、我が国の教育は工業社会対応型が大部分で、情報社会対応型教育、いわゆるメディア・リテラシー(情報活用能力)の普及はようやく緒についたばかりである。この人材面における需給ギャップが近年教育の荒廃と呼ばれる諸現象を噴出させる地底のマグマなのかも知れない。このマグマがあふれ出てくる亀裂を埋めることができない場合、産業はもちろん、学術・文化から生活全般に至るまで悪影響が及び、結局国力全体の衰退を招きかねない。
 その理由は、インターネットのようなネットワークがメディア・リテラシーの普及によって十分に活用される場合、最近ウェッブ・イヤーと言われるように三か月で一年に相当するくらい仕事がはかどる。つまり、ウェッブ・イヤーが実現すれば、その効用は我が国の生産人口減少と高年齢層の激増がもたらす活力の低下を補って余りがある。今まさに盛衰の岐路にあり、このまま座視すれば起死回生のチャンスを逸する。例えば、最近産業界では大企業は八割以上が電子メールを日常的に使うようになってきたが、中堅企業の方は四割程度にとどまっている。いずれも二年前にはほとんど普及率ゼロだったことを思えば、驚異的な情報リストラである。
 この急激な企業のリストラに対応して、十分メディア・リテラシーを培う教育がなされてきたであろうか。残念ながら後手に回ってしまった結果、日本に対する世界の評価は八〇年代とは打って変わって低下の一途をたどっている。
 近代日本の教育は、明治維新の危機感をバネとして農業社会から工業社会への移行を“先導”し、見事にそれを成功させた実績をもつ。その成功体験は、情報社会への移行に際して両刃の剣である。ウェッブ・イヤー時代の意外に早い到来に一時狼狽(ろうばい)した期間もあったが、ようやく最近、我が国独自の戦略に自信も出てきているようだ。今年は「モバイル元年」といわれ、移動体(モバイル)通信中心の次世代インターネットなどの本格的導入が始まろうとしており、恐らく教育分野でも着実に遠からず成果が表れよう。
◇石井威望(いしい たけもち)
1930年生まれ。
東京大学工学部、医学部卒業。
東京大学教授、慶応大学大学院教授を歴任。現在、東京大学名誉教授。

 
 
 
 
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