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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1995/11/16 読売新聞朝刊
[論点]教員養成学部の危機 天野郁夫(寄稿)
 
 日本の義務教育の水準の高さは、国際的に定評がある。国際的な学力調査の結果によっても、日本の子どもの学力水準は際立っている。その理由の重要なひとつが教員の質の高さにあることは間違いない。各県に一つずつ置かれた国立大学の教員養成学部は、その優秀な教員の養成に中心的な役割を果たしてきた。
 教員養成学部の前身である師範学校が、すべての県にもれなく設置されたのは、明治初年のことである。それから百年余、多数の教員が養成され、全国津々浦々にまで設置された小学校に配置され、教育の仕事に当たってきた。教員というのは、医師などとともに地域性の強い職業である。子どもと教員と親、そして学校と教員と師範学校、教員養成学部との深く長い結び付きが、日本の教育と社会の基底を支えてきた。教員養成学部は、日本の社会、文化、さらには経済のもっとも重要なインフラストラクチャーのひとつとして機能してきたといってよい。
 その教員養成学部が今、大きく揺らいでいる。揺らぎをもたらしているのは、ひとつには子どもの数の減少である。かつては二百五十万人を超えた出生児数が、今ではその半数以下の百二十万人前後に過ぎない。学校にやってくる子どもの数の減少は、ひいては教師の数の減少につながる。実際に小・中学校の新規採用教員数は一九八三年と九三年の間に二・七万人から一・五万人と、ほぼ半減した。それは当然、教員養成学部を卒業しても、教員になれない卒業者の急増を意味する。九四年度の卒業者についていえば、教員になった者は五二%。教員就職率三〇%台が四学部を数えた。卒業し教員免許をとっても教員になれない教員養成学部――その規模の縮小や改組を求める声が出ても不思議はない状況なのである。
 それだけではない。国立大学はいま、一般教育を担当してきた教養部の廃止を中心に、改革の大きな渦の中にある。教育学だけでなく、多様な学問領域の専門研究者を擁している教員養成学部は、その教養部と構成がよく似ている。事実、教養部に代わって一般教育を担当してきた教員養成学部も少なくない。一般教育と教養部の改革は、こうして教員養成学部をも、その渦中に巻き込まずにはおかない。教員養成学部は、この面からもあり方の問い直しを迫られ始めたのである。
 教員需要の減少に、これまでまったく対応策がとられてこなかったわけではない。文部省は一九八〇年代の中ごろから、教員養成学部の内部に、教員免許と無関係のゆえに「ゼロ免」と呼ばれる新課程を次々に新設して、教員以外の進路に対応する努力をしてきた。しかし、教員採用数の激減と大学改革のなかで、それはしょせんは弥(び)縫(ほう)策にすぎず、厳しい現実の抜本的な打開策になりえないことは明らかになるばかりである。教員養成学部の揺らぎは大きく、危機感は深化の一途をたどっているといわねばなるまい。
 揺らぐ教員養成学部のあり方を問い直し、時代の要請にそった新しい方向を模索し、変革する責任はもちろん、最終的には大学や教員養成学部自身にある。実際に多くの大学の教員養成学部が、改革のための努力を開始している。しかし教員養成学部については、それが「教員養成」学部であることによって、他の一般学部とは異なる条件のもとに置かれていることを認識しておかねばならない。教育システムの根幹にかかわる義務諸学校の教員養成機関として、それは教育行政の一部に組み込まれ、さまざまな、しばしば厳しい規制の下に置かれている。改革の必要性を認識し、改革の方向性を模索しても、自ら可能な選択と決定の幅は著しく狭いのである。
 このことは、問題がそれぞれの大学・学部の問題であると同時に、いやそれ以上に文部省、ひいては政府自身にとっての問題であることを意味している。
 教員養成、ひいては国立大学の教員養成学部のあり方の全体像を、未来に向けてどう構築していくのか。需要の減少にあわせて学部の規模を縮小し、さらには、これまでの一府県一学部の伝統を捨て、教員養成学部のない府県が生じるのもやむなしとするのか。教員養成学部の看板を捨て、教員養成を主目的としない学部に改組することを認めるのか。教員養成の基準を緩和し、より開放的な養成システムへの移行をはかるのか――それらについて明確な指針が定められることなしには、教員養成学部の本格的な改革は望み難いというべきだろう。
 教員養成学部が未来に向けて、どのような改革の方向を選択するかは、日本の教育の未来に、いや、いささか大げさにいえば日本の社会や経済、文化の未来にかかわる問題である。優秀な教員の安定的な供給なしには、これまで達成してきた義務教育の、ひいては教育全体の高い水準を維持し続けることは難しい。教員養成と教員養成学部をどうするのか。政府=文部省は早急に、改革への指針を示す必要があるのではないか。
◇天野郁夫(あまの いくお)
1936年生まれ。
一橋大学経済学部卒業。東京大学大学院終了。
東京大学助教授、教授、同教育学部長を経て、現在、国立大学財務・経営センター教授。

 
 
 
 
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