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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1999年7月号 正論
親はいま、どうすべきなのか
公教育への“監視”が必要な時代
高崎経済大学助教授 ●やぎ・ひでつぐ 八木秀次
VS
産経新聞論説委員 ●いしかわ・みずほ 石川水穂
 
学校の荒廃は偏向教育の度合いに関係
 
 石川 昨年、産経新聞は通年企画として「教育再興」を連載しました(扶桑社より同名タイトルの単行本として刊行)。平成九年に神戸で児童連続殺傷事件が起き、「心を培う教育」の必要性が叫ばれるようになって、社内で「教育荒廃の原因を徹底的に探ってみるべきだ」という声が上がったのを受けて企画したものです。教育現場の実態を描きながらも、荒廃のすさまじい様子をルポするだけでなく、そこから立ち直っていく過程に重点を置いて取材することにつとめました。同時に、戦後民主主義≠ェ抱える矛盾や欠陥にも焦点をあてました。今日の教育荒廃の背景には、国旗・国歌を否定することに象徴される偏向、自国の歴史を一方的に貶めてきた反日・自虐的な教育もあると思ったからです。
 
 八木 教育の荒廃は教える側に責任があったということですね。産経新聞が報道の口火を切らなければ知られることのなかった問題も少なくない。とくに元教育長までが国旗・国歌に反対する文章を出すなど、日教組(日本教職員組合=旧社会党系)の影響力の強い「広島県公教育」の実態、たとえば部落解放同盟広島県連の過剰な教育介入や道徳の授業の不実施、生徒を評価する指導要録の未記入などが明らかにされたことは大きかったですね。
 
 石川 今回、一つの試みとして『正論』が国旗・国歌の取り扱いや、いじめ、暴力行為、不登校などの状況を都道府県別に数値化して見せたわけですが、数字から浮かび上がってくるのは、いわゆる「問題行動」の発生、学校の荒れ具合というのは、偏向教育の度合いに関係するという大まかな傾向ではないかと思います。まったく相関関係にあると言い切れないにしても、広島県や三重県、神奈川県などかなりはっきり出ているところもある。この三県ともに小中学校の入学・卒業式における国旗掲揚率、国歌斉唱率が他の都道府県に比べてかなり低いですね(74、75頁表参照)。
 ただ、国旗掲揚率、国歌斉唱率も都道府県によって扱いが異なるので、実施率が高いといっても実態をきちんと見極める必要はあります。たとえば岐阜県は、国旗掲揚を「式場正面に掲げるもの」と、国歌斉唱を「参加者がそろって国歌を歌うことであり、原則として式次第にも盛り込まれているのが普通」と定めていますが、それぞれの形態については調査していないというんです。
 
 八木 安心できませんね(笑い)。
 
 石川 青森県では、国旗掲揚の形態を「目につくところであればいい」として各学校に任せたきり調査していないし、国歌斉唱についても式次第に盛り込むことを定めながら調べていない。青森県の公立小中高の卒業式における国旗掲揚率、国歌斉唱率がともに一〇〇%というのは、だからどの形態においてそうだったのかは分からないわけです。県立所沢高校の存在で突出した印象を受ける埼玉県も「国旗が物理的に目につけばよい。たとえば式場に掲揚されていなくとも、ポールに掲揚されていれは認める」と産経新聞の取材に答えています。広島県の三脚方式≠ニか、ひどいのになると、校長室のべランダに短時間掲げればそれで国旗を掲揚したことになる、などという話もあります(笑い)。
 大阪では、「大阪の教育を正す府民の会」という市民グループの調べですが、今春の卒業式で同会の調査員が正門から式場までの間に国旗掲揚に気づいたのは、調査した府立高校九十六校中三十五校。そのほかは校舎の屋上など見えにくい場所だったり、式典中とその前後だけグラウンドの掲揚台に掲げた高校もあったようですから、数字と実態が乖離している可能性はかなり高い。
 
 八木 それなら三重県や広島県、神奈川県などは実態をかなり正直に文部省に報告しているわけですね。三重県は教職員組合の加入率が八割(日教組傘下)をゆうに超えて全国一位ですし、神奈川県も日教組が六割以上を占めて第三位ですから、そうした報告はかえって彼らの誇らしい戦果≠ニ言えるのかも知れないですね(笑い)。
 
 石川 どの都道府県を見ても教職員組合の存在が大きく影響していることは間違いない。
 
 八木 それから地方政治の形態にも目を向ける必要があります。三重県を例にとると、昭和四十七年から平成七年まで六期二十三年という長い間知事を務めた故田川亮三前知事は、確か初出馬当時には社会党推薦で当選した革新知事です。当然、社会党や三重県教組の要求が色濃く県政に反映されたはずです。
 
 石川 いわゆる革新首長の弊害ですね。神奈川県の長洲一二さん、東京都の美濃部亮吉さん、京都府の蜷川虎三さん、みな故人ですが、彼らの施策のいくつかが今日の教育現場の荒廃をもたらした要因の一つであることは確かだと思います。
 
 八木 事態を複雑、深刻にしているのは、革新幻想が崩れた後、地方政界がオール与党化したことが、保守の側の緊張感を失わせて、左翼・革新の価値観に無警戒になってしまったことです。国際政治において冷戦が終結して共産主義的価値観は破綻したと言われても、日本では左翼が保守の価値観を取り込むようになったわけではなく、逆に保守が左傾化する事態がどんどん進行しているように思います。「保守王国」と言われるような県でも偏向教育がなされているのがその表れです。
 
 石川 広島も保守王国ですね。
 
 八木 中央政界では一時自社連立がありましたが、地方政界はとっくの昔からそうだったわけです。とくに教育の場では都道府県教委と組合がベッタリという状況です。組合の意向を教委が受けるという形の、一種の馴れ合い構造は現在もずっと続いている。中央政界の自社連立は解消されましたが、地方政界、教育の場における自社連立は引きずったままで、自民党の国会議員がたくさん出てる県ほどオール与党の油断があるように見えます。かえって共産党の強いところのほうがまともだったりする(笑い)。
 
 石川 同感ですね。文部省も平成七年の日教組との歴史的和解≠ゥら緊張感がなくなった。あの後は中央教育審議会のメンバーに日教組の役員が入ってくるようになりましたし、いまの文部省と日教組の関係は、そのまま地方の教育委員会と教職員組合の関係にも影響していて、学習指導要領にそった教育ができにくくなっている。その象徴的事例が広島県だったと思います。
 
 八木 結局、文部省が日教組の価値観に合わせたような感じがしますね。従来の左翼的価値観が、いまは人権とか、平和、平等といった一見誰も否定できない、きれいな衣装をまとって教育の現場に浸透、拡散してきている。
 
 石川 教科書検定について言うと、社会科教科書の検定は、以前は学習指導要領にのっとってかなり厳しく行われていたんです。それがいまは近隣諸国に気兼ねして及び腰の検定になってしまっている。保守と革新、文部省と日教組の対立図式が曖昧になったことが、かえって新たな病巣を生み出したと言える。
 
封印≠ウれたままの国家意識
 
 八木 公教育の本来の目的は、その国の国民を育てることにあります。それが各地方に委ねられているわけで、そこでは郷土に対する愛情を育むような教育はなされていると思うんです。日教組や全教(全日本教職員組合=共産党系)の先生も郷土史には熱心に取り組んでいたりする。また近頃盛んに使われる「地球市民」という言葉に表されるような価値観も大事にされている。しかし、郷土と地球の間にある国家という存在がここでは完全に抜けているんです。公教育が国家に帰属しているという意識を育てようとはしていないんですね。
 
 石川 健全な国家意識を育てることは、戦後教育が怠ってきた最大のものですね。この問題は教師だけでなく親にも反省してもらわないといけない。所沢高校の問題を取材して痛感したのですが、PTAの左傾化が生徒に大きな影響を与えることもあるわけです。所沢高校のPTA会長は東京学芸大の教授で、家永三郎氏の裁判闘争を支援していた人物です。
 昔はPTAがある種の歯止めになっていました。昭和四十年代までは教職員組合の行き過ぎにブレーキをかける存在だったのが、いまは日教組教育を受けた子供たちが親になっていますから、先生以上に突出したりする。公教育の荒廃の原因の一つに親の問題があることは避けて通れない。
 それから親や地域の責任に関連づけて言うと、「平和教育」の名のもとに、戦前の加害≠フ歴史をことさらに強調したり、祖父母の時代を不当に貶めようとする一方的な戦争展示、戦争観を押し付けるような施設の存在も指摘しておきたい。具体的な施設名をあげれば、大阪国際平和センター(ピースおおさか)や地球市民かながわプラザの国際平和展示室、川崎市平和館、長崎原爆資料館、堺市平和と人権資料館などです。東京都の平和祈念館は建設の再検討を求める付帯決議が都議会で可決され、事実上凍結≠ウれましたが、まだまだ要注意の状況に変わりはない。
 
 八木 ある種の意図を持った写真などの展示は、文字より刷り込み効果が大きいだけに問題ですね。いまの親は、学校を見るときに偏差値的指標は気にするのだけれど、中でどんな教育が行われているかには関心が薄い。だから手間のかかるPTAの役員選挙などには出たがらず、結果としてそこに市民グルーブを装った特定の政治勢力介入の余地があるわけです。「平和教育」を目的とした施設の偏向展示も、結局、地域の親たちが無関心なものだから、計画段階で左翼系の学者グループが入り込むことをチェックできない。
 
 石川 学校の内外でそうなってしまっています。所沢高校しかりですし、今春の卒業式でまた国旗掲揚、国歌斉唱をしなかった千葉県「東葛地区」の東葛飾、小金、松戸の県立三高校も外部との連帯≠ニいう同じような背景があると言われています。
 
 八木 その三校は偏差値的にはレベルの高い学校だと言われていますね。とはいえ全体として見れば問題のある、偏向度の高い学校はやはり学力的にもかなりつらいのが実態だと思います。少し大ざっぱ過ぎるかもしれませんが、今春の東大と京大の都道府県別合格者数(77頁表参照)を見ると、広島の県立高校からの合格者は東大に二人、京大に三人しかいない。この数字は全国で四十五番目です。前後をはさんでいる沖縄と高知は、広島と比べればかなり人口が少ないから措くとしても、同規模の、お隣り岡山県と比較しても、この少なさは公教育として異常といっていいのではありませんか。これは今春だけの傾向ではありません。広島県東部地区の優秀な生徒は越境して岡山県の学校に通っているという事実を、教委も組合も深刻に受け止めるべきではないかと思いますね。
 
 石川 偏向度は生徒の成績にも反映する、ということは十分にあると思います。組合活動には熱心だけれども、そのために授業時間が短くなったり、内容がおろそかになっていたりという事例は少なくありません。また広島の話を持ち出しますが、指導要録に記入しないことが平等教育につながるという考え方は、教育の機会均等を履き違えています。これは平等ではなく悪平等です。悪平等教育が全体の学力低下につながっているのが広島の現状でしょう。
 
 八木 平等を理念とした制度、たとえば広島県以外でも東京都で導入された学校群制度や京都府の小学区制がどれほど公立高校の学力低下をもたらしたか。都立高校の地盤沈下と広島の白い(未記入)指導要録≠ヘ、機会均等と結果の平等を混同した同じケースですね。偏差値だけが前面に出るから競争が問題視されますが、個における子供たちの競争を認めなければ教育は成立しません。駆けっこの速い子、水泳のうまい子、数学のできる子、すべて能力差があるのが人間です。競争することによって向上心が育まれ、それによって全体が向上する。まったく競争させないことがどれだけ人間をだめにするかをきちんと考えなければいけない。
 
 石川 公立では優秀な人間が育たないというのであれば、その可能性のある子供は私立に行くという選択をせざるを得ない。それにはおおむね公立の二倍から三倍の費用がかかる。日本の公立学校のもともとの良さは、貧富の差に関係なく誰でも努力をすれば成績が向上し、希望する学校への進路が開けるというものだったはずです。それが失われ、逆に不公平が生じている。お金がなければいい学校に行けないという皮肉な結果を招いているわけです。
 
◆全国公立高校の社会科入試問題チェック要覧◆
《青森県》〔問題3〕(4)(5)など
農民貧窮史観
《福島県》〔問題2〕(1〜5)、〔問題3〕(1〜4)など
農民貧窮史観、児童の権利条約の扱い
《長野県》〔問題3〕資料1、2など
人権と政治・経済の関係(同和問題)
《静岡県》〔問題2〕(4)資料1など
フランス革命賛美、君主制・天皇の否定
《岡山県》〔問題2〕〔問題5〕の各設問
静かな反日・自虐。中華人民共和国への傾斜。フェミニズム
《島取県》〔問題3〕(1)など
鳥取県が制定した人権条例を出題
《島根県》〔第3問題〕問3の資料Iほか
農民貧窮史観(青森県、福島県と同じ資料を使用)。
女工哀史的設問
《徳島県》〔問題3〕(1)(2)など
人権(同和問題)の扱い
《愛媛県》〔問題2〕〔問題3〕の各設問
女工哀史的設問(島根県と同じ資料を使用)。フランス革命賛美、子供の人権問題の扱い
《沖縄県》〔問題6〕〔問題8〕の各設問
平和問題が突出。憲法九条の経典♂サ。フランス革命賛美。住民投票問題
 
高校入試にも反日・自虐の偏向問題
 
 八木 公立高校社会科の入試問題について言えば、率直に言って教科書の記述よりは偏向度が低い。教科書会社が作成して、各自治体の教育委員会が――実質的には教組主導のところがほとんどですが――、採択する教科書と違って、高校入試の問題は都道府県教委が直接作成するという仕組みの違い。それから問題が新聞などで一般に広く公開されることも一因でしょう。入試問題の偏向度と教組の組織率、その地方の政治状況との直接の相関関係ははっきりとは論じられないように思います。
 
 石川 大学入試センター試験と違って、高校入試の出題内容が検証されたことはいままでほとんどなかったと記憶しています。ただ、南京大虐殺や従軍慰安婦強制連行の記述が歴史教科書に載るようになって、高校入試にもその影響が表れることは十分考えられることですから、非常に興味深い。分析を見ると、保守県にもかなり偏向問題が存在していますね。
 
 八木 日教組の組織率全国一位の三重県の入試問題はやはり偏向度が突出していると思います。たとえば〔問4〕で近代史を取り上げていますが、その問題文はこうです。
 「明治政府は富国強兵をめざし、近代工業の発展に力を入れた。やがて、軽工業を中心に産業革命が始まり、鉱工業も発展したが、公害が発生したり労働争議がおこったりした。
 第1次世界大戦がおこると日本の輪出は増大し、工業がいちじるしく発展したが、大戦後は輸出がふるわなくなり、失業者や生活に苦しむ人々が増えた。そして、アメリカで株価が暴落したのをきっかけに急激な不景気が始まり(略)、こうした経済のゆきづまりもあり、日本は中国を侵略し、やがて太平洋戦争へと進んでいった。
 第2次世界大戦後、日本は平和で民主的な国家をめざして再出発し、やがて重化学工業を中心に産業が発展し、高度経済成長時代をむかえた。しかし、経済の高度成長は、一方で自然や生活環境を破壊し、各地で公害問題をひきおこした。
 経済大国となった日本は、国際社会の一員として、アジアをはじめとする発展途上国に資本や技術を援助していくことが強く求められている」
 この問題文の特徴は、それぞれの段落の結びを常に否定的な表現で締めくくっている点です。典型的な自虐史観ですね。やっぱり日本はだめなんだと巧みに思わせるような仕掛け≠ノなっている。そのほか公民分野にも要注意の問題があるし、お伊勢さんのお膝下にもかかわらず(笑い)、三重県の出題が偏向度ナンバーワンというのが、今回すべての入試問題を通覧してみての私の印象です。
 それから鳥取や島根、福島、愛媛といったいわゆる保守王国の県にも意外に偏向問題があります。とくに愛媛県は日教組も全教も組織率がゼロに近いにもかかわらず、『職工事情』という本を資料として、女工哀史的な色彩をもって日本の近代の苛烈さや暗さを強調するような出題になっているし、他にもフランス革命の賛美とか子供の人権に関して疑問符をつけたい問題がある。『職工事情』は島根でも使われていて、農民の貧窮史観とでもいうべき考えとセットになっています。この農民貧窮史観は福島や青森などの出題に共通です。
 いかにも最近の傾向だと思わせられたのが鳥取で、同県が制定した「人権尊重の社会づくり条例」の前文から出題されていますが、これも人権や国民主権といったものを持ち出しつつ、君主制や天皇の否定といった底意が見えかくれしています。
 
 石川 三重は本当に正直な県だなあ(笑い)。不登校の率だけは四十五位と低いけれど、入試問題の偏向度を八木さんの指摘どおり一位と考えると、公立高のいじめの発生率が二位、暴力行為の発生率も二位と高い。広島は不登校が二十三位、公立高校でのいじめが十二位、暴力発生率が五位だから、より目立って見える。
 結局、道徳とか社会生活の規範といったことに関しては、日教組は何ら力を持ち得なかったというのが私の受け止め方です。むしろ逆のアクセルを踏み続けた。昭和二十年末に「修身」がGHQによって廃止されてから、徳育はずっと教育現場で空白でした。それではだめだというので、ようやく昭和三十三年になって「道徳」の時間が設けられたわけですが、これがまさに日教組によって反対闘争の道具に徹底的に使われた。広島で道徳の時間が「人権」とか「M(モラル)」という名で反天皇制学習になっていたように、多かれ少なかれ全国の学校で形骸化していると思います。
 
 八木 教組が力を持っているところほど「道徳」の時間は悪用≠ウれ、そうでないところは進路や進学指導に転用されているのが現実ではないでしょうか。文部省は早急に実態調査に取り組むべきですね。
 
求められる学校、教師の自己改革
 
 石川 不登校の問題にも触れておきたいのですが、いま教育現場を支配しているのは「学校には行かなくてもいい」という価値観です。困ったことにこうしたフリースクールが増えている。埼玉県の「開善塾」のように「学校へ戻るべき」という考えで指導しているところもありますが、登校しなくても出席扱いになるものだから、子供は不登校のままです。さまざまなケースがあるから一概にこうだとは言えないにしても、基本的には学校を良くして、魅力のある面白い存在にすることで子供たちを呼び戻す、ということでなければだめだと思います。学校当局、教師の自己改革が求められている。
 
 八木 日教組や全教がやってきた国家否定の教育は、イコール学校否定につながる、自らの基盤を揺るがすものだったということですね。私学や私塾に多くの子供が去っていって、いま荒廃を目の当たりに愕然としている。
 
 石川 まさしくブーメランのように、偏向教育が子供たちによって復讐されている。
 
 八木 公教育をまっとうなものにするためにどうすべきか。これを考えるには、制度面の改革、理念として何を取り戻さなければならないかなど、根本的な問いかけが不可欠です。
 
 石川 国旗、国歌の指導を徹底し、道徳の時間を実りあるものにする。それに、日本に生まれたことに喜びと誇りを持てるような歴史教育がともなうこと、この三点が公教育の基本ではないかと思います。
 
 八木 国旗、国歌の指導は重要ですね。それは何も国家主義を鼓吹しようというのではない。どこの国にも普通に見られる健全な国家意識を涵養しようというだけです。
 国旗に敬意を払うことの必要性を説くと、よく反証として教組側から持ち出される話に、アメリカの連邦最高裁で一九四三年に出されたバーネット事件判決というのがあります。国旗に敬意を払わせる教育は憲法違反だという判決がアメリカでも下されていると喧伝するわけですが、実際の判決は、それを拒否した者を退学処分にするのは処罰としては重すぎるということを言っているだけで、何も国旗に敬意を払う教育を子供たちに行うことが違憲とされたわけではありません。逆にその必要さえ説いているのです。自分たちに都合のいいところだけをつまみ食いしているんです。
 
 石川 だいたいそうですね(笑い)。自分たちの主張に合う部分だけを取り出して恣意的に解釈する。許し難いのは、そうした不確かな知識をもとに生徒を煽ることです。しかも自主性の尊重という名のもとにそれをやる。
 
 八木 自主性の尊重を言っていれば、教師たちは責任を取らなくていいですからね(笑い)。日教組や全教の教師たちは自分たちの政治イデオロギーのために、戦後一貫して子供を利用してきた。卒業式をボイコットした所沢高校の生徒を見ていると分かるのですが、イデオロギーの理解者、先兵を育てるというのが彼らの「教育」の目的なのです。
 
 石川 教育に名を借りた洗脳と言っていい。
 
 八木 卒業式や入学式で国旗、国歌に敬意を払わない教師たちのあの尊大な態度は何なんでしょう。来賓や父母に対して無礼この上ないのではありませんか。君が代を歌うために起立する人がいても自分は座ったまま、無視したまま。これはイデオロギー以前の礼儀作法の問題です。子供たちは教師のそうした姿を見ているわけですから、教師たちが何か規律をともなう行事なり儀式を学校でやろうとしても、聞くわけがない。これは当たり前のことでしょう。
 また所沢高校の話をしますが、学校内は、授業を受けるも受けないも生徒の自由、掃除するもしないも自由といった雰囲気だったといいます。だから総じて校内が汚い、服装がだらしないという状況にもなった。偏向教育がオツムの洗脳にとどまらず、首から下のさまざまな生活習慣をルーズにさせたわけです。残念ながらこれがわが国の公教育の一つの姿なんですね。
 
 石川 先生たちの教育がまず必要ですね。昨年、今年と所沢高校を取材してみて、自由と放縦の違いに気づく生徒が確実に増えてきたと思います。昨年はほとんど出席者がいなかった卒業式も、今年は全体の三割が出席しています。問題はやはり教師、大人なんです。
◇八木秀次(やぎ ひでつぐ)
1962年生まれ。
早稲田大学大学院博士課程で憲法を専攻。
人権、国家、教育、歴史について、保守主義の立場から発言している。著書は「論戦布告」「誰が教育を滅ぼしたか」「反『人権』宣言」、共著に「国を売る人びと」「教育は何を目指すべきか」など。「新しい公民教科書」の執筆者。フジテレビ番組審議委員。
◇石川水穂(いしかわ みずほ)
1947年生まれ。
東京大学法学部卒業。
産経新聞社に入社。社会部、特集部などを経て、社会部編集委員。現在、論説委員。


 
 
 
 
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