1998/06/12 産経新聞朝刊
【教育再興】(69)広島の教育(9)教育長文書(下)「君が代」斉唱率は3割
平成四年二月二十八日、国旗(日の丸)を「侵略に援用された」とし、国歌(君が代)も「身分差別につながる」などとする確認書(二・二八文書)を当時の菅川健二・広島県教育長(現参院議員)名で広島県高等学校教職員組合(広島県高教組)と部落解放同盟広島県連合会(解放同盟広島県連)に出した広島県教委は数日後、その「文理解釈」も示した。確認書の趣旨をより徹底させるための文書だ。
《「君が代」の歌詞については、(1)日本国憲法に基本原理として規定されている主権在民になじまないという見解や、(2)身分差別につながるおそれもあり、(3)国民の十分なコンセンサスが得られていない現状にある。したがって、「君が代」の実施については、(1)・(2)の論議を深めて、広くコンセンサスを得ることが大切であり、以上のような現状をふまえて対応すべきである》
《「日の丸」について…教育内容とする場合、(1)かつて「日の丸」が天皇制の補強や侵略、植民地支配に援用されたこと、(2)これからも、その過ちを繰り返すおそれがあること−を盛り込み、今後は、その過ちを繰り返さないようにという指導が必要であること。したがって、「日の丸」の掲揚にあたっては、上記の教育内容をつくりあげることが原則である》
だが、確認書もその文理解釈も、県民には十分に知らされないまま、高校だけでなく、小・中学校の教育現場にも浸透した。
平成七年春の卒業式における広島県の国旗掲揚率は、小学校八二・七%(全国最低)、中学校七九・二%(同)、高校一〇〇%、国歌斉唱率は小学校三七・四%(全国最低)、中学校三六・九%(下から三番目)、高校二五・二%(下から五番目)。入学式の国旗掲揚率は小学校八二・七%(全国最低)、中学校七八・八%(同)、高校一〇〇%、国歌斉唱率は小学校三六・七%(下から二番目)、中学校三六・五%(下から三番目)、高校二五・五%(下から四番目)。
広島県高教組の運動方針などをまとめた資料「たたかう広高教組」(平成八年度版)は「二・二八文書」について《日の丸・君が代は、「改悪指導要領」通りには実施できないことを明確に示したものである》《県立学校だけでなく、義務制の学校をも、視野に入れたものである》と書いている。
連載「広島の教育」シリーズの最初に取り上げた広島県福山市立加茂中学の佐藤泰典教諭(三六)が昨年三月まで勤めていた同市立城北中時代に行った国旗・国歌についての授業が問題とされたケースも、「二・二八文書」が尾を引いていた。
佐藤教諭は昨年二月、反「日の丸・君が代」色の強い城北中の人権学習指導案に反対し、自国の国旗・国歌と同様、他国の国旗・国歌にも敬意を払うことの大切さを訴えた「世界の中の日の丸・君が代」のビデオを見せるなど独自の授業を行った先生だ。
その佐藤教諭が昨年三月三十一日、福山市教委から呼び出しを受けた際、市教委から示されたのが「二・二八文書」だった。
佐藤教諭は加茂中へ転任後の同年四月四日夜、福山市の本庄解放会館で開かれた部落解放同盟福山市協議会の「事実確認会」に呼ばれた。
文部省の資料によると、参加者は学校側八人、市教委側六人、解放同盟側三十余人。解放同盟側は佐藤教諭に対し、(1)「日の丸」などを肯定する授業内容になったのはどうしてか(2)「君が代」の「君」とはどういう意味か(3)ビデオ「世界の中の『日の丸』『君が代』」は、見る人にどんなイメージを与えるか(4)天皇制と部落問題はどのような関係があるか−との四点について文書による回答を求めた。
佐藤教諭は「答えられない」として回答していない。
この問題を県議会で最初に取り上げたのは石橋良三県議だった。
石橋氏は昨年九月二十九日、「広島県の教育界では日の丸・君が代を国旗・国歌として認めていないのか」と質問、「二・二八文書」の破棄を求めた。
木曽功・現教育長は「日の丸・君が代は法令上の規定はないが、長年の慣行により国旗・国歌として国民の間に定着している」「学習指導要領を逸脱する事実があれば、市町村教委を指導、是正する」と答え、文書の扱いには言及しなかったが、同年十月十七日の県議会文教委員会では、「国旗・国歌の扱いは、学習指導要領に基づいて行われる大原則である」とする新見解を示し、各市町村教委に通知した。
文部省は「二・二八文書」について「このような文書を民間運動団体に提出することは、教育行政の主体性を損なうおそれがあり、適切ではない。文書の内容にも問題がある」としている。
県内の校長の一人は「県教委はもっと明確な考えを示し、現場をバックアップしてほしい」と話す。
■学習指導要領の法的拘束性
学習指導要領は各学校が編成する教育課程に関する国の基準。学校教育法施行規則に基づき、文部大臣が告示する。教育内容や方法についての基準も具体的に書いているが、地域や学校の実態に応じた弾力的なカリキュラム編成も可能だ。学習指導要領の法的性格や効力をめぐっては、「単に指導、助言として有効」とする説もあったが、旭川学力テスト訴訟の最高裁大法廷判決(昭和51年5月)や伝習館高校訴訟の最高裁小法廷判決(平成2年1月)はその法的拘束力を認めている。
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