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1986/10/22 読売新聞朝刊
[教室は変わるか・12年ぶりの授業改革](2)選択学習(連載)
 
◆読書に人気が集中◆
 長編推理小説を書き上げた中学一年生。太陽熱を利用した風船作りに挑戦したグループ。英語で一日の日課表を作った女生徒もいる。
 生徒千七百五十六人、四十一学級のマンモス校、茨城県水戸市立二中。「自主的な学習を通して、基礎学力の一層の定着を図る」ことを目的に、七年前から週一時間、「マイ・タイム」という独自のカリキュラムを持っている。
 学習指導要領にとらわれず、国、社、数、理、英の五科目から、生徒が自由にコースとテーマを選ぶ。先週、後期のコース分けが終わったが、一年生では、前期に四教室あった英語が二教室に減り、かわって国語が四から七教室に膨らんだ。
 なかでも、読書に人気が集中している。「一年の前期は、マンガを読んで感想文を書く生徒もいたが、後期になると、芥川竜之介や夏目漱石を系統的に読む子が増えてくる」と担任の国語の先生は、確かな手ごたえを話す。
 二年生を対象に、「マイ・タイム」のアンケート調査をしたところ、八割を超える生徒が「楽しく活動できた」と答えた。逆の答えはゼロ。
 生徒の多様なニーズにこたえる選択学習が、いかに教育効果を上げているか。二年前に実験的に選択学習を実施した東京都内のある公立中学校で、全国標準学力テストによる実施前と実施後の比較をしたデータがある。全国平均を一〇〇として、英語は実施前の一〇二から一〇五へ。数学は一〇二から一〇四に伸びた。
 中学校で選択教科の幅を広げようとする教育課程審議会の狙いは二つある。一つは、「個性化・多様化教育」の実現だ。「学校側による選択ではない。あくまでも生徒が選び、能力や興味に応じて学習するのが理想」と文部省幹部は解説する。
 だが、そのためには、生徒の希望に応じられるだけの教師陣と設備が必要となる。
 現在の指導要領では、中学三年生で週一時間、音楽、美術、保健体育、技術・家庭から希望に応じて選択できることになっている。この四教科をすべてそろえている中学校が五〇%を超しているのは東京、静岡、岐阜の三都県だけ。わずか一時間を持て余している現実。「多様化」への道のりは険しい。
 
◆不満強い英語削減◆
 もう一つは、従来の週四時間を三時間に削減した英語の授業時間を元へ戻すことだ。
 埼玉県朝霞市立三中。五十六年に英語三時間体制がスタートすると、教師の間から、時間増を求める要求が出た。運動の先頭に立った中島晴代先生によると「この年の一学期、新一年生の中間テストで、英語の平均点が七十点と、例年を十点近く下回った」。
 翌年から、五十分授業を四十五分に短縮し、浮いた時間で英語を一時間増やした。文部省の指導に反するとして、この四月から元の木阿弥(もくあみ)となったものの、受験に必須(ひっす)の英語削減に対して、どの中学校でも不満が渦巻いている。
 「個性化」「多様化」という教育の理念を追いながら、一方で、受験シフトに組み込まれた現実があった。
 審議会が示した選択の時間の中で、学校側に裁量がゆだねられているのは、中学三年の週四時間。「どの中学校でも、これを受験科目に集中させるだろう。ハードルを前にした子供に、現場が手を貸すのは当然」と、ある中学教師は断言する。
 なかでも、多くの高校で入試科目からはずされている音楽、美術などは、「週二時間確保」の要望がまたも削減の憂き目にあいそうで、教師の落胆は大きい。
 再び、水戸二中。「マイ・タイム」は一、二年生まで。学校側では「三年生は入試の準備に追われますから」。
 受験シフトを放置したままでは、理想教育もほど遠い。

 
 
 
 
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