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1986/10/21 読売新聞朝刊
[教室は変わるか・12年ぶりの授業改革](1)授業のない土曜日(連載)
 
 十二年ぶりにカリキュラムの大改革に乗り出した教育課程審議会。二十日発表された中間まとめは、学校五日制の方向を打ち出し、教科選択の幅を広げて現場にゆだねるなど、教室を大きく塗り替える内容が盛り込まれた。「個性化教育」の一方では、望ましい日本人像を目指して道徳副読本の“準教科書化”を推し進め、学力に応じた習熟度別指導、小学一、二年での「生活科」の新設など盛りだくさん。審議会は何を目指しているのか。期待と不安に揺れる教育の現場から報告する。
 鮮やかな紅葉に囲まれた北海道夕張市。十月中旬の土曜日、炭鉱閉山問題を抱えて沈みがちな街の中で、市立千代田中のグラウンドだけは、終日、明るい歓声に包まれた。
 授業はなく、生徒会主催による全校生徒二百二十人のマラソン大会。土曜日を生徒の「自主・自治活動日」として、八年前から特別日課を組んでいる。先週は球技大会、来週は合唱コンクール。
 「以前は非行問題もあったが、今はすっかり影をひそめています」と大沼喜久哉校長。グラウンドで声援を送っていた三年女子の母親も「子供は土曜日が待ち遠しいようです。受験といっても、ここではぜいたく言わなければ心配ない。のんびりやってます」
 千代田中から約三百メートル離れた市立若菜中央小でも、全校生徒二百五十人はカバンを持たずに登校、土曜日の特別カリキュラムで、壁新聞作りと取り組んだ。六年生の新聞は「夕張の危機」の大見出しで、炭鉱閉山問題を取り上げた。
 実質的な「学校五日制」への移行。音頭をとった北海道教職員組合は、「月―金曜日は学校教育の日とし、土曜日は将来、地域社会に返すが、条件が整うまでは土曜特別日課を編成する」――として、さる四十九年から独自の運動を展開した。
 当初は四面楚歌(そか)の感があった。「かえって負担が重くなる」と難色を示す教師。「勉強が遅れる」という父兄の不安――。
 授業時間は減らさず、特別活動、学級活動の時間などを土曜日に回してひねり出す。父兄に、とにかく現場を見てもらった。若菜中央小の百人一首大会には、昨年から父兄も加わり、親子でカルタを楽しんでいる。
 しかし、同小が土曜日を完全ノーカバンデーとしているのに対して、千代田中は必ずしもそうではない。
 同教組夕張市支部副委員長で千代田中の教師でもある高橋豊さんによると、「完全に実施すると、月―金曜日は息抜きもなく、ギッシリ教科で埋まってしまう。土曜日に一時間、英語や数学を入れざるを得ない」。審議会が、学校五日制の方向を打ち出しながら、小、中学校とも授業の総時間数を現行通りとしている点が高橋さんらには納得がいかない。「これじゃ、せっかくの学校五日制も、かえって生徒から、ゆとりを奪う結果となるのではないか」と。
 非行も心配だ。「奉仕活動の組織など、地域社会に受け皿がなければ、子供をポンとほうり出すことになりかねない。社会全体の枠組みの中で考えていかなければ」。
 北海道教組によると、道内の小学校四六%、中学校二九%が五日制に取り組んでいる。
 しかし、札幌では取り組みゼロ。札幌市支部の中川基副委員長によると、「条件整備をしないままやると、学習塾の格好のえじきとなるので……」。
 都会地では、一部私立校を除いて、五日制の試みは行われていないが、海外の日本人学校では、七十九校のうち四十四校が実践している。
 ニューヨークで。二人の娘を現地校に通わせていた福士和子さん(44)は、進出してきた日本の進学塾の勧誘攻勢に悩まされた。土、日曜の二日は塾で受験勉強を――というわけだ。
 生徒に「ゆとり」を与えるはずの五日制も、無策のまま突入すると、受験戦争に拍車をかけるだけになりかねない。
 土曜日を休んでいる東京都内のある名門私立中学校。昨年、入学一か月後の新一年生を対象に、土曜日の過ごし方を調査したところ、四分の一の生徒が、自宅学習時間を「三時間以上」と答えた。

 
 
 
 
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