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絵を描く
 あなたのこころの奥底に、がんばりすぎたあなたがいませんか。がんばっているあなたを癒すためアートをしてみませんか。たとえば、絵を描くということ。あなたは、いつごろから絵を描くことから遠ざかってしまったのでしょうか。
 私たちは小さいころから、人に教えてもらわなくても、絵を描くという行為を知っていました。鉛筆を握りしめ、何も考えずにぐるぐると円を描く。ただ「描く」というその行為を楽しみ、その行為自体に満足していたのではないでしょうか。
 絵というものは、ほんらい、とても自由なものです。言葉に言い表すことのできない自分のなかの渾沌とした内面にかたちを与えることができます。そして、そのイメージのなかで、自分を遊ばせ、自分を休ませることができるのです。
 「介護している人にとって本当に大切なのは、自分の時間。没頭する何か。その何かを見つけるためには、自分が本当に好きだったものを思い出してみるのがいいのでは。私の場合は、それが絵だった」。
 夫の介護を続けて5年になる奈良市の山下秀さんの言葉です。秀さんは、40年にわたり、飲食業を夫とともに営んできました。そんな夫が病に倒れてからは、夫を介護しながら、店を切り盛りしてきました。夜遅くに店を閉めた後も、介護のため充分に休むことも眠ることもできないなかで、精神的ストレス、肉体的疲労から一時は血圧が180にまで上がってしまったといいます。
 ある夜、介護で起きた後、寝つけずにいるときに、秀さんは「このままじゃ、自分がだめになってしまう。気をしずめて眠らなければ」と考えました。そのときに思いついたのが絵を描くことでした。昔学んでいたころの絵筆、絵の具を取りだし、店の鍋敷きの上に油絵の具を出して描きはじめました。
 何十年かぶりに取りだした絵筆はかたく、絵の具もかたまっていました。チューブを破って出てきた絵の具をただ思いつくままに、キャンバスに色を重ねました。描いた絵は、色づく秋の山。
 その後も秀さんは、ふるさとの山、旅行で訪ねた湖などを大きなキャンバスに描き続けています。ベッドに寝たっきりの夫に季節を感じてもらおうと、庭に咲く花をスケッチして、部屋のなかにも飾ったりします。
 秀さん自身が変わると同時に絵も変化していったといいます。「今は、絵の合間に介護をしている、という気持ち」と秀さんは語ります。
 絵を描くという行為は、精神的ストレス、肉体的疲労、見えないトラウマを癒し、リラクゼーションに導く力があります。想像の世界に没頭するとき、時間が止まり、我を忘れて遊ぶことは生き直しにもつながります。
 完成した絵は、ぜひ額に入れて飾ってみましょう。そして、あなたが描いた絵を他人にも楽しんでもらいましょう。
 
写真を撮る
カメラは手軽な道具
 歴史上最初の写真集を出版したフォックス・タルボットは、そのタイトルを「自然の鉛筆」としました。“自然”が“鉛筆”をもち、<光で描く>のが写真。描くという行為にとって、手の技巧はもはや不要であることを宣言したのです。
 私たちにとって写真は、ますます身近な存在になりつつあります。オートマティックのカメラが主流になり、デジタルカメラが普及し、携帯電話までレンズがつくようになり、誰でもいつでもどこでも撮れる時代がやってきました。
 写真には、なによりも撮りたいと思ったときにシャッターボタンを押せばよい、という手軽さがあります。そこでカメラという手軽な道具を使って、ケアのある風景、正確にいえばケアのある情景を撮ってみてはどうでしょうか。







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