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生き直しの旅
心のすごい重力
有史以来 何ひとつ変わっていない
人の心のすごい重力
それは多分 宇宙の法則とはあい容れぬもの
だからぼくらには こんなにも美しく見えるのだ
窓の外の雑木の 初夏の緑が
 
 詩人の谷川俊太郎さんは、詩集『心の重力』(思潮社)のなかで「人の心のすごい重力は、不可解な、おそろしいものにちがいない。だが、そのおそろしさも、とらえ方によっては可愛らしい、魅惑的なものかもしれない」と書いています。
 私たちはケアという営みのなかで“人の心のすごい重力”を受けています。“不可解な、おそろしい重力”によって、ときには失望し、ときには絶望におちいります。
 そんなとき、私たちは一人旅に出たくなります。それまでの生活を断ち切るために、一人旅に出るのです。今も昔も、その深層の心理と秘密の行動には変わりはないでしょう。
 たとえば、中世の旅とは、後深草院二条西行の日記『とわずかたり』にみると、ところどころの社寺に詣でて神や仏との密やかな会話を交わすことでもありました。
 自分の一番奥深いところに旅するなかで、孤独のなかにより深く沈んでいったかのように感じることがあります。さらには本人は消えてしまい、自分の彼方にあるより大きな力とひとつになったかのようにも感じることがあります。そんなとき、大いなる存在との密やかな会話が生まれるのです。
 
書物の宇宙
 このように、一人旅とは憂いものなのです。しかし、旅するといっても、どこかへ行くというものだけではありません。場所から場所へという旅もありますが、小説や物語など書物のなかを旅することもあります。
 私たちは世間と自分とのズレを感じ、違和感をおぼえたとき、自分の納得のゆく居場所を探すために、書物に向かうことがあります。書物の宇宙のなかで思索することで、自分の居場所をさだめるのです。
 私たちが小説などを読むのは、何を求めてでしょうか。それは、我を忘れるため、干からびてしまった心に感動を取り戻すため、あるいはある種の陶酔を求めるため、といえるでしょう。
 そうした書物の宇宙をさまようなかで、私たちは、この世に生まれてきた意味を取り戻す−これが「生き直し」ということです。
 ケアに疲れてしまったとき、ケアから自由になるために、一人旅をしてみませんか。







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