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VII. 計画エラーの分類:ミステイクか違反か
 不安全行動や意思決定が計画の失敗による場合(計画の実行ではなく)、計画の問題の原因となる状況は2つある。通常人は正の結果を意図するが(問題を解決しようとして良い計画を選択する)、まれに正の結果を得ようとして、あるいは悪意の目的で、故意に既知のルールを破ることがある。計画エラーの分析では、ルール通りに問題を解決しようとして間違い、計画に欠陥が生じたのかどうか、知っていてルールを破ったのかどうかが決定されなければならない。
 
 実質的に、計画エラーは全て問題解決において生じるエラーである。問題とは、現行の行動系統の修正が必要な状態である。前述のように、人は原則に基づいた知的集積度の高い解決策に頼る前に(KB行動)、予めパッケージ化された問題解決策を探し出す傾向が非常に強い(例、RB行動)。ミステイクは、ルールの検出と利用、あるいは原則に基づく問題解決の際に発生する失敗である。
 
VII.A.1. 分析チェック:適用ルールや計画を意識していたか
 故意にルールや計画に違反する場合、それはミステイクではなく違反を犯したということになる。したがって、その状況に適用できるルールや計画を意識していたにもかかわらず、別のことをしたと確定すれば、その不安全行動、意思決定は違反として分類されるべきである。
 
 注:過去のミステイクを正当化するのが人間の自然な行為である。理由は何であれ、証人は、自分が何をすべきかを単純に知らなかった、あるいは自らの計画に基本的に欠陥があったと認めることは恥ずかしいことであると感じる。その代わり、適用されるルールや計画を意識していたが、判断の段階でミステイクを犯したと正当化することが多い。自らの決定に関する船員本人の証言だけに頼る場合は、極度の注意が必要である。この判断から、船員が状況に適用されるルールや計画を意識していた可能性が高いと推論できる。
 
 違反は理由を問わず、特定の問題に適用される従来のルール、手順、または計画を故意に破るという決定である。
 
VII.B.1. 分析チェック:意図した特定行為は明確であるか
 多くのケースでは、特定の問題への対処を趣旨とした計画、ルール、手順が作成されている(油濁防止緊急措置など)。しかし、特定の行動に対しては、計画、手順、ルールが漠然としていることが多い。違反と言えるのは、必要な特定行動にわざと違反した場合のみである。特定の行動が要求されていない場合は(行為が船員の判断に任せられている場合など)、その不安全行動、意思決定は違反ではなくミステイクである可能性が高い。
 
 前述のように、人は主としてSB行動で意思決定を実行するが、意思決定を行うのはRB、KB行動の階層である。違反は正当な問題解決から故意に逸脱しようと決定することである。ミステイクは、正当なRB、KB問題解決を誤って実行するものである。計画エラーは問題のタイプに応じて、RB行動、KB行動のいずれかで発生する。一般的に、人は特定の問題に対するRB解決策を必死に探す。その過程で(1)把握した状況をルールベースの基準に適合させ、(2)そのルールを試してみる。特に困難な問題が生じた場合は、把握した状況を精緻化しながら様々なルールを試し、その問題を解決しようとする。この場合RB行動が失敗し、KB行動に切り替えられることもある。RB、KBミステイクの一般的な例を以下に記す。
 
 以下でRB、KBミステイクを詳しく説明する。
 
VII.D.1. RBミステイク
 一定の問題または状況においては、ルールというものを外界の現状を表現する(頭の中で)権利の競争として捉えることができる。このように、人の頭は複数のルールが瞬時に「実行可能な状態」にされ、互いに競合し合う「並列処理装置」である。特定のルールがその人の意識を勝ち得るかどうかは以下の要因に依存する。
・どれだけ状況の特徴に「一致」するか。
・ルールの「強さ」:過去の成功経験の数に依存する。
・ルールの特定性:ルールが現在の状況を明確に説明できているほど、そのルールが勝つ可能性が高い。
・頭の中で現在実行可能な状態にある他のルールとの両立度、融合度。
 
 ルールは、最も一般的なものを最上層として階層ごとに整理される。例外や特例は最上層の下位に位置づけられる。一般的なルールと特定のルールが頭の中で適用を求めて激しく競合する過程では、どの段階でもルールの選択で問題が生じうる。RBミステイクを(1)誤ったルールの適用、(2)正しいルールの誤った適用、に分類することでこの体系が簡略化できる。
 
VII.D.1.a. 誤ったルールの適用(Use of a Bad Rule)
 誤ったルールはルールそのものに欠陥があることである。この点でルールには(1)状況のマッチングと、(2)問題解決のための行動系統の供与、の2種類がある。誤ったルールはこれら2つのいずれかにおいて欠陥がある。この項では、誤ったルールの適用を基に、一般的なミステイクを説明する。「誤ったルールの適用」階層の下位に分類されるものは、正式調査にのみ必要なものである。
 
VII.D.1.a.i. 間違ったルール(Wrong Rule)(正式調査にのみ必要)
 定義:「この種のエラーの『誤り』は、ルールそのものの戦略の欠陥または弱点に起因する。基本的に人は、欠陥のある行動シーケンス(sequence)を、それが本質的に欠陥があるためか、あるいは行動の自己理解が誤っていたからか(例、概念を適切に理解していない)のいずれかにより、忠実に達成してしまう。」(リーズン:83−84)
 :3人の整備工が、踊り場でデッキ上のエア・タガーをスチール製のバールで動かしていた。タガーを動かした後、1人が電動研磨機につながる高圧の延長コードの上にバールを置いた。バールがコードの絶縁材を突き破り、整備工が感電した。高圧電気コードのそばでバールを使うという計画に欠陥があった。
 要約:間違ったルールのエラーの決定的な特徴は、ルールの計画または構造に欠陥があるためにルールの選択が誤っていると判断されることである。
 
VII.D.1.a.ii. 不適切または拙劣なルール(Irrelevant or Clumsy Rule)(正式調査にのみ必要)
 定義:「多くの問題は、複数の解決方法を持っている。的確で効果的、直接的な方法もあれば、そうではないものもある。専門家の指示がもらえるという有利な環境や、寛容な環境で作業が行われているということがなければ、拙劣な、回り道で、奇妙な解決方法をとってしまう可能性がある。これらの方法は実際のところ効果があり、中にはルールベースの手順の一部として確立されてしまうものもある。面白いことに、このような不適切で拙劣なルールには、的確でない拙劣な技能ベースの日常業務が関係していることが多い。」(リーズン:84)
 一般的な例:「固まった」バルブのハンドルを緩めて調節できるようにするために、ハンマーや重いネジで叩くという行動は、状況に適用した的確でもなく、また有害でさえある作業慣行である。このルールは作業員から作業員へと伝えられた「非公式」の手順である可能性もある。
 要約:的確でない、拙劣なルールの決定的な特徴は、作業環境内にチェックが存在しないか、適切に機能したことがないかのいずれかにより、非効率なルールの適用が許されることである。
 
VII.D.1.a.iii. 推奨できないルール(Inadvisable Rule)(正式調査のみ必要)
 定義:「ルールベースの戦略の中には、当面の目標達成には完壁に適しているが、長期に渡って適用していると、それが回避可能ではあるがインシデントにつながる可能性があるために推奨できないものがある。通常このようなタイプのルールは確立された規範または作業手順に違反するが、的確ではないから、または当面の目的を達成しないからという理由だけで「間違いである」のではない。その代わり、ルールの「間違い」というものは、通常は作業目標や問題とは関係なく、長期的に事故につながるようなリスクが生じることに由来している。」(リーズン:84−85)
 :ボイラーを洗った後、そのまま乾かし、しばらく密閉した。マンホールの蓋を開けて技術者が直ちに中に入り、酸欠で死亡した。錆によって危険レベルに達するまで酸素が失われることは稀であるが、換気やテストを行わずに閉所に入るという慣行は、致命的であると証明された。
 要約:推奨できないルールの決定的な特徴は、ア)ルールが機能しても、その適用がインシデントにつながるリスクが高いこと、イ)ルールが確立された手続きや基準に違反することである。
 
VII.D.1.b. 正しいルールの誤った適用
 正しいルールとは、特定の状況下においてその有効性が実証されているものである。しかし、状況に適合すると思われるルールが2つ、要求される行動がその2つで全く異なるという場面では、状況に対して間違ったルールを選択する可能性がある。この項は、正しくても状況に合わないルールを選択する場合に発生する一般的なミステイクを扱う。以下の「正しいルールの誤った適用」階層の下位に分類される項目は、正式調査にのみ必要なものである。
 
VII.D.1.b.i. ルールの強さ(Rule Strength)(正式調査のみ必要)
 定義:「ルールは問題を説明(または予測)しようと『競合』する。特定のルールがその競合に勝つか負けるかは、その場面要素(Situational elements)が状況のサインにどれだけ一致するかだけではなく、そのルールが過去にどれだけ成功を経験したかにも依る。ルールが勝利を重ねるにつれて強さも増し、状況(サイン)とルール(場面要素)の一致が完壁とは言えない場合でさえも、より強いルールが選択されやすくなる。ルールは全てのサインに一致する必要はなく、人は部分的な一致でも受け入れる傾向があることに留意する。」(リーズン:77)
 :ある地元の漁師は、友人の漁船でアラスカのオーク湾を出発するコースを選んでいる。漁師は時間を短縮しようとして、海岸と小島の間を巧みに抜けて航路外の近道を通る。漁師は「喫水が十分に小さければ近道を安全に通ることができる。近道が安全に通れれば時間が省ける」というルールを適用している。だが漁船の喫水は普段使う船よりも大きく、船は座礁する。漁師は、ルールの強さを理由に(以前に成功が多かったこと)、状況とルールの部分的なミスマッチを無視した。
 要約:ルールの強さのエラーの決定的な特徴は、過去に何度も成功していたことを理由に、ある状況に対して誤ったルールが選ばれることである。
 
VII.D.1.b.ii. 一般的なルール(正式調査のみ必要)
 定義:「ルールは『階層』に編成される。つまり特殊化した『子の』ルールや例外は、より一般的な『親の』ルール以下に編成される。例外は(本質的に)異例であるため、より一般性の高い『親の』ルールよりも遭遇頻度が少ない。状況によっては低次のルールが高次のルールよりも大きな強さを獲得することもあるが、一般性の高いルールのほうが、外界で遭遇する頻度が高いため、特殊化したルールよりも強くなることのほうが多い。」(リーズン:77)
 :客船で傾斜(乗客へ不快感を与え、スープがこぼれる原因となる)を避けるため少しずつ舵をきるよう指示が出される。航海士が「まっすぐにその地点に到達できないのであれば、曲がる必要がある。曲がる必要があれば、スープがこぼれないようにゆっくりと曲がらなければならない」という一般的なルールを当てはめる。霧の中、客船が細い「く」の字型の水道に差し掛かると、航海士は5度ずつ面舵を指示する。船首の向きを変えるのが遅れ、船は曲がり損ねる。船は岩礁(a pinnacle rock)に乗り揚げ、球状船首を打ちつけ、左舷側の船体に数箇所穴が開き、左舷スクリューを損傷した。「航路が狭い場合は角度をつけて曲がる。緩やかな角度で曲がるのはうまくいかない。緩やかな角度で曲がるのがうまくいかなければ、船首を押して、曲がり始めたのが分かったら舵を緩める」という例外的な(低次)ルールが一般的なルールよりも弱かったために選ばれなかった。
 要約:一般的なルールのエラーの決定的な特徴は、発生頻度の高さから状況に対して誤ったルールが選択されることである。
 
VII.D.1.b.iii. 情報の過負荷(Informational Overload)(正式調査のみ必要)
 定義:「意思決定者の目の前にある情報量があまりにも多いために、認知システムが局所的な状況の兆候を全て把握し、処理する許容量を超えてしまう。言い換えれば、情報があまりにも多く、サインやカウンターサイン(countersign)、ノンサイン(non−sign)を区別することができなくなる。人はある情報に注意を向け、他の情報を無視する傾向がある。更に、注意を向けた情報がいくつかのルールの場面要素を満たしている可能性もある。本当に局所的な情報についての特定情報がなければ、人はルールの強さや一般的なルールなど他の『正しいルールの誤った適用』の状態に戻ってしまう可能性がある。このように選択されたルールは、特定の状況に不適切なものになる。」(リーズン:77)
 :夜間の混雑した港への入港中、未検査の客船の操船者が前方にたくさんの緑、赤、白の光を見つける。港に不慣れであるため、遠く離れた場所からでは海岸の灯りか船の航海灯なのかを区別できない。この困難が原因で、運航者は一見動いていないそれらの光の分析を優先し、動く光を無視する。「光が動いていないように見える場合は、それはCBDR(Constant Bearing−Decreasing Range)で、CBDRの場合は監視と回避行動をとる」というルールを選んだからである。しかし動かない光はまた「光が止まって見える場合は、それは沿岸の灯で、その場合は無視し、動く光に注意する」というルールにも当てはまる。
 要約:情報の過負荷エラーの決定的な特徴は、目の前の情報量が多すぎるために、意思決定者が状況に対して誤ったルールを選んでしまうことである。
 
VII.D.1.b.iv. 最初の例外(First Exception)(正式調査のみ必要)
 定義:「一般的なルールに大きく反する例外に初めて遭遇した場合、特にその一般的なルールが過去に何度も使われ信頼のあるものなら、それが引き続き『支配』または原則化している。そのようなエラーの発生を通じてのみ、様々な状況の変化の処理に必要なより特殊化した「子の」ルールが「親の」ルールによって生み出される。」(リーズン:76)
 :2等航海士が、後部甲板室でタンカーの操船を学んだ。タンカー乗船中に「浮標が船橋の真横に見えたら曲がるサインなので、船首が動き出すまで舵を20度に取る」というルールを身につけた。その航海士は、船橋が前方にある客船の2等航海士として働くようになったが、初めての出港では、浮標のところで旋回を始めてしまうが、それでは早すぎる。船首船橋という例外に遭遇したことがないまま、自分が身につけた旋回ルールの適用を続けたのだ。浮標が客船の船橋の真横に来ても、旋回にはまだ早い。この例外は彼がタンカーで学んだ「親の」旋回ルールに対する「子の」ルールとなる。
 
VII.D.1.b.v. 固執性(Rigidity)(正式調査のみ必要)
 定義:「ルールの使用が過去に成功していた場合、状況がそのルールの使用に適さない場合にも、それを再度当てはめようとする傾向が強い(頑固さにも近い)。そのようなルールがあまりにも強いため、より簡単で効果的な解決策が利用できる状態にあっても、馴染みがあるが面倒な解決策を採用してしまう。すなわち、個人が習慣を抑制するのではなく、習慣が個人を抑制する。」(リーズン:78)
 :普段は自宅近くの川の浅瀬でプレジャーボートを運航する人が、沖合でヨットの操縦中も15分ごとにヨットの位置を記録している。4時間の航行が終わる頃には、精神的に疲れ果てていた。沿岸近くの航行には全く適切なルールでも、沖合で15分ごとに船位を決定するのは面倒である。過去の経験に基づいて特定のルールを正しいと信じ込み、他に楽な手段がある場合にもそのルールを適用してしまうのである。
 要約:固執性エラーの決定的な特徴は、意思決定者が、より適切な選択肢があるにもかかわらず、誤ったルールの「正しさ」を強く信じているために、そのルールが選ばれることである。







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