日本財団 図書館


VI. 実行エラーの分類:注意力か記憶力か
 全ての実行エラーは本質的にSB行動におけるものである。しかし、行動の進展を確認するために、予め決められた行動を定期的に中断する必要がある。このような「注意チェック」は(1)行動が計画通りに行われているか、(2)予め決められた行動シーケンス(sequence)は、望む成果を達成するのにまだ十分であるかどうかを確定する。基本的には、期待からの逸脱をチェックするのものだ。実行エラーは、定期的な注意チェックで何かに手違いが生じた場合に発生する。これらの手違いは、特にその人が適切でないタイミングで注意をすること、十分な注意を払わないこと、または注意チェックを完全に忘れてしまうことで発生する。実行エラーを分析する場合、エラーが注意力に関係する問題と関係があるか、または記憶力に関係する問題と関係があるかが決定されなければならない。
 
 注意力欠如は、人の認知「レーダー網」、すなわち注意が他のものに向けられたために生じる実行エラーで、その結果注意チェックを行わなかったり、主要な項目をごまかすなど注意チェックでエラーが生じたりする。
 
VI.A.1. 分析チェック:計画を覚えていたか
 注意力欠如の疑いがある場合は、行うべき注意チェックや、チェックのタイミングを覚えていたかどうかを確かめ、分析を確認しなければならない。注意力欠如としては、チェックをしなければならないことが記憶にあったにもかかわらず、これらのチェックを怠ったり、タイミングを誤ったりすることが挙げられる。一時的に何をしているかを忘れた場合は、注意力欠如ではなく、記憶力欠如となる。
 
 記憶力欠如は記憶に欠陥があるために生じる実行エラーで、その結果注意チェックを忘れたり、注意チェックにおいてチェックすべきことを忘れるなどのエラーを犯したりすることにつながる。
 
VI.B.1. 分析チェック:主要情報が欠けていないか
 記憶力欠如の疑いがあるとき、その人が忘れた主要情報を特定することで分析を確認しなければならない。主要情報の例としては、行動の進行状況をチェックしなければならないこと、タスクが目的を達成していないことを示す特定のサインをチェックしなければならないことなどがある。人には記憶力欠如が注意力欠如と比べてプロらしくないと思う傾向があり、主要項目は全て覚えていたが、その1つにそれほど注意を払っていなかったと主張する。だが実際には、その項目に注目することを完壁に忘れてしまっている人が多い。
 
 注意力欠如または記憶力欠如は実行エラーの原因となる。しかし実際には、このような注意力または記憶力の欠如は2つの異なるタイプのエラーとして発現する。つまり、不注意(inattention)と不適切なタイミング(mistiming)のエラーである。これはエラーを更に細分化した形式、分類であることに留意する。不安全行動は、例えば実行エラー→注意力欠如→不適切なタイミングのエラー→省略(omission)という順序で分類される。
 
VI.C.1. 不適切なタイミングのエラー
 不適切なタイミングのエラーは、記憶力欠如や注意力欠如が原因で、予め決められた行動シーケンス(sequence)において、注意チェックのタイミングを誤る実行エラーである。この不適切なタイミングのタイプの実行エラーを網羅したリストはないが、以下の段落では最も一般的なものをいくつか紹介する。概要に記されるように、不適切なタイミングのエラーより下位の分類は、正式調査でのみ必要とされる。
 
VI.C.1.a. 省略(正式調査のみ必要)
 定義:「タスクの多くは、例えばお茶を入れる場合のように、行動―テスト―待機―テスト―行動―終了というタイプである。これらの行動シーケンス(sequence)では、人は不適切なタイミングで行うチェック(テスト)によって『今、どの作業をしているのかが分からなくなってしまう(lose their place)』(注意を払わないこと、忘れることは不注意のスリップ(slip)またはラプス(lapse)であることに注意)。省略エラーでは、間違ったタイミングで行動シーケンス(sequence)の進み具合に注意するので、実際よりも進んでいるという判断を下してしまう。その結果、シーケンス(sequence)で必要なステップを踏んでいないにもかかわらず、それを省略してしまうのである。」(リーズン:73−74)
 :補油中に主任機関士がタンクの測深を行っている。機関士は1つ目のタンクがほとんど満杯であることに気づく。すぐにタンクのバルブを閉めるが、燃料補給船に送油を減らすよう無線で指示することを忘れてしまう。
 要約:省略エラーの決定的な特徴はア)行動シーケンス(sequence)のチェックのタイミングが不適切であること、イ)行動シーケンス(sequence)が実際よりも進んでいると判断すること、ウ)行動シーケンス(sequence)の一部分が省略されることである。
 
VI.C.1.b. 繰り返し(Repetition)(正式調査のみ必要)
 定義:「不適切なタイミングで行動シーケンス(sequence)の進展状況に注意を払うことは、実際に進展しているところまで進展していないという結果にもつながる。その結果、既に終了した行為の繰り返しが生じる。」(リーズン:73−74)
 :混雑した港への入港の際、運航士がARPA(アルパ=自動衝突予防装置)にターゲットを次々に追加する。運航士は危険な状態に気づき、面舵の指示を出す。新たにターゲットを追加した後、運航士はまた同じターゲットを見て、運航士は再度面舵を指示する。結果、船は進路を大きく外れ、航路をはずれそうになった。
 要約:繰り返しエラーの決定的な特徴はア)行動シーケンス(sequence)のチェックのタイミングが不適切であること、イ)行動シーケンス(sequence)が実際ほど進んでいないと判断すること、ウ)行動シーケンス(sequence)の一部分が繰り返されることである。
 
VI.C.1.c. 逆転(Reversal)(正式調査のみ必要)
 定義:「まれなケースでは、不適切なタイミングでチェックを行うことにより、行動シーケンス(sequence)が一重、二重に逆行し、通常の行動シーケンス(sequence)を「取り消して」しまうことがある。」(リーズン:73−74)
 :混雑した港への入港の際、運航士がARPAターゲットを監視し、必要に応じて新たなターゲットを追加している。船が入港し、運航士はレーダーレンジを1マイルにするが、CBDR(Constant Bearing−Decreasing Rang)のある船が割り込む。CBDRの船に遭遇した後、運航士は意図したとおりにレンジを下げたことを忘れ、誤ってスイッチを1/2マイルに下げてしまう。
 要約:逆転エラーの決定的な特徴はア)双方向性の行動シーケンス(bi−directional action sequence)におけるチェックのタイミングが不適切であること(注:「双方向性の行動シーケンス」とは、2つの交互性のパスのうちからひとつを選択すること)、イ)行動シーケンス(sequence)が逆転されることである。
 
VI.C.2. 不注意エラー
 不注意エラーは、記憶力欠如または注意力欠如により、注意チェックを怠ったり、予め決められたシーケンス(sequence)でチェックをするときに十分な注意を払わなかったりするなどの実行エラーである。不注意型の実行エラーの詳細なリストはないが、以下の段落では最も一般的なものをいくつか紹介する。概要に記されるように、不適切なタイミングのエラーのレベル以下の分類は、正式調査でのみ必要とされる。
 
VI.C.2.a. 二重捕獲(Capture)エラー(正式調査のみ必要)
 定義:「このエラーは、意図したシーケンス(sequence)を選択するために瞬間的に注意を払う必要があった場合に、その注意が内的な先入観や外的な錯乱因子のいずれかによって奪われるときに発生する。意図した選択を忘れているかもしれないが、意識の片隅では意図した選択を覚えていることのほうが多い。ただ、注意が向けられていないのである。適切なときに注意をしていない(またはまったく注意をしていない)ため、また実行しているシーケンス(sequence)が馴染みのあるシーケンス(sequence)と似ているため、その馴染みのある(ゆえにより強い)シーケンス(sequence)が、行動の制御を「捕らえる」のである。最終的に、その特定のケースにおいて意図したものではなく、通常行っていることを実行してしまう。」(リーズン:68−71)
 :赤道を越えた後、3等航海士が船の位置を記録している。彼は赤道の南にいるにもかかわらず、北緯と記してしまう。航海士は南緯と記すという意図にもかかわらず、北緯と記載してしまうという、より馴染みのある日常業務に捕らえられている。
 要約:二重捕獲エラーの決定的な特徴は、行動プランの「節点」や岐路で注意が払われず、強いシーケンス(sequence)が、意図したけれども弱いシーケンス(sequence)に取って代わり、結果的に意図してはいないがより馴染みのあることをしてしまうことである。
 
VI.C.2.b. 描写(Description)エラー(正式調査のみ必要)
 定義:「このスリップは、知覚混乱(perceptional confusion)と非常に似ており、正しい行為だが、それを誤った対象に行ってしまうというのが一般的である。高度に日常的なタスクでは、人はマッチングや選択の基準を下げたり、正確に行わないことで『認識エネルギーを節約』する。このように高度に日常化された行動シーケンス(sequence)では、意図した行為を内面的に十分に、正確に描写していないこともある。誤った対象物と正しい対象物に共通点が増えるにしたがって(特に隣接した位置にある場合)、エラーが生じる可能性が高まる。また、気が散ったり、退屈になったり、別のものに没頭したり、ストレスがたまったり、タスクに対して十分な注意を払う気が起こらなかったりすることが、描写エラーにつながる。」(リーズン:72)
 :当直が2等航海士(海図を担当中)と話していたために、誤ってレーダーを消してしまい、どのつまみを回してしまったのか見ていなかった。彼は無意識に距離つまみではなく電源つまみを回してしまう(距離つまみは電源つまみと全く同じ形で、電源つまみの真上にある。)
 要約:描写エラーの決定的な特徴は、あいまいさ、および注意散漫によって意図した行動の実行を妨害することである。一般的に正しい行動が誤った対象物に対して行われる。
 
VI.C.2.c. 知覚混乱(正式調査のみ必要)
 定義:「状況によっては、高度にルーチン化されたタスクを行うときに、特定のものと見かけが似ているもの、期待した場所にあるもの、または同様の仕事を行うものに遭遇する。遭遇した対象物に対し、自分の期待の照合を十分注意を払って行わなければ、意図した対象に一致したと考えて採用してしまう。その結果、意図した行動シーケンス(sequence)が誤った対象に対して行われる。」(リーズン:72)ここでの問題は、描写に欠陥があったのではなく(前段落参照)、対象物があまりにも似ているために、期待と対象物の両方が描写に適合したということである。
 :船を入港させる際、船員が船の位置を更新前の海図に記入してしまう。前日に新しい海図が渡されており、それは更新前の古い地図が入っている海図棚の下の棚に置かれていた。
 要約:知覚混乱の決定的な特徴は、ア)タスクが高度にルーチン化されていること、イ)実際の対象の代わりに、大まかに似たものが採用されていること、ウ)大まかに似たものが、実際の対象と見かけ上類似していること、期待した場所にあること、および同様の仕事を行うこと。
 
VI.C.2.d. 意図の減少(Reduced Intentionally)(正式調査のみ必要)
 定義:「何かをしようという意図を形成する時期と、その行為が実施されるべき時期との間には時間差があることが多い。この期間に注意チェックを行って当初の意図を定期的に新たにしなければ、おそらくこの意図は他のより直接的な要求によって意識の背後に追いやられてしまう。その結果、意図したことをすっかり忘れてしまうなどのスリップやラプスが発生する。意図の減少のラプスでは、意図した行為が正しい対象から『切り離され』たり(違うドアを閉める)、環境に『捕獲』されたために意図した行為を遅らせたり、変更したりする(機関制御室に行くという行為が他の工学的な関心への意向と重なり、混合する)。その過程で複数の「回避行動」が含まれることもある(何を意図したのか、シーケンス(sequence)にどのような対象が含まれていたのかを正確に把握するまで部屋から部屋へとさまようことなど)。」(リーズン:71−72)
 :当直をはじめるにあたって、機関士は普段は自動モードに設定されているシステムが手動モードになっていることに気づいたので、適切な制御を行うために定期的にシステムを監視することにした。当直時間の半分が過ぎ、別のシステムの警報が鳴ったので、直ちに注意が必要になった。機関士は、手動システムの監視を別の人に割り当てることも、自身で監視することもしなかった。システムは通常の運転パラメータを超え、故障した。
 要約:意図の減少エラーの決定的な特徴は、ア)行為の計画と実行の間に遅れがあること、イ)適切な注意チェックが行われていないこと、ウ)他の必要によって生じた行為が、意図した行動に取って代わることである。
 
VI.C.2.e. モードエラー(Mode Error)(正式調査のみ必要)
 定義:「モードエラーは、状況が誤って判断されたときに生じ、物事の様子を不正確に伝え、結果的に不適切な行動を引き起こす。機材が制御や表示で示される以上の動作をするように設計されており、したがって制御を行うために複数の行動が必要になる場合、この誤った分類はモードエラーと呼ばれる。機材が作動モードを明確にしない場合(オン・オフなど)、運転者に提供される情報はあいまいとなり、モードエラーが生じる可能性が高まる。」
 :タグボートの操船者が操舵室で曳船制御をしていて、海図をチェックしようと操作卓(Console)に身を乗り出したとき、操船者のベルトのバックルが制御つまみにかかり、モードが右舷ブリッジウイングのモードに変わってしまった。船員は、なぜ船が反応しないのかを不思議に思いながら甲板室の操縦桿から操船しようとし、他の曳航船と衝突を起こしそうになる。
 要約:モードエラーの決定的な特徴は、i)使用されている機材が制御機能に関してあいまいな情報を提供していること、ii)ユーザーが機材のモードをよく把握せず、不適切な行動を選択することである。
 
VI.C.2.f. 妨害後の省略(Omission Following Interruption)(正式調査のみ必要)
 定義:「この種類のエラーでは、必要な注意チェックが他の外部事象によって妨げられる。この場合、計画された行動シーケンス(sequence)に関して何をしようとしていたのかが『分からなくなる』ことが多いが、一部を省略しながら継続される。ステップの1つ、あるいは一連のステップが飛ばされている可能性がある。実際に、その妨害が、計画されたシーケンス(sequence)に『組み込まれて』しまう可能性もある。」(リーズン:71)
 :濃霧の中を運航している船舶において、船首の見張りが10分ごとに報告しようとする。しかし報告の途中で友人がその見張りにコーヒーを差し入れて、数分間会話を交わす。見張りは意図した報告を怠る。
 要約:妨害後の省略エラーの決定的な特徴は、ア)注意チェックに妨害が生じること、2)その妨害によってもとの行動シーケンス(sequence)に省略が生じることである。
 
VI.C.2.g. 混合とスプーナリズム(Blends and Spoonerisms)(正式調査のみ必要)
 定義:「実行可能な2つの計画や、実行可能な単一の計画中に2つの行動要素があった場合、その2つの計画が制御を争うために混乱が生じることがある。その結果、行動の不適切な混合や、行動シーケンス」(sequence)内に、あるいは対象に対する行動に、突飛な反転が発生する(スプーナリズム)」。(リーズン:72)
 :行動シーケンス(sequence)を常に注意して区別していなければ、混合エラーが生じる。例えば、電話で会話をするという動作と、客を部屋に招き入れるという動作を混合すると、その客に対し、電話で話すように「スミスさん、ご用件を承りましょうか?」と言ってしまう。スプーナリズムは、行動シーケンス(sequence)が入れ替わるときに生じる。家事をする場合は、効率を上げようと一度に「いくつものタスク」を行うのが通常である。植物に水をやりながら、風呂の準備をすると無意識に植物を風呂場に持って行き、リビングにバスローブを置いてしまうことがある。同様に、仕事を終えて帰宅し、鍵をしまいながら冷蔵庫からミルクを出して飲もうとする。少し後になってミルクがカウンターに、鍵が冷蔵庫にあることに気づく。
 要約:混合とスプーナリズムの決定的な特徴は、一度に複数の行動や行動シーケンス(sequence)を行っていることである。通常、行動の入れ替わりや、行動シーケンス(sequence)の不自然な、あるいは不適切な混合が発生する。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION