日本財団 図書館


IV. 原因の分析
 いかなる調査でも、具体的にインシデントのどの状況を説明しようとしているのかを特定することが、最も困難な点の1つである。事故の原因を分析するため、海難調査官は細心の注意を払って初期事象を特定しなければならない。様々な行動、事象、状態がインシデントに先行するが、その中でインシデントが始まったと考えられるポイントを選ばなければならない。海難調査官はまずインシデントが始まった様子の説明に重点を置き、次にインシデントが展開する様子に説明を移す。インシデントの原因分析上、初期事象とはタイムラインにおける最初の好ましくない結果、あるいは負の結果であるにすぎない(資料1、タイムラインの事象リストを参照)。海難や汚染インシデントの場合、初期事象は「報告すべき」最初の事象のことではない。ほとんどのケースにおいて報告すべき事象とは、初期事象の後にあって、(説明の段階では)インシデントの原因解明を助ける事象のことである。その上で後続の事象が特定される。
 
 海難調査官は、前ステップが完了した段階で「初期事象」を特定したことになる。インシデントが初期事象からいかに後続の全ての事象に発展したかを説明するために、そのような連鎖を招いた防止策の欠陥を特定しなければならない。船舶やシステムの防止策は、初期事象の発生後に生じる偶発事故に対して防護を行うケースがほとんどである。このステップが完了した段階で、ヒューマンエラー分析が実施されるべきである(資料3参照)。
(拡大画面:72KB)
 
 簡潔に言えば、生産活動とはインシデント発生時に行われていた海上作業のことである。海難調査官が初期事象を特定したら、次はインシデント発生時または直前に行われていた作業が問われるべきである。ここでは誰(人間)が作業を行っていたか、どのソフトウェアが作業に関与していたか(自動化などソフトウェアの関与が当てはまる場合)が当然疑問となる。インシデントでは個人によるミステイクや故意の基準、規則、手順違反、あるいは自動化の失敗が起こる。海難調査官は生産活動で発生したミステイク、違反、自動化の失敗を特定しなければならない。調査官は生産活動(航行など)と防止活動(修正処置)とを混乱しないよう注意する。一般論として、生産活動における即発的失敗は、安全に対し直ちに目に見える影響を与える。
 
 事実調査中に発見した情報を分析する中で、海難調査官は生産活動における即発的失敗を複数発見することもある(複数の前提条件と同様、LUCが作業場や組織で発見されるかもしれない)。この1つ1つは取り除かれなければならず、ゆえに注意する価値はあるのだが、この全てがインシデントに直結するわけではない。海難調査官はこのような即発的失敗とLUCを、インシデントの原因と結び付けて特定する。そのほかの即発的失敗(特に故意の違反)やLUCに関する言及があってもよい(深刻な場合においては、これらも言及されるべきである)。
 
 海難調査官は前ステップを完了した段階で、なぜ「生産活動における即発的失敗」が発生したのかを本質的に説明したことになる。しかしそのような即発的失敗は、複雑なシステムでは常に発生する。だがインシデントにつながるのは比較的わずかである。システムの防止策が即発的失敗の検知とインシデント防止に十分なものであれば、「ニアミス」が起こったということになる(「ニアヒット」のほうが適当だが)。インシデントを説明するために、海難調査官は防止策における即発的失敗やLUCを特定しなければならない。多くの欠陥がシステムの防止策の中で発見される可能性があり、そのうちのいくつかだけが生産活動の即発的失敗やインシデントと因果関係を持っている。
 
 海難調査官が生産活動における欠陥を正しく特定した段階で、次に「それが失敗するに至るには、人・自動化がどのような状態に置かれている必要があったか」が問われなければならない。前提条件はSoftwareと人(Liveware)による様々な即発的失敗を引き起こす可能性を作り出す。海難調査官はここでも多くの潜在的不安全(前提)条件にぶつかる可能性があることに留意する。例えば、ある船員に疲労状態、薬物利用、そして攻撃的な態度というLUCがあったとする。この場合、正確にどの前提条件が生産活動の即発的失敗につながったかを確定することは困難である。海難調査官は、その人物に内在する全ての前提条件に因果関係があるものとして記録しなければならない。同様に、特定の前提条件だけに「重き」を置きたくなることもある(例えば、薬物使用や態度よりも疲労が重要であるなど)。海難調査官は、有効な科学的根拠なしに、生産活動の即発的失敗と因果関係に関する様々な前提条件の相対的な強さを評するべきではない。
 
 設備(Hardware)、人(Liveware)とSoftwareの前提条件が決定されれば、海難調査官は、そのような前提条件を生むのに必要であった管理環境を特定しなければならない。また海難調査官は積極的な(でも不完全な)管理だけでなく、管理体制(いかなるものも)の欠如についても注意して考察しなければならない。海難調査官はラインマネージャーの管理能力が、部門の予算や財源の制限を無条件に受けていることを覚えておく。このため、作業場要因の特定では、組織的要因の因果関係を入念に見分けることが重要なのである。
 
 原因分析システム(またベースとなるIMO資料)の基盤となる考え方は、システムのインシデントは、主に設計者や上級意思決定者による不確実な決定に起因しているということである。意思決定者による不確実な決定はLUCを生み出し、ラインマネージャーに影響を与える。海難調査官は、作業場のLUCを特定したうえで、意思決定者が自らの意思決定がどのような影響を及ぼしているのかを直接知るすべもなく、それによって生じたLUCに全く気づいていない可能性があることを肝に銘じておくべきである。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION