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海難調査手続
資料1
タイムラインの作成
タイムライン(Timeline)の作成
 海難調査を実施するうえで最も基本的な要素は、何が起こったのかを伝えることである。調査の初期段階では常に、海難調査官は原因特定に役立つと思われる全ての事実を収集し、記録しなければならない。結論を急ぎすぎた結果、先入観を持たずに全ての可能性を考慮することができなくなる恐れがあることを自覚すべきである。海難調査手続の事実調査段階は、結論や勧告に通じる収集証拠の分析とは切り離して行うことが望ましい。海難調査における事実調査段階の目的は、インシデントやそれをとりまく行動・事象・状態について、可能な限り多くの事実を収集することである。調査の対象は5つに分けられる――人間(Liveware)、環境(Environment)、機材(Hardware)、手順(Software)。
 収集された事実情報は以下の3つのカテゴリーに分類される。
□ 行動:人がとった行動、人が下した意思決定。船長が他の船の追い越しに応じた。
□ 事象:発生した事象。船が座礁した。
□ 状態:存在した状態、状況。軸受けに安全ガードがなかった。
 これは起こった事柄を時系列にすることである。海難調査官は特定の時間や期間に、誰が、何をしたのか、何が起こったのか、状態はどうであったのかについてその順序を確定する。この情報によって測定可能なデータが得られ、傾向や予防策が導かれる。
 
 SHELモデルはエルウィン・エドワーズが開発し、後にキャプテン・フランク・ホーキンスが改良したもので、海難調査官はこのモデルを使って、海上輸送システムに数多くあるさまざまな運営各部の相互作用を調べられるようになった。SHELモデルでは、焦点が事実上個人(乗組員)からシステムに移行している。システム内の単一の要素に注目するよりも、システムの欠陥は複数の構成要素間の不一致が原因であることを仮定としたモデルである。IMOはSHELモデルを、事故に関して海上輸送システム各部の相互作用を調査する手段として提案しており、沿岸警備隊はそれを現場事実調査の主たる手段として採用してきた。SHELモデルは、海難調査官が記録に残す可能性のある様々な状態を分類したものである。
 SHELモデルでは、海上輸送システムの全運営要素が4つの分類のどれかに当てはまるとしている。
 したがって、海難調査官は以下の4つのカテゴリーにおける様々な要素の条件を観察しなければならない。
 
■ ソフトウェア(Software):人間の指針となる情報や支援システム。ソフトウェアの要素としては、チェックリスト、マニュアル、刊行物、手順、法的な必要条件、訓練、教育、地図等が挙げられる。
■ ハードウェア(Hardware):人間が扱う船舶、施設、機械、貨物、装備、資材。ハードウェアの要素としては、機械全般、機器、電子機器、スイッチ、操縦機器、ディスプレイが挙げられる。
■ 環境(Environment):人間が働く内部、海上環境。環境の要素としては、職場環境などの内部環境、室温、空調、照明、船体の揺れ、海象模様、風、氷、降水量、視界などの海上環境が挙げられる。
■ 人間(Liveware):人間自身。人間の要素としては、直接、間接を問わずインシデントの関係者全員が含まれる。
 SHELモデルは通常図式的に表され、4つのカテゴリー、すなわち海上輸送システムの構成要素だけではなく、各要素とモデルの中心にある人間(liveware)との関係、すなわち「インターフェース」も図示する。
SHELモデル図の構成要素:
S:ソフトウェア(Software)
H:ハードウェア(Hardware)
E:環境(Environment)
L:人間(Liveware)
 
IV.B. SHELモデルの中心的構成要素
 SHELモデルの中心的構成要素は人間である。人間は海上輸送システム内のその他の構成要素と相互に作用し、その相互作用から起こる不一致の影響を受ける。しかし、人間はそれ以外にも、全くの自己内部の要因―それもまた海上輸送システムの一部になるのだが―にも左右される。SHELモデルを用いて調査する要因としては、身体的要因(身長、体重、体力など)、生理的要因(健康、薬物・アルコールの使用、疲労、栄養、病状など)、心理的要因(性格、態度、偏見など)、心理社会的要因(人間関係、結婚生活の困難、金銭問題など)がある。海難調査官はインシデントに関する情報を収集する際、事故に直接関与した人々に限定して踏み込んだ調査を行うべきである。連邦規則集第46巻パート4の規則に則り、必要に応じて海難事故に直接関与した人々に対し事故後の薬物・アルコール検査が実施されるべきである。同様に、その人物の過去96時間の労働・休憩状況も常に収集されるべきである。以下のリストは、人間に関する様々な調査分野である。リストはあくまでも一例である。
 
 身体能力。必要な行動や動作を行う個人の身体能力。以下を考慮する。
・年齢
・体力
・座高
 知覚制限。動作に影響を与えうる個人の知覚制限。以下を考慮する。
・視覚制限。視覚制限は錯覚やまごつきの原因となり、また計器や海図の読み取り能力を損なうものである。視覚制限の例:色盲、視力、奥行知覚、要眼鏡・要コンタクトレンズ。
・聴覚制限。個人の聴覚制限により、かすかな音や障害のある特定の聴力範囲の音が聞こえなくなる。この要因は個人の能力に関するものであり、騒音や環境条件に関するものではない。
・嗅覚制限。
・触覚制限。
 
 栄養の要因。栄養は個人が行動に対応する能力や、疲労に耐える能力に影響を与える。以下を考慮する。
・前回の食事からの経過時間
・過去24時間の食物摂取
・最近の体重減少
・最近の食事制限
 健康要因。健康要因は動作に直接影響を与える。以下を考慮する。
・病気
・痛み
・歯の状態
・妊娠
・肥満
・最近の献血
 喫煙。喫煙は敏捷性や視力を損ない、時間の判断力に影響を与える。
 ライフスタイルの要因。他人との振る舞い、行動や友人関係において最近見られた変化、ならびにこのような振る舞いや変化の原因を考慮する。
 疲労。以下を考慮する。
・短期的な疲労。短期的な疲労は特に睡眠時間、労働時間、仕事の種類などの影響を受ける。
・長期的な(慢性)疲労。長期的な疲労は作業工程、ストレス対処能力、睡眠パターンに依存する。
 ストレスの影響としては、短期的記憶、集中力、意思決定能力への影響、危険を冒すこと、「省略(手抜き)」が知られている。
 アルコール・薬物。以下を考慮する。
・一般医薬品
・処方薬
・コーヒー
・タバコ
・アルコール
・不法薬物
 無能力化。ある部分の無能力化は検知が困難である。病状、のぼせ、乗り物酔いが原因であることもある。その結果低酸素症、めまい、意識喪失、タスクの固定など様々な兆候が現れることもある。
 錯覚。錯覚は以下のような環境で生じる。
・「ブラックホール」、フリッカー・バーティゴ(flicker vertigo:空間識失調)、回転または前進の自己運動感覚(vection)など、周囲に対する錯覚。
・前庭感覚系の錯覚には、ソマトギラル(somatogyral)錯覚(リーンズ(leans):傾斜)やソマトグラビック(somatogravic)錯覚(コリオリ(coriolis):体腔重力)がある。
 
IV.B.3. 心理的要因
 情報処理。考慮すべき要因としては、処理されるべき情報量が個人の限界(思考力)を超え、誤った判断を招く可能性が挙げられる。
 認知。考慮すべき要因としては、認知の遅れ、遂行すべきタスクの不正確な認知(想像)があり、対応の遅れや誤った対応を招く。
 注意力。注意力の要因では、タスク中に必要とされる注意力のレベルが、個人の限界を超える場合があることを考慮する。以下を考慮する。
・注意力持続時間
・固着
・注意散漫
 仕事量。仕事量とその認識レベルは、操船者または乗組員自身の行動を通じて増大し、ストレス、パニック、タスクの誤った優先付け、状況意識の喪失を招く。
 態度。仕事、任務、他人、自身に対する態度は作業に影響を与える。以下を考慮する。
・倦怠
・過信
・状況に反して行動を続行すること
 精神状態・情緒。精神状態・情緒は、状況に対するアプローチに影響を与え、緊急時の対応能力に影響を与える可能性もある。これらの要因はパニックやストレス、また固着、凝視、対応時間の大きな遅れといった不安感として現れることもある。
・不安、恐怖
・覚醒レベル
 性格的な特徴。性格的な特徴は、与えられた状況において特定の対応パターンをとらせる。同僚や友人への事情聴取を行うことによって、調査官はそういった特徴を確認できる。例:
・敵意
・興奮性
・衝動性
・猛々しさ
 経験の長さ。経験の長さでは、状況に対する個人の経験の適正やその経験の長さに注意する。以下を考慮する。
・個人の全経験
・個人の最近の経験
・個人の特定の機材に対する経験
・個人の特定の手順に関する経験
 知識。機材、システム、手順または環境についての個人の知識が不十分な場合、自信喪失、混乱、不適切な行為につながる可能性がある。
 訓練。以下を考慮する。
・その個人が受けた訓練の種類
・正の転移、負の転移の表れ(訓練を理解したかどうか)
・訓練中に見られた欠点
 計画。作業の計画。作業前、作業中の計画は作業員または管理側の態度を反映する。計画が限られていると不完全な情報、偏った意思決定、誤った判断を招く。
 
IV.B.4. 心理社会的要因
 心理社会的要因は、状況に対する個人のアプローチ、ストレスに対処する能力、また感じる疲労度に影響を与えることから、重要な役割を持つ。個人の社会環境から発生する事象で、個人の行動に負の影響を与えたり、ストレスを与えたりするような重要性を持つものを考察すること。その個人が経験した精神的圧力やストレスのレベルを評価するために、事象の捉え方を個人と他人で比較する。以下の項目が該当するかどうか考慮すること。
・友人
・家族
・同僚
・人間関係の対立
・文化的な違い
・個人的な喪失(悲しみ、ショック、ストレス)
・金銭・経済的問題
・ライフスタイル
・仕事







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