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V. 事実調査へのSHELモデルの活用
 実際の現場では、海難または汚染事故に関与する各人に影響を与える可能性のあるSHEL構成要素は多数存在する。海難調査官が海上輸送システムにおける有力な各要素を詳しく説明し、全体として可能性のある不一致を全て割り出すことになれば、事実調査プロセスが煩雑になってしまう。したがって海難調査官は、一般的には4つの主要構成要素を考慮し、それからインシデントに直接関連する分野のみを徹底的に調査するべきである。例えば配偶者の有無に関する質問は、その人の行動がア)インシデントに直接関係ない場合、またはイ)該当しない場合(何も悪いことはしていない場合)には不適切である。一般的に、それ以外の状態に関する情報(使われた機材の種類、天候・海象模様、船の特徴、関係者の名前とその役割)が最初に収集されるべきである。以下の項では特定の題目を入手する順序について指導する。
 
 事情聴取、特に協力的な証人の事情聴取では、その証人が完全に積極的で正確であると仮定したくなる。海難調査官は、証人との関係づくりには極めて注意をしなければならないことを覚えておくべきだ。このような関係づくりの過程で、証人には最も不愉快な事柄に次第に触れるようになることがある。証人は一般的に、自分自身に関係がないと思われる事柄に関する事実情報(意見情報に対して)の提供が最も安心できる。したがって、海難調査官は事情聴取にあたり、まず関係のあるSHEL要素の説明を求めることから始める。SHEL要素の説明の例を以下に挙げる。
・インシデントに関与した人のリスト、誰が誰と話していたかなど(LivewareとLivewareの相互作用)
・使用された機材とその状態のリスト(Hardware)
・適用された方針や指導、使用した海図など(Software)
 その人に関するSHELモデルの概要が定まれば、海難調査官は次にその相互作用に注目しながらもう一度「図の周辺事情」に取り掛かる。このときの質問は多少不愉快なものになるが、以前の話し合いを踏まえて進められる。質問の例を、以下に挙げる。
 
・船橋班の人間関係はどうであったか(LivewareとLivewareの不一致)
・右舷レーダー席からの操縦士の視界は良かったか(HardwareとLivewareの不一致)
・船のISM規則が実際に読まれていたか、または単なる事務処理であったのか(SoftwareとLivewareの不一致)
 
 最後に、海難調査官は事情聴取において最も不愉快な個人的側面に入る。証人自身に影響を与える要因である。自分のイメージを守ったり、調査から事実を隠したりする可能性があることを認識しつつ、海難調査官は、証人が提供する証人本人の情報を注意深く確認するべきである。過去の経験では、このような個人に関する情報の大部分が、他の人々との事情聴取で得られることがわかっている。例えば以下のような質問が挙げられる。
・「薬物やアルコールは摂取していましたか。」(生理的要因)
・「船の保守費用を削減することで賞与を得ていましたか。」(心理社会的要因)
・「眼鏡を外してもよく見えますか。眼鏡をかけますか。」(身体的要因)
・「全てのレーダーコンタクトを一度にどうやって扱っていたのですか。」(心理的要因)
 これらのトピックを十分に話し合ったら、海難調査官は次にそれらの相互作用における不一致に話を向ける。この不一致が、原因分析で用いられる潜在的不安全条件(Latent Unsafe Conditions:LUC)である。







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