日本財団 図書館


海難調査手続
資料2
原因分析の実施
原因分析の実施
 海難調査官は、特定のインシデントが発生した様子を説明する際、以下の基本原則に留意すべきである。
 
原則1:船積み、潜水作業、石油探査、漁業、曳航、燃料移送、客船運航、プレジャーボート乗りは複雑な生産システムである。このような生産システムは、車や冷蔵庫を新たに作り出す代わりに、安全な客船航海や、石油のタイムリーな供与などの無形のものを生み出す。海運は生産システムであるため、あらゆる複雑な生産システムに共通する要素を共有している。
原則2:全てのインシデント(非常にささいなものも含め)は、直接関与した人あるいは設備の不具合だけではなく、システムとしての不具合である。
原則3:全てがヒューマンエラーの責任であるとは限らない。ヒューマンエラーは自然に起こる現象で、人間の動作に内在する一部分である。船員に対して自らの行動に責任をとらせ、ヒューマンエラーの減少に措置を講じる一方、海難調査官は原則2を肝に銘ずるべきである。ヒューマンエラーは、システム内にエラー発生の条件(特にヒューマンエラーに対するシステム上の防止策)がない限り、インシデントに発展することはない。
原則4:システムのインシデントは主に企業、引受業者、監督、工場の上級管理者による不確実な意思決定に起因する。このような不確実な決定は、意思決定プロセスでは不可避なものである。したがって、高レベルのエラーの排除ではなく、不確実な決定であってもそれが安全性に悪影響を与えないようにシステムを改善する。
原則5:インシデントの原因分析において重要なことは、それによってシステムを改善し、事故の再発を防ぐことにある。したがって海難調査官の仕事は、システムの不具合を特定し、その処置を提示することである。
 多くの心理学者は、全ての組織的な人的、技術的システムを生産システムと捉えている。これらの生産システムでは、エネルギー、化学物質、メカニズムが生み出され、またはあらゆる商品(人を含む)の陸上、海上、航空による大量輸送が行われる。この意味でかつて独立したものと考えられていた海上業務の多くは、海上輸送システムから派生した「部分」であるに過ぎない。このシステムには、船員が用いる海図や印刷物、航路における航路標識、船舶運航システム、所定の法律・規制、安全検査、操船装置、その他船舶に関するシステム全て、また警備に携わる船員なども含めた様々な要因が存在する。これらの要因がちょうど同時に一体化されれば、安全でタイムリーな輸送、燃料移送、または国の航路の利用が成果として生み出される(生産される)。海上輸送システムは複雑な生産システムとして、いかなる生産システムの要素の点からも説明が可能である。
 
 システムが機能するには、はじめに方向性がなければならない。組織レベルでは、意思決定者が外界の圧力や需要、機会に対応し、システムとしての目標を定める。意思決定者はまた、戦略的なレベルで、システムがその目標を達成する方法を指揮する。実際、意思決定者は、最高の安全性を保ちつつ最大限の生産性を得るために、限られた財源などの資源(設備、人員、才能、専門知識、時間)をいかに用いるかを指示する(バランスのプロセス)。簡単に言えば、意思決定者は業務を開始する資金と外郭構造(船舶)を提供する。この外郭構造は、適切な設備と人員が揃った段階で作業工場となる。また組織的要素は、目標を定め、それを達成する手段を提供するものである。
 
 意思決定者とは、システムにおける上級の事業計画立案者や管理者のことで、規則やシステムの目的を定める。海上輸送システムでは、意思決定者として立法者や監督機関、引受会社や貨物輸送業者、企業の代表取締役、個人漁業者がいる。
 
 意思決定者の下位にいるラインマネージャーは、人員の採用と訓練、完全に適した設備の配備、現行作業の管理システム、そして今後生じると予測される問題全てに対応する手段など、作業を実行するための特定の計画を作成しなければならない。ここでも簡単に表現すれば、ラインマネージャーは意思決定者から与えられた資金と中身のない外郭構造をもって、それを管理者、労働者、設備の揃った工場へと変える。作業場要素は、作業を取り扱うそれらの人員、建物、設備、船舶である。
 
 ラインマネージャーとは、意思決定者がまとめた戦略をもとに、具体的な活動を生み出す部門ごとの専門家である。大企業では、ラインマネージャーは専門分野で権限や業務を有し、運営管理者として、または業務、訓練、販売、保守、財務、調達、安全、技術支援、人事といった部門ごとの肩書きで知られる。個人小型客船などの小規模な業務では、有資格の操船者が、意思決定者としての任務に加え、これらのラインマネージャーの仕事を全て担当することもある。
 
 ラインマネージャーと意思決定者がシステムを提供しても、作業員と作業員が使用する設備の両方が「ラインを運営」する準備が整っていない限り、システムの稼動準備が整っているとはみなされない。準備を整えるには、システムが以下のような特定の属性を持っていなければならない。
・適切な種類の信頼性の高い設備
・技術力があって知識が豊富な作業員
・ふさわしい姿勢と動機付け
・適切な作業工程、備品納入のスケジュール、保守プログラム
・安全で効率的に作業が行える適切な状態
・仕事の実施方法を明確に指示する手順書
・望ましくない作業が何かということの明確な理解
 前提条件の要素は、作業員と機械が働ける準備を整える条件である。
 
 システムに正しい要員と設備が配置され、適切な管理がなされると、ラインが稼動し製品が生み出される。生産活動は正しい製品を正しい時に生産する人と、機械活動の正確な同期化である。生産活動の要素は、実際のシステム運営である。
 
 ラインワーカーとは、業務を遂行するために様々な種類の機械を用いて無数の職務をこなす専門職の船員、または趣味の船乗り(そして沿岸海事労働者)である。海上輸送システムでは、ラインワーカーは有資格船員、無認可の乗組員、運航者、港湾労働者、造船所の労働者、プレジャーボート乗り、施設労働者、VTS要員などである。
 
 いかなるシステムにおいても、自然、人為の危険要因は存在する。それらが無理なく予測できる場合は、人員や設備を損傷、故障、あるいは生産活動に支障をきたす損害から守るような保護手段がシステムには必要である。バディ・システム(Buddy System)や修正処置など、防止策が人間であるもの(手順上のもの)と、安全装置やライフジャケットなど機構的なもの、そしてその両方の組み合わせのものがある。防護システムには以下の働きがある。
・局所的な危険要因と、それがいかに発生しうるかについて意識を高める
・作業場において、危険がいつ、なぜ、どのように発生するかを理解させる
・危険を検知する手段(道具やシステム)を提供する
・危険が近づいていることを人員やシステムに警告する
・潜在的被害者を、危険から遠ざけ、保護する
・人員やシステムを「異常事態」または危険状態から回復させる(状況の是正など)
・一部の危険の広がりを抑止、または制限する。または被害者の数を最小限にする
・危険からの避難手段を提供する
・被害があった状況からけが人や被害者を救援する
 
 生産活動モデルの中の様々な要素は、非常に明確な方法で関連している。その関係は以下のように表される。
(拡大画面:83KB)







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION