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4. 新しい造船システムの提案
 
4.1 我が国造船業の将来像
 我が国の造船業の生き残りを考えると、次のような選択肢と共通課題があると考えられる。
A.選択肢
選択肢1:汎用標準船型の量産指向
 他産業(自動車など)と同様に工期短縮とコスト低減、標準船型化を指向する。このために、2章で述べられた課題に対して、次のような対応が必要になる。
外注比率増加 → CADシステム混在による不具合の解消
造船固有技能伝承の断絶 → 熟練技能依存からの脱却
少子高齢化対策 → 柔軟性の高い適切な省力化
 
選択肢2:高付加価値船の建造
 高付加価値で他国の造船所が簡単に真似の出来ない新船型開発を促進する。このために、次のような対応が必要になると考えられる。
コンピュータ数値情報技術の高速化による活用促進 → 短期間に、数多い検討ができ、更に設計に検討結果が迅速に反映することが可能な船型開発支援システムの構築
新船型開発力の低下 → 数値水槽、強度計算の精度向上と迅速化
 
B. 共通課題
共通課題:「売れる製品としての造船」の変革
 造船のみならず事業の原点は、顧客の満足するサービス(機能)の提供であり、顧客は、「欲しい時に」、「欲しい機能を」、「顧客の買っても良い限界価格」で購入する。従って、従来の市場主導から顧客主導へ製造業の指向を変える必要があり、造船業も同様である。
 また、図1に示すように造船のPL(プロダクト・ライフサイクル)をみると、仕様の決定に顧客の要求があり、この仕様が決まることで、後工程が決まると考えられることからも、仕様と原価の策定を出来るだけ早期に実施する仕組みが、ライフサイクル全体を決めることになると考えられる。 このために、次のような対応が必要になると考えられる。
 
a. 顧客満足を満たすための製品仕様の早期決定手法の確立→製品の機能(仕様)、納期、価格の設定による初期設計期間の短縮と工程の確定化
b. プロセスのみならず売価設定と仕様策定の混乱の防止するためのIT利用による効率化
c. 市場変化に対応できるシステム作り
 
図4.1 造船のPL(プロダクト・ライフサイクル)の概念図
 
 何れの選択肢を選ぶとしても、基本的には昭和40年代に確立した造船生産システムを革新し、柔軟性のある経営と強靱な体質をもつ造船工場への変革を支援する仕組み作りが不可欠である。このためには次のような対応が必要だと考えられる。
 
a.「量」→「質」への転換。若しくは「量」の圧倒的増大化
(オーダーメイド or プレタポルテ 指向の選択)
b. 顧客満足を満たす製品仕様(機能、納期、価格)の早期決定
c. 基礎体力の強化
d. 単純な機械化からの脱却(選択肢がない決め打ち経営)から自動化(機械化)と自働化(労働力)の適切なバランス配分
 これらの努力により、例えば工期については図4.2に示すような改善が図られると考えられる(工作については、外注比率増大することで短工期化も期待出来る)。
 
図4.2 造船の短工期化の試算
 
4.2 造船事業構造の変革のための課題
(1)船型開発と基本設計の効率化
 船型開発と基本設計については、造船が受注生産であるため、4.1(1)でも述べたように、造船のPL(プロダクト・ライフサイクル)全体を決定する重要な仕様策定に関する作業として考えられる。このために顧客の仕様を聞きながら船型開発及び基本設計が進められるが、船型開発の目的である”船の性能”と基本設計の目的である”生産性”、そして顧客期待する”仕様”が相互に干渉するため、船型開発と基本設計の繰り返しが行われ時間が多く取られているのが現状である。
 船型開発と基本設計の効率化を図るためには、船型開発と同時に生産性の検討が出来る技術が必要であり、コラボレーションのポイントは、(顧客)仕様−船型開発−基本設計の間でのデータの迅速な授受と、仕様変更に伴う設計変更の早期な柔軟な対応、即ち、性能の評価が出来る一貫システムの実現である。
 更に、フェアリング工の高齢化、若年者の資質の低下による生産設計用ラインズの精度が低下の防止を図るために、熟練技能が必要なフェアリングや外板展開を簡便、迅速に支援可能なシステムに変革する必要がある。
 しかしながら、2章でも述べたように、未だフェアリング判定技術も参考程度にしか使っておらず、プログラム自体も十数年間以上メンテナンスされておらず、ブラックボックス化されているのが現状であり、これらの問題解決が重要になる。
 
(2)船型開発〜基本設計〜生産設計〜工作までの一貫システムの構築
 売価設定と仕様策定の混乱の防止するためのIT利用による効率化の実現には、(1)で述べた船型開発〜基本設計のみならず、生産設計〜工作まで含む一貫システムとなるべきであり、これにより船型開発時から造船工場の鋼材発注、生産計画に関する見積もりが正確に算定できるため、顧客の望む機能を実現するための価格設定と納期を精度良く検討することが出来るようになる。
 しかしながら、これらの実現に対して現状では次のような課題があると考えられる。
 2次元(2.5次元)CADシステムと3次元CADシステムの混在によるデータの再入力
 3次元CADの曲面生成がパッチ当てで形成されているために近似誤差が発生し、データの修正が必要になっている。従来の造船業の生産システムは成熟しているため、各作業の中で熟練技能が存在しており、システム化の阻害要因になっている。
 これらの課題を解決するためには、船型開発〜基本設計〜生産設計〜工作まで共通なプラットフォームとして、船体形状を精度良く表現できる3D−CADを基軸にした、各作業での新しい生産システムの活用による中間作業の省略(2次元3次元変換)が必要である。また、それぞれの業務に存在し、一貫システムの阻害要因となる暗黙知である現場ノウハウを、形式知化し論理化するために、3D−CADを使って熟練技能を理論的に分析しシステム化する必要がある。
 
(3)外注比率増大に対する対応
 2章で述べたように、低船価対策、コストダウン策の要として固定採用従業員数の削減が指向されているため、直接作業の「下請け依存率」増大と艤装工事の一括外注の増大が進んでいる。また、このため技能職の下請け化で、特に「造船固有技能の伝承」は断絶恐れ(協力会社の体力では、教育・訓練の余裕がない)がある。
 これらの課題に対応するためにも、本工員と外注先の技能レベルの格差を無くす必要が生じる。他産業で実践されていることをベストプラクティクスとして参考にできることは多く、例えば、トヨタ自動車(株)で実施している”V−COMM”(3次元モデルを活用して生産性などを設計、工作、協力会社間で事前検討するためのシステム)が参考になる。しかしながら、この様なシステムを構築するためには、3D−CADを基軸にした3次元システムが不可欠であると共に、データの入力、描画処理、干渉計算などの計算処理の高速化が必要である。
 
(4)新船型開発意欲の創出
 現状の設計部門の仕事は、相次ぐ造船不況に対するリストラによる体制の少人数化により、顧客の要求仕様への対応や資材発注業務と云った責任が発生する業務の担当に重点をおいた業務を余儀なくされているため、日々の業務に追われているのが現状である。このため設計した内容を図面化する作業は外注に出されているのが現状であり、新たな船型開発といった意欲が減少している。また、新船型を開発する時間もコストも減少しているため水槽実験などによる検証も減少している状況である。
 このため設計技術職は「標準船型化」指向で新船型開発は段階的削減されている状況で船舶設計技術力の退行が進行していると考えられる。
 この様な状況を打破し、新船型開発力の低下を防ぎ、高付加価値で他国の造船所が簡単に真似の出来ない新船型開発を促進するためには、次のようなことが必要になると考えられる。
a. 短期間に、数多い検討ができ、更に設計に検討結果が迅速に反映することが可能な船型開発支援システムの構築
b. コンピュータ数値情報技術の高速化と精度向上による活用促進







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