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3.5 ソリッドCAD操作運用上の問題
 ボデー内板、エンジン、シャーシー、等の設計に利用されつつあるソリッドCADの場合も運用上問題とされている事があり以下にそれらの問題を列挙してみる。
1)フィレット処理の問題:ソリッドCADを利用した設計の場合、設計時間の80%がフィレット形状定義に費やされている。しかも、期待するようなフィレット処理が出来ない場合が多い。設計者は、この作業に耐えられず、CADオペレータに依存することになる。また、設計技術と製造技術の間にCAD/CAMオペレータが介在することになった結果として、設計技術と製造技術との間に乖離が生じ、製造技術を理解できなくなった設計者は単なる手配師となって、設計技術を設計情報管理だと誤解するような開発体制を作り上げてしまう結果になっている。
(日本の設計技術の空洞化は製造技術の空洞化以上の速度で進んでいる)
2)成型加工の工程設計の問題:3D−CADの必要性は成型加工の金型設計にあるが、ソリッドCADは、切削加工を前提とした積み木細工のような形状定義手法を前提としている。このようなソリッドCAD固有の遺伝形質が、CADとCAMの連携を阻害する結果になっている。すなわち、従来CADは後工程の製造技術を前提としたcamCADである事を要求されているが、成型加工の工程設計に対応できないことから、「設計は後工程の製造技術に制約されるべきではなく、あくまでも、設計意図を正しく表現する為のものである」というようなCAD文化が作り出されつつある。すなわち、「設計者は後工程のことを考えずに製造技術者に任せろ」と言う事で、この事が情報伝達上のトラブルの原因となり、煩雑なデータの作り替えを必要とする結果になる。
3)誤差による面の不連続性と面境界線の2重定義の問題:ソリッドCADではトリム面という曲面の表現法を採用し、母面とトリム線(切り抜き線)との間には隙間が存在する。また、二つの面を接合する場合にも境界線が二重に定義される。このようなシステムの基本的な性格に起因する問題が、CADと後工程のCAM/CAEへのデータの受け渡しの時に、必用な品質のデータが得られず、データの作り替えという無駄な工数を生み出している。この問題に対処するために、最近、PDQ(Product Data Quality)という問題の重要性がクロズアップされている。CADによる設計データの不完全性を検出し、それを修正するための補助的ソフトウエアツール群(例えば、CAD/IQ、CAD−fix、CAD−Doctorなど)が開発され、CADサプライアーがその利用を推奨している。
4)受入検査部門(品質管理部門)の文化とCAD/CAMとの否整合性:PDQは自社の内部に向けての品質保証体制であり、開発体制を総合的に合理化する効果が大である。しかし、受入検査という外部に向けての品質管理が、総合的な生産効率を極端に低下させている場合が多い。品質管理部門の文化は設計部門の文化以上に保守的な場合が多く、3D−CAD技術との整合性が取れていないのが現状だ。例えば、「品質検査の為には何としても寸法表示の明確な二次元設計図が必用である」という主張をして譲らないような場合がある。このために、図面レスを推進しつつも、品質管理向けに2D図形式の出力を温存している所がある。CADのデータをコピーしてCAMデータを作り、それをNCマシンにかけて加工するのであれば、金型の受入検査の必用性は殆ど無いはずだ。現実には、CADデータが不完全で、それを止むを得ず修正した所を検査しているのであるが、見当はずれの受入検査をしている場合が多く、また、修正する為には保存できない基データの変更をチェックするという半ば嫌がらせのような検査をしている場合もある。それに対する現場的対応法としては、制限時間いっぱいに納品するとか、判り易く改修し易い指摘個所を受入検査に指摘させ、それを修正して納品する(税務監査対策法)というような手法が取られているのが現実だ。
 
 図3.2はソリッドCADで書かれたプラスチック成型部品(タンクヘッド)の例であるが、左図左壁付け根部のフィレット形状を見ていただきたい。楔上に描かれたフィレット、二重三重に重ね書きしたフィレット、二段に定義された前壁部のフィレット等、悪戦苦闘のフィレット処理が伺われる。また、右の図はその基データを面及び線で表現したものであるが、複雑なトリム面で構成されたデータには直接手を入れることが難しい。
 
図3.2:ソリッドCADで定義されたタンクヘッド(プラスチック成型部品)
 
図3.3 トポロジーCADで定義したタンクヘッド(プラスチック成型部品)
 
図3.4 2D−CADで描かれたタンクヘッド(プラスチック成型部品)
 
 図3.3は、トポロジーCADで定義した例であるが、トリム面という手法を使用せずに、面は境界線を共有して連続的に定義されている。
 図3.2、図3.3の3次元製図は、図3.4の2次元設計図を基に描かれたものであり、2次元図の矛盾や無理難題に対処するために時間の大部分を費やしたといっても過言ではない。tpCADで直接設計をした場合にはCADの操作時間をさらに大幅に短縮する事が可能である。
 
3.6 異種CAD間でのデータ互換の問題
 データ互換規格としてはIGESが唯一実用化している規格である。そしてこの規格は、各社で利用されている3D形状記述手法を共通のデータフォーマットで表現したものであり、新しい手法が開発実用化される度にそれを取り込んだ規格が追加される。日本の自動車業界では、国際的なIGES規格の中から20種類の要素番号を抽出し、「JAMA−IGES−5.0」という規格を制定した。これは、本質的に大差の無い多様な機能を整理して、CAD間のデータ互換性を高めようとする意図によるものである。
 IGESは形状を直接的に記述するデータに関する規格であり、ソリッドCADの設計手順の記述や、設計プロセスで定義される補助的な形状データを除外している。これでは、ソリッドCADの主張する特色ある機能を排除してしまうことになる。そこで、STEPというソリッドCAD固有の標準規格を制定しようという動きがIBMを中心に推進されているが、それが現実的であるかどうかは疑問だ。
 自動車業界はV−CALSというプロジェクトを発足させて、この問題に挑戦したが、巨費を投じた結果失敗に終わった。しかしながら、現在でも日本におけるSTEP規格化委員会がトヨタの張社長を会長に置いて存続している。
 CATIA−V4とCATIA−V5という兄弟CAD同士のデータ互換機能が出来ないような状況の中で、他人CADのデータ互換規格が成立するだろうか、という疑問の声は、「何でも良いからCADを一つにしてくれ」という国際標準CAD待望論に形を変えつつあるのが自動車業界の現状のようにも見えるが、一方、現場の声として、「何でも良いから安価で操作性の良いCADにして欲しい」という新技術待望論が広がっているのが実態であるように思う。
 ソリッドCADという現状の技術を前提として動いている経済産業省のデジタルマイスタ計画では、JAMA−IGESの思想を復活させて、「互換規格(デジタルプラットフォーム)を先に制定し、個々のCADはその上に出力データを乗せよ」という期待のシステム開発を推進しつつあるが、これは日本が欧米のCADメーカやIBM社に命令する事であり、現実的ではないという批判があり、自動車業界の対応は消極的である。また、文科省は、日本オリジナルの次世代CADとして理化学研究所の提唱するヴォリュームCAD構想推進している。このCADは、形状の実体をボクセル(微小な箱の集合)で定義し、ボクセルの塊を削り取るようにして形状を定義する手法である。CAEのソリッド解析が発端となった発想であると考えるが、これに対しても、自動車業界は消極的である。その理由は、かつて、自動車業界では点群CADという技術の先行的な検討が成されたことがある(その技術の残党が現在「フリーフォーム」と云う製品名で点群CADを商品化している)。そのときの評価は、「クレーモデルを計測して線図を作り面のフェアリングをしてトリム面の集合に置き換え、CAMに受け渡すという面倒な操作を再度繰り返す事になるのではないか」という消極的なものだった。
 最近、ソリッドCADの形状定義のプロセスを記述するデータを除外した「ノンヒストリー」を特徴とするドイツ製のソリッドCADが出現した。これは、形状定義のプロセスを遡らなければデータの変更が出来ないという煩わしさよりも、データの軽さを優先するという思想に基づくものであり、ソリッドCADの進化の方向性に反するものであるとも考えられる。
 
3.7 データ量に関する問題点
 基本トポロジーの変形操作で形状を作り上げて行くトポロジーCADの構想は、ソリッドCAD開発以前から存在した。当時は、トポロジーCAD固有の曲面処理手法が確立されておらずに、結果的にソリッドCADの開発が先行する結果となったのであるが、ソリッドCAD開発当初からデータ量が巨大になるという問題を持っていた。ハードウエアの機能発展が矛盾を解決するという期待があったが、CADデータベースの増加はそれを上まわり、データベースのバーストと呼ばれるようなものだった。
 CADデータベースバーストの理由として、次のようなことが考えられる。
1)トリム処理やフィレット処理等の基本機能が形状定義を複雑にする。
2)局部形状を面の高い次数の面で表現する手法がデータ量を増大させる。
3)形状定義の手順(ブール演算)を命令語列として持つ事がデータ量を増大させる。
4)形状定義の為の補助データ(仮想線や補助操作面等)がデータ量を増大させる。
5)パラメトリック機能(相対定義機能)がデータ量を増大させる。
 特にパラメトリック機能はデータ量を増大させるために、この機能を有効に利用している実用例は極めて少ない。この機能を殺して使われている場合が圧倒的に多いのが現状である。また、先にも述べたが、近年、形状定義のプロセスをデータとして持たない「ノンヒストリー」を特徴とするソリッドCADが出現した。
 自動車関連の企業は、生産体制のグローバル化に対応するの為に、経理処理から始まって、製造や購買部門を含む生産管理や、販売商品のライフサイックル管理を統合した設計生産データ管理を目標とした統合的システム(ERP/SRM:Enterprise Resource Planning/Supply Chain Management)の導入が流行のようになっているが、製品や図面のレッテルのみの管理に終止して、コンテンツ(設計製造の為の図面データ、技術データ)の管理が除外されてきた。近年、CADデータの中の形状表現部分を抜き出して見るだけに限定し、データ量を圧縮する手法(XVL)が開発され、「コンテンツ/見るだけ」というデータベースシステムが話題を呼んでいる。企業の「基幹システム」を自称するERP/SRMシステムがCADデータの取り込みを避けたがる理由は、ソリッドCADが売り物にしている「パラメトリック&フィーチャーベス機能」がCADのデータ量を極端に増大させるということである。また、自動車産業におけるERPシステムは、自動車部品市場のグローバル化を前提とした統合的な生産世界市場を管理するという構想(遺伝形質)を持っており、その根底には、CADシステムの世界グローバルスタンダード化という概念がある。
 このシステム構想は統一的なシステム概念が先行し、システムを運用する為には、現状の社会システムが持っている個別的機能に対処する例外処理が切り捨てられている。したがって、末端では、例外処理に対応する為に、システムを騙して利用するという「システム職人技」が要求され、巨大で複雑な機械人間複合体が形成され、それを運用する人間の数も増大する結果になっている。
 
3.8 CAEとCADの連係
 これまでCADの開発は、後工程のCAMへの連係の問題に悩まされてきた。しかし、設計を目的とするCADにとって、さらに重要な問題はCAEとの連係である。この問題に関してはCAD−CAM以上に未完成である。形状データの利用パターンが異なることから、CADデータの共用が出来ない。CAE固有の形状データ記述とその有限要素解析のためのメッシュ分割に多大な工数を必要とする。
 自動車企業においては、まずは、CAE解析の入力データ作りの外注体制を作り、次に解析そのものも外注するという状況になっている。さらに、部品供給メーカにCAE解析結果を沿えて納品する事を要求し始めた。いわば、設計最も機関部分を外注に頼ろうとしているという事である。 自動車企業では以下のような問題に対してCAE解析が必要である。
1)自動車部品の強度剛性解析(形状最適化問題を含む)
2)車体の振動解析
3)車体の衝突解析
4)プレス部品の成形性解析(スプリングバック解析、割れ解析/工程設計に必用)
5)鍛造部品の成形性解析(冷間鍛造部品の内部割れ、熱間鍛造充填製/工程設計)
 1)、2)の解析は線形解析の問題であるがそれ以外は割れを伴う非線形解析である。これら全ての問題で、CAE解析は十分に実用的な段階にあるとは言い難い。定性的な傾向性を設計の判断材料にするというレベルであるが、基本設計段階でのワイドサーベイには必要不可欠な技術になりつつある。そして現在問題とされている開発項目としては以下のようなテーマがある。
1)線形解析の解析精度を改善する為の6面体メッシュ分割機能
2)割れを伴う塑性変形解析を前提とした新しい解析機能(DEM(粒子解析)など)
 かつて日本の自動車企業はこのような基礎的で先進的な技術開発を企業内で行なっていたが、最近は、企業外の技術に依存する傾向が強い。
 アウトリソーシングという名目で、一見先進的な企業経営の考え方のようでもあるが、その実体は、技術の空洞化の流れに対する応急処置のようなものである。
 
3.9 自動車産業は日本のもの作りの基幹産業
 金型産業には中小企業が多く、物作りの底辺を支えた重要な産業であるが、殆どの金型産業は、自動車用の金型受注をベースにその他の産業用の金型を生産している。したがって、自動車産業との付き合いがCAD/CAMシステムの選定を決定している場合が多い。
 金型産業は日本が先進的な技術を誇る日本の物作りの基幹産業であるあるかのように言われているが、必ずしもそのような状況には無い。経営基盤や人材確保の面で、中国に対して不利な立場にあり、精密金型技術においても先端の金型産業では中国の技術が日本を凌駕しつつある。
 日本の自動車関連産業が、金型技術の多くを中小金型メーカの職人技に頼った結果、人材難の問題から、日本の金型技術が低下し始めている。近年、重要な技術の要を職人技に頼る事は危険であるという考え方が出始めたが、職人技を後に伝承するという大儀が、経済産業省の基本的政策であり、デジタルマイスター計画という構想の中で、「職人技という暗黙知の形式知化」というプロジェクトが進められている。
 職人技は、個別の企業固有の機械設備や人事体制の中で育まれ、局所的な環境に高度に適合したものが多い。そして、汎用性が無い場合が多く、早い速度で進化をし続ける機械技術や生産技術の中で、職人は極めて保守的である。むしろ、職人技を前提としない高度に体系化した開発生産技術を作り上げ、日本固有のIT技術と一体化したシステム商品を開発することこそが、次世代の日本の物作り文化であり、日本の物作りに関する輸出商品になるのではないだろうか。
 日本経済が物作りに基軸を置くならば、自動車産業が次世代への牽引車にならざるを得ない。しかし、目の前の問題に翻弄された担当者には目前の対応しか出来ないことが現状であり、経営陣も、高度に入り組んだITシステム/人間システム複合体の実態を掴みかねているのではないだろうか。そしてこの根源的な原因は、CADシステム固有の遺伝形質にあるのでなないだろうか。







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