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3. 他分野の生産システム(自動車産業の現状)
 
3.1 車体設計/生産技術部門で先行したサーフェスCADの実用化
 自動車産業の車体設計や車体生産技術等の部門で早くから車体外板製造の為のCAD/CAMの実用化が進み、サーフェスCADと言われる3Dシステムの社内開発が進んでいた。車体外板設計の手法は造船の船殻設計の手法をそのまま導入したものであり、線図形式で曲面の形状を表現し、設計の後工程にある金型加工の為に、線の間を滑らかに繋ぐ曲面を定義するサーフェス機能が利用された。
 まずは、意匠設計部門で意匠線図が作成される。この線図はCADを利用して作られる場合もるが、クレーモデルを計測して作られる場合もある。このデータをベースに金型設計の為の詳細な外板形状データが作られる。このように、自動車技術における3D−CADはまずは製造技術を目的としたCAMとして出発した。
 
図3.1 自動車車体外板の設計線図
 CAMにおける3−D形状の定義は極めて詳細な曲面定義を必要とする。したがって、線図の完成時点が遅くなる。そこで、車体設計のベースとなるラフな線図を早めに固めておく必用がある。図3.1は、そのような目的で作られた設計線図の例である。
 このように、幾つかの利用目的に合わせた線図が作成される理由は、意匠線図が正確に形状を定義していないことと、意匠線図をベースに実際に製造される精細な曲面を作り出して行くまでに多大な作業工数と時間を必要とする為に、内板の設計作業がその結果を待つことが出来ないからである。
 
3.2 自動車企業における外板線図以外の設計CAD
 日本においては多くの場合、外板設計の為のCADに関しては自社作成のものを使用し、その他のCADに関しては市販の汎用CADシステムを利用している場合が多い。また、エンジン部品やシャーシー部品に関しては2次元設計を行っている場合が多々ある。
 2次元設計図が下請けの部品製造メーカのCAMに受け渡されて3次元の面張り作業が行なわれるのであるが、CAMの図形処理操作が不便であることから、補助的に市販の3D−CADが利用されることもある。
 自動車企業の設計部門で利用されているCADはCATIAが主流で、IDEAS、UNI−Graphics、等のハイエンドCADであるが、製造部門ではPro−Engineer、が利用されている場合もある。日本を代表する自動車企業であるトヨタ、日産、ホンダ、においては、次のような経緯がある。
[トヨタ]:サーフェスCADの時代には自社開発のCAD/CAM・「Caeram」を使用していたが、ソリッドCADの時代に対応して、日本UNISISと共同開発を行った「トヨタ統合システム」に巨大な開発投資を行なった。このCADシステムは日本ユニシスから「CADSUS」というシステム名で市販されている。現場からの過大な要求に対応しようとした為に、システムが重くなりすぎて実用性を失ったという噂もあるが、トヨタは基幹のCADシステムを急遽CATIAに乗り換えつつある。その理由は「世界戦略の展開の為に、CADも世界のグローバルスタンダードを採用する」と説明されている。CATIAは世界で最も多く利用されているシステムであり、特にヨーロッパではCATIAが全てである。しかし、それはCATIA−V4であり、現在はそのメインテナンスが中止され、CATIA−V5に移行しつつある。問題は、V4とV5との間にデータの互換性が無く、欧米のV4ユーザのV5移行が進まないという現状の中でのトヨタのCATIA選択はV5にならざるを得ない状況にあり、結果的に、CATIAの世界グローバルCAD戦略をトヨタが牽引するという状況にある。また、トヨタの製造部門は必ずしもCATIA−V5への移行を受け入れてはおらず、現在でもPro−Engineerを中心に利用しつつ次世代のCADシステムの選択を模索しているようだ。
[日産]:サーフェスCADの時代、ソリッドCADの時代、それぞれに対応してCADシステムの自社開発を行なって来たが、トヨタより早く市販のCADに移行し、IDEAS(米SDRC社)の導入を行なった。現在、IDEASはUni−Graphicsに吸収合併され、メインテナンスは行なわれない状況にある。仏のルノー社の傘下に入った事から、いずれはCATIA−V5への乗換えが必要になるのではないかと推測するが、国産CAD開発を推進して来た日産系列のソフトウエア企業によって国産CADの開発が提唱されている。
[ホンダ]:生産技術部門においていち早くCAMの社内開発が進められたが、ソリッドCADの時代になって、設計部門主導でCATIA−V4の全面的展開が進められた結果、自社開発技術の遺伝形質が、いったん断たれたような状況になった。しかし現在においても外板の意匠設計及び製造のCADには自社開発のシステムが利用されている。ボデー内板設計をはじめとしたその他の設計部門ではCATIA−V4が使われているが、ホンダ独自のカスタマイズを行なう等、日本ではCATIA利用の最も進んだ企業である。CATIAの全面展開の結果、生産技術部門の独自な技術進化を押さえつけたような状況が生じ、外板のプレス部品製造技術の大きな部分を下請け企業に依存する結果になった。そこでは、CATIAを前面に並べてCADデータの受け渡しを行なうが、CAMの面張りや型設計にはCADSUS(トヨタ統合CAD)が利用されている。設計部門でのCATIA−V4選択に適合した製造部門ではこのような選択が最も合理的だったと思われる。ホンダの設計部門はCATIAでの設計データを直接関連製造部門に流すばかりではなく、それを2次元表示した従来の設計図を同時に受け渡しているが、この設計図は、従来の2次元設計とは異なり、フィレット処理の面張り等の形状が付加されているために、CATIA独特の知識を持たないと読み取れないような図面である。V4がメインテナンスされない休眠システムとなった現在、CATIA−V5への移行が進みつつあるのが現在であるが、過去の遺産の多くは流用が出来ない状況になると思われる。
 
3.3 自動車関係下請け部品メーカのCAD利用の現状
 元受企業からCADデータを受け取って製造を行なう下請け企業においては、元受企業からの要求で、同じCADを使用する事が強制される場合がある。これは異なったCAD間でデータの互換性が無いという事による止むを得ざる帰結である。この問題に対処するために、異種CAD間でのデータ互換の問題が何度も取上げられてきたが、有効な結論が得られないままである。したがって、複数の元受会社に製品を納入している下請け企業では、複数のCADシステムを持って類似な作業を重複して行なっているのが現状である。この事が日本の下請け企業の大きな悩みであり、コスト高、国際競争力低下、等の根源的な原因であるが、力の論理が支配する自由競争経済原則の中では、利害の異なる企業が共同して対処することを期待できない。この原則の弊害を回避する責任は行政にあるという声があるが、これまで行政機関はこの問題への対応に及び腰であった。
 最近、日本の自動車企業も勝ち組みと負け組みの差が明確になり、負け組み下請け企業では、元受企業のCAD統一要求に応じない企業が出てきており、系列企業という概念が無くなりつつある。この問題に対して、元受企業側では、3D設計データを出さずに、設計を下請け企業に任せて、関連企業を「提案型下請け企業」にし、元受企業の開発工数の削減を兼ねさせようとする対応策が出現しはじめた。この事の利点は、異種CAD間でのデータ互換の問題は、形状データを形状のみ読み取れるような形で受け渡せばよく、受け取ったデータを自分のCADで修正する必用が無い。すなわち、データ互換の問題では、STEPのような形状記述の手順を標準に組み込まなくて済む。また多くの場合に、過去の2次元設計データをそのまま発注の為のラフな仕様とする事が可能であり、3次元CADの煩わしさから開放される。
[日本電装の場合]:従来から提案型設計を行なっている有力な自動車部品メーカであり、元受に依存せず独自のCADの選択が可能な自動車部品企業である。現在使用しているCADシステムはUni−Graphicsであるが、この3次元CADを利用して2次元設計をし、3次元のデータを持ちながら2次元図の形で出力を行なっている。図面レスなどの先進的応用体制を模索しつつあるが、そこで受け渡されるデータは色彩処理がされた美しい2次元設計図である。この理由については、品質管理部門が2次元設計図でなければ仕事が出来ないからだと言われている。
 
3.4 ボデー外板設計に利用されるサーフェスCADの操作運用上の問題
 ボデー外板は高精度の意匠設計が要求され、製造部門のCAMと一体となって意匠線図が作り出される。特に面のうねりの問題は重要で、金型を製造した場合に、目視では感知し得ない1/100〜5/1000というような面のうねりを、職人は手で撫で回して発見する。米国の生産技術では、このレベルの精度が要求されることは無いが、日本国内では、これ以上の精度が問題となることがある。一般的な問題として、自動車外板設計で問題となるCAD関連の作業には以下のような問題がある。
1)面のフェアリング:線図で定義された曲面のうねりを取り去り、うねりの無い美しい曲面を生成する作業。面法線、等高線、ハイライト線、等の面評価機能を利用して曲面の修正作業を行なう。多くの工数が必用で、専門の職人技を必用とする技術である。この作業が非人間的だという理由で、労働基準監督局で問題になった事がある。
2)トリム面の連続性:外板形状は複数の面で定義しなければならず、その境界を共有するような曲面を現状のCADで定義する事が出来ない。したがって、トリム面(切り抜き面)という手法で連続変曲面を近似的に定義しなければならない。面の絶対連続性(C0連続性)、面の接線連続性(C1連続性)、等が問題となり、面の連続性評価にはハイライト線、反射光の変化、等が評価に利用される。また面の連続性不良の自動検出ツールとして後述のPDQ(Product Data Quality)検証ツールが利用されることがある。
3)高精度フィレット処理:外板曲面には意匠上のキャラクターラインが作られる場合があり、曲面の連続で折れ線のような形状を定義しなければならない。フィレットRと同じような曲面であるが、この折れ面を一つのRで表現するとR止まりに影のような変色帯(面の引けと表現)が生じる。これは目の錯覚によるもので、実際上の面の引けではない。これを解消する為に、R面を五段階のRで定義される除変R面としている場合が多い。また除変Rのアプローチ部に要求される広さは隣接する平面部の広さによって変えなければ成らない等の微妙な調整が必用で、この作業には多くの工数が要求される。また意匠上の感性的な特性であるために、目で見た判断が要求され、微分幾何学的な曲面の検証ツールで判断することが困難であり、また、ポリゴンで近似される従来のレンダリングで評価するためには、3mm程度のポリゴンに分解したレンダリング処理が必要となり、現在のPCの能力範囲では実用的とは言えない。







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