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2. 現行生産システムの問題点
 
2.1 わが国造船業の構造的背景
(1)わが国造船業のビジネスモデル
 わが国の造船業は、昭和30年代から品質と納期の確実さで世界の造船界をリードしてきた。
 品質、納期の確実性を可能にしたのは、主としてブロック建造法とそれに付随する生産分業方法、そして技能者の技量に負うとことが大きいとされる。
 しかし、これに加えて、ばら積み運搬船、油送船、コンテナ船の太宗貨物船の連続(大量)建造という、今日でいうビジネスモデルがこれを可能にしたと思われる。すなわち、同型船種を量産することで、設備(主としてNC切断機)の稼働率をあげ、若年労働者の短期習熟を図って、建造工数を大幅削減するモデルである。
 多くの造船所で同一船種を建造する競合関係にある場合でも、サイズ別に分担建造したことも幸いした。これらが、品質、納期だけでなく低コスト建造をもたらして収益を向上させたことが、さらにわが国造船業を発展させたといえる。
 しかし、この間、造船業だけでなく家電、自動車産業も大きく成長したことで、わが国の人件費は年毎に高騰していった。
 そして、おおよそ1980年前後に給与の伸び率が生産性の伸びを上回ったことが、わが国造船業が競争力を失う変換点となった。しかし、競争力の根源が危うくなったにも関わらず、わが国造船業のビジネスモデルは修正されずに今日に至っている。
 量産のビジネスモデルは、受注が想定した量と船価になることが前提である。したがい、経済環境の悪化で需要がおち、船価が下がると、量産を前提とした設備と固定人員の相当部分が過剰になる。船価が低下すると、その分だけ損益分岐点生産量をおしあげる。これが、さらなる生産量を確保するため低船価受注に走る動機となり、そして、さらなる低船価を招く、という悪循環に陥ることになる。
 かくて、近年、わが国造船界は、縮小均衡策をとらざるを得なくなった。縮小均衡策で余裕をなくしたことで、技術、技能の開発、伝承に支障をきたし、造船業の存立そのものまで危うくする。これが、わが国造船界の抱える構造的問題であろう。
(2)経営施策の変化
 存続のために、今日多くの造船企業がとっている経営施策は、
・間接費の徹底削減:固定人員の最小化
・これに伴い、「下請け依存率」の増大と艤装工事の一括外注化の拡大
・設計技術職は「標準船型化」指向で段階的削減
 これらの施策により、
・船舶設計能力の退化→新船型開発意欲の喪失
・「造船固有技能」の断絶危惧
などの問題が新たに浮上しつつある。
(3)年齢分布と技術・技能の伝承
 船舶を建造するには、今日なお多くの職種、技能者を必要としている。
 造船技能者の主たる供給源は、高校新卒者と溶接、配管など陸上工事の同種技能従事者である。このうち前者は、わが国人口の少子化で絶対量は減っているが、一方、多くの業界が不況下にあるため、高卒新卒者が特に造船業を敬遠している状況とはいえない。
 さて、わが国造船所は、規模の大小を問わず、わが国人口の根本的なワイングラス型構造と、昭和52年以後、2度にわたる人員調整で30代、40代が圧倒的に少ない、いわゆる“中抜き”構造になっている(図2.1参照)。これが、熟練年輩者から20代の若手技能者への技能伝承をより困難にする一因となっている。一言でいえば、お爺さんから孫へ技能を伝承することになるが、昨今の急激な社会変化で共通の言葉がなく、コミュニケーションそのものが成立たないというのが現実である。
 
図2.1 年齢別本工構成(平成13年中小造工(普通会員+賛助会員)会社)
(出典:「雇用流動化対策に関する報告書」、(財)日本中小型造船工業会、2001.3月)
 
 この“中抜き”構造にあって、技能を継続的に伝承する幾つかの試みはなされている。例えば、班長、作業長経験者を若手指導専任にして、若年者の短期育成を図る「技能指導員制度」などである。しかし、基本的に年代ギャップが大きく、かなり工夫を要しているようである。
 技能伝承が困難であれば、過去の技能に依存せず、かつ、生産性を大幅に向上させる「新しい作業方式、方法」を見出せばよい。むしろ、この状況を積極的に活かして、わが国造船業を再生させる起爆剤にしたいものである。
 
2.2 基本設計から生産設計
(1)生産システムの構造
 曲面で構成される船体船首尾部の製造に用いられるのが「線図」であることは言うまでもない。
 CAD/CAM技術が進歩した今日でも造船界は、船体曲面を表すのに正面、側面、平面の3面図で表現し、これを基にして船首尾の部材を切断、曲げ加工する造船所が多い。
 その船体線図は、船体構造の設計を支援するCAD/CAMとは別に、船体形状の生成、フェアリングを専らとする「船体形状システム」あるいは単に「線図システム」で生成され、独立して運用されているのが、一般的である。
 この線図システムの主な役割は、船殻工作上は「曲がり形状」の提供であり、設計上(法規上)は船体/区画容積の算出データの提供である。艤装設計では、機器配置の制約条件として機能しているが、配管、電線経路を、工作上の容易性から船体中心線と直角、平行とすることでかつてのような存在意義は失われつつある。
 こういった背景があって、3次元CAD/CAMシステムを導入しても、2次元の線図システムを従来とおり使用するため、CAD/CAMによる船体曲面の3次元表現の必要性が低減し、線図システムによる船殻工作法が存続する大きな要因となっているといえる。
 
(2)造船用3次元CAD/CAMシステムの利用度
 これまで述べてきたように、船体構造を形状定義するのに、線図システムとCAD/CAMシステムが併用されているが、さらに加えて、初期(基本)設計を支援するシステムも、残念ながら、別システムである。
 初期設計では、区画の定義と、その容積を即時に計算して、提供することがコンピュータで支援する重要な機能である。
 対して、構造設計あるいは詳細設計では、構造材の形状や2次部材の取付位置の定義など形状定義機能が最も重要な機能となる。
 このような根本的に異なる機能要件が、初期、詳細/生産、そして線図と3つのシステムで分担処理する大きな要因でもあろう。しかし、船体設計のための統合システムがないことは、作業の連続性、一貫性を大きく損ねている。
 ちなみに、3次元CADの利用で、船殻ブロックの鳥瞰図や、組立手順の3次元図による指示が可能となり、非熟練者の生産性向上に有効であることが確認されている。しかし、承認用に作成した船殻構造図や工作図があれば、組立作業は可能なため、3次元CAD/CAMシステムの船殻工作へのインパクトはそれほど大きくない。
 船殻作業において3次元CAD/CAMシステムは、極言すれば、小組立ロボットや溶接ロボットの制御データ生成ツールとしてしか意義づけられていない例がなくもない。
 
(3)従来3面図による船体形状表現方式の功罪
 船体線図には大別して、計画線図と工作用線図がある。計画線図から工作用線図作成までの流れは、概略、次のとおりである。
 
図2.2 計画線図から工作用線図作成までの流れ
 
 線図は結局、正面、平面、側面の3面をそれぞれ別個に処理して作成している。このような3面図方式を盲目的に採用して、3面ベースの生産システムに伴う不利、不合理性、さらには、3次元の有効性に対する疑問が表面化されずに今日に至っているというのが実情であろう。
 さて、船体を3次元(線または面モデル)で表示し、フェアネスを自動判定する技法は、1985年頃まで最先端技術として、各国で研究された*1。しかし、これらはあくまで参考表示、参考出力程度で生産上、不可欠の作業として市民権を得るまでに至らず、依然として2次元ベースで利用されているのが現実である。
*1:例えば、J.C.Dill、D.F.Rogers; ”Color Graphics and Ship Hull Surface Curvature”、ICCAS 82 Proceedings。
 工作用線図が完成すると、これをもとに曲がり外板1枚ごとにコンピュータ内で展開し、所要の管理表(寸法、曲げ型寸法など)を出力する役割を担っているのが「外販展開システム」である。
 現在多くの造船所で利用されている船体線図作成とフェアリング、外板展開システムは、経験的技能に基づいて開発されたため、技能者の少数化と高齢化でブラックボックス化され、今日、ソフトウェアの保守に支障をきたしていることは周知のとおりである。
 
2.3 生産設計から建造
(1)線図が不可欠の鋼材発注
 船体線図(船体形状ファイル)が不可欠の造船資材は、鋼材である。外板は、船体形状が定まらないと、個々の鋼材寸法を確定できない。しかし、鋼材発注のリードタイム上、一般に予量発注している。
 予量発注とは、船体主要寸法あるいは過去の建造船を参考に、「寸法と枚数を推定して」発注することである。推定した寸法の鋼材から、後日ネスティング工程で形状が確定した部材を配置し、切断する。予め定められた寸法の鋼材から取材することになるので、ネスティング次第で材料歩留まりが変わる。歩留まりをあげるには、大きな鋼板から組立日程の異なる複数ブロックの部材を、1品でも多く取材しがちとなる。したがって、この予量発注方式は、計画的に「工程間仕掛」を増やす元凶となっている。
 
(2)生産計画:物量の算出と日程計画
 船体線図に関係の深い船殻作業に、ブロック分割、曲がり外板の加工、曲がりブロック組立、ブロック精度計測、船渠・船台での船体の位置決め作業がある。
 曲がりブロックの組立には、それに先立って定盤計画が必要である。定盤計画とは、天井高さ、クレーンサービス領域を勘案して、定盤に効率よくブロック組立場所を配置、確保する作業で、配員・日程計画に先立つ重要な事前作業である。
 この定盤計画を建造初期に行うことができると、単に設備の有効利用だけでなく、それに伴う必要職種の人員計画が的確になり、人、モノ、設備を同期化することができて工期、工数のロスを防ぐことができる。
 しかし、船体形状が従来とおり線図で表され、かつ船殻設計が未了であると、ブロックの高さや張り出し部分が特定できないため、自ずと余裕をみて配置することになる。
 生産システムが、当初から3次元ベースで定義、作業されていれば、ブロック分割作業を3次元で行い、その結果をそのまま定盤計画に利用することができて工期、工数上、大きな効果が期待できる。定盤配置が的確にできると、当該ブロックの組立姿勢も確定でき、姿勢別に正確な物量(溶接長など)を確定算出できる利点がある。
 以上、船体形状の提供源が2次元であるために、やむを得ず、かなりの「仮定」を設けて日程計画を立案せざるを得ないのが現状である。換言すれば、現状の線図ベースの生産方式では、過去の建造実績・結果を豊富に有した経験者でないと、「仮定」の精度が粗くなり、計画と現実に齟齬を生む結果になって、工程・日程調整のための管理業務を増大させている。
 
(3)生産設備と精度管理上の問題
 2.1(1)の「わが国造船業のビジネスモデル」で述べたように、わが国造船所は、当然のことながら建造船種、船型にあわせて設備を整備してきた。したがって船種・船型が異なれば効率が悪くなり、競争力を失いかねないので、多くの造船所は船種・船型を自由に選択することを避けてきた。生産設備が固定されると、船種・船型だけでなく「生産システム(造り方、建造方法)」まで規制される。
 このような船種・船型固定生産方式が効率的であるためには、船種・船型に大きな変革がないことが前提である。幸か不幸か、わが国造船業は船型の大型化が中心で、太宗貨物の輸送方式には何らの革命、変化を起こしていない。しかし、輸送方式に革命がおき、船体構造が変化すれば、生産システムまで根本的に変革せざるをえなくなる。仮に、生産システムが当初から3次元ベースであれば、各種のシミュレーションが可能となり、変化に柔軟に対応できるはずである。
 
2.4 現行生産システムの問題点(まとめ)
 以上、いろいろな視点からわが国造船業の生産システムの現状と功罪を述べてきたが、まとめると下記のようになろう。
(1)船体形状の定義(線図システム)と、構造定義(CAD/CAM)システムが分離・一元、一貫化が図られず、工期と時数にロス・新しい生産システムの開発を阻害画一的かつ旧式ビジネスモデル・画一的生産・建造方式
・変革認識が希薄でぬるま湯風土の温存:新船種・船型創造の遅れを看過
・高賃金制約による国際競争力の喪失







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