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2.4 波浪衝撃計算法の現状と問題点
 
2.4.1 計算法の現状
 楔の水面突入問題に代表される波浪衝撃圧の計算法自体は、ここ十数年の間に様々な進歩が見られた。しかし、進歩した計算法を船体運動と組み合わせて、スラミングや青波衝撃によって生じるWhippingなどを計算する手法はTSLAMやSRSLAMからほとんど進歩がないのが現状である。これは次のような事情によるものと考えられる。衝撃圧によって生じる船体の弾性変形を正確に計算するためには、いわゆる流力弾性解析を行わなければならない。流力弾性解析を行うため、たとえば船体周りの流体解析を3次元特異点分布法で行い、船体の弾性解析を全船FEM解析によって行うとする。このとき、流体解析の船体表面パネル数は高々102のオーダーであるのに対し、弾性解析のパネル数は103のオーダーである。したがって、得られたマトリックスの自由度の差が余りにも大き過ぎ、流体解析と弾性解析が上手くマッチングしないことになる。つまり、弾性解析の振動モードがあまりにも多過ぎ、このすべての振動モードに対して流体解析を精度良く行うためには、船体表面パネル数を1桁増やさなければならないことと、高次の振動に対応するため、時間ステップを極端に小さくしなければならないことが相俟って、計算時間が天文学的な数字(運動計算の104倍くらいと予想される)になってしまうのである。
 東京大学で開発された船体に働く衝撃力計算プログラムTSLAMでは、船体をオイラー梁でモデル化し、船体振動モードに制限を加えている。衝撃力を含む流体力の推定にはストリップ法を使っているので、計算は非常にロバストで、スラミングだけでなく、青波による衝撃も考慮することができる。ただし、従来のストリップ法と同様に、周波数領域で2次元問題を解き、付加質量係数や造波減衰力を用いて流体力を表しているので、理論的に厳密な時系列計算法とは言い難い。このTSLAMを改良した方法としてSRSLAMが開発されたが、基本的な手法に変化はない。これらの手法は実用的な船体衝撃力計算法と言えるであろう。
 その後に現れた計算法も前述の事情により、流体と弾性の相互作用を厳密に取り入れた計算法は未だ現れていない。たとえば、LAMP[7]ではスラミングと青波衝撃によるwhippingの時系列計算が可能になっているが、whippingの計算は船体運動が完了した後に、後付けのモジュールで計算が行われる構成になっている。したがって、衝撃力による船体運動の変化は考慮できない。また、whippingの計算も非一様断面梁の横振動方程式を、別途求められた衝撃力の時系列を入力として解いているだけである。しかし、たとえば青波衝撃の求め方など、最新のLAMP[11]で採用されているローカルな流体現象の計算法は、TSRAMやSRSRAMで用いられていたカルマンの運動量理論ではなく、各断面内の2次元問題を解いて求めており、進歩が見られる。
 このような現状から、現時点では全船FEM解析と3次元流体解析を組み合わせた流力弾性解析を行うのは困難だと考えられる。そこで、現時点でも可能な近似解法について次節以降で考察する。ただし、前提として、船体の弾性解析はNASTRAN[67]を用いることとする。
 
図2.4.1 LAMPのフローチャート:衝撃計算は別モジュールになっている
 
2.4.2 直接過渡応答計算法の問題点
 直接過渡応答では、構造物の応答は、直接数値積分を用いて一連の連成方程式を解くことによって得られる。これを一般的な表現で書くと、次式のマトリックス形式の運動方程式が出発点となる。
 
 
右辺の圧力Pの引数として、接点変位、速度、加速度が含まれているのは、いわゆるradiation流体力に相当する。直接法により構造応答(ここでは剛体モードも構造変形の一種として取り扱うことになる)を求めるためには、(1)式の右辺の表示を、各接点変位に比例した形、すなわち
 
 
のように表示しなければならない。(2)式の表示は、流体に関する境界値問題をBEMや差分法などで解けば得られることは良く知られている。したがって、(2)式で表された圧力のうち、変位、加速度、速度に比例する項を左辺に移動すれば、いわゆる直接法のマトリックス表示が得られる。
 しかし、NASTRANを使うことを前提にすると、NASTRANでは(1)式左辺のマトリックス表示を計算してくれるが、右辺の外力項は時間tの関数として既知でなければならない。したがって、(2)式以降の変形は外付けとなり、NASTRANの時間積分機能を利用できなくなる。
 構造応答を求める際、不平衡力の問題が生じることがよくある。これは、(1)式右辺の圧力を積分した値が、耐航性推定プログラムで用いられる流体力の値と必ずしも一致しないことが主たる原因である。典型的な例としては、ストリップ法で現れるエンドタームやロールの粘性ダンピングなどがある。これを防ぐために圧力分布を修正するなどの工夫が行われているが、根本的に不平衡力を無くすには、剛体モードの運動方程式を別に扱うしかない。(次のモーダル過渡応答計算なら可能である。)
 
2.4.3 モーダル過渡応答計算法の問題点
 モーダル過渡応答は、構造物の過渡応答を計算するための別法である。この方法では、運動方程式のサイズを縮小し、非連成(モーダル減衰を用いる時、または減衰がないとき)とし、さらに数値積分を効率化するために構造物のモード形状を用いる。モード形状は、構造物の特徴付けの一部として通常計算されるから、モーダル過渡応答は固有もウード解析の自然な拡張であると言える。
 定式化の第一歩として、変数を物理的座標{U}からモーダル座標{ξ}に、次式を用いて変換する。
 
 
ここで、[φ]はモード形状である。
 構造減衰を無視して、(1)式をモーダル座標で表すと、次式を得る。
 
 
さらに、モード形状の直交性を利用するため、[φ]Tを左から掛けると次式を得る。
 
 
(5)式はモード形状の直交性より、連成方程式ではなく非連成の1自由度方程式系の集合として表される。
 
 
ここで、問題なのは(6)式の右辺に未だに変位、速度、加速度項が引き数として残っている点である。しかし、NASTRANのモードセレクト機能を用いれば、(6)式の方程式系から、剛体モード(固有値0のモードとして計算されている)を除けば、 radiation流体力については考えなくてよくなる。また、いわゆる振動モードにもradiation流体力に相当する項を本来は考えるべきであるが、振動モードの固有値(振動周波数)は大きいので、無限流体中の付加質量のみを考慮することにする。これは、NASTRANの機能で考慮できる(ただし、濡れ面は最初に与えなければならないので、いわゆるFull nonlinear計算では時々刻々の濡れを表現できない)。
 このような考えに基づけば、(6)式右辺は既知の時間関数と表現できるので、次式のモーダル運動方程式をNASTRANの時間積分機能を利用して、時々刻々解けばよいことになる。
 
 
 ただし、(7)式の質量項には前述の無限流体中の付加質量が考慮されている。
 以上の方式に従えば、不平衡力の問題がないので、圧力分布を与える接点とFEMの接点が一致している必要はなく、単純に内挿で値を受け渡しすればよい。なお、剛体運動は、通常の船体運動理論に基づき別途求めなければならない。
 
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図2.4.2 高速双胴船の船底構造と歪ゲージの位置
 
2.4.4 局部振動の計算法と問題点
 局部振動には、局所的な付加質量(濡れ面に密接に関連している)の考慮が必須であるが、前章の方式に従うと、局部的な濡れ面は大きな誤差を有しているし、自由表面の影響も考慮できていない。したがって、スラミングによる局部振動などは別途扱う必要があると思われる。また、モーダル過渡応答計算でも高次モードは精度が落ちるので取り除かれるのが普通であり、その面からも局部振動は1ランク難度の高い問題であると考えられる。
 スラミングによる局部振動を扱った研究としては、Faltinsenらによる一連の研究(FaltinsenによりReview[68]が行われている)がよく知られている。彼らの研究では、船底の一部を切り出し、その局部的な振動モードを直交異方性弾性板理論によって求め、流体解析はストリップ法的に2次元解析を行って、それらの相互干渉を考慮した理論を構築している。
 彼らは、この理論による推定精度の調査のために実船試験も実施している。その中の一例として、図2.4.1に実船試験で用いられたLpp29.8mの高速双胴船の船底構造と計測のために設置された歪ゲージの位置を示す。また、図2に実船の計測値、図3にそれに対応する理論値を示す。図2と図3を比較すると、現状でも実船に働く衝撃力のオーダー程度は理論的に推定可能なことが分かる。
 この研究のように、全船のグローバルな挙動は別途扱うとして、局所的な流力弾性挙動を求めるだけであれば、局所的な弾性変形をFEMで求め、流体解析と組み合わせることも可能である。ただし、流体と弾性の相互干渉効果を厳密に求めるためには、弾性振動解析と流体解析を連成しなければならないので、いわゆる剛性マトリックスが陽に求められていなければならない。したがって、NASTRANのような市販ソフトを用いて剛性マトリックスを求めるのが効率的なのかどうかについては検討の余地がある。
 なお、この局所的な衝撃の流体解析には近年発表されているロバストな計算が行える衝撃理論(たとえば[69][70])を適用するのが良いと考えられる。
 
図2.4.3 衝撃圧の実船計測例
 
図2.4.4 衝撃圧の理論値







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