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2.3. 高速細長船理論による計算法の現状と問題点
 細長船理論が前進速度を有する船の造波問題において中心的役割を担ってきたことは周知の事実であり、これまでにもストリップ法をはじめUnified Theory、High−Speed Strip Theoryなど多くの実用的計算法が開発されてきた。ここで述べる高速細長船理論とは、High−Speed Strip Theoryに代表されるように、前進速度が境界条件で厳密に考慮され、流場については下流側への波動の伝播が計算できる細長船理論、いわゆる2.5次元理論を意味しており、高速船のように前進速度が速い場合は、3次元影響も小さくなるため2.5次元理論の適用は合理的となる。特に時間領域計算法は2D+Tの名前でも知られており、非線形な造波問題にも応用されている。高速細長船理論に関する研究例となるとその範囲は膨大になるので、ここでは、非線形性を考慮した時間領域解法を中心に近年の研究動向について述べることにする。
 
2.3.1 細長船理論による2.5次元解法の現状
 2.5次元解法では、ストリップ法のように船体の2次元横断面に関する計算を船首から船尾方向へ計算断面を移動しながら計算を進めていく。非定常造波問題では、線形理論の場合、時間領域解法と周波数領域解法の2つのアプローチがあるが、非線形理論の場合には時間領域解法のみになる。境界値問題の記述の仕方により、計算断面を時間的に進めていく場合と空間的に進めていく場合があるが、本質的な違いはないと考えられる。いずれの場合も、2次元境界要素法(BEM)をベースにした計算手法である。周波数領域の解法では、非定常問題と定常問題を個々に解くために両者の間の相互作用の問題が生じるが、時間領域の解法では境界条件が同じ形に表せて問題を一元的に扱えるため、相互作用の影響を計算に取り入れやすいという利点がある。
 先ず、周波数領域解法に関して代表的な研究例を挙げる。Maruo & Song[37]による定常造波問題への適用例は、Neumann−Kelvin問題の近似解法として信頼のおける計算結果を示した例である。また足達[45][46]は線形理論の定常・非定常造波問題を一元的に扱うための理論的基礎を考察している。そこでは、自由表面条件のx微分を差分化し自由表面条件の非斉次項として処理し、前進速度なしの線形自由表面条件を満足するグリーン関数を用いた解法を示している。非定常問題の例としては、柏木[49]による研究が挙げられる。この計算法は高速細長船理論とUnified Theoryを組み合わせたもので、線形理論としてはほぼ完成された細長船理論と言える。双胴船を対象にした研究例として、Faltinsenら[55]は定常問題では自由表面条件を非線形として問題を解き、定常流場による相互作用を考慮した非定常問題を解いている。非定常流場の自由表面条件は線形化され、定常流場の波面上で満足させている。また大楠ら[52][53][54]は、双胴間の流体力学的な相互干渉を考慮しながら線形非定常問題を解き、ラディエーション・ディフラクション問題についての検討を行っている。斜波中および不規則波中での計算が可能で、運動をはじめ波浪荷重、相対運動など双胴船に関する耐航性能が広く推定できることを示している。また双胴間の流体力干渉についての問題を検討する場合は、広い周波数範囲で適用が合理的なUnified Theoryが有効と考えられる。線形理論によるこれらの研究例としては柏木[47][48]、升也[50][51]などが挙げられるが、前進速度は厳密には考慮されていないため高速域や長波長域では推定精度が低下すると考えられる。
 一方、時間領域解法に関する例では、双胴船のスラミング荷重を扱ったZhaoら[56]研究がある。船体横断面に働く衝撃圧やウェットデッキに働くスラミング荷重が計算されており、後者は線形理論による縦運動の解に組み込まれている。その他にも、物体表面条件および Froude−Krylov力の非線形性を考慮した研究[57]や、非線形2.5次元解法による平水中の滑走艇に関する研究[58]など精力的に研究が行われている。
 同じ時間領域の解法の中でも境界条件は厳密な式のまま境界値問題を解いていく、いわゆるFull −nonlinearと呼ばれる手法がある。移動境界である自由表面上の点を時々刻々と追跡しながら計算が進められる。計算点をラグランジュ的に移動させる方法はMEL(The Mixed-Eulerian-Lagrangian method)と呼ばれ、船首部でのスプラッシュや巻き波といった非線形性の強い流体現象をシミュレートできる。Maruoら[38][39]は海水打ち込みの解析に、またTulinら[40]は船首波の解析に応用し、非常に現実味のある自由表面流れの計算結果を示している。Fontaineら[41][42][43]は、接合漸近展開を用いて細長船理論の内部解を理論的に検討し、Nonlinear 2D+T コードを用いた計算例を示している。MELを用いた非線形問題へのアプローチは、前進速度なしの2次元問題ではこれまでにも精力的に研究され、浮体に働く流体力や波浪中の運動を時々刻々と計算できるレベルにあるが、2D+Tになると流体力まで計算した例は非常に少ない。たとえば、定常問題ではWongら[36]、Fontaine ら[43]が造波抵抗の計算例を示しているが、十分な検討は行われていない。また非定常問題では、木原ら[52][53]が1次オーダーの流体力として上下・縦揺れのラディエーション流体力を、また2次オーダーの流体力としてその定常力成分である波浪中抵抗増加について計算例を示しているが、その他にはほとんど見当たらない。2D+TはFull 3Dの近似解法ではあるが、計算効率の点から見ると、2次元計算を基礎としているので解くべき連立方程式の未知数も少なく、得られる流場の解像度の点からも、3D計算では実現し難いくらい高い解像度の計算が可能である点は大きな魅力の1つである。また近年、BEMベースの手法ではなく、N−S方程式(あるいはEuler方程式)を基礎式とするCFDをベースにした2D+T計算法の研究も行われるようになった。Landriniら[61][62]は、近年注目されているグリッドレス法の一つであるSPH法を用いた研究例を報告している。彼等の計算では、流体の基礎式はEuler 方程式であり、BEMでは計算が困難なスプラッシュ等による砕波後の計算を継続して行うハイブリット型の計算である。またAndrillonlら[63]は、BEMを使用せず、2次元N−S方程式を基礎式としてVOF法による2D+Tへのアプローチを行っている。
 
[I] The 2.5D approach based on BEM
Authors Year F/T FSBC Computational results     Ref.
Calisal & Chan 1989 T NL Wedge ・Wave elevation Still water [35]
Wong & Calisal 1996 T NL Wigley ・Wave elevation,Wave-making resistance, Vortex-shedding Still water [36]
Maruo & Song 1991 F L Wigley Yacht ・Wave elevation, Wave profile along the hull, Wave-making resistance Still water [37]
丸尾 & 宋 1994 T NL Frigate ・Wave elevation Still water [38]
Maruo & Song 1994 T NL Frigate ・Wave elevation Linear waves [39]
Tulin & Wu 1996 T NL Wigley ・Wave elevation Still water [40]
Fontaine & Cointe 1997 T NL Wedge ・Wave profile along the hull Still water [41]
        V-Bow ・Wave elevation Still water  
Fontaine & Faltinsen 1997 T NL Wedge ・Wave elevation Still water [42]
Fontaine & Cordier 1997 T NL Outrigger ・Wave-making resistance, Wave elevation Still water [43]
          ・Vertical force Given impact  
Fontaine & Tulin 2001 T NL Wigley ・Wave elevation Still water [44]
        V-Bow ・Wave elevation Still water  
足達 1993 F L Wigley ・Wave profile along the hull Still water [45]
足達 & 升也 1996 F L Wigley ・Added mass & damping   [46]
        ・Wave profile along the hull Still water    
柏木 1993 F L Catamaran ・Added mass & damping, wave-exciting force, motion   [47][48]
柏木 1995 F L Wigley ・Added mass & damping   [49]
    T L Wigley ・Added mass & damping    
升也 2000 F L Catamaran ・Pressure distribution Linear waves [50]
升也 2001 F L Catamaran - - [51]
Ohkusu & Faltinsen 1991 F L Catamaran ・Added mass & damping   [52]
大楠, Faltinsen ら 1991 F L Catamaran ・Added mass & damping   [53]
          ・Wave exciting force Linear waves  
Ohkusu & Wen 1995 F L Catamaran ・Motions & acceleration Linear waves  
          ・bending moment, deck wet-ness, vertical acceleration Irregular waves (head, oblique) [54]
Faltinsen & Zhao 1991 F NL Catamaran ・Vertical forces distribution Still water [55]
    F L ・Added mass & damping      
Zhao & Faltinsen 1994 T L Catamaran ・Vertical motions Linear waves [56]
          ・Slamming loads    
Zhao & Aarsnes 1995 T L Catamaran ・motions Linear waves ( 0°& 30°) [57]
Zhao & Faltinsen 1997 T NL Planning vessel ・Lift&Pressure on the hull Still water [58]
木原& 内藤 1998 T NL Wigley ・Added mass & damping Forced motion [59]
          ・Added resistance Linear waves  
Kihara, Naito & Sueyoshi 2000 T NL Wigley ・Radiation force distribution Forced motion [60]
        SR108 C/S ・Vertical forces distribution Forced motion  
        VLCC bow ・Added resistance Linear waves  
F:Fequency-domain, T:Time-domain, FSBC:Free surface boundary condition, L:Linear, NL:Nonlinear 
 
[II] The 2.5D approach based on N-S solver
Authors Year F/T FSBC Computational results     Ref.
Tulin & Landrini 2000 T NL/SPH Wigley ・Wave elevation, Post-breaking analysis Still water [61]
Landrini, Colagrossl & Tulin 2001 T NL/SPH Wigley with transom ・Wave elevation, Post-breaking analysis Still water [62]
Andrillonl & Alessandrini 2002 T NL/VOF Wigley ・Wave elevation, Wave profile along the hull Still water [63]
 
2.3.2 非線形高速細長船理論で波浪荷重を計算するための問題点
 最も実現しやすい非線形計算法は、船体による撹乱(ラディエーション/ディフラクション)は小さいとして、Body nonlinearあるいはFroude−Krylo v nonlinearなどの非線形性だけを取り入れた方法である。ロバスト性も高いであろう。一方、MEL法によるFull−nonlinearな方法も基本的には波浪荷重が計算可能なレベルにあるが、実用化のためにはクリアすべき問題点がある。
 
1)船体運動について
 流体力係数が計算できるので運動方程式(線形常微分方程式)を解くことで船体運動を計算できる。しかし、線形重ね合わせに寄らない運動計算法の確立が望まれる。
 
2)衝撃荷重について
 2.5次元理論では2次元物体の着水問題の研究を組み込みやすい。ジェットの発生や重力を考慮する場合のスプラッシュに関する対応が必要である。
 
3)入射波について
 撹乱ポテンシャルから入射波成分を分離する場合には、トータルな波面上で自由表面条件を満させなければならない。
 
4)波向きについて
 入射波が向い波に近い斜波については計算可能だが、それ以外は困難。
 
5)圧力の計算法について
 速度ポテンシャルの時間微分項について精度良い計算法が確立されていない。
 
6)トランサム船尾について
 自由表面境界が接触していた船体表面が突然なくなるため船尾流場のモデル化などの対策が 必要になるが、速度ポテンシャルの連続性を仮定すれば計算は持続できる[62]
 
2.3.3 船首部におけるスプラッシュや砕波に関連する問題点
 スプラッシュや砕波などの非線形が強い場合にも問題なく計算が実行されるとは限らない。特にMEL法を用いた場合には巻き波のような形状の計算も行えるが、境界同志が接触したり、領域が分離したりするとそれ以上は計算を続けることが出来ない。計算を持続させる方策としては2つの考え方がある。
1)計算停止後、計算条件を整えて再び計算を再開する。
2)できるだけスプラッシュや砕波を起こさせないように工夫する。
 1)の方法は、たとえば文献[49]などに見られる。物体表面に沿ってできるスプレーや巻き波の先端からちぎれつつある領域など計算に影響を与えない部分は、領域から切取るなどの外科的手術を施すことで上手く計算が続くことがある。広義の節点再配置と考えればよい。また2)の方法の1つは、スプラッシュや砕波が起きるタイミングを察知してフィルタリングにより不要な成分を除去する方法が考えられる。その他には、”peeling”と呼ばれる方法[64][65]や、同じBEM計算でも領域を副領域に分割して領域が巻き波により重なることを避ける方法[65]や、その領域では異なる計算法(たとえばCFD)を用いて、BEMでは計算が困難な状態を回避する方法[66]がある。
 
2.3.4 高速細長船理論における研究課題のまとめ
 高速細長船理論による計算法は3次元計算の近似解法であり、流場干渉など完全には表現することは困難である。しかし、計算は2次元問題を基本に構築されているため、3次元計算に比べて計算量、流場計算の解像度の面で利点があり、衝撃荷重の計算とのリンクも比較的容易であると考えられる。しかし、非線形問題に関しては指摘したように克服すべき問題点もあり、今後の発展を期待したい。







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