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2.5 差分法に基づく数値流体力学的手法による計算法
 
2.5.1 CFDを用いる計算法の利点
 CFDを耐航性への適用の利点をまとめると次のようになる。
1. 粘性の取り扱い
2. 計算速度
3. スプラッシュ、砕波への発展性
4. 抵抗計算との結合
1.の粘性の取り扱いが容易になることは言うまでもない。 2.の計算速度に関しては、パネル法ではパネルの1辺の大きさが1/nになると計算時間が2n2 ln n倍になるのに対し、差分計算ではn3になり、高精度計算には差分計算が不利である。しかし、今後はパーソナルコンピュータレベルにおいても並列計算可能なマシンが増えることが予想され、計算の並列処理が今後一層進むと、むしろ差分計算の方が有利になると考えられる。 3.のスプラッシュ・砕波の取り扱いは、密度関数法、CIP法、Level−Set法、粒子法などがあり、現時点では問題はあるものの取り扱いは可能である。
 
2.5.2 CFD計算の現状
 SR244研究部会の報告書にまとめられている文献調査([71]〜[77])の状況である。これに加えて大阪大学で粒子法[78]を、また九州大学応用力学研究所ではCIP法[79]を耐航性に適用する試みが行われている。また海外では市販コードを改造し、浮体運動計算に適用する例がみられるようになってきた([80][81])。
 
2.5.3 CFD計算法の比較と問題点
 CFDの耐航性への適用は、大まかに見れば現時点でも可能である。全体的に進歩が遅いように見えるが、その理由は手法の問題と言うより、マンパワーの問題と思われる。したがって、系統だった研究組織で取り組めば、CFD計算の実用化は可能であると思われる。細かい部分の問題点は以下に挙げる。
 
A)数値解法について
 数値解法の優劣は古典的な計算法に関してはほとんど無いと言える。適用する自由表面等の取り扱いによって採用する手法が変わるだけで、趣味の問題と言える。ただし、陰解法の適用はあまり意味がない。これは波浪を扱うため、入力に時間間隔が制限されるためである。
 
B)自由表面の取り扱い
 CFDを用いる計算法では、その特徴の大半は自由表面(シャープ界面)の取り扱いに起因する。自由表面の取り扱いに関しては、いくつかの方法が検討されている。具体的に挙げると、
(1)自由表面適合格子の適用
(2)波高関数法
(3)VOF法
(4)自由表面追跡法
(5)密度関数法
(6)CIP法
(7)Level−Set法
(8)マーカーアンドセル法
(9)MPS法
などが挙げられる。これら以外にもあるとは思われるが、ここでは以上の9種類に関しての概要を述べる。
(1)自由表面適合格子
 最も高い精度が得られる計算方法と考えられる。その理由は、(2)から(8)の方法では、固定した格子の中を自由表面が移動する。つまり速度や圧力評価点が水面上、水面下と変化する。定常問題や、周期の長い問題では、評価点が水面を出たり入ったりすることは問題になりにくい。しかし、耐航性のような比較的頻繁に評価点が水面を行き来する問題では、精度上問題が発生し得る。具体的な事例としては、計算法にMAC法を用いた場合、圧力評価点が自由表面に極度に近い状態が発生すると、数値誤差等により計算精度が下がり、場合によっては計算が発散することもあり得る。これを避けるため、自由表面が圧力評価点に接近した場合、計算上の距離に下限値を置くとか、そこの圧力は大気圧とするといった手法が必要になる。このようなことがあるため、計算精度に問題がある場合もある。
 自由表面適合格子の欠点としては、各ステップに格子を再生成する必要がある。計算時間がかかることはあまり問題とならず、安定して計算ができる格子を生成できるかどうかが問題となる。船体運動や波高が大きくなり、格子のトポロジーが変化するような場合は不可能であるが、船体運動が大きくなく、自由表面の移動が大きくない場合でも、船尾付近の格子の生成にネックを生じやすい。また砕波やスプラッシュの考慮も不可能である。微小振幅波中の微小運動で粘性を考慮する場合は非常に有効な手法である。
 上に述べた欠点は構造格子を用いた場合である。非構造格子を用いる場合は格子生成の不都合が生じにくい。非構造格子を用いた場合、計算時間が飛躍的に大きくなり、移流項の3次以上の上流化に手間がかかると言った欠点はあるが、遠い将来的には有効な手段となるかもしれない。
(2)波高関数法
 波高関数法の利点はコーディングが容易であることの一言である。欠点は砕波やスプラッシュと言った現象だけでなく、巻き波のような切り立った自由表面形状も再現できないことである。短い時間、少ない人数で結果を求められる場合は、この方法が現在でも有利と思われる。
(3)VOF法
 波高関数法と同一である。
(4)自由表面追跡法
 自由表面においたマーカーを追跡することで自由表面を決定する。波高関数法では表現できないような急峻な波でも計算可能である。ただし砕波を考慮するのが困難であるため、耐航性への応用には向いていないと考える。耐航性の計算という目的では考慮する必要はないと思われる。
(5)密度関数法
 密度関数法は耐航性への適用には向いている方法である。複雑な自由表面形状に対応可能であり、格子サイズを微小にすることで砕波などにも計算が可能である。欠点としては、自由表面を表す関数が時間とともに数値散逸し、精度が低下することである。現在の現実的な計算では10〜20波で精度が低下する。また、船体表面における密度関数の境界条件が明瞭でないため、スラミングなどの問題に対して精度上の問題も起こる。自由表面付近の格子を微細にすることで数値散逸を押さえることができるため、これからも有効な計算方法と思われる。
(6)CIP法
 密度関数の改良型であり、数値散逸を低下させる。耐航性への応用は最も有効な計算方法である。ただし、不規則波中の計算のように多くの波数を必要とする場合にはまだ困難を伴うと考えられる。
(7)Level−Set法
 密度関数法では時間とともに境界が不明瞭になるが、Level−Set関数法では明瞭を保つ。密度関数法、CIP法と比較して長時間の計算が可能であるが、計算時間が2倍程度になる。ただし、自由表面に幅を持たせているため、完全な自由表面条件とは言い難い。また連続条件を満たさないと言った問題もある。厳密性に問題があるが、応用性からするとCIP法と並んで有力な方法と思われるが、物体表面(船体表面)上の条件を満足させにくく、安定しにくい面があるようである。
(8)マーカーアンドセル法
 古典的な計算方法のマーカーアンドセル法は、3次元問題ではかつては時間がかかり過ぎて実用化が困難であったが、現在では実現可能なところになっている。密度関数法、CIP法は流体の有無を関数として表現し、関数の移流を解く。Level−Set法もほぼ同様な方法で、数ステップに一度の割合で関数を再配置する。それぞれの問題点は上で述べたが、マーカーアンドセル法ではラグランジュ的にマーカーを移動させるため、上記の問題は起こらない。ただし、計算に破綻を来さないためには多数のマーカーを配置する必要があり、計算にかかる時間は非常に大きくなる。現在はほとんど用いられることはないが、実用計算法として念頭には置くべきだと考える。
(9)MPS法
 MPS法はこれまでの方法とは異なり、計算方法自体に特徴を持つ。流体を粒子として取り扱い、粒子のある場所が流体であるとする方法である。粒子数密度が一定値以下になるとそこが自由表面とする。粒子法を含めてグリッドレスの各方法は、移流項を解く必要がないことが利点である。移流項は差分計算において発散の原因になりやすく、発散を防ぐための数値粘性を必要とするため、精度上の問題がある。MPS法はそれらの中で最もまとまりの良い形をしている。複雑な問題に対しても発散することが少ない。欠点は、流体を連続体と粉体の中間(どちらでもない)としているため、任意の1点における圧力を求めることが不可能なことである。実際に船舶に適用する場合は、点ではなく面に働く力であるからこの欠点は緩和されるが、十分細かい粒子を取らなければならない。このような問題が小さい計算手法として Flip 法があるが、この方法の詳細はわからない。計算法としてはマーカーアンドセル法の中間的な存在であると思われる。
 以上に述べてきた界面(自由表面)の取り扱いの容易さ、精度、拡張性などの観点から、現存する計算手法の特徴を大雑把に図に示すと、図2.7.1のようになるのではないかと考えられる。
 
C)無限遠方の条件
 無限遠方の条件がCFDの計算において困難を与えることは、パネル法と同様である。解析的な解を境界条件とする方法が考えられるが、ここではCFDの枠内で無限遠方の処理について述べる。
 現時点では、数値計算において波を境界にて完全に透過させることはできていない。減衰領域を置く以外に有効な手段はない。言うまでもなく減衰領域は広いほど性能は高い。一方で船体表面での精度を考えると、船体に適合した格子を採用せざるを得ない。船体に完全に固定された格子を用いると、船体の回転運動に伴う格子の移動速度は遠方になれば大きくなる。これはCFL条件を厳しくする一因となるうえ、計算精度の点でも疑問である。この問題を避けるために2つの方法が考えられる。一つの方法は船体近傍では船体に張り付き、遠方の境界では空間に張り付いた格子を採用し、中間で格子を歪ませる方法である。もう一つは近傍領域と遠方領域に格子を分割する方法である。前者は自由表面適合格子を使う場合も含まれる。このほかにも滑り格子を用いる手法もあるが、高速船ではビルジキールが存在するため不可能である。MPS法ではこのような問題は生じない。
 
図 2.5.1 CFDによる自由表面計算法の相対的位置付け
 
 一方、別の問題も存在する。構造格子を用いて計算を行う場合、どのような格子を用いるかである。船体の抵抗計算などでは、O−H型の格子が用いられることが多い。ここでO型はbody planに対する格子で、H型はwaterlineに対する格子とする。断面形状にO型を用いると、船体表面に格子を引きつけることができ、粘性計算の精度としては都合がよい。しかし船体から横方向に離れると、O型格子故に円周方向の格子間隔が徐々に開いてくる。この格子間隔が大きくなると波を伝達することができなくなる。O−H型格子を用いると、必然的に計算領域に制限が加わる。C−H型、O−O型格子を用いた場合も同様である。H−H型格子を用いればこの問題は起きないが、粘性問題に対して精度が低くなる。
 以上の点を考慮して、粘性を考慮したCFDの高精度化を考えると、現時点では格子を分割して計算を行うことが現実的であると言える。加えて本件のような高速船では、船尾の格子形状が数値計算の精度並びに安定上重要となってくる。定常造波問題でもブロック化した格子を用い、船体の部位によって格子を使い分けている。そのような点を考慮すると分割格子の有効性は高いと考えられる。ただし、スプラッシュなどを考慮しないような問題に対しては、変形する格子を用いることが精度上有効と考えられ、問題とする対象によって使い分けることが現時点では現実的と思われる。
 
2.5.4 粘性の取り扱いに関して
 粘性の考慮は乱流モデルどのような乱流モデルを採用するかに依存する。波浪中の船体周囲での流場計測や乱流計測が行われていない以上、現段階では議論できない。また波浪に起因する乱流の成分も実海域では含まれている。これがどの程度船体運動に影響するかも考慮する必要があるかもしれない。
 
2.5.5 差分法に基づく計算法における今後の展望
 CFDの手法を用いた浮体運動の数値計算を行う場合、次の手法を取ることが有効と思われる。
・2〜3年程度の計画
 他の数値計算法との比較や、粘性影響の検討を行うような問題では、変形する格子を用いる。船体表面圧力を見積もる程度の問題ならば、分割格子を用い、自由表面追跡法での計算が良いと考えられる。
・5年程度の計画
 非構造格子を用いた計算法を開発する。現時点では計算負荷が大きいが、5年後には大幅に改善され、新たな手法等も取り入れやすい。自由表面の取り扱いは、各種の手法を検討する必要があるが、マーカー粒子を追跡する方法、CIP法、Level−Set法のいずれにも対応できるようにしておくことが有利と考えられる。
・研究として粒子法を行う必要がある。現在の粒子法(MPS法)は部分的な適用しかできず、船体全体に適用するには10年以上の時間が必要となる。船体の波浪中運動に適した粒子法を開発することも含め、基礎的な研究は進める必要がある。
 
3.研究課題のまとめ
 高速船開発において他国に対して優位性を保つには、これまでの船舶海洋工学における学術的実績に基づいて、我が国独自の最先端解析ツールの開発を行い、それを高速船設計ツールとして利用することにより技術的な差を見せつけることが必要である。しかし、残念ながら現状は、ヨーロッパ・アメリカ・オーストラリアなどの高速船開発先進国に比べ、やや劣っている状況であることは否めない。その主たる原因は、高速船に対する波浪荷重の高精度推定法の開発が十分になされておらず、また波浪荷重の計算と構造計算の有機的な統合が行われていないため、構造設計において安全率を大きめに取って設計する傾向にあり、その結果、日本で作る高速船の船体重量が重くなりがちであるという点にある。
 したがって、この状況を打破するためには、まず波浪中を高速航行する船の波浪中船体運動、衝撃を含む波浪荷重の高精度推定法の開発が必要である。船舶流体力学における現在の研究レベルを考えると、数年というレンジの近い将来に実現可能な計算手法としては、やはりまず 2.2節で述べたポテンシャル理論に基づく時間領域での3次元ランキンソース法的な計算法が挙げられる。この計算法の開発における必要な研究課題としては、高速船特有の問題、たとえば、航走時における姿勢変化の影響、トランサムスターンの影響、姿勢制御のための水中翼の影響、スラミングや海水打ち込みのような強非線形現象の影響などを、合理的に且つ安定・高精度に計算できるようにすることである。トランサムスターンや水中翼の影響は、ポテンシャル渦層を考慮することで可能であると考えられるが、計算の効率化・安定化のためには、渦層の形状を既知として固定するなど、何らかのモデル化(線形化)が必要であろう。またスラミングなどの強非線形現象は、グローバルな船体運動とは連成させず、ローカルな現象として別途付加するという実用的な手法を考えるのが現実的と思われる。もちろん、2.3節で検討した、高速細長船理論をベースとした計算法の開発も考えられるが、解決すべき数値計算上の問題点が少なくない現状を考えれば、将来における計算法の拡張性、他国に対する優位性の確保、という点ではやや物足りない感じがする。
 いずれの方法を用いるにしても、流体力学的な計算によって圧力分布の時刻歴が与えられたとすると、船体の弾性解析、構造解析は、NASTRANを用いて可能である。しかし、NASTRANに代表される有限要素法と動的流体力の計算法との相互やり取り、すなわち流力弾性における連成の考慮が十分に行われているとは言えず、これが原因で、構造応答の計算にいわゆる不平衡力の問題が生じることがある。この問題を実用的に解決する方法として、構造物の弾性モード関数を用いたモードごとの解析を行い、剛体運動は従来から用いられている波浪中船体運動計算法によって別途求めるという手法が考えられる。しかしながら厳密な意味では、 NASTRANによる計算は基本的に流体から構造計算への一方通行だけであり、構造と流体の連成を合理的に考慮した厳密な計算ではない。 この問題点を解決することは将来的に是非必要である。
 局所的な振動の影響も高速船の設計では重要であるが、グローバルな船体運動の計算と連成させるのでなければ、局所的な振動を適当にモデル化することにより、船体運動が確定された後の付加的な計算として実行することが現実的であろう。
 差分法に基づく数値流体力学的手法(CFD)による計算では、粘性項を考慮し、no slip境界条件にすると、克服すべき高いハードルがいくつかあるが、非粘性流を仮定するのであれば、CFDによる計算は、ランキンソース法に次いで現実的な計算手法と考えられる。しかし、自由表面などの界面が大変形する時にどのような手法を使うと良いかについては、粒子法やCIP法、Level−Set法、VOF法など数多くの手法が提案され、それらによる計算例が示されているが、まだ他を圧倒するような決め手がなく、今後さらに基礎的な研究が必要であろう。







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