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2.2.7 谷澤・白倉の方法
 時刻歴ランキンソース法によるfull nonlinear計算法である。従来、時間に関する後退差分で取り扱われていた速度ポテンシャルの時間微分項を、加速度ポテンシャルを用いた厳密な定式化の下で取り扱われており[26]、理論的に最も確かなものである。加えて、Higher order panelが使用されており、精度的にも高いと考えられる。ただ現時点では、前進速度が付いた場合の非線形解は不安定となるといった問題が生じており、前進速度が小さな場合の適用例が多い。
 
Author(s) Year F-S B.C. Hull B.C. Matrix Examples Ref.
Shirakura 2001 Full NL NL GMRES Wigley in waves [27]
Tanizawa 2001 Linear Linear GMRES Wigley [28]
 
図2.2.10:計算格子
 
図2.2.11:非定常波形
 
2.2.8 岩下・片岡の方法
 時刻歴グリーン関数を用いた計算法であり、船体表面条件以外の条件を満足するインパルス応答関数を核関数とする解法であることから、自由表面条件は線形であるものの、放射条件は解析的に満足される。既にミシガン大学グループやMITグループでも開発された計算法ではあるが、従来法と比較して高精度計算を実現している。非線形影響としては、船体動揺により静水面下で変化する船体形状の影響を考慮することができる。空間固定座標系を採用することで定常撹乱影響を時刻歴計算中に組み込んだ形となっており、低周波数域で顕著となる定常撹乱影響も精度良く推定されている。波浪中抵抗増加の計算例では、船首フレアを付けることにより船体運動振幅や抵抗増加を低減できることが示されている。
 
Author(s) Year F-S B.C. Hull B.C. Matrix Examples Ref.
Kataoka et al. 2001 Linear NL LU Modified Wigley, S-60 [29]
Kataoka et al. 2002 Linear NL LU Modified Wigley [30]
 
図2.2.12:Heave運動振幅
 
図2.2.13:波浪中抵抗増加
 
図2.2.14:船体運動と圧力分布
 
2.2.9 安川の方法
 時刻歴ランキンソース法による非線形計算法である。自由表面条件は摂動法による2nd orderの条件式、船体表面条件は非線形条件を課している。基礎式は、空間固定系での取り扱いがなされており、いわゆる数値水槽を境界要素法ベースに造り、その中で船や造波板を動かしたシミュレーションを行っている。マトリックス計算にはSOR法を用いており、高速演算が可能としている。現時点では、いわゆる「長水槽」をシミュレートしているため、正面向波だけが取り扱われており、広い海面を必要とする斜め波や不規則波に対応できるような「角水槽」への拡張は、演算時間の面から困難と考えられる。ただし、文献[29]には、高速艇の曳き波の問題を取り扱っており、正面向波に限れば、高速艇の耐航性計算にも対応可能であると考えられる。
 
Author(s) Year F-S B.C. Hull B.C. Matrix Examples Ref.
Yasukawa 2000, 2001 2nd order NL NL SOR Wigley in waves [31],[32]
Yasukawa 2002 2nd order NL NL SOR High speed Vessel [33]
Yasukawa 2002 2nd order NL NL SOR S175, C/S in waves [34]
 
図2.2.15:高速艇の計算に用いたパネル配置図[29]
 
図2.2.16:Heave、pitch運動振幅と位相
 
図2.2.17:定常波・非定常波の時刻歴
 
2.2.10 3次元ポテンシャル理論計算法における今後の課題
 今後の課題を簡単に整理したい。
 まず、ポテンシャル理論をベースとした境界要素法を用いる場合の問題点を指摘しておきたい。第1は、ロールのような横運動推定時の粘性影響による問題である。ロール運動の精度良い推定のためには、別途粘性項を入力しなくてはならない。この項は、計算で得られる圧力分布を積分した流体力とは異なる成分であるため、本来保証されていた圧力と流体力との関係が整合ではなくなってしまう。これは、計算で得られた圧力分布を用いてFEMによる構造計算を行うときに、いわゆる不平衡力の発生という事態を招く結果となる。第2は大波高中でのスラミングや海水打ち込みの発生に関連した問題である。境界要素法は、流体の連続を仮定した手法であるため、砕波や飛沫のような不連続現象は取り扱うことができない(ただし、粒子法のような別の計算法にマッチングするテクニックを使えば別である)。したがって、このような強非線形の現象を何らかの形で計算法に取り込もうとすれば、モデル化が必要である。その際には、非線形ストリップ法で用いられている手法が参考になろう。ただ、本質的には、強非線形問題を厳密に取り扱うことはできないことを念頭におくべきである。第3は非線形計算を行うときの設計値推定に関わる問題である。従来、耐航性能に関する設計値推定のためには、線形重ね合わせに基づく短期予測、長期予測の手法が用いられてきた。ただし、非線形問題を考えるとき、そのような線形重ね合わせに基づく手法は、原理的には使用できないと考えられる。その解決策として、不規則波中での耐航性能計算を行い、その結果に基づき、設計値が決められるようになると考える。しかし今のところ、演算時間の問題もあり、不規則波中での計算はあまり行われていないようである。高速船の場合には、正面向波が特に重要であるため、まずは正面向波での不規則波中計算が必要であると考えられる。
 次に、通常の船舶とは異なる高速船特有の問題を指摘しておきたい。第1に航走時の船体姿勢変化の問題である。平水中を高速航走する高速船は、大きく姿勢を変えることが知られている。このdynamic trim and sinkageの影響は、通常の船舶を対象とした計算では、考慮されないことも多いようである。高速船を対象とする場合には、これを正しく考慮する必要がある。第2はトランサムスターンの取り扱いである。排水量ならびに滑走型の高速船を考えるとき、その多くの船尾形状はいわゆるトランサムスターンである。ポテンシャル理論をベースとするとき、トランサムスターン直後の流れ場は、いわゆる淀み点となり、そこでは、波高が非常に大きく計算され、破綻に至ることもある。その実用的な解決策として、1)トランサムスターンから渦層を流出させる方法、2)トランサムスターンの後ろにダミーハルを付加させる方法、3)トランサム部の真後ろに位置する垂直壁のパネルを除去する方法等が提案されている。今のところ、解決策の決定版というのはなく、検討が必要である。第3は水中翼の問題である。高速船には、水中翼船に限らず、 ride control systemに関連して水中翼を補助的に装備したものも多い。このように、計算法の開発にあたり水中翼の考慮は不可欠であり、またその考慮は原理的には支障はないと考えられる。第4は多胴船の問題である。高速船の分野には、wave piercerに代表されるように、双胴型の船舶も多い。さらに近年では、3胴船の開発も進められている。計算法の開発にあたっては、そのような多胴船を念頭に置いた計算法の開発が必要であろう。
 今回、計算法のレビューを行った限りでは、高速船を考える場合に特に重要と考えられる、非線形波浪荷重、波浪衝撃圧、上下加速度等の問題は取り扱われていないようであった。それは、非線形波浪荷重等に関する公表された水槽試験結果がほとんど無いことも理由の1つであろう。理論計算法の開発とともに、高速船の耐航性能に関する検証用のデータの取得も大変重要な事柄であることを指摘しておきたい。







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