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5. 海運電子商取引ベンチャー:これまでの経験
 1990年代の末期には、先進工業国においてインターネットを利用したベンチャーについて、さまざまな意義深い展開が見られた。これらの新事業は、その収入基盤が比較的限定されていたにもかかわらず、証券取引所において非現実的な高い評価を与えられた。2000-2001年の「ドット・コム」バブルの崩壊、およびそれに続く一部のベンチャーの破綻は海運にまで及び、大手の企業までが巻き込まれた。生き残った企業の間では統合が加速化し、その動きは今日まで続いている。
 
5.1. 1990年代末期以降に発足した主要ベンチャーの概観
1990年代末期と2000年には、グローバルなインターネット利用の急速な伸びと、電子商取引の潜在的効用に対する認識が高まったことを受けて、海運関連の新規オンライン・ベンチャーが乱立した。この時期に出現したEベンチャーは主として以下の範疇に入るものであった。
 
■オンライン用船サイト
■燃料油調達会社
■その他の調達活動(舶用品)
■情報プロバイダー
■化学製品輸送関連ベンチャー
■海上コンテナ輸送関連事業
 
5.1.1. 用船サイト
 すなわち、海運のオンライン・サービスにはいくつかの異なったアプローチが見られた。従来のブローカー業務にとって代わることを主眼とした電子取引プラットフォーム(すなわち「E用船」ベンチャー)にはLaycanとLevelSeasがあった。これらのサイトは船主と用船者が直接交渉できる仕組みを作り、ブローカーでなくサイトが1.25%のコミッションを取るというものである。30
 これほど急進的でないベンチャーとしてShipbroker Exchangeがある。これは船舶ブローカーの業務種目全て、すなわち発注、用船契約、引合い、売買などについて究極的なツール、かつインターネット通信のツールたることを目指した。31
 取引ウェブ・サイトを従来の船舶ブローカーに取って代わらせようというのではなく、インターネットを利用し、高速、柔軟性、顧客のソフトウェアの守秘能力をインターネットのネットワーキング、情報共有能力と合体させてブローカー業務の効率を高めようというものである。
 
5.1.2. 燃料油調達サイト
 オンライン燃料油調達サイトとしては、BunkerworldとOceanConnectがあり、いずれも今なお稼動している。Bunkerworldはオンライン機能を海事に適用して成功した最初の例といわれ、Ocean Connectも後に続いている。今日ではBunkerworldはニュースと情報の適時かつ信頼性の高い提供で定評がある。
 
5.1.3. 化学製品輸送関連
 化学製品輸送関連では米国に本拠を置くOptimum Logistics Ltd、船主Stolt-Nielsen S.A.とソフトウェア・サプライヤーAspen Technology Incの共有が著名であるが、この知名度は、各種のオンライン化学品取引所とのパートナーシップを通じて獲得されたものである。32
 このプラットフォームは化学品トレードに携わっている企業に対し以下の、
 
a)“TransLink”経由のサプライ・チェーン管理商品、
b)“TransBid”を利用した世界規模の貨物受渡し、
c)および同ポータルの“TransBridge”サービスによるコミュニケーション
 
の3種類のツールを提供している。うち最後に挙げたツールは、加入企業が各種のシステムを使って相互に接続することを可能にする。2001年10月現在で、大手バルク・ケミカルメーカー11社以上が、このシステムを利用しているといわれる。対象は物流チェーン全般にわたり、海上輸送はもとより、陸上輸送や保管も含まれる。
 
5.1.4. 海上コンテナ輸送関連事業
 コンテナ・トラッキングは、海運のさまざまな側面の中で、電子商取引の効用を最大に享受した一つである。これはコンテナ海運の全プロセスというものが、海事産業の他の部門よりも遥かにロジスティックス集約的であるという事情による。
 コンテナ貨物の輸送には、例えば原産地から仕向地まで撒積みで運ばれる商品の何十倍もの処理事項が絡んでくる。オンライン・アプリケーションは、多数の定期船社がそれぞれのサイトに「トラック&トレース」機能を組み込んで、コンテナの動きを一層効率的に管理することを可能にする。定期船社のコンソーシャム33が2000年10月にINTTRA34の結成を発表し、B2B海上貨物サービスの有力プロバイダーとして登場した。船社のネットワークをバックに、INTTRAは2002年3月現在で外航海運市場に推計46%のシェアを占めるに至ったといわれる。34 INTTRAは荷主、フォーワーダー、ブローカーおよび第三者ロジスティックス・プロバイダーによるトラック&トレースを可能にし、さらに単一の統合されたプロセスで、複数の海運会社にまたがった貨物輸送手配を可能にしようとしている。
 
5.2. 海運電子商取引ベンチャー:代表例
 近年登場した海運ベンチャーの主要な例を以下に挙げる。
 
5.2.1. E用船:“LevelSeas.com”
 2000年の発足以来、LevelSeas海上輸送サービスの売買および管理のためのグローバルな海事関連電子商取引ソリューションとして、有力な地位を築いてきた。マーケット・リーダー各社35の支持を得て、LevelSeasは「バーチャル市場」に向けて幸先よいスタートを切った。
 LevelSeasは「ライフ・オブ・ザ・ボヤージ」(航海の全生涯)というコンセプトに基づいて、成約前の段階から航海自体の全過程、さらには契約満了後の処理すべてを対象とするソリューションを提供する。用船取引をその発端から合理化し、「自社への投資者のために取引のエクストラネットを目指した。
 ライバル・サイトとの主な相違点の一つは、船舶の乗員にアクセスする能力である。滞船料の計算の複雑性を認識したLevelSeasは、航海日誌を利用する方法を採用し、船長がこのシステムのオフライン・バージョンを使って自船に関するデータを更新が可能なようにした。36
 ややマイナス面の特色として、LevelSeasの中立性は一部のプレイヤーにとって常に気になる問題であった。発足当初からBP Amoco、Shellという2大石油メジャー、互いに世界のエネルギー市場におけるライバル企業がこのサイトを支援してきたが、それぞれのデータ・システムのセキュリティーについて不安が感じられている。37
 さらにLevelSeasが船舶ブローカーH. Clarkson & Co Ltdと提携していることから、他のブローカー会社はこのサイトにあまり魅力を感じない。ブローカー各社はライバル社と同じベンチャーに参加することへの憂慮から、このサイトヘの加入をためらっている。38
 2001年3月にLeve1Seasは、当時経営困難に陥っていた従来の競合相手SeaLogistics.comを買収した。しかし統合ソリューションは発足して間もなくインセンティブが失われたために、最近ではLevelSeasの収益状況は批判を浴びるような状況に陥っている。
 
5.2.2. E調達:“ShipServ.com”
 各方面の観測では、ShipServは近年に出現した最も重要なポータルの一つとされている39。同社のCEOは以前Oracle40の事業開発の責任者で、当時は海運会社からではなく、通常のベンチャー・キャピタルから資金を集めて海事ポータルを発足させようとしていた。シンガポール政府および各種の民間投資家やシリコン・バレーのベンチャー・キャピタルからの投資を得て、ShipServは、別個の購買システム同士がコミュニケートできる基準として「海事取引マークアップ言語」(MTML)を開発した。MTMLは、国際舶用品購買協会(IMPA)およびこの言語の使用を公約した多数のドット・コムと提携して、特に海運業における取引を対象として設計されたものである。
 ShipServはさらに海事関係者向けのソフトウェアも提供し、アプリケーション・サービス・プロバイダーとしての役割を果たそうとしている。ShipServは、コミュニケーションを合理化し、仕入れや意思決定の効率を高め、業界独特の商品やサービスを提供することによって、船舶管理会社やサプライヤーのコストを大幅に引き下げるものである。他の多くのドット・コムと同様、ShipServの収入もライセンス料や取引手数料に依存している。ShipServは2001年10月には経営不振のSeavantage.comを買収して市場におけるその地位を確立、電子商取引の名門として現在もその地位を維持している。2001年の初め頃、今日までの成果と将来計画の信頼性が認められて、ShipServは新規投資者からさらに600万米ドルの投資を得た。(2001年11月時点で)150社を超える加入を得て、海運界で最も高成長の、多数買手・多数サプライヤー間取引プラットフォームであるとShipServはそのウェブ・サイトを通じて豪語している。成約件数も月間5,000件を超え、正に「急速に成長している」。
 
(追記:本調査作業後の動き)
舶用品調達サイトのShipServとiShipExchangeの両社は、2003年1月末にShipServの社名で合弁することで合意に達した。2社の合計取引金額は約10億ドルに達する。両社の合弁は、ShipServ社がヨーロッパを中心に抱える顧客とShipExchange社が得意とする北米・アジア地域を補うことで、世界規模のネットワークを構築し、競争力強化を図ろうというもの。
 
5.2.3. 燃料油調達:“OceanConnect.com”
 燃料油販売のための調達サイトとしてOceanConnectは「オークション」方式で運営されている。買手と売手は互いに希望価格を出し合い、同じ港に停泊している同じ船を対象に、燃料油サプライヤーは競合する。
 同サイトは、市場の特定のプレイヤーに有利な状況を作ることなく、可能な限り公平にサイト内のバランスを維持してサービスの適正化を図った。同サイトではこのような中立性が不可欠であると考え、そのような方針から、サイトの仕組みは全てカスタマイズされている。
 当初OceanConnectはニュース、情報、市場開設を提供して注目を集めた。この情報にしても、各ユーザーの利用に適した内容とスピードを確保するためにカスタマイズされる。2000年には、同社の多角化を図り、燃料油調達以上のものを提供できる海事ポータルを創設する計画が進められた。
 現在、この多角化計画は一時保留され、同サイトはすでに競争上優位にある分野でのプレゼンス維持に力を注いでいる。
 
5.2.4. 情報提供:“MaritimeDirect.com”
 Millenium Sea Carriersのオーナーは1999年末、ニューヨークを本拠にオンライン海事情報源としてMaritimeDirectを設置した。同社は自前のデータが乏しかったので多数のアナリスト、マーケティング専門家、ジャーナリストからなるスタッフを集めて、翌年初めにウェブ・サイトを開設した。それでもなお同社は、かなり高いコストで既成のデータ・プロバイダーから幅広くデータを購入し、それに大きく依存していた。
 これは同社が直面していた信頼性の問題(すなわち海事データを提供した実績の欠如)の解消に一応役立ったが、それはすでにかなり高額の初期投資に少なからぬ費用を追加するものでしかなかった。サイト・ユーザーから集めた広告費による初期収入でもそれは賄いきれなかった。事実、同サイトのオーナーは電子商取引の世界で前代未聞の戦略を採用し、大量の無料情報を流して利用者を捉え、次いでこの種のデータを会員制で販売しようと図った。41
 2000年を通して営業収入は明らかに期待を裏切るものだったが、他のオンライン・ベンチャーも同時に開発が進められていたので、これは避けられない状況であった。しかも既存のデータ・サプライヤーは事業運営の手段として、自ら電子商取引の使用を拡大させていた。年末にかけて同社の苦境はエスカレートし、損失の累増に直面した同社のオーナーは、先ず多数の人員をレイオフした。しかし営業状態には明確な改善が見られず、支援者は同社の事業を縮小させざるを得なくなった。MaritimeDirecのウェブ・サイトは結局2001年3月に閉鎖された。
 

30
出所:Digital Ship/Drewry 'Recent developments in web-based maritime services' February 2001
31
出所:www.Shipbrokerexchange.comのウェブ・サイト
32
これらの取引所にはChemConnect, CheMatch, ChemCross, i2.i chemicals, Joseph TransportationおよびBulknet等がある。
33
参加定期船社はMaersk Sealand、P&O Nedlloyd、Mediterranean Shipping Co、Hamburg SudおよびCMA-CGMである。
34
出所:INTTRAのウェブ・サイト(http://www.inttra.com)。
35
BP Amoco、CargillおよびRoyal Dutch/Shell。
36
出所:Digital Ship/Drewry‘Recent developments in web-based maritime services’February 2001
37
IBP Amoco、RoyalDutch/Shellという強力な荷主の参加とは対照的に、同社には有力な船主からの同様な支援はない。
38
出所:Digital Ship/Drewry 'Recent developments in web-based maritime services’February 2001
39
出所:Digital Ship/Drewry 'Recent developments in web-based maritime services’February 2001
40
B2Bを得意とするデータベースソフト・ソリューション会社
41
しかしこのサイトは2000年半ばに方向を転換し、コンテンツ・プロバイダーを発足させるとともに調達市場にも分岐し、その後また、当初の会員制による情報提供という方針に戻った。







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