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4. 造船業における電子商取引
 この節では造船業、特にヨーロッパの造船業における電子商取引の今日までの発展について検証する。アジアの造船所よりも機器製造を地元の専門サプライヤーに域内アウトソースする比率が遥かに高いヨーロッパの造船所にとって、特にE調達の潜在的効用はきわめて大きいように思われる。そうすることによってヨーロッパの造船所は間接費を大幅に切り詰めることができると考えられている。
 これは極東よりも生産コストがかなり高い地域においては重要な要素である。同様に機器メーカーの側でも、造船所のニーズに制約されるのでなく、複数の造船所に製品を納入することにより可能になる、特化推進とスケール・メリットの効用を一層享受することが可能になる。
 
4.1. 序論
 1990年代末以降、特に造船業界を対象としたEベンチャー数社が設立され、その全てが効率改善という共通の目標を掲げて発足した。21
 うち1社は次のように主張している。「事務処理、予算超過、その他の非効率の要因が造船コストを押し上げるものと推定されている・・・E市場はプレイヤーが効率を高め、設計図の青写真のように情報を分かち合い、そしてコストを引き下げることを可能にする。インターネットも参加者にとってもう一つの販売チャンネルを提供する。」22
 
4.2. ShipyardXchange AS
 
 ShipyardXchange ASは、機器取得の効率を高め、費用を節減させる「購買ゲートウェイ」をヨーロッパの造船業に提供するために、2000年8月に独立会社として設立された。効率改善は以下の側面で達成される。
 
a)サプライヤーからの見積書の標準化、および
b)ヨーロッパの造船業に、域内のみを基盤とするサプライヤーよりも一層広範囲の潜在サプライヤーへのアクセスを提供すること。
 同社はノルウェーの造船所Aker Yards、Ementor ASA(スカンジナビアのEビジネス・コンサルタント会社)、調査会社Marintek(海事技術の研究開発に特化)並びにスペインのソフトウェア/エンジニアリング会社SenerSAの合弁事業として設立された。23
 
 このポータルの利用者は定額の会費を納め、サイトを利用してその後取引を行うごとに、さらに料金を支払うという方式である。
 ShipyardXchangeはそのウェブ・サイトにおいて、全ての顧客に対して以下の効用を提供するとしている。
 
■開かれた市場がもたらす、市場の一層の透明性
■取引相手とのコミュニケーションを改善する余地
■設計における協力の強化
 
またサプライヤーには以下のような潜在的効用を示している。
 
■サービス利用の見込客数増加による、一層広い市場へのアクセス
■過去にはさまざま理由からアクセスできなかった地域市場への、コスト・パフォーマンスの高い拡大
■顧客およびプロジェクトについての一層正確かつ意義ある情報へのアクセス
■買手との直接交渉が可能になる
 
買手には、ShipyardXchangeは以下の効用を約束する。
 
■調達プロセスの合理化、事務処理量の削減、および管理費の節減。
■応札するサプライヤーの範囲拡大
■入札手続の監視厳密化
■各サプライヤーが提示する価格、条件、仕様の直接比較による時間の節約
■企業調達方針の徹底と未承認購買件数の低下
■サプライヤー・チェーンの同期化向上による在庫削減とサイクル期間短縮
■サプライヤーとのリアル・タイム、オン・ライン交渉による販売価格確定の可能性
 
 2000年10月までにヨーロッパの造船所8社と100社を超える舶用機器サプライヤーがShipyardXchangeに加入したということで、同社は商業ベースのポータルを発足させるのに必要とされる、取引量を達成したと主張する裏づけができた。同社の株主は、やがてヨーロッパの舶用機器市場に40%の市場獲得を期待している。
 
4.3. MarineDigital Inc
 
 2000年3月に設立されたMarineDigitalは自ら「海事産業向けのグローバルなB2B市場」を自認している。2000年9月に同社のサイト(http://www.MarineDigital.com)がシステム企画者としてMarine Digital Inc、システム構築者としてZusinsoft、さらにウェブ設計者としてZusinsoftの協力を得て設立、開設され、正式な取引が始まった。開発は韓国科学技術院(KAIST)、韓国海洋大学校および釜慶大学の監督の下に行われた。
 このサイトは韓国語、英語、中国語、日本語およびギリシャ語のいずれかを選択可能で、海運、造船、船舶管理、漁業の4大市場を網羅している。24
 同サイトが提供する機能は、舶用品および燃料油のE調達、貨物のオークション、中古船の売買などである。同ポータルは今後の顧客層として、船主、造船所、船舶ブローカー、フォーワーダー、港湾局、機器サプライヤーに狙いを絞っている。
 特に造船所については、Marine Digitalのオーナーは、造船設計の段階における効率向上とオンラインで調達される資機材の納入が迅速化されることから、建造期間の短縮が可能であるとしている。しかしながら、このような効率増進があったとしても、その程度は個々の造船所が外部の機器サプライヤーに依存する度合いの軽重によって異なる。事実、舶用品の専門メーカーに対する依存度は地域によって異なる傾向が見られる。ヨーロッパの造船所は、アジアの造船所に比較して依存度が高い。韓国のメディアの報道では、このポータルの利用により船舶の建造期間は1-2ヵ月短縮できるというが、この種の評価の出所はMarine Digital自体である公算が高く、現在のところ、それを裏づける証拠はない。もとよりこのような建造期間短縮は、建造船種、その技術的難易度、設計に含まれる特定の機器の種別、さらには個々の造船所の生産施設等に依存するものである。これらの要素は事例ごとにかなり変動する。
 2000年11月にMarine Digitalはニューヨークに本拠を置くカスタマイズドE調達サービスのプロバイダーShip Vertical Internet Group Inc.と協定を結んだ。この協定に基づいて、両社は商品やサービスの交流、マーケティングにおける協力、新商品の共同開発などを行うことになった。両社はまた、機器サプライヤー、船舶管理会社または運航会社をグローバルに網羅した、共通のデータベースを通じて事業を展開することでも合意した。
 
4.4. 造舶ウェブ
 
 造舶Webは日本財団の後援、(財)シップ・アンド・オーシャン財団の主導による3年間の調査研究の成果として発足した。その構想は1998年に始まり、(社)日本舶用工業会と(社)日本造船工業会で具体化作業が行われた。
 2001年3月1日に株式会社造舶ウェブが設立され、翌月、同サイトは全面稼動に入った。現在では造船所と機器メーカーがデータを交換するポータルとして利用している。25
 この節で取り上げた他の造船関連プロジェクトと同様、造舶Webは以下の点を目標にしている。
 
a)技術情報項目名の標準化規約の採用を通じて情報交換を合理化、高速化して効率を改善、
b)さらに運営費用の削減に役立つことができる。
 
 造舶Webが提供する、企業間の情報交換・取引における統合システムは、個々の組織内のCAD/CAM技術の改善にも貢献するものとして位置付けられている。
 このシステムは、メーカーから寄せられる製品データにより継続的に更新される共通サーバーをベースとしている。
 サイトのユーザーは、それぞれの造舶Webサーバーにアクセスし、データをダウンロードあるいはアップロードすることができる。また、造船所と機器メーカーは、造舶Web対応の技術仕様書を用いて、項目名が標準化され電子化された機器情報を相互に交換しそれぞれその情報を自社の社内システムに取り込むことが出来る。造舶Webを利用するユーザーは、質問処理の所要時間が短縮され、カタログ情報の取得が容易になったことを確認したといわれる。さらに発注した商品と納入された商品との間に差異があれば、それを摘発し解決することが一層容易になる。
 造舶Webは専ら日本の国内事業として発足し、当初、造船21社と舶用機器工業74社がこれを支援。しかしながら中長期的には国外の参加者、ヨーロッパの造船所も加入することが期待されている。そうなれば造舶ウェブの役割も広がり、海事Eビジネスの本格的ポータル・サイトとなると思われる。
 
4.5. mySAP.com
 
 2000年7月、クアラルンプルを本拠とするコングロマリットBusiness Focus Groupがマレイシアのソフトウェア・ソリューション・プロバイダーSAPと戦略的なアライアンスを結んだ。(Business Focus GroupはPenang Shipbuilding & ConstructionとPSC Naval Shipyardの親会社。)
 この協定に基づき両社は、造船・航空宇宙・防衛産業向けのポータルを共同で開発する。当初これはマレイシア国内市場向けとして計画されたが、中長期的には、mySAP.comの活動をアジア市場全般に広げる計画もある。
 同ポータルの共有オーナーによれば、mySAP.comは以下のような「付加価値」サービスを提供するとされている。
 
■機器やサプライをメーカーから効率的に調達
■これら資機材の効率的な売買
■見積り要請(RFQ)と取引の自動化
■入札手続の自動化
■共通の設計図と文書による協働作業とコミュニケーション
 
4.6. Tribon.com
 
 2000年10月に操業を開始したオンライン・ベンチャー。オーナーはマルメー(スウェーデン)に本拠を置き、造船およびオフショア機器用の設計ソフトウェアおよび情報システムを専門とするTribon Solutions AB。26
 Tribonのウェブ・サイトに掲載された説明によると、参加造船所は世界のトップ50社(2001年の重量屯べース建造量による)に及び、機器サプライヤーの参加も広汎に及んでいるという。
 2001年9月時点で、Tribon.com加入の造船所は全体で110社を超える。27 Tribon.comは「海事産業全体のための中立的市場」と自己規定し、そして「・・・造船所、舶用機器サプライヤー、船主を総合的なグローバル・ネットワークで結び付けるインターネットサービス。Tribon.comは設計統合に役立つ3Dモデル、設計情報、写真、技術的仕様書、営業情報を含む造船構成要素のデータベースを中核としている」とも説明している。28
 会社がこのサービスに加入すると、自社独自の設計・モデルに情報をダウンロードできるようになる。Tribon.comにはE調達機能もあり、買手はこれを利用して直接買い付けることも、見積り要請を出すこともどちらでもできる。この節で取り上げた他のサイトの場合と同様、Tribon.comのオーナーも、個々の品目について、供給元の所在確認と情報入手の手順を合理化する上で、このサービスがもたらす効用を力説している。情報は業界の標準フォーマットで提供されるが、このフォーマットはTribon.comサービスの加入者でなくても利用することができる。Tribon.comのオーナーは、他の手段と比較して、このシステムはサプライヤーが造船所に売り込むに当って目標を絞り、マーケティング/セールス手順の効率を高め、顧客とのコミュニケーションを改善するのに役立つとしている。
 
4.7. “Euroyards”の協カプロジェクト
 Euroyardsは自社が関わっている電子商取引の展開を促進するために、ヨーロッパの大手造船5社が結成したコンソーシャムである。メンバーはMeyer Werft、HDW、Chantiers de1’Atlantique、FincantieriおよびIzarの5社。Euroyards結成の構想が最初に発表されたのは2001年1月であるが、March 2002年3月現在、同グループは依然としてサービス・プロバイダーの選考に結論を出していない。しかし、Euroyardsとしては、Eソリューションの開発を目的とした中立企業を設立し、各メンバーが5%-10%の出資を行うものと見られている。29
 

21
買手(造船所)にとって、効率上昇の要因として在庫管理の経済性向上、オンライン取引による費用と時間の節約などが示唆されている。逆に、サプライヤー(機器メーカー)の側では、ポータルに加入することによってアクセス可能になる拡大した市場が、売上げ増大の可能性をもたらす。これもまたスケールメリットにつながる。
22
出所:mySAP.com(4.5項参照)。
一般に、造船業と関連工業における電子商取引の利用は、取引のベスト・プラクティス採用と造船のプロセスに寄与する各関係者の協力を強化することに重点が置かれている。
23
2002年12月現時点のオーナーは、Aker Kvaerner Yards, Aker RGI, Sener Grupo de Ingenieriay Sistemas SA, Ementor ASA, Marintek, Rolls Royce Marineとなっている。
24
報道によれば、発足当時、造船市場だけで3,500社の資材サプライヤーを集めていたといわれる。
25
造舶ウェブは特に造船所と舶用機器メーカーとの協力促進を目的としたウェブ・システムでもある。
26
Tribon Solutionsは以前はKockums Computer Solutionsという名称であったが、1999年に現在のように改称した。その活動は、本来同社が属していたスウェーデンのKockums造船所の設計・情報システムを電算化する必要性から1970年代の初期に開始された。Tribon Solutionsが考案した造船用CAD/CAMシステムは、2001年には市場シェアが40%を超えるに至ったという。
27
2001年10月現在、Tribon.com.加入済みの造船所は110社、機器サプライヤーは150社を超えているという。
28
出所:Tribon Solutionsのウェブ・サイト
29
出所:Lloyd's List ‘Euroyards seeks speedy outcome’







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