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3. 電子商取引に予想される制約
 この節では、電子商取引について予想される欠陥や一般的制約を検討し、過去2年間における一部の海事ドット・コムの破綻について、その考えられる原因を指摘する。
 
3.1. 電子商取引にまつわる一般的問題
3.1.1. システムのセキュリティー、信頼性、基準の不足
 組織が旧来の取引先との取引を拡大するようになると、そのシステムの保全状態を再評価しなければならない。すなわち仕入れ、発注、出荷通知などのサプライ・チェーンの各要素の電子手段による移送について、その信頼性と保全状態を再評価するということである。
 Eビジネスはその本質からして、システム故障や「ハッカー」の破壊行為に犯されやすい。このことから、その組織が「リアル・タイム」システムのモニター、見直し、監査を行う一方で、システムの保全状態改善を迫る圧力の激化にさらされることになる。データのセキュリティー如何により、組織の管理下にある資産にリスクが生じることもある。
 セキュリティーに問題が生じたEベンチャーは、商取引の媒体としてインターネットを利用しない企業に比べて、情報の喪失、データの盗難、それに伴う収入の喪失を蒙る度合いが高い。海事産業におけるこのようなセキュリティーおよび標準化問題に伴って、2001年3月に海事電子商取引協会(MeCA)が設立された。この海事部門におけるEビジネスの進行と発展を目指す各社が結成した非営利コンソーシャムの目標は以下のとおり。
 
■電子商取引部門全体にまたがって共通の規格の調和、設定、振興を図ること。これらの規格には技術的規格および用語の基準、並びに異なったシステム間の相互動作を可能にするプロトコルの策定を含む。
 
■海事産業のあらゆる部門におけるマーケティング、起業精神についての教育と学習、電子商取引の利点、可能性および要件を説明するなどの、各面での協力。14
 
 MeCAに入会すれば、企業は業界標準の設定に関する発言権と、統合化に役立つ資源へのアクセスを獲得する。海事部門では、電子商取引の相手が破綻するのではないかという恐れから多数の企業が参加をためらっているだけに、標準化の重要性は特に高いが、参加しない企業は費用の高い再統合を余儀なくされることになる。使用する文書やデータを標準化すれば、競合システム間の互換性が確立され、エラーの生じる余地が一層少なくなる。
 
3.1.2. 取引の守秘に関する不安感
 企業間の不信感に加えて電子的に処理された取引の守秘に関する不安感。システムの統合から取引相手の信用に対する不安感が生じ、それと取引の守秘に関する不安感との相乗効果が生じている。構成企業がこういう不安感を抱いている変動的な業界では、守秘とすぐれた保全状態はきわめて重要であるが、電子商取引はそれを保証することができない。
 
3.1.3. 技術的な問題
 電子商取引のソフトウェアを既存技術と統合することは未だに一つの課題であり、特に一つの業界として安全な金融サービスを確保するための統合を図るときに大きな課題となる。システムの故障やハッカーの跳梁に関連する問題から、オン・ライン取引はかなり懐疑的な目で見られている。オン・ライン・システムのセキュリティーや保全状態の欠陥に技術的に大きな問題とが重なったことが、2000年のドット・コム・ブームに海運会社が乗ろうとしなかった主な理由である。15
 
3.1.4. コスト
 Eベンチャーの創業に必要とされる初期投資はかなりの高額に上る。そのため多数の企業は、既存技術がまだ有効である以上、これほどの初期投資を行う価値がないと考えている。もう一つの憂慮の理由は、海運において果たして電子商取引は付加価値を生むのかという疑問である。電子商取引の道を進むにはコストが掛かり(初期投資、その後の保守管理・修繕費等の運転費用とも)、これは当面の利益を優に上回りかねない。16電子商取引システムの保守管理費という変動費は、多数の企業が社内技術の統合に取り掛かった時、考慮に入れていなかった費目である。
 保守管理とサポート・システムは今や組織内における技術の統合コストの中でも最大級の費目となった。今日の海運業は取引面でも、船舶運航面でも、インターネットに大きく依存している。海運会社にはもはや長期間オフラインの状態を続ける余裕がない。システム不稼動の間に大きなビジネスを失うリスクがあまりにも高いからだ。
 
3.2. 海運関連電子商取引特有の問題
3.2.1 業界の受入姿勢
 船主を納得させる上で、主要な問題の一つは電子商取引の付加価値である。付加価値についての懐疑から、多数の船主は電子商取引導入に充分な資源を注ぎ込まず、そして失敗に終わると、その原因を問う。今なお海運業界の一部の人々は生来保守的であるが、新しい世代の、教養の高いコンピュータ・リテレートな新規採用者が業界に入ってくるにつれて、この傾向は弱まってはいる。それでもなお、一部の国や、多数の中小個人企業では、電子商取引を導入し、従来の業務手法を変えることに依然として慎重である。船主業界の一部の伝統主義者は特に、オンラインで商売をしたりすれば、本能的な勘が失われると感じている。しかも海運界の保守主義というものは過去、業務遂行手段の技術進歩を受け入れにくい体質を定着させてきた。
 すなわち海運業界は、他の一部の業界に比べてコンピューター利用率が低いという特色を持つに至った。したがって海運業界は新技術の利用において、他より傾斜の急な学習曲線を達成せざるを得ず、初期投資もそれに応じて上昇する。
 
3.2.2. バーチャル市場の欠陥
 実際には、一部の取引プラットフォームは、多大の経費節減をもたらすという触込み通りには行かず、少なくとも取引コストに関する限り、Eビジネス自体が仲介者として行動したため、取るに足らないほどの節減に終わった。またその仲介業務の料金にしても、従来のコミッションとさして変らなかった。しかもバーチャル市場の創出は当初、一見商いも増やしてくれるように見える。ところが、電子商取引とは取引を行う媒体を提供するものに過ぎず、意思決定のプロセスで直接助けになるものではない。すなわち必ずしも市場の全体的規模を拡大するものではない。17
 
3.2.3. 不適切な電子商取引ソリューション投資
 海運会社で、不適切な電子商取引ソリューション投資が生じる可能性がある原因として以下のことが考えられる。
 
a)運転資本の不足(特に運賃収入が少ない場合)、それに加えて
b)利用可能な各種のEソリューションおよびそれが個々の企業にもたらすことが見込まれる効果に関する知識不足である。18
 
3.2.4. 情報技術利用の訓練不足
 社員へのコンピューター普及率が高い企業の方が、電子商取引の受入れに抵抗が少ない傾向がある。これに対して社員の教育・使用の経験が少ない企業では、電子商取引がもたらし得る長期的利点を見落としがちである。多数の中小海運会社は、未だに情報技術の経験が乏しく、依然として旧来の業務手順に大きく依存している。
 
3.3. 近年の海事Eベンチャー破綻の推定される原因
 近年、一部の海事電子商取引ベンチャーが不成功に終わった理由は、以下のような要因に求めることができる。
 
3.3.1. 電子商取引の正しい役割の認識違い
 海運における電子商取引の正しい役割についてサイト・オーナーが認識を誤ったこと。各種のEベンチャーが最初に登場した時、多数のプロバイダーが自らの役柄を新たな市場プレイヤーと自認したが、事実は「ファシリテーター」、すなわち既存のプレイヤーが業務を一層効果的に遂行できるようなツールの提供者が本来の役割だったのである。しかし実際には、これらの取引プラットフォームは、既存の市場参加者に取って代わることはできなかった。
 
3.3.2. サイトの機能性欠如または不充分なコンテンツ
 すなわち、これらの企業が提供した「オンライン」の選択肢は、
 
a)従来のソース、あるいは
b)他のオンライン・ライバル企業のいずれと比較しても、得られるサービスに特に目立って優れたものはなかった。
 
 サイトのコンテンツに欠陥があるとすれば、それはEベンチャーのオーナーが唱える構想と当然矛盾する。これらのオーナーは、サイトの各種ユーザーがデータを「プール」することにより、従来のソースから得られるよりも質の高い情報が得られると主張する。しかし逆にいえば、このようなウェブ・サイトに掲載されるデータの質や精度には特に出所を明らかにしないで情報が示される場合には保証がないという主張も成り立つ。
 このことは、市場を歪曲しようとする具体的意図を抱いて誤った、あるいは代表値とはいえないデータがオンラインで流される可能性を示唆するものである。
 
3.3.3. 充分な取引量または市場シェアを確保する能力の欠如
 これらの要因はいずれも、広告収入に大きく依存する企業にとって重要と思われる。利用者の少ないサイトには広告を掲載させるインセンティブがない。
 
3.3.4. 充分な取引量の欠如や財源の不足
 かなり強固な財政的基盤を持つ積極的な企業でも、事業初期段階ではある程度は赤字経営に陥らざるを得ない。特に、
 
a)取引の実績が確立した「伝統的」企業や
b)財源が一層強固な他の新規参入者が競合する市場では特にそうである。
 
3.3.5. 一部のニュー・ビジネス起業に対する「信憑性」の欠如
 これは老舗の事業者と比較して「実績」がないこと、新会社が販売する商品に関する顧客側の留保、さらに競争市場において新会社が生き残って行けるのかという疑念を反映するものである。このような疑念は、過去2年間にわたって無数のドット・コムが破綻に陥ったことにより増幅され、それにより、まだ電子商取引を利用していない企業の間では、必然的にこのコンセプトに対する信頼が低下した。
 
3.3.6. 市場の要求に不十分な対応
 市場の要求に対応できなかったことにより破綻したE調達事業SetFairの代表者の一人は次のように語っている。「・・・わが社は提供する商品、提供のタイミング、目標とする市場、すべての選択を誤った。」19
 
 同氏はさらに、SetFairが商品選択を「誤った」というのは、顧客組織に対して従来の業務慣行を変更し、新システムの性能と機能性を受け入れる余地を作るように求めたことである、と説明した。しかも顧客には、当時まだ実証されていないシステムを信用して買うことを求めたが、多数はこの求めに応じるのをためらった。
 最後に、SetFairプラットフォームのマーケティング活動は、専ら機器の見込み購入者、主として船主、船舶管理会社、造船所をターゲットとし、サプライヤーの参加を得ることをあまり重視していなかった。しかしながら、遅まきながらサプライヤーを集める試みも行われ、これはかなりの成功を収めた。こういう誤りを犯したのはSetFairだけではない。ユーザーのニーズに対応するに当って、中立性を充分に守らない各種の企業が続々と現れた。海運業に関わる両当事者の間で健全なバランスを保つのではなく、例えば荷主の利害に支配された各種のサイトが出現する一方で、逆に船主が主として支援するものも登場した。
 この最後の点に関連して、2000年に入ってからの各種ドット・コムの消滅は、Eベンチャーのオーナーの間に大きな姿勢の変化をもたらした。これらのEベンチャーは今では自社の商品の効用として、見込客がすでに設置しているシステムの能力を高めることができるという売り込み方を採っている。これは以前の方針、すなわち既存のシステムは廃棄して、自社が提供するシステムを採用することを勧めた販売方針とは対照的である。20
 このような姿勢の変化は、技術の革命ではなく漸進的な進化で進歩を図る必要性について認識が高まったことを反映するものと思われる。例えば2000年には、それ以前は海運業が電子商取引において何の前進も遂げていなかったという誤解を、無数のEビジネスが抱いていたようである。しかし現実には、多数の海運会社がすでにEメールを広く活用し、少なくともデータ取得にインターネットを利用していたのである。
 2000年以降の変化を示すもう一つの要素は、生き残ったEベンチャーが2年前よりも顧客基盤を拡大したことである。船主や造船所にとって、現在取引しているサプライヤーが多数、現存のEプラットフォームにすでに加入したということであれば、自社も参加したいという欲求は当然強くなる。
 

14
出所:Baltic Exchangeの“IT & Communications.”
15
出所:Fairplay “E-commerce market in transition.”
16
この理由から、ユーザーに費用と効果を実証して見せることが決定的に重要である。事実、その必要性は今日一層高まっている。2000年初頭における各種のドット・コムの破綻が広く喧伝されたことから、業界では必然的に懐疑論と不信が勢いを増している。
17
以上の理由から、電子商取引によって企業(例えば機器サプライヤー)がより広範囲の見込客にアクセスすることができるようになり、しかも生産を拡大する余地があれば、その企業は市場シェアを拡大することができる。但し競合サプライヤーの犠牲においてではあるが。
18
ShipServでは電子商取引システム実施の初期費用を1社当りUS$25,000〜US$100,000、またその後も毎年システムの保守管理とアップグレードに同程度の出費が掛かると推計している。
19
出所:Gregory Ross, G“E-commerce Past Distraction or Future Opportunity?”Seatrade Europort conference, Amsterdam, November 2001.
20
実際にはこれらの電子システムの数量的要素は不明であり、それが多くの企業に少なくともその能力について商業的活用の証拠が十分に示されるまでは採用をためらわせた一因である。







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