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2. 電子商取引がもたらす利点
 この節で説明するように、電子商取引が果たす主な役割は、コミュニケーションの改善により効率を高めてコスト削減をもたらすことにある。Eメールを利用するだけでも、企業は
a)コミュニケートできる見込客の対象範囲を拡大、
b)従来の手段によるよりも地理的に広い範囲で潜在的顧客を開拓し、
c)それに要する時間を大幅に短縮することができる。
 この節では電子商取引がもたらすことのできる一般的利点を評価し、次いで特に海運関連の利点を考察する。また電子商取引成功の条件も合せて概説する。
 
2.1. 一般的利点
2.1.1. 低コストでの情報伝達と証票作業
 買手・売手とも知識を豊かにさせる、改善された、しかも低コストの情報。ダイレクト・メールや直接販売でなく、オンラインによる情報の配布と、Eメールによる顧客との相互作用は、いずれも大幅なコスト削減に寄与する。10
 さらに、電子手段による支払いは、証票を使った支払いよりもコストが掛からない。多数のプロバイダーが提供するサービスは、遥かに多くの情報を容易に入手可能とするため、買手・売手間の関係を一層緊密化するものである。
 
2.1.2. 取引プラットフォーム経由のコミュニケーションによる効率増進
 買手あるいは売手が一定の対象集団にコミュニケートするために必要とするメッセージの数は、ポータルサイトを代表する統合情報システムの運用によって大幅に節減される。例えば、船主が機器サプライヤーにコンタクトを取ろうとする時、通常の手段では10社に引合いを出さなければならないような場合でも、E調達サイト1ヵ所を検索すれば済む。しかも、多数のサプライヤーがすでにそのポータルに登録していれば、引合いに応じるサプライヤーは10社を優に超える可能性も十分考えられ、船主としては選択の幅が大いに広がることになる。
 
2.1.3. 低い算入コスト、拡大するグローバル・プレゼンス
 世界中の人々が電子商取引の恩恵に浴す機会を得ることができる。インターネットの登場以来、アクセスに対する組織面での制約は遥かに少なくなった。電子商取引は組織の大小を問わず、従来は不可能であった経済性を達成することが可能になり、したがって参入コストは低下した。理論的には、世界のどこからでもコンピューターをログ・オンすれば、市場や組織に関する情報にアクセスすることができる。
 個人でも例えば、タスマニアのホバートにある自宅からインターネット上の会社を設立し、ボタンを一つ押すだけでロシアにいる顧客に商品を売ることができる。(この、自宅からでも営業ができるという能力ゆえに、Eベンチャーは一等地に高価なオフィスを構える必要がない。)理論的には、電子商取引が越えられない地理的境界線や言語障壁は極めて少ない(但しコンピュータでインターネット・リンクを確立できればではあるが)。このように立地の柔軟性が大幅に増した結果、Eビジネスは電子通信が可能なところであれば、どこにでも立地することができる。
 
2.1.4. 便利さ
 電子商取引のサイトは世界中殆どどこでも、1日24時間、週7日間、無休で稼動し、関係者に便利な取引の手段を提供している。最新の情報は効率に大きく寄与するものであり、電子商取引はエコノミストのいう「完全な市場」の概念に世界を近づけている。
 このような条件下で、全ての市場参加者はあらゆる情報にアクセスが可能で、それにより、資源の最適配分につながるような合理的な選択が可能になる。とはいえ、データのタイムリー性の重要度は、その情報の性格によって異なる。
 例えばULCC市場では、ULCCの隻数がそもそも極めて少なく、その年間航海数も限られている。したがってこの市場のプレイヤーにとって、情報を毎時更新してもらう必要性を、他の船型のタンカー市場関係者と同じほど感じているとは思われない(毎日の更新すら必要ないかもしれない)。
 
2.1.5. コミュニケーション・コストの低下
 電子商取引は海運に革命をもたらしている。それはコミュニケーションの改善と経済的価値の高い情報を普及させてコストを引き下げる革命である。組織の「Eフレンドリー」化(すなわち電子商取引を採用しやすい態勢)に必要とされる初期投資はかなり高いが、従来は無数の発信源から郵便やファックスで何日も掛かって届いていた情報の取得費用がなくなることを考えれば、長期的な経済性は高い。
 電子商取引のプロバイダーは経済効率を高めて、取引費用の低減を図る。例えば標準化されたフォーマットで共用の手段を経由して情報を送れば、データのフォーマット変換、再入力、確認に要する時間の節約になる。
 
2.1.6. 時間的制約の解消
 海運に限らず、取引にはつきものの時間的制約がほとんど解消される。従来のビジネス形態では必要な取引相手が企業であれ個人であれ、常時待機している必要がない。
 電子商取引システムに低コストの電子的記憶機能が組み込まれているので、両当事者にとって便利なものとなる。現在、やりとりされているような情報、取引、そして創造性が、これほど容易かつ廉価であったことはかつてなく、「ボタンに触れる」だけで海運会社は最近の市場統計、規制、関連情報にアクセスが可能となり、時間消費の生産性が向上した。このような市場報告は、コスト・パフォーマンスの高い、かつ時間的効率も高い媒体を通じて、管理と知識の向上を可能にする。管理と知識というこれら二側面こそ、海運と造船における電子商取引の有利性を裏づける基本的な要素である。
 
2.2. 海運関連の利点
2.2.1. 「バーチャル」市場の創出
 バーチャル市場の根底にある理論は、買手と売手の間の仲介者をなくそうというものである。2000年における「ドット・コム革命」では様々なインターネット関連ベンチャーが発足した。その多くは市場の「脱仲介化」すなわち市場の仲介者、いわゆる「ミドルマン」を排除することを具体的な目的として設立されたものである。E用船ベンチャーにとって、仲介者は船舶ブローカーであった。E用船の論理からすれば、これにより船主は用船者との直接取引が可能になり、ブローカー依存を脱却できるというものであった。当初はブローカー手数料が節約できるというコスト面での期待から、ブローカー排除を支持する向きもあった。しかしながら、認識しておかなければならないことは、このような節約は、ブローカーから得られるはずの専門的知識・経験に基づいたサービスを犠牲にして初めて可能になる節約であるということだ。
 
2.3. 成功の要件
 企業にとって電子商取引の各サブシステムの実施、統合に成功するためには、以下の5要因が決定的に重要である。すなわち
2.3.1. 信頼性
 オンライン・サービスは必然的に故障しにくいものでなければならない。サイトがクラッシュしやすい(あるいは超低速でしか稼動しない)ということであれば、従来の取引方法と比べて電子商取引が提供できる利点が損なわれてしまうからである。しかしEビジネスの業務に利用されている媒体はインターネットである。
 実際には、Eベンチャーの事業主にとって、特定の時期に自社のサイトに必要とされるサーバー容量を計ることはむずかしい。これは少なからず変化する要素だからである。これは必要とされる帯域幅やユーザー・コネクションの処理速度について、実務上の問題につながるものである。
 
2.3.2. 使い易さ
 Eソリューションが広く受け入れられるためには、ユーザーにやさしいインターフェイスではなければならない。システムの操作が難解であると、利用度はあまり上がらない。
 
2.3.3. 流動性
 すなわち新しいベンチャーが存立できるために充分な規模の潜在市場の存在。電子商取引で成功しようとする企業にとって、これは決定的な要因である。市場参加者があまりにも少なければ、それぞれがオンライン取引にどんなに熱心であっても、新規起業が成立することは不可能である。過去においていくつかのバーチャル市場が破綻したが、それは出来高制、すなわち成立した取引のみを対象として料金を徴収する制度に収入を依存していたためである。すなわち取引が成立しない限り、資本の流入はないということである。この障害を克服するためには、今後のベンチャーは会員制度で固定収入を図らなければならない。そうすればサービス提供の代償として少なくとも若干の収入が保証されることになる。11
 
 例えば、ShipyardXchange.com12のパイロット・プロジェクトが完成して、ヨーロッパ内外の造船所、機器メーカーから多大の関心が寄せられた。同サイトの代表は、この成果は予算内で会社の設立費用をまかなったためと説明する。2000-2001年に破綻した多数のドット・コムと異なりShipyardXchange.comは多数の市場プレイヤーの支持を受けていて、その強固な財政基盤が成功をもたらしたのである。このサイトはヨーロッパ域外にも進出して、既成の顧客層と潜在市場とのシナジー(相乗)効果で市場シェアを拡大しようと図っている。
 
2.3.4. システムのセキュリティー
 電子商取引では金融取引をオンラインで処理する能力がとかく重視されるが、見込ユーザーがシステムの保護体制について不安を抱いたとしたら、金融取引にこれを利用しようとは思わないだろう。
 
2.3.5. 業界の受入姿勢
 海運はとかく惰性に流されがちな業界であり、そういう業界は変革をなかなか受け入れようとしない。21世紀に入っても、海運業界の伝統志向は改まらず、このような急激な変革は若干の困難を伴わずには実現しなかった。業界関係者の間では、古くから確立した事業のやり方をなぜ捨てなければならないのかという異論も強い。しかしこのような保守的な態度も時と共に変化の足取りを速めている。13
 
2.3.6. 教育・訓錬
 海運市場関係者に電子取引という新技術に慣れさせること、そして新技術が何をもたらすかを啓蒙する適切な教育・訓練が欠けていたことが、さまざまなEベンチャーにとって、これまで大きな障害となった。多数のEベンチャーは見込客を適切に教育することができなかった。教育しようとした場合でも、新技術がもたらす恩恵の証拠を示すこともできず、この極めて保守的な業界のメンタリティーをただ変えることに苦労してきている。
 

10
例えばTribon.com(第4節参照)の推計によれば、同社のオンライン調達ポータルを利用すれば、造船所は同種の資機材を在来手段で調達する場合と比較して、約10%の節減が得られるという。同様に、RCCL等の船主は、オンライン購買手段を利用して、舶用品の調達予算を15-20%も節約できる見込みといわれる。
11
比較的初期の段階で充分な収入を発生させ、新会社の資源の大量流出を防ぐことは、新規Eビジネス成功の前提条件である。多数の新規ベンチャーが比較的高額の創業費を必要としているので、会員制であれ、広告料であれ、収入源確保の必要性は一層緊急性を高めている。
12
4.2項参照。
13
当然のことながら受入れの諾否自体も、ユーザーがシステムのセキュリティー、すなわちオンライン取引の安全性を信頼するか否かにも掛かっている。







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