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海運・造船における電子商取引の現状と展望
海運・造船における電子商取引の現状と展望
 
 この節では、電子商取引とはそもそも何なのか、その起源と様々な形態を検討する。さらに「企業間」(“B2B”)、「企業対消費者間」(“B2C”)、各企業内の内部処理など、電子商取引を適用し得るさまざまな用途を概観する。
 
1. 序論
 電子商取引(“Eコマース”)とは、事業の運営方法における、広汎に及ぶ抜本的転換の一端をなすものである。情報技術において現在進行中の急速な進歩は、世界的規模において歴然としている。この進歩は、サービス産業、製造業の別を問わず、世界貿易のあらゆる分野に影響を及ぼす。情報技術(IT)はその進歩において飽くことを知らず、言語、文化、標準時間帯の差異から生じる障壁にも妨げられることがあまりない。
 この技術は、コミュニケーションと流通に要する時間という点で、正に世界を小さくし、各国、各地域の市場間の関係を緊密化した。その過程において、経済活動・事業活動の「グローバル化」に寄与した。海運と貿易はこの変化の最前線にあり、海運はグローバルな貿易の発展において、その中心的な要素である。
 
1.1.「電子商取引」とは何か
「電子商取引」について標準的な定義というものはないが、大まかに以下のように定義することができる。
 「・・・事業取引関係を創出または変革するために、相互にネットワーク接続されたコンピューターを利用すること。その応用により、製品やサービスの質を高め、サービスの提供を高速化し、事業運営の費用を削減させるようなビジネス・ソリューションを提供する。」6
 単純化していえば、これは「電子的手段による業務の遂行」、特にインターネットを利用して顧客にサービスを提供し、その代金支払いもインターネット経由で処理されることをいう。電子商取引には以下の3種類の主要な応用分野がある。すなわち
 
■企業間(“B2B”)
■企業対消費者間(“B2C”)
■企業内(すなわち一組織内における情報の発信)
 
 以上の文脈において電子商取引は、自社のウェブ・サイト上における情報の提供、Eメールを利用した通信から第三者が取引を行えるような市場の創出に至るまで、幅広い概念を対象とする。
 
 この点において、電子商取引は在来型市場に代わる「バーチャル」市場を創出するものである。
 電子商取引が利用される目的は、利用者の事業の性格により一様ではない。例えば情報提供者の場合であれば、電子商取引の典型的な利用目的はデータの提供やオンラインでの分析である。これは電子商取引を新市場の創出や既存市場の高度化手段として利用しようとするものである他の利用目的、例えば燃料油調達サービスなどの場合と対照的である。
 
1.2. 背景:Eメールとインターネットの発展
<誕生と発展−1960〜1990>
 現在知られている形でのインターネットの起源は1960年代に遡る。当初の形態では、「冷戦」時代に軍用通信の確実な手段を提供するものとして考案され、米国・国防総省の指揮の下に開発されたものである。世界規模で相互接続されたコンピューターのネットワークというコンセプトは、すでに1960年代の初期に検討されていたが、インターネットの前身について明確な計画が打出されたのは、60年代半ばのことだった。これがARPAネットワーク(ARPANET)で、営利企業や民間の個人の利用に供するのではなく、その利用は緊急時の軍事目的に限定されていた。ARPANETの最初の端末機器が1969年9月、UCLA(カルフォニア大学)に設置され、次いで同年末までに米国内の他の3大学にも設置された。1970年代初頭には、その対象は国防関連の資金が投入されていた国内の関連大学全てに拡大された。しかしこのような通信ツールの商業的利点が充分に認識されるようになったのは、企業が先ずメインフレーム・コンピューター、次いで1980年代以降にパソコンによるその利用を拡大してからのことである。
 APRANETシステムを使って世界最初のEメールが送信されたのは1971年のことである。これを行ったのは同システムに関与していた科学者の1人で、既存の時分割方式内部プログラムを改造して新たなネットワーク・ファイル伝送機能にリンクし、それによって自分自身に対してメッセージを送信することに成功した。当初の利用は専ら内部通信を中心としていた。しかし、さらにユーザー・フレンドリーなシステムの必要性が求められるようになり、以下のような機能が開発された。
 
■同一のプログラムでメールを送受信する能力
■主題別の索引が付されたメッセージ一覧表の開発
■選択的にメッセージを削除する能力
■メッセージを転送し、そのメッセージに自動的にアドレスも付記する能力
■メッセージをファイルし、保存する能力
■別個のプログラム間でメッセージを交換できるような標準的プロトコル7
 
 1972年夏、最初のメッセージが送られてから1年も経たないうちに、現在のような形態の最初のEメールが送信された。Eメールは従来の通信方法と比較して(メッセージ送付の速度という点で)大きな進歩であったにもかかわらず、当初はあまり注目を引かず、当初の5年間は殆ど無視されていた。
 
<本格的普及のはじまり−1990〜>
 しかし1990年代にメディアの注目度が高まると共に、この状況は一変した。1994年頃にはインターネットが全世界に普及するようになった。1995年にはインターネット・アクセス・プロバイダーという業種が出現し、多数のニュース・グループが生まれ、また使用言語の選択の幅も拡大した。ほとんど全ての主要な言語集団への対応が可能になって、インターネットの普及はもはや抑制不能となった。多数の企業が、先ず社員にパソコンと必要なソフトウェアを支給してEメール・システムの統合に着手した。さらに電子ファイルをメッセージに添付することができるようになると、Eメールは単に簡単な、メモ程度の通信に限定されることがなくなった。
 
 1990年に至って、他の機関が開発した、一層進んだシステムが取って代わるようになり、ARPANETはその役目を終えた。同年にCERN(欧州原子核研究機関)がWorld-Wide Web(WWW)を設置したことから、後継の技術の利用に一層拍車が掛かった。ウェブ・サイトの数は、1993年半ばには600未満だったものが2001年末には3,630万と驚異的な伸びを示した。これに対応して、インターネットの利用も同じように激増し、いずれも電子商取引アプリケーションの発展を促進した。
 インターネットの成功は、世界の多くの地域における、その現在の支配的地位を一層確固たるものとした。多数の産業が、その日常的業務でインターネットに大きく依存している。電話やファックスも、この21世紀の技術に適合するように刷新された。例えばファックスや音声通信をインターネット経由で送ることは、今日では日常茶飯事である。一方、テレックスはもはやほとんど前時代の遺物と化した。
 
1.3. 海運における電子商取引の起源
 1990年代半ばのWWWの急速な発展により、海運産業全般、特に北米/西欧間の海運は、電子商取引利用進展の時代を迎えた。電話とファックスはすでにどの業界でも多年にわたって利用していたものであるから、この項ではそれには触れず、Eメール、インターネット、ウェブ・サイトの利用など、さらに新しいコンセプトに的を絞ることにする。
 船主であれ、船舶管理会社であれ、造船所であれ、海運市場のプレイヤーにとって、コストは常に最大の関心事である。1970年代には海運市場が低迷する時期が長かったことから、運航採算の低下、集貨状況の不安定、グローバルな景気停滞の懸念が効率向上の道を模索させるようになった。海運界ではやがて、音声通信に代えてデータ通信を採用するようになった。20年前であれば、船長は主機関の部品を電話かテレックスで注文するのが常であった。1990年代の半ばから末期にかけて、発注にファックスを使用するようになった。しかし現在では、このような発注にはEメールを利用するのが通例である。
 海運業における電子商取引は、このような新技術を利用すれば資源の節約につながるという推定から始まったといえる。電話を掛ければ2分掛かる、ファックスでも30秒掛かる、しかしEメールならものの数秒で済む。消費する資源の量を減らせば、海運会社はコストを削減できると考えたのである。8
 多くの業界で情報技術への全般的投資増大がすでに10年前から顕著になっていたが、海運界でそれが認識されるまでには若干の時間が掛かった。2000年に至って、サービス・プロバイダーを目指す多数の企業が市場に参入して最も「ユーザーにやさしい」ソフトウェアを約束したことから、海事産業における電子商取引は脚光を浴びるようになった。9
 これらのプロバイダーは、従来の取引仲介者の利用に伴うコストを削減するために、電子的取引プラットホーム、すなわち「バーチャル市場」の必要性を訴えた。しかし2年後に、まだ生き残っていた少数のプロバイダーは、その投資を無駄にしないように、既存のシステムとのリンクの合理化を競っていた。これら「ドット・コム」企業の多数が破綻したために、機能性の実証が不可欠であった時期に、発展と技術の両面で業界は後退を余儀なくされた。
 

6
出所:CommerceNetの“An Introduction to Electronic Commerce.”
7
出所:Ian R Hardy:“The Evolution of APRANET email”(1996).
8
出所:Baltic Exchangeの“IT & Communications.”
9
出所:Seatrade-Europort conference, 2001年11月。







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