日本財団 図書館


4. 船舶解撤業界が直面する諸問題
 本章では、将来予想される解撤需要に対して、世界には果たしてそれに対処できるだけの能力があるのか否かを検証する。また確立された解撤作業慣行が環境要因によりどこまで影響を受けるのか、そしてその影響が業界全体の処理能力にどんな結果をもたらすのかを検討する。一連の事例研究も含まれるが、その一例として、環境への悪影響が少ない船舶解撤方法の採用を求める声に対して、解撤事業者がどのように対応しているかを示す。これに続いて理論的な例も示す。そこではヨーロッパの一船主がスクラップ売船を行うケースを想定し、どんな問題が将来起こり得るかを考える。最後に本章のまとめとして、船舶の売却が環境保護団体の注目を集めた場合、解撤取引にかかわる各当事者の考えられる対応を検討する。
 
4.1 世界の船舶解撤能力
 採用される方法に関する考慮はさておき、船舶解撤は老朽船に含まれる資材の大半を再利用する有効な手段と従来から考えられてきた。44さらに、経済的寿命が尽きた全ての船舶を現役船隊から排除するために必要とされる能力が世界的に不足しているという証拠もない。
 
 第2章で説明したように、世界の船舶解撤能力の大小を決定する要因がいくつかある。しかしながら、この能力を多少なりとも確実に数量化することはむずかしい。現状では、この事業はあまり資本集約的な産業ではなく、また毎年解撤される商船の量は大幅に変動しやすいからである。そこには様々な要因が働いているが、いくつかの例を以下に掲げる。
 
・各船種に関わる運賃市況の変動:過去の経験からして、この変動はきわめて急速に生じることがある。特に用船レートが上昇すると、スクラップ売船は急落しがちである。例えば第1章の両表から明らかなように、バルクキャリア、タンカーとも解撤量が大幅に落ち込んだので、解撤総量は1994年の22.6mdwtから翌年は15.7mdwtに減少した。
 
・スクラップ鉄に対する世界的な需要とそれによるスクラップ売船価格の相場:これが商業的に立ち行ける解撤事業者の数を決定する。船舶解撤から生じる資材に対する国内需要も影響する。一般にこのような資材の再輸出は商業的に成り立たないからである。
 
・大抵の作業を特徴付ける船舶解撤部門の雇用の不安定:すなわち解撤需要またはスクラップ向けの船の供給が落ち込むと、労働者は短期間の通告とわずかばかりの手当で解雇される。世界の船舶解撤業界の大半では投下資本がわずかでもあるため、操業度が低下して能力が遊休化しても、あまりコスト負担がないということである。
 
・解撤工程における機械化の程度:機械化が進んでいるほど、同じ船型であれば1隻の解撤に要する期間は短い。例えばバングラデシュの海浜でVLCCを解撤するのに6か月を要するといわれるが、これに対して中国あるいはインドで特に解撤用に新設されたヤードでは、これをわずか35日前後で実施できるようである。45すなわち、近代的な施設に投下する資本が調達できれば、海浜で行う解撤作業からドック内の作業への転換は、解撤事業者の生産性を大きく改善する可能性がある。これは理論的には海浜作業による解撤能力の排除を進めることにつながる−ただし必要な投資が得られればということであるが。
 
 現在のように素朴な労働集約的解撤方法が支配的であるということは、解撤能力が、短期的に見ても、大きく変動しやすいことを意味する。したがって、能力を数量化しようとするのであれば、先ず業界の能力の潜在的指標として近年の実績を見なければならない。第1章で指摘したように、1990年代に達成された解撤量の最高水準は1999年の31.2mdwtである。しかし船舶解撤ブローカー筋の情報によれば、第2章で述べたように2001年に中国の揚子江岸、インドのピパヴァヴに新施設が開設されたために、潜在能力は現在ではこの数値より若干高いと思われるということである。それぞれが年間能力3mdwtといわれ、したがって、1999年以降の他の諸国における拡張を計算に入れなくても、年間約37mdwtが解撤できるということになる。事実、ブローカー筋によれば、スクラップ価格の水準によっては、現在の世界全体の年間能力は恐らく40mdwtに達しているという。46もしこの推計が正しければ、伝えられるように2002年のスクラップ売船量が1999年の実績31.2mdwtに匹敵するとしても、能力の余裕はまだかなり大きい。全ての解撤取引が必ずしも公開市場で報告されるわけではないので、当然このような売買数値は実際の総額を下回ることになる。これを考慮に入れ、かつ貨物運搬船以外の船(例えば客船)も参入すれば、能力を40mdwtとする評価は現実的と思われる。
 
 したがって現行の解撤方法が今後も容認可能であれば、2010年までは高水準の解撤量が維持できるということになる。それはa)主要船種の船齢構成とb)現在続けられているサブスタンダード船排除の努力からして容認される公算が高い。しかしながら、現行の船舶解撤の作業慣行を改善しようとする提案が通れば、既存の解撤能力の大きな部分が、特にインド亜大陸において失われることになる。大抵の場合、船舶の運航寿命が終わったときにこれを解撤する以外に実際的な代案がないため、当然これは深刻な結果を招くことになる。IMOはリサイクル(すなわち解撤)こそ「寿命の尽きた全ての船舶にとって最善の処分法」であると述べている。47
 
 もとよりダブルハル規則だけでも今後数年間、油送船の解撤量を高い水準に維持するのに十分である。一部情報筋の船腹データによれば、タンカー船腹(10,000dwt未満の船を除く)のうち現在1,859隻、155.4mdwt(隻数ベースで全体の57%に相当する)が全面的なダブルハル化が未完了である。48
 
 現行のIMO規則では、シングルハル・タンカーは船齢25年でフェーズアウトさせるとしているが、これは世界の船隊からこの種の船舶を完全に排除するには2017年頃までかかることを意味する。「プレスティージ」号の汚染事故に対応して、このシングルハル・タンカーの「失効日」を早めることが既に計画されていて、他の地域もこれに倣わせようとする圧力が生じるであろう。
 
 これは船齢、事故、商業上の陳腐化等、理由の如何を問わず、現有船腹から排除される油送船以外の船舶の解除を考慮に入れていない計算である。49その他の船種ではドライバルクキャリア船隊に、近年この船種の大量新造があったにもかかわらず、多数の旧型船が残っている。これだけでも2010年までに多数の老朽バルカーが引き続き解撤されることになる。その大半は、現有ハンディサイズ、パナマックス、小型ケープサイズの船齢構成からして、これらの船型から出ることになろう。以上はバルクキャリアの安全性を高め、サブスタンダード船を排除するための新立法が成立する可能性を考慮に入れていない計算である。しかしながら、バルクキャリアの安全性は今なお明らかに優先順位の高い事項ではあるが、タンカー部門で取られた措置に比べて、IACSが提唱しIMOが討議している措置50が将来の船腹供給と解撤に根本的な影響を及ぼすとは思われない。
 
 今後のタンカーとバルクキャリアの解撤は隻数では減少するものの、2010年までの間には旧型のコンテナ船も多数解撤されるに違いない。現在では既に船齢20年以上のコンテナ船が450隻近くも存在している上に、最近2年間の船腹純増で旧型船に対する市場退出圧力が増加した。旧式コンテナ船は積載能力が小さく航海速力も遅いために、新型船に対して競争力は遥かに低い。1990年代末期までこの船種の解撤はごくわずかに過ぎなかったが、今後数年間に現有船舶の撤退が進むものと思われる。それは長距離航路において大型船(オーバーパナマックス型)に取って代られた中型船が、短距離の分岐航路で多数の小型船の役割を奪っているからである。
 
4.2 バーゼル条約の船舶解撤業向け技術的ガイドライン
 
 船舶解撤業に関するバーゼル条約の主な規定あるいは関連勧告は以下の通りである。
 
・工業国から発展途上国に毒性物質を輸出してはならない。したがって条約締約国に本拠を有する船主は、所有船を解撤事業者に引き渡すまでに(可能な限り)あらゆる有害物質を当該船から除去することが義務づけられる。ただし一部の物質(例えば船体防汚塗料)は解撤作業がかなり進むまで除去不可能である。IMOはこれを認識し、船舶リサイクルに関するそのガイドラインにおいて、一部の物質の最適の除去場所は解撤ヤード自体であるとしている。この理由から、IMOは船主、解撤事業者間の緊密な協力を奨励している。
 
・船舶解撤事業者は、労働者が有害物質に曝されることを最小限に抑え、地域環境の安全を守るような作業慣行を採用しなければならない。実際には、これは海浜での解撤作業の廃止、ドック内または岸壁際での作業への転換が必要となる。後者の方が有毒廃棄物の流出を容易に防止できるからである。
 
・解撤事業者は、実務的な理由から解撤場所への到着以前に船舶から除去することが不可能な物質を扱う廃棄物リサイクルまたは受入施設の利用を拡大しなければならない。(現行のMARPOL条約では、この種の受入施設を整備することはポートステート当局、すなわち解撤実施国の政府の責任である。)
 
・船舶の建造および運航時に、当該船が最終的に解撤される必要性について一層の考慮を払わなければならない。現行の慣行を修正すれば、船内の有害物質や廃棄物の量を減少させることが可能であり、そうすれば最終的な解撤作業も容易となる。
 
 上記の第1の点に関連して、第1章でも指摘したように、インド亜大陸および中国以外で行われる船舶解撤活動はわずかな比重を占めるに過ぎない(2002年の現時点までで、dwtベースでは総量のわずか2%)。しかも両地域外の解撤事業で比較的大型船を扱えるものはごくわずかに過ぎず、それも未だに発展途上国とみなされる地域を本拠としている。したがって、工業国にとって選択肢は二つあると思われる。すなわちバーゼル条約に基づく勧告を採用するか、条約に違反せずに老朽船を解撤できるような、大規模解撤設備を自国内に設けるかのいずれかである。先進国における解撤に伴う高コスト(それに工業国の方が衛生、安全、環境規制がきびしいこと)を考えれば、条約の規定に従う方が容易な選択であると思われる。
 

44
しかしながらIMOは、「船舶リサイクリングの原理は健全と思われるが、各ヤードにおける作業慣行や環境基準は改善の余地が大きいことも珍しくない。各ヤードにおける条件に対する責任はそれぞれの所在国が負うものであるが、その他の利害関係者も、各ヤードにおける潜在的な問題を最低限に抑えることに寄与する上でそれぞれの役割があり、その役割を果たすよう奨励されなければならない」と指摘している。出所:IMO's draft guidelines on ship recycling, October 2002.
45
日本と韓国が船舶解撤から撤退する以前には、両国の解撤ドックではVLCCをわずか28日間で処理できたようである。
46
これは$100/lwt前後の解撤価格を前提としている。
47
出所:the IMO's draft guidelines on ship recycling.
48
これらの数値に兼用船と本来のケミカル船は含まれていない。
49
この点に関して、一般貨物船隊が解撤対象船の大きな供給源になると思われる。この見通しは膨大な数の旧型船が現在稼動していること、さらに他の船種との競合が激しいことによるものである。特にコンテナ船の供給が引き続き拡大していること、かつては一般貨物船で運ばれていた一部の品目が現在では撒積みで輸送されるようになったことから、この船種の解撤量は高水準に達するに違いない。
50
これらの点は次章で検討する。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION