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4.3 将来の船舶解撤事業に対して予想されるバーゼル条約の影響
 船舶にはいろいろな局面があるが、その最終処分は国際的に合意された規制の枠組によるきびしい規制がまだ適用されていない、わずかに残る局面の一つである。解撤方法を規制する法的要件は、たとえ、それが存在する国でも、国内法にのみ基づくものであり、これは主要な解撤国において必ずしも有効に施行されていない。したがって船主は現在のところ所有船を自らが選んだどの解撤ヤードにでも売却する法的権利を有し、そのヤードが労働者の安全と健康を確保、あるいは周辺環境を保護する能力については何ら考慮する義務はない。これを環境保護団体、さらに現在ではIMOが変えようと努力している状況である。 
 1999年2月、国際海運集会所(ICS)が世話役を務める船舶リサイクルに関する作業部会が、安全かつ環境にやさしい船舶リサイクルに関する行為規範を起草した。51しかしながらそれが自主規制の性格の規範であるため、グリーンピースはこれでは不充分と主張している。現在の慣行を変えさせようとするからには、国際規則、理想的にはIMOが主管する規則を設けなければならない、とグリーンピースは主張する。IMOの海洋環境保護委員会(MEPC)はその趣旨のガイドラインを起草し、これを2002年10月に公表した。このガイドラインは国際労働機関(ILO)とバーゼル条約の技術的作業部会が行っている同様の努力を補完することを目的としている。より責任ある解撤というコンセプトに対するさらなる支援がIntertankoにより提供されている。この団体は船舶リサイクル慣行に関する業界規範の利用を「奨励」し、船舶建造時に危険物質の一覧表を作成するという考え方を支持している。Intertankoはさらに、
 
「・・・リサイクル業にかかわるあらゆる当事者がそれぞれの行為について責任を負い、その責任ある行為として、リサイクル施設における環境被害と人の健康問題を緩和させるよう奨励する」としている。52
 
 IMOのガイドラインは「グリーン・パスポート」の概念を提唱し、これを新造船に、理想的には既存船にも、義務づけるというものである。このグリーン・パスポートに、人の健康または環境に有害となり得る、船上のあらゆる物質の種別と量を記録する。新造船の場合には建造ヤードがそれを作成し、船主は当該船の現役期間を通じて内容に変更があれば更新し、設計または機器に変更があればそれを記入することを義務づけられる。この文書は、当該船の最終的解撤の前に、その解撤事業者に提供される。活き船売船の場合には、それは売主から買主に引き継がれる。既存船についてIMOは、当該船の船主にその旗国の行政官庁、船級協会、各装備機器のメーカーと協力してパスポートを作成させることを意図している。
 
 グリーン・パスポート以外にも、同ガイドラインは、安全かつ無公害な船舶解撤を促進するために、以下のような原則を提唱している。
 
・船舶建造における危険物質使用の極小化:これはある程度まで既に進行している。1970年代には造船に使用されていた一部の危険物質が、現在ではフェーズアウトされている。さらにIMOは、船主または運航者に、当該船の退役が近づく頃に、船上の廃棄物量の削減を義務づけることを勧告している。
 
・リサイクルを容易にし、かつ無害なものに代替できない物質は、容易に船から除去できるように、船舶の設計と機器を変更すること。
 
備考:このガイドラインでは、船舶を解撤に送り出す準備を整える責任は船主にある。船舶リサイクルに関するIMOのガイドラインは、本節でさらに詳しく後述するように、船舶の寿命が尽きた時点での措置として下記のように勧告している。
 
「船主には、ヤードのリサイクル作業を容易にするように当該船を準備する責任がある。」
 
 さらにガイドラインは「船上または船内の危険物質および廃棄物の環境的にやさしい除去」を図る明示的責任を船主に負わせている。これは第4−7章に論じるように、様々な困難を生じる可能性がある。
 
 以上の文脈からして、旧型船を所有、運航している多数の船社が、所有船の処理の費用を従順に負担する可能性は低い。それどころか所有船を処分するのに最も安価な手段を求めるであろう。所有船を安全かつクリーンに解撤するための最善の設備を具えたヤードに売るなどという観念は、彼らの関心事ではない。特に余分な費用がかかるとあればなおさらである。責任をわきまえた船主も多数存在するが、その船主が各船の寿命が終わるまで所有を続けるとは限らない。新造船を発注し、引渡しを受け、数年間それを運航した後で別の船社に転売することも珍しくない。その場合、安全かつ環境にやさしい手段で解撤するヤードに、転売を受けた買手が最終的にその船を売却するかどうか、最初の船主にはわからない。したがって責任ある形で解撤が行われる様に図る唯一の方法は、国際規則でそのような船舶解撤の方法を義務づけることである。
 
 IMOはこれに関して生じ得る問題を認識しているので、したがって「船舶リサイクル登録簿」を設けるよう定義している。船級協会および旗国からの協力を受けてこの登録簿を維持し、旗国は船舶が退役を余儀なくされた時にIMOに通告することが義務づけられる。これは当該船が船級を取り消されるか、または旗国の検査に不合格となった時に生じる事態である。(最も現在、船主は赤字船を処分するので、大抵の船舶は船級協会か旗国かいずれかの検査に「落ちる」前に解撤される。)この提案について最も明白な問題は、過去において様々な船級協会や旗国が、当然維持すべき基準を適切に適用しなかったという負の実績である。
 
 より責任ある解撤政策を実現するためには、提案された船舶リサイクル登録簿は一つの考えられる選択肢に過ぎない。ロッテルダムで開催された第2回世界船舶リサイクル・サミット(2001年6月)において、安全かつ低公害の解撤手順を実現するために重要なものとして、以下のような要因も指摘された。すなわち
 
・拘束力を伴う規範または規則の法定化:ただし現時点ではIMOのガイドラインは単なる勧告であって、正式な法的裏づけがない。現段階ではその施行計画について明確な日程表はないが、2003年の次回IMO総会においてガイドラインの最終草案が採択されることが望まれている。
 
・船上の全ての危険物質の記録を保持し、当該船の全寿命を通じてその内容を更新し、解撤に先立って当該解撤ヤードにこれを引き渡す。
 
・登録簿と新たな規則の運用財源を創出する資金調達制度:ただしその形態については、サミットでは何ら明確な提案は出なかった。考えられる選択肢としては、例えば、新造価格または中古船売買に少額の賦課金を課す方法などがある。しかしこの方式では特に中古船の場合、多数の船舶が「場外」で取引されることを考えれば、その管理/徴収が非常に困難である。
 
 船舶解撤に関する新たな要件が有効に実施されたとすれば、現在の解撤能力が大幅に縮小することは避けられない。この段階では、この縮小の程度を現時点で推計することはできない。要件に満たない解撤ヤードを新規則に従わせるためにどんな措置が講じられるかにもよるからである。第1章から明らかなように、2001年の解撤量のうちdwtベースで80%超(19.3mdwt前後)がインド亜大陸のヤードで処理された。中国を加えて「4大」解撤中心地を合計すれば98%に近いシェアを占める。しかしこれらの国の大半の設備は、環境にやさしい方法で船舶を解撤すること、あるいは労働者の健康と安全を確保すること、が現状では不可能である。またそれを保証できるような代替能力が十分に他国に存在するわけでもない。このような能力を整備するには、先進工業国であろうと、他のどこであろうと、時間を掛け、多額の投資があって初めて可能となる。安全かつ低公害の船舶解撤手段ということであれば必然的にコストが嵩み、したがって解撤ヤードがスクラップ船取得に支払える価格は低くなり、それによって能力は減少することになる。53
 
 現在海浜で作業をしている解撤事業者の多数が岸壁あるいはドック利用施設に移転する意思があったとしても、地方はまたは国の当局からの巨額の交付金または補助金が必要となろう。外国企業が関与して必要なベンチャー・キャピタルの一部でも負担しない限り、発展途上国でこのような財政支援が可能かどうかはきわめて疑わしい。
 
4.4 船舶解撤改革の要請に対する解撤事業者の反応
 解撤方法の大幅改革を求める声が高まるのに対して、解撤事業者としてはいくつかの選択肢がある。理論的には改革要求を全く無視することもできるが、環境問題がますます重要性を増している今日の世界では、これは実際的な選択ではない。事実、現在見られる兆候からして、一部の船舶解撤国では各当事者が既に行動を取る必要を認め、それに応じた準備を進めている。例えば2002年9月、グジャラト海事局(インドで行われている解撤事業の95%前後を監督している機関)は現在の作業手順を徹底的に改革する措置を発表した。その措置がいつ発効するかはまだ明らかでない。措置の内容としてはインド西海岸の主要解撤地であるアラン海浜の大規模清浄化などが含まれている。その他の措置としては労働者の安全を図る装置、防護服などがある。これは特にアスベスト繊維の処理に伴う危険に対処するものである。54さらに廃棄物受入設備を設置して、解撤前に船舶から出る残留油や貨物くずを受け入れる。
 
 中国では数ヵ所のヤードが、少なくとも環境保護団体からは合格と認められている。しかしながら他の施設は民有で、政府の補助があってはじめて改善が可能という見通しのため、これら全てをグレードアップする可能性は現状では乏しい。
 
 他の解撤国では、改革要求に応える措置は殆ど取られていないようである。特にバングラデシュでは、公害防止と安全の基準が一般的に緩いと認識されていて、ゴーグルやブーツのような初歩的な安全用具さえ標準装備とはなっていない。船舶解撤は海浜で実施され、地域環境に対する明瞭な配慮は見られない。グリーンピースの主張によれば、バングラデシュ、その他の主要中心地では、多数の解撤事業者が国内規則を無視しているという。これは主に保健・安全検査官が不足している上に、解撤ヤードで労働組合が未組織であることが原因となっている。しかも船舶解撤に雇用されている大半の労働者は自らの法的権利の認識がなく、したがって規則が破られても抵抗を示さない。
 
 ブローカー筋の情報によれば、バングラデシュの解撤事業者は、政府から強制されない限り、現行の作業手順の変更に反対するという。改革を促す新規則が導入されたところで、雇用に関する国内法に基づく義務を怠ってきた各ヤードの過去の負の実績からすれば、それが大きな影響を及ぼすとは考えにくい。
 
もう一つ考慮すべき要素は、政府が船舶解撤方法の改革を支持すれば、自国の解撤事業者の国際競争力が弱体化するリスクに直面するということである。バングラデシュ(その他トルコやベトナムなどバングラデシュより小規模の解撤国)の国家当局は、解撤向けに輸入する船舶に賦課する輸入税を財源としているのである。したがって自国の解撤事業者の活動を弱めるような措置は、この財源の縮小という結果を招く。しかもヤードの改善を助けるために実施する租税の減免措置や交付金、補助金等の支出に加えて、この歳入減が生じるということである。
 

51
これは当然、船舶解撤に関するIMOガイドラインの策定に寄与し、同ガイドラインは2002年10月に公表されたが、その内容については本節にて後述する。ICS以外に、この作業部会には、Baltic and Maritime Council (BIMCO)、Intercargo、Intertanko、International Tanker Owners' Pollution Forum (ITOPF)、International Transport Workers' Federation (ITF)およびOil Companies' International Marine Forum (OCIMF)の代表も参加した。
52
出所:Intertankoのウェブサイト。
53
解撤のベストプラクティス手順に関わる付加費用は、主として昇降装置、(石油、その他の有害液体の流出を抑制するための)オイルフェンスとポンプ装置、および流出油回収装置の費用から成る。この他に重要な設備として、独立した塗料除去設備、塗料の粉塵とアスベスト繊維の飛散を抑える真空処理装置などが設置されなければならない。以上の出費以前に防護服の費用も掛かっているはずである。
54
しかしブローカー筋の情報によると、インドでは年間を通じて酷暑が続くので、労働者が防護服の着用を拒む恐れがあるので、この措置の強行は困難かもしれないという。







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