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3.5 Brodogradiliste Uljanik
 Uljanik造船所は、Pulaで1856年にオーストリアとハンガリーの艦艇造船所として設立された。1946年にはユーゴスラビア政府の管理下に入り、1992年にはクロアチア国有となった。現在は、クロアチア政府が85%の持分を有する合資会社であるUljanik d.d.の傘下にある。同合資会社は、造船業のほかに、ディーゼルエンジン製造、電気機器製造、Pula港の所有、船舶保有、自動車サービスなど異なった多くの業種を手がけている。
 
 内戦前、Uljanikはユーゴスラビアで最も多くの年間建造隻数(約6隻)を誇る造船所であった。新造船事業の得意先の一つはソ連圏であった(例えば、1980年代半ばには、モスクワにあるSudoimport向けに旅客・貨車フェリーの連続建造などを行っていた。)。しかしながら、他のクロアチア造船所と同様に、内戦による混乱とその後の経済問題で1990年代半ばはわずかな受注しかできず、旧CMEA加盟国の企業からの発注も減少した。
 
 他のクロアチアの造船所に比べ、Uljanik造船所の過去10年間の建造船種は、高度な船舶が多いことが特筆される(これは、同社の営業成績に現れており、クロアチアの国有造船所の中で、2000年で赤字を出さなかった唯一の造船所とされている。)。ユーゴスラビア崩壊以降の建造船種には、パナマックスプロダクトタンカー、比較的高仕様のケミカルタンカー、フェリー、自動車運搬船などがある。同造船所で建造された数隻の自動車運搬船は、欧州船主向けで、4,300台積みとなっている。内戦以降の建造量は、1990年代後半の平均で、年間約3隻とほどほどで、ほとんどが、西欧の船主向けとなっている。現在の論理的最大建造能力は年間9隻とされるが、造船所経営陣によれば、実際には、現在はせいぜい5、6隻がやっとであるとしている。
 
 Uljanik造船所では、47万ft3の冷凍船や、43,000DWTのケミカルタンカー、70,000DWTのプロダクトタンカーなども建造している。同造船所では、1994年にNovoshipからクロアチアに発注された10隻の39,600DWTのプロダクトタンカーの内の3隻を建造しているほか、同船主向けに1990年代後半にIMOタイプIIIの小型ケミカルタンカーを連続で建造している。注39 最近では、2000年2月にナポリのGrimaldiグループから、大宇との競合にもかかわらず、多目的ro-ro船を3隻+オプション3隻で受注している。これらの船舶は、トレーラ及びトラック用の車線長3,000mの可動デッキを有しており、地中海及び欧州の大西洋沿岸に就航予定である。2000年11月には、アドリア海沿岸のイタリア船主から旅客定員800名、車線長2,500mの27,000GT高速ro-paxを2隻+オプション2隻で受注している。また、同造船所は2000年3月にEU船主からハンディマックスプロダクトタンカーの連続建造を受注するとのうわさもあった。
 
子会社・関連会社
 1953年に設立された子会社のUljanik TESUでは、電気機器(発電機等)、電気溶接装置、切断装置などを製造している。TESUの子会社では、エンジンルーム用のアラームや監視装置などの舶用機器を製造している。
 
 クロアチア船主のUljanik Plovidbaは、Uljanik造船所で建造される3隻の船舶の管理を目的に1986年に設立され、かつてUljanik d.d.グループに属していいた。設立時はUljanik d.d.が、100%を保有する子会社であったが、1990年代初めに民営化された。1990年代初期において、Uljanik Plovidbaは、クロアチア造船所に新造船を発注する数少ない国内船主の一つであり、関連造船所に、44,000DWTバルクキャリアや25,500DWT貨物・コンテナ船を発注していた。1995年及び1999年には、政府の支援を得て、更にそれぞれ2隻の44,000DWTバルクキャリアの発注を行っている。
新造船設備
 Uljanik造船所では、かつてVLCCも建造していたが、現在では、パナマックスまでの船舶を建造している。第1船台では、75,000DWTまで、第2船台では、55,000DWTまでの船舶の建造が可能である。








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