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2.2 雇用形態の変化に伴う課題
 前節で述べた雇用形態の変化の中で、造船技能を維持・確保するための課題を中心に下記に上げる。
(1) 現今の作業形態や方式に伴う課題
[1] 一人作業化に伴う問題
 生産性向上の有効策として各社で採用されている一人作業方式が、皮肉にも技能伝承、新人教育の障害になっている。
 従来、新人が先手として先輩技能工とともに作業することにより育ってきた技能訓練は、一人作業方式が一般化することで成り立ちにくくなっている。ボーシンと共に作業して多くの手法、応用動作を経験して覚える従来の技能レベル向上策は困難になってきた。新人にとってみると、一人作業は孤独であり、仲間、先輩の仕事振りを見る機会がないので、技能向上が頭打ちになりやすい。
 技能の向上には多くの実務経験が重要である。先輩技能者と共に作業するのは、仲間の会話に参加する機会にもなり、先輩の経験を実際に見聞きすることができるので、自分自身のノウハウとして取り込むことができ、進歩も早い。身近に先輩がいない一人作業では、自分で工夫するか、他の技能指導書で独学工夫するか、あるいは技能研修制度に頼るしかない。
[2] 協力会社の弱体化
 協力会社は、新人を教育する余裕がないため、即戦力になる既成の技能工採用を指向している。この面から、協力会社に今後の新人技能工の供給や、教育訓練に大きな期待はできない状況にある。
[3] 現今のOJTにより技能伝承上の問題
・ 技能向上が報酬に結びつかない。
・ 中堅以上の技能レベルの客観的評価が難しい。
・ 叱咤激励する先輩が身近にいない。
など諸種の問題がある。さらに技能者の高齢化に伴い、率先垂範、行動で導く先輩の数が減ってきている。造船業は、各種の技能職で支えられているが、その技能継承に対し、赤信号が灯っている。その兆候は、次でうかがい知ることができよう。
・ 伝承すべき技能者の高齢化
最近の世代は、知識を与えられることに慣れていて、自分で盗み取るという姿勢に欠けるといわれる。
 現在の従業員の平均年齢は図1.3(1)にあるが、高度の技能者に限って考えるとその年令層はそれより高く50歳代である。中には60歳の定年を超えた技能者に残ってもらって、指導をお願いしているというケースもある。
 従来の先手方式による見習からの技能伝承法を採用したとしても、高度技能を有する技能者が高齢で数少なく、十分に技能を伝承できるとはいえない。新しい効果的な教育訓練の方式が望まれる。
[4] 技能向上、生産性向上への意欲低下
 協力会社においては、毎船、毎船請負金額の低減を要求されることもあって、技能の維持・向上や生産性向上に対する熱意が減退しているように思われる。請負金額のほか、考えられる要因としては、
・ 多くの安全上の技能講習受講や公的資格を取得するのに忙殺されている。
・ 技能向上が客観的な目標として明示されていない。
・ 若者には自分で積極的に求めず、指示されるまで待つ傾向にある。
・ 厳しい注意、指導に耐える力が欠如している。
・ 繰返し反復する忍耐力が不足している。
[5] 技能工の年齢ギャップ
・ 先輩技能者が高齢であるため、世代ギャップが大きい。
・ 共に仕事について語り合う仲間が近くにいないため孤独感を持つ。
 必要な技能者を育てるためには、新しい世代の考え方、感じ方に即した教育制度と訓練過程が必要であろう。また、仲間つくりのできる集合教育も検討の余地があると思われる。
(2) 技能レベルの客観的評価
 前節で述べたように、下請け比率の増大、船価・単価の低下、雇用の流動化に伴い、造船固有技能の伝承や、技能向上が危うくなっている。極言すれば、教育訓練費用の大幅削減は、わが国中小造船業の浮沈にかかわるだけに、早急な対策が求められる。
[1] 客観的な技能評価基準
 造船各社が雇用人員を最小限に抑えると、労働力が流動化する方向になる。雇用が流動化すれば、スポットにせよ、中期的な雇用にせよ、採用の際の客観的な技能評価基準が必要となる。
[2] 技能向上意欲を刺激する技能資格制度
 受験者が少ないせいで、残念ながら現在の国家技能検定制度には造船に必要な技能は極めて少ない。今後、雇用が流動化すれば、公に認定された技能資格や国家技能検定のような技能検定制度の創設と、それに伴う社内の優遇策が必要であろう。このような誘引策がなければ、技能向上に対する意欲は増進されないであろう。
 それぞれの作業遂行に必要な具体的「作業要件」については、次章で詳説する。
(3) 技能伝承の仕組み
 技能の所持・伝承を誰に託するかについては、なかなか難しい問題がある。
・ 本工による。
・ 従来の構内協力会杜による。
・ 木艤装、電装など外部一括請負業者による。
・ 人材派遣業者(結局は、個人単位)による。
などの形態が考えられる。
 当然のことながら造船所の技能は構内に残すのが良いが、下請依存率拡大のもとにあっては、技能の所持伝承の役割は協力会社に託さざるを得ない。
 従来の構内協力会社であれば、造船固有の技能は構内に残るが、その業者の業態の変化、(特定造船所構内専属からの脱皮など)に注意を払わなければならない。
 最近増加している後の2つの方式は、造船所側にとってコスト、品質、人員管理面では面倒がなく好まれるところであろうが、すべて他者依存となるため、技能留保に不安がなくはない。
(4) 教育訓練制度
 個別の技能訓練に頼れない現状を考えると、次を考慮した新しい教育訓練制度が必要となろう。
[1] 造船所、協力会社に有用なこと。
・ 必要な時期に、必要な人を。
・ 経費の負担を最小に。
[2] 企業に役立つとともに本人にも励みになって、技能向上に対し継続意欲を持たせること。
・ 幅広い基礎教育。
・ 繰返し練習する技能実践教育。
[3] 複合職化に伴う要求人材の変化に対応可能であること
   複合職化が進めば、非常に広い範囲を理解し、実践できる人材が求められる。
a. 基礎教育の充実
 広い範囲をカバーするには、基礎をしっかり理解していなければならない。すなわち、職業人としての基本教育に加え、基本的な技術知識、例えば、組立の鉄工職が曲がりブロックを組立てるには、現図知識も必要である。また、高度溶接技能職には材料知識が有用である。
b. 継続性
・ 継続的に研修、訓練機会を与える
・ 実技を繰返し訓練できる場を与える
c. 技術の進歩に適合したカリキュラム
 次のような造船技術の発展により、非熟練労働者でもこなせるようになった造船固有技能の職種例もある。
・ 工作図の普及。
・ CADの普及。
 現図型が読めないと仕事ができなかった罫書き工は機械を操作するNCマシンオペレータに、図面が読めないとできなかった組立鉄工は、部材を見てつける単なる部材組立工になった。
・ NCプラズマ切断機の普及。
 ガス切断の技能職をNCマシンのオペレータに変えた。
・ 裏波溶接の普及。
 板継ぎ溶接の必要熟練度を引き下げた。
d. 段階を追った目標技能レベルの提示
e. 応用の利く実践教育
 これからの人材育成は、上記のような造船技術の進歩、変化をふまえた幅広いカリキュラムを考慮しなければならないであろう。
(5) 標準作業手順書
 昨今のようなデフレ経済環境下では、特にコスト競争力が要求されている。その一策として固定人員を最小限に抑えているが、これが雇用流動化の傾向を促進しつつある。したがって、仕事量が固定人員を超えた場合、自社の工作基準や作業手順にうとい技能者を、この流動化した労働市場から調達しなければならなくなる。こういった状況を考えると、社外の人でも、すぐに社内の作業に適応できるよう、標準作業手順書を作成、整備するとともに、個々の作業に要求される知識や技能レベルを明確にしておくのが望ましい。これらが整備されていれば、生産性向上の一助になり、したがいコスト競争力を上げるのに有効であろう。
 作業標準書は、しかしながら造船所の保有設備や建造工程によって異なり、また日々変化していて、業界標準的な「標準作業手順書」の制定は困難といわざるを得ない。添付資料3に一例を上げるが、本報告書の作業要件書に示している主要点を参考にすれば、自社に応じた標準を作成することが容易となろう。
(6) 作業要件書
 雇用が流動化すると、まず必要になるのが「作業要件書」であろう。スポットのような短期にせよ、中期にせよ、外部から必要に応じて技能者を雇い入れるとき、「作業要件書」は、作業知識、技能レベルを測る上で有用である。また、教育指針の客観化や個人の自己啓発の目標ともなり、さらには、雇用者・被雇用者双方にとって誤解(期待はずれ)を避ける事前確認書の役目も果たすと思われる。詳細については、次章で述べる。








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