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第2章 雇用形態の実態と問題点
 前章ではわが国中小造船業に見られる全般の状況について述べた。本章では、訪問調査から明らかになった雇用形態の実態とそれに伴う問題点を抽出することにしたい。
2.1 雇用及び技能維持・向上策の実態
 各地の造船所を訪問調査して明らかになった主な点を要約すると、下記のとおりである。
(1) 職種別技能者数
・  規模によってまちまちであるが、平均すると造船所1社あたり本工56人、協力工132人である。
・  協力会社数は平均して造船所1社あたり17社、協力会社1社あたりの規模は7.4人。
・  固定雇用人員の最小化と下請け比率の拡大が進んでいる。
(2) 職種別作業内容 
・  従来の単能職から複合職化が進んでいる。
(3) 標準作業書
・  一部を除き、ほとんどの造船所で整備されていない。
(4) 雇い入れ基準
・  各社とも健康診断書、職歴提出を義務付け。
・  新卒より即戦力指向。
・  採用ルートは、地縁・血縁、知人紹介が一般的。地域により、ハローワーク、人材派遣業を利用。
(5) 技能レベル判定基準と考課基準
・  技能レベルは、各社とも作業振りを見て判定。書き物としての技能レベル判定基準を有している会社はない。
・  すべての造船所が、本工に対する考課基準を有している。
・  協力工の考課査定を定期的に行っている会社が一部ある。
(6) スポット工採用の有無と職種
・  固定人員を最小に抑えているため、各社ともスポット工を利用。
・  職種は、溶接、歪み取りが中心。
(7) 技能維持・向上と教育訓練
・  技能維持向上のための教育訓練を定期的に行っている会社はない。
・  その代わり、構内で資格取得のための技能講習を不定期に行っている。
・  社外の技能講習に派遣するのは、「必要に迫られて」派遣しているのが普通で、経費削減のため、可能な限り有資格者採用に傾いている。
(8) 外国人労働者に対する考え 
・  大なり小なり採用経験を持つ会社が多い。
・  付帯費用や管理面で採用拡大には慎重。
(9) 請負条件に対する考え
・  複合職化で請負に伴う協力会社の責任範囲も増大している。
・  作業者が身に付ける保護具、防具類は協力会社負担が一般化。
以下、今後の造船業に大きく影響を与えると思われる事項について、少し詳しく述べることにする。
(1) 固定雇用人員の最小化
[1] 地域により差はあるものの、可能な限り「下請け比率」を拡大している。
[2] 定年退職者の補充も最小限にとどめている。
[3] 協力工も、工事の「閑」にあわせて最小の人員におさえている。
[4] 「繁」時は、スポット工で対応し、その要員は他造船所の協力会社との間で互いに融通する例が多い。
[5] 特に艤装関係工事の一括外注範囲が拡大している。
造船業は、受注した船種、サイズにより職種の繁閑差が大きい業種である。また、必要とされる職種は多岐にわたるが、切断、組立、溶接などの基幹職種を除けば、建造中、常時必要な職種は少ない。したがって、同一船型を連続建造する場合を除き、これらの職種(以下、「稀少職種」と称す)を固定雇用するのは、コスト的にマイナスといえる。かくて、稀少職種は、船舶の建造には不可欠であるが、固定雇用の対象職種から除外され、雇用が流動化する傾向にある。
(2) 複合職化
 昨今の受注船価の下落に伴い協力会社への請負単価も低下傾向にあり、協力会社の経営体力は総じて悪化している。この苦境を乗り切るための対策として、下記のような項目に取り組んでいる。
[1] 一人作業の徹底化
 人員不足と職種間の作業量の差に伴う手待ち解消策として、有能な技能工は一人で作業させ、先手の人件費を削減するとともに、先手の指導に時間を割くことを避ける。
[2] 一人で複数の作業を担う複合職化
 従来単一技能職種が行っていた前後の準備・段取り作業を、主体作業を行う職種に取り込ませ、複合職としてグループ全体の人数を削減する。
 複合職とする作業範囲は造船所で異なるが、例えば板継ぎ工程において配材、板継ぎ取付、溶接、グラインダ仕上げ、搬出を同一人に任せるとか、鉄工職に対して玉掛け、溶接、グラインダ、床上操作のクレーン操作などをあわせ受け持たせるなどは一般的である。
[3] 教育訓練費用の削除と有資格者の採用
 協力工の複合職化は、多くの職種を一人の技能工が担当することであるから、その担当する作業に必要な公的資格の取得や、安全上の諸技能講習を修了することが必要となる。例えば先に述べた組立の鉄工職には、最小限、次のような資格を持たせなければならない。
・ ガス溶接技能
・ アーク溶接特別教育修了
・ 玉掛技能
・ 床上操作式クレーン運転技能など
 船台の鉄工職であれば、足場が大幅に省略されている現在、高所作業車運転技能者資格を持たせなければならない。しかし、資格取得費用は協力会社もちであるから、複合職化の拡大に伴う費用負担の増大は協力会社の経営を圧迫しつつある。いきおい、教育訓練費用削除のため、有資格者を採用する傾向にある。
[4] 複合職化に伴う「標準作業手順書」は未整備
 準備中の企業が一部あるが、大半の造船所は未整備のままである。
(3) 雇い入れ基準
 数多くの職種が、建造予定や修繕船工事予定に従って、造船所に出入りする。造船所や協力会社は、採用に際して必要資格や技能レベルをいかに確認しているのか、いくつかの造船所を訪問して面談し、実情を聴取した。その結果は、次のとおりである。
a. 採用ルート
(造船所)
・  低船価の影響が大きく、教育・訓練費用と時間の関係で、一部を除き、高校、大学の新卒者採用を敬遠し、協力会社に経験者の中途採用を要請する傾向にある。
・  中途採用はもとより、定年退職者の補充採用もきわめてまれである。
・  以上の傾向は、造船集積地である瀬戸内西部地区で著しい。
(協力会杜)
・  採用の多い順でいけば、地縁・縁故者の中途採用、職業安定所(ハローワーク)、新卒の順になるが、地域の有力者に依頼して紹介してもらうのが圧倒的に多い。
・  ハローワーク経由は、軽労働(掃除など)が中心で、いわゆる造船経験のある技能者は、きわめて少ない。
・  一時的雇用(スポット)であれば、他地域の造船協力会社に応援を求めたり、人材派遣業者を利用して補充している地域もある。人材派遣の場合、単価が約20%高くなる。
・  Uターン造船経験者への期待は大きいが、現時点では、稀少である。
b. 雇い入れ基準
(造船所)
 造船所が独自に採用するケースが激減し、協力会社に依頼した間接雇用となる。この場合、採用の決定権は、あくまで採用する協力会社にあるので、造船所の役割は造船所への入門可否判断となる。
[1] すべての会社が何らかの雇い入れ基準を有している。
 雇い入れ時に提出を義務付けたり、あるいは確認している内容は、
・  健康診断書:特に持病や大きな疾病がないことを証明する、通常の医師による健康診断書
・  (最近の)職歴:造船所名、作業内容、就労期間を記述した実績に関する自己申告書
・  このほかに、住所、氏名、保有資格、社会保険、労災保険などの保険加入状況を記載した、定型書式の「入門許可証」の記入、提出を求めている造船所もある。
・  当該造船所で一度も働いたことのない新規採用者には、すべての会社が約半日間の安全衛生講習を行っている。
[2] 人材評価、技能評価基準を作成していて、定期的に技能評価している造船所はきわめて少ない。
・  現実には、班長、担当者が仕事振り、内容を確認して、本人の技量を判断し、雇い入れ時の申告と大幅に異なった場合は、協力会社の責任者と協議して入門拒否をする。
・  定期、不定期を問わず技能向上に対する教育訓練を実施している造船所は皆無である。
(協力会社)
[1] 基本的に所要の技能を有した技能者を中途採用し、職歴、面接、健康状態で採否を決める。
[2] 1週間〜1ヶ月の試用期間を設け、その間の作業振り、技能レベルを判断して本採用可否を判断する。
[3] 技能レベルは、親方、ボーシンが実際の作業振りを観察して判断するのがほとんどで、技能判定のための特別な基準は作成していない。
 さて、昨今の協力工依存率の増加に伴って、造船所の技能者採用、評価業務が、構内で直接作業を請け負う協力会社に移動する。
 協力会社は、比較的小規模であるので、このような管理業務にさける人材、時間が乏しいことを考慮すると、早急に新規雇用に際しての最低限の雇い入れ基準と、人材技能評価法を確立する必要があろう。
 雇い入れに際しては、少なくとも健康診断書に加えて、職歴書に所有する公的資格の記入欄を設けた書式を用意すべきであろう。次章の表3.6に書式例を示す。
 以上、訪問調査結果の詳細は、巻末の添付資料4「訪問先別調査結果」を参照されたい。
(4) 技能の判定と維持・向上
[1] 技能の維持・向上のための定常的な施策は特になく、責任者(ボーシン)につけてOJTで行うと答えた協力会社が多い。
(注1)ただし、一人作業の徹底化で、新人を先手として使うのが困難になりつつある。
(注2)造船業の非集積地では造船協力会社の知名度が世間一般に低く、新規卒業生を雇おうとしても採用が難しい状況にある。このため、造船所が本工として採用し、一定期間(1ヶ月など)の新入社員教育が終わった後、協力会社のボーシンにつけ、技能の伝承をOJTで行おうとしているところもある。
[2] 新たに公的資格を必要とする際は、構内での技能研修(例えば、高所作業車技能講習など)でまかない、経費の点から社外に派遣する例は少ない。
[3] 新たに公的資格を取得すると、若干の報奨金を支給する造船所が一部あるが、ほとんどの造船所では、技能向上に対する優遇策は設けていない。
 要するに、必要な職種を必要な時に必要な人数だけ手配するには、仕事の内容に応じた技能のレベル判定が重要となるが、以前に雇ったことのある人物については、その時のデータ、または信頼できる紹介者のレベル判定に頼っているのが実情である。
 造船所の所持している技能レベル評価はA、B、Cなど、工事担当者がそれぞれの基準で判定して所持し、それを次回の協力工手配時の参考に、採用したい者を指名して声を掛けている例が多い。したがって、新しい協力工に対しては職歴を尋ねるなどのことはあるものの、まず現場で作業をやらせて仕事振りを見て技能レベルを判定している。一緒に仕事をしてその仕事振りを見、そして仲間内の評判を聞けば分かるとのことである。換言すれば、労働力流動化の範囲は、現時点では地域、旧知の間に限られている。地域をこえる流動化の最大の障害は、旅費交通費などの経費負担増である。
(5) 請負に伴う責任範囲の増大
[1] 一括外注を除き、作業員が身に付ける保護・防具類は協力会社負担、その他の治工具類は本社(造船所)側負担が一般的である。
[2] 作業の複合職化に伴って責任範囲が増大している。
単能職から複合職に移行するのに伴って、限られた範囲の責任から、品質はもとより、次工程に対する納期遵守、場所・設備の確保・段取り(工程管理責任)、安全作業等など責任範囲が増大している。
 以上、5項目に分けて雇用形態の実態について概要を述べたが、個々の造船所の実情は添付資料4「訪問先別調査結果」を参照されたい。








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