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注19 1992年12月11日付けの郵便で、NOAAは、“(1)合衆国コースト・ガードと運輸省運輸安全委員会が[RR IとII]発見に関する証言を望んでいること、(2)この海域の測量を再開する前に、全測定資料の処理と評価をする必要があること、(3)バッザード湾の測量作業を再開し、その後に同作業が円滑に遂行すること、”のため乗揚地点が確定されたのちに測量作業を収束することを決定したと記している。

 

ルードのCOは、QE2が乗り揚げたと考えられる岩場や大石の所在個所を断定するために、同船が最初に通報した乗揚地点を調査開始地点として170本の調査線、測深線を設定した。そのうちの何本かは5メートル以内に近づいているものもある、と証言した。同COは、乗揚地点で、大石の存在を確かめるため、潜水夫を送り出す前に、十分な水深の情報が手元にあることを確認した。

潜水夫が最初に発見した岩場は、QE2が最初に報告した乗揚地点の北東方1,450フィート、水深約34フィートのところにあって無傷で同船との衝突で移動した跡がないことが潜水夫のビデオテープで分かった、とルードのCOは証言している。しかし、NOAAがレッド・ロックI(RR I)と名付けた、この岩場あるいは大石は、その岩肌に船底塗料と金属片と思えるものを付着させているのは確かであった。その上、潜水夫は、この大石の頂上の海草がきれいに削ぎ取られているのを見たのである。RR Iの寸法は、12フィート×12フィート×7フィートであった。

ルードは、QE2が発表した針路である240度線に沿って進行した。そして、その間にRR Iから約525フィート離れたところに、別の水深34フィートの場所を発見したのである。潜水夫は、再度水中に入りNOAAがRR IIと名付けた、大きな衝撃を受けたと思える別の岩場あるいは大石を見つけたのである。この大石は、約8フィート×10フィート×6フィートのもので、同じ大きさの幾つかの大石に囲まれていて、かなりの岩場を形成していた。RR IIの頂部は、大きな衝撃で弾き飛ばされたように見え、金属で挟られたV字型の痕跡と塗料痕とを残していた。これと同じ場所に、潜水夫のビデオは、一部を挟り取られ、その縁の部分に塗料痕のある三つ目の岩を写し出していた。潜水夫は、RR IIから、更に報告されていたQE2の針路に沿って約70メートル進み、明らかに船舶と接触した跡のある大石が散乱している海底を見つけたのである。このNOAAの潜水夫は、RR IとRR II両方から塗料片と金属片を回収する一方、安全委員会の調査員が、マサチューセッツ州ボストンの乾ドックに入渠中のQE2の外板から塗料片と金属片を採集した。この品々は、安全委員会の金属研究所で鑑定された。

周囲海底が、水深50から60フィートで、少しばかりの石が四方、八方に散らばっているだけの砂場であるのに比べて、乗揚地点には、岩石あるいは大石がかなり多量に集中している、とルードのCOは述べている。

 

 

 

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