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その意味では、東南アジアの多島海地方におけるイスラーム化も、海路による“インド系”外来文明の摂取の一形態といえよう。

 

エピローグ

以上は東南アジアの近代以前を中心とした、人々の往来や文明の伝播について、陸路と海路の差異を比較してみた。その結果、海洋が人類の文明史にきわめて重要な役割を果たしてきたことが理解できよう。

しかしながら、海洋は同時にきわめて皮肉な役割を歴史のなかで演じている。それというのは、近世を過ぎるころから、欧米の侵略者たちは、海路を利用して、東南アジアに攻め入ったのである。そのため、古くはスペイン、新しくはアメリカによるフィリッピン、オランダによるインドネシア、フランスによるインドシナ半島のラオス、カンボジア、ベトナム、さらにはイギリスのビルマとマレー半島などの植民地化など、その例は枚挙に暇がないほどである。この結果、東南アジアにおける豊穣な熱帯は収奪され、現地の人々の自生的発展の芽は摘み取られ、近代国家建設の夢は第二次世界大戦の終了まで待たなければならなかった。すなわち、古代においては、東南アジアの“未開”の文明化に貢献した海洋は、近世から現代になると、欧米帝国主義者たちによる東南アジアの植民地化に決定的な役割を果たしたのである。

それでは、来るべき二十一世紀において、海洋はどのような役割を果たすであろうか。

 

2-3-7 海洋の社会科学の提唱

海洋は古くから人類の活躍の場であった。そして最近のグローバル化の動向の中で、海はますます狭くなり、また海を越えた人々の結びつきはますます強くなった。しかし現代の社会科学の中で、海洋というものは必ずしも十分に、あるいは正当に扱われていないように思われる。簡単にいってしまえば、現在の社会科学は陸を対象とした学問で、海を対象としたものではないのである。

これは社会科学というものが、本来近代西欧における国民国家nation statesの成熟とともに発達したものであって、国家単位の政治を対象とする政治学、国民経済を対象とする経済学、国家間の関係を問題とする国際政治学などが成立してきたのであった。そうして国民国家というものはほとんど例外なく一定の範囲にまとまった陸地を領域としている。

 

 

 

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