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2-2-3 生物海洋学─これまでとこれから─

 

海洋学は「記載学」と「哲学」のどちらか?

1970年代に欧米では海洋学をめぐって、「記載学か?」あるいは「哲学か?」といったかなり真剣な議論があった。「記載学」というのは、英語では一般に「-graphy」という語尾がつき、「哲学」は「-logy」がつく。前者はgraphに語源があり、描く方法・形式、あるいはそれに関係ある「・・術」「・・学」「・・記述」などの意味が含まれている。一方、後者は、logosに語源があり、宇宙を支配し展開させる一定の調和・統一のある理性的法則が学問を貫いている。英語にすると、それぞれOceanographyとOceanologyとなる。旧ソ連を中心として、ヨーロッパの国々では哲学派がかなりを占め、Oceanologyという専門雑誌が数十年にもわたって旧ソ連から出版されている。記載学派は米国にかなり見られた。

哲学派は生物学、化学、物理学、地質学などと同じように、海洋学という学問分野が存在し、そこには海洋に特有の深遠な真理があると考えた。一方、記載学派は、海洋は場を提供しているだけで、海洋に特有の深遠な真理はなく、研究のしやすさから海洋学という分野をつくって、共に研究する仲間が集うのだと主張した。化学は突き詰めると物理学を基本にして成り立っているので、化学そのものには特有の深遠な真理はなく、突き詰めたときに物理学で説明できるとすれば、化学は哲学としての学問とはいえなくなる。生物学や地質学も、ある面では化学と似たような性質を持っている。そうはいっても化学や生物学では、物理学が対象とする物質の性質だけでは説明のしにくい現象が数多くあり、それらを統一的に捉える意味でもそれぞれの哲学を持った学問としての存在がある。たとえば、物理現象そのものの気象学が物理学とは別の独立した哲学を持った学問として存在しているのと似ている。

海洋学が記載学か哲学かの決着はつかないで現在にいたっているが、私はそれで良かったと思う。性急な決着はむしろつけるべきではない。人々が、海洋学の目指すところを深く考えたという点で、この議論は大いに役立ったし、海洋学の発展のためにも今後も考えていくべきだと思う。

 

海洋学の教育・研究での位置づけ

海洋学の学問的性格を考えることは、欧米では海洋学を大学教育・研究でどこに位置づけるかで人々の大きな関心を呼んだ。哲学派は、大学の学部から海洋学をまとめて教育する必要性をとき、記載学派は海洋学は大学院と研究所でのみ扱うことを主張した。

 

 

 

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